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97 熱が上がる看病

 実家住まいの人もいるにはいるが、大抵の大学生は一人暮らしだ。

 引っ越してきた当初は一人だけの生活を寂しく思うも、気づけばたくさんの友達と連日誰かしらの家に集まって大いに騒ぐ。

 だから風邪をひいても大丈夫。友人や恋人が看病してくれる。SNSで『はぁ、、マヂつらい、、』『お見舞いに来てくれた~! みんなありがとう!』とツイートすればいいんだ。


「ごほ、ごほっ……!」


 リア充なら手厚い看病をしてもらえる。では非リア充の場合はどうだろう。実家住みではない非リアもといボッチが風邪をひいたら誰も助けてくれない。

 本題に入ろう。僕は現在、寝込んでいる。


「キツイ……や、ヤバ、何この心細さ」


 大学生二年目の冬。遂にこの時が来た。ネットで散々見てきたよ、ボッチが風邪をひいたら死ぬ程辛いってやつだ。

 本当だったんだね。体調不良よりも心細さが深刻だ。孤独との闘いがマヂつらい!


「一人最高っ、と思ってきた僕ですら風邪の時は一丁前に弱るんだね……」


 こんな時は……!


「よう流世。風邪なのか」


 SOSのメッセージを送って数十分後、不知火が来た。

 神だ。厳つい顔をしているけど彼は神だ。


「助かっ、ごほごほ」

「キツそうだな。ほらよ、長ネギだ。首に巻け」

「その治療法、絶対にやると思ったよ……」


 頸椎用コルセットの如く首に大量の長ネギを巻かれて僕はベッドに沈む。ネギ臭い。

 不知火はさらにネギを取り出してテーブルの上に並べる。あぁ、僕の部屋がネギ専門の販売所みたいにレイアウトされていく。


「冷蔵庫にも入れておくぜ」


 あぁ、僕の冷蔵庫にネギが詰め込まれていく。

 ともあれ助かった。友人がいてくれる安心感で気が楽になる。サンキュー不知火。フォーエバー不知火。


「俺がすべきことは果たした。じゃあな」


 不知火がコートを着て帰宅の準備を始めている。


「……へ?」


 え、帰るの!?


「ここにいてくれるんじゃないのか!?」

「あ? 帰るに決まっているだろ。見舞いの品を持ってきただけでもありがたいと思え」


 見舞い品ネギだけだけども!? なっ、だ、ええっ?


「僕と不知火は親友……」

「こういう時にだけ親友と言うとは地に落ちたな」

「うぐっ……!」

「まぁ安心して安静にしてろ。親友の俺がいなくてもお前は一人じゃない。俺より適任な奴がどっちか来るだろうよ」


 玄関のドアが閉まり、室内がシンと静まり返る。


 不知火は帰った。そして僕は孤独に戻った。


 ……馬鹿な!? 手厚く看病してくれよ! あいつ大量のネギを持ってきたのみ!? 首がネギ臭いぃ!


「なんつー奴だ、ごほごほっ!?」


 風邪とは別の原因で咳が出る。ネギ臭あぁい!

 ……僕に非があるよな。不知火が「俺らは親友だろ?」と常日頃言うのを無下にしてきたくせして、風邪をひいた途端に手の平を返すのは虫が良すぎる。


「だ、だとしても親友が苦しんでいるのにサラッと帰るかね普通?」


 せめて小一時間は傍で見守っておくれよ。孤独が辛いんだよぉ!

 そもそも不知火より適任の人って誰なのさ。


「こんにちは水瀬君っ」


 何分かぶりに玄関の扉が開く音。続いてリビングのドアも開く。

 部屋に入ってきたのは月紫さん。


「わっ、水瀬君が首にネギを巻いています。斬新な頸椎用コルセットですか? テーブルにもネギがたっぷりとありますっ」


 月紫さんはネギ圧巻な光景を前に目をきょとんとさせていたが、驚嘆もそこそこにベッドの横にしゃがみ込む。


「もしかして風邪ですか?」

「うん……」

「……」

「ごめんね、今日はビールの訓練は出来ない。風邪がうつるといけないから永湖さんは帰っ、げほ」


 喋る途中にも咳が出る。咳を出す度に喉が痛むし、咳をする度に巻かれたネギが喉を圧迫する。このネギいる?


「……」

「永湖さん?」

「帰りません!」


 声を荒げる月紫さんが寝込む僕へ勢いよく突っ込んできた。


「か、風邪がうつっちゃうから詰め寄らないで」

「水瀬君がグロッキーです!」

「ち、近い近い。近いって!」

「大変です、一大事ですっ、ノーアウト二塁三塁です!」

「確かにある意味満塁よりピンチだね」


 月紫さんは慌てており、自身の上着を脱ぐと僕の上に被せてきた。眼鏡の奥で瞳が心配そうに揺れている。


「大丈夫ですか? 暖かいですか?」

「は、はい」

「それは良かったです……ではないです! 上着を被せてもほぼ無意味です。私は馬鹿です!」

「テンションが高い!」


 つられて僕も声量を大にしてしまう。喉に負担がぁあ、ネギが圧迫するぅぅ!


「っ、私がしっかりしないと……! まずは首のネギを取りますね」


 月紫さんが僕の首から長ネギを取り除いてくれた。巻いてくれた不知火には申し訳ないが、ありがとう月紫さん。


「まずはランナー固定のままワンアウトですっ。次は……」


 月紫さんが眼鏡を外した。なんということでしょう、美少女が登場した。

 眼鏡を外したら急激に可愛くなる。まるでラノベの世界。自分の体内で沸々とドキドキして顔が赤くなっていく。

 それに、眼鏡を外した理由って……。


「熱を測りますね」


 やっぱりそれか! やっぱりラノベの世界!

 眼鏡を外した月紫さんが顔を近づけてきて、ああ、おでことおでこが、あああぁああ!?


「あぐぐぐぅ」


 漫画映画アニメラノベその他諸々あらゆる創作では定番で、しかし現実ではありえない熱を測る方法。

 額をくっつけ合って熱を測る、を月紫さんが僕にやってきたのだ。


「熱いですっ。真夏に路駐された黒ヴェゼルのボンネット並みです!」


 体温が上昇したのは月紫さんがおでこをくっつけているからです!

 ぁ、月紫さんの顔が至近距離に……。


「本当に大変です……! 食欲はありますか? なくても食べなくちゃいけませんよ! キッチンお借りします」


 立ち上がった月紫さんは眼鏡をかけ直し、腕をまくってキッチンの方へと向かう。


「冷蔵庫の中を見せてもらいます。……ネギばかりです。不知火さんの仕業ですねっ。青ネギは使わせてもらうとして、あと卵とご飯を……」


 キッチンから聞こえてくる調理の音。

 戻ってきた月紫さんはお椀とレンゲを持っていた。


「お粥を作りました」

「あ、ありがとう」

「あわわっ、一人で起きようとしなくていいですっ。私が手伝いますから」


 月紫さんに背中を支えてもらい、僕は上体を起こす。


「おぉ、お粥だ」


 お椀に入っていたのはお粥。湯気が出ていて、食欲が少しだけ出てきた。


「はい、では」

「いただきます。レンゲをくださ……い?」

「あーん、です」


 月紫さんが『あーん』をしてきた。

 ただの『あーん』ではなく、お粥をフーフーしてからの『あーん』だ。最上級のあーん、その名も『フーフーあーん』である。ええぇっ?


「や、自分で食べられるから……」

「駄目です。私が食べさせますっ」

「で、でもぉ」

「動物園でやったことあるんですから気にしないでいいんですっ」


 言われてみれば『あーん』は動物園でフラミンゴパフェを食べる際に既にやっていた。なら気にする必要はないか。アハハ~。


「お願いしゅましゅ」


 アハハ~、思いきり緊張しています。

 ……覚悟して口を開く。


「はい、あーん、です」

「んぐ……美味しぃです」

「はい、あーんっ」

「あ、あーん」


 全てのお粥を『フーフーあーん』によって完食した。

 風邪と緊張で頭の中がぐわんぐわんしているが、なんだか幸せな気分だ。


「次はお薬を飲んでください」

「うん」


 お粥を食べてツーアウト、風邪薬を飲んでスリーアウト。ノーアウト二塁三塁ピンチを月紫さんのおかげで脱することが出来た。


「あとは……体、拭きましょうか?」

「そ、それはいい」

「残念です」


 な、何が残念なの?


「ですが清潔にしておかないといけません」

「小まめに着替えておくよ」

「それにしてもネギの臭いが消えませんね」


 月紫さんがテーブルのネギを片付けてくれたが、未だに臭いが取れない。特に枕。臭いが染みついている。不知火産ネギ恐るべし。


「耐えられるよ」

「我慢はいけません。私が洗っておきます」


 月紫さんが僕の頭を持ち上げる。枕を手に取り、枕のカバーを外した。


「ついでに他の洗濯物も洗います。ボタンをピッと押して、洗濯機をゴウンゴウン」

「何から何までありがとう。なのだけど、枕は……」


 枕カバーを洗うことには賛成だ。

 で、その間、僕はどうすれば? 僕の家に予備の枕カバーはない。


「やっちゃいましたっ」

「明るい口調で言われても……。ま、まあいいよ、カバーがなくても枕自体は使えるから」

「せっかくですし枕も洗っておきましょう」


 月紫さんは枕を持って洗面台の方へ向かっていった。戻ってきた彼女は手ぶらで穏やかに笑みを見せる。


「私が後で洗っておきますねっ」

「……枕がないと困るんですが」

「やっちゃいました」

「今度のは確信犯じゃない!?」


 わざとやったよね? ここへきて嫌がらせ!?


「さあ水瀬君は寝ましょう」

「ですから枕がないと……」


 安静にして安眠したい。その為に枕は必須だ。必須科目単位並みに必須だ。

 あのぉ? 僕はどうすれば!?


「安心して安静にして安眠してください。私にお任せあれ」


 そう言うと、頬を赤らめて笑顔を浮かべる。


「体を起こしますね」


 月紫さんが僕の背中に手を回して起き上がらせてくれる。

 僕は上体を起こし、空いたスペースに月紫さんが女の子座りで座った。


「なぜ永湖さんがベッドの上に……?」

「水瀬君、こちらへどうぞ」


 ベッドの上に座った月紫さんが自身の足をぽんぽんと叩く。


「……?」

「分かりませんか? 私の膝を枕にしてくださいってことですよ」

「ああ、なるほどね。それは妙案だ」


 ではお言葉に甘えて膝の上で寝よう。これなら安心して安静に安眠が出来そうだ。アハハハ~。




 はいいぃいぃ!?




「え゛? 膝枕!?」

「大きな声を出しちゃ駄目ですよ。安静にしてください」


 いやいや安静に出来ませんわよ!? だって膝枕だもの!


「枕がないと安眠出来ないんですよね? ならば私が枕になりますっ」


 両手をグッと掲げる月紫さんの顔は赤く、たぶん僕は月紫さん以上に真っ赤だろう。

 おでこで体温測定。あーん。これらだけでもヤバかったのに膝枕はオーバーキルだ。僕の心臓はもたない!


「どうぞっ」

「い、嫌だぁ!」

「……嫌なんですか?」


 あ、いや、本音を言うと「うほほぉい女子の膝枕だあぁ」でございます。

 けれど、は、恥ずかしいというかなんといいますか……っ。


「嫌ではないよ。でも月紫さんに迷惑がかかる」

「私に遠慮しないでくださいっ。水瀬君の為なら私は枕になります」

「いいの?」


 あ、ヤバイ、本音が勝ってきた。人生初の膝枕を味わってみたい欲が出てきちゃった!


「いいんですっ。言いましたよね、いつでも私に頼ってくださいって」


 何度も膝をぽんぽんと叩き、月紫さんはベッドの上に座って頑なに動こうとしない。僕が寝るのを待っている。


「……本当にいいの?」

「はいっ」

「……おじゃじゃ邪魔しまふ」


 誘われるかのように体が動く。ゆっくりと上体を寝かせ、頭を月紫さんの足に乗せる。

 人生初の膝枕。っ、っ~!


「膝の端っこにではなくちゃんと乗せましょうね」


 月紫さんが両手で包み込む。僕の頭は動かされて、月紫さんの太ももへと置かれる。

 これぞ完全なる膝枕。これヤバない? ヤバなぁい!?


「遠慮せず乗せてください」

「は、はひ」

「ふへほ?」

「うぐぅ」


 視点は天井の方へ固定される。目を開くと、月紫さんの顔が少し見えた。

 少しだけだ。月紫さんの顔は少ししか見えないその理由は、二つの膨らみが彼女の顔を隠しているから。

 二つの膨らみが……胸が……!? このアングルはマズイ。この距離もマズイ! 


「座り心地はどうですか? 硬くありませんか?」


 待って、屈みこもうとしないで! さらに近づくから! 胸が目の前に!

 服の上からとはいえ、十分な大きさなのが分かる。服の上からとはいえ、僕は今、下乳という概念を見上げているわけで……!?


「月紫さん、僕の目を潰して」

「いきなりどうしたんですかっ?」


 見てはいけない。目を閉じろ。

 いくら命令しても目はガッツリと開く。思う存分に拝んでいる。最低だぞ水瀬流世。このムッツリクソ野郎が!


「これで安眠出来ますねっ」


 出来ません。安心、安静、安眠、どれも出来そうにありません!


「うごごご」

「水瀬君が噛んだり奇声をあげたりしています。そうですよね、苦しいですよね……」


 風邪とは別の原因によって体内で熱が発生。沸騰して意識が飛びそうだ。

 そんな僕の額に、月紫さんが手を添える。


「辛いですよね。しんどいと思います。でも大丈夫ですよ水瀬君」

「だ、大丈夫では……」

「風邪が治るまで私はずっと傍にいるよ」


 膝枕される僕と膝枕する月紫さん。僕らの目は合い、月紫さんは本当に心配そうな表情で優しく声をかけてくれた。


「永湖さん……」


 慈しむような表情。優しい声。ひんやりとした手。

 僕が起き上がろうとする度に無理をさせまいと起こすのを手伝ってくれて、細かいことにも気を配ってくれる。

 それら全てから、月紫さんが僕を安心させようとしているのが伝わってきた。


「しっかり休んでねっ」


 あれだけ暴れていた心臓と意識がなぜか急に落ち着き始めた。

 全身がぽかぽかと温かくなっていく。


「本当にありがとう」

「いえいえ、私に任せてください」


 月紫さんの微笑みを最後に、僕は目を閉じる。


「風邪うつったらごめん」

「そうなったら水瀬君が看病してください」

「うん、僕に任せて」

「楽しみにしておきます。その時は……えへへ、抱き枕でよろしくお願いしますっ」

「抱き枕ってどういうこ、と……あぁ、ごめん、眠たくなってきた……」

「はいっ。おやすみなさい、水瀬君」


 目を閉じてからしばらく話したが、最後の方の会話は虚ろで覚えていない。

 ひたすらに安心して、僕は眠った。

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