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92 あと数ミリ

「見つけてきた? 写真を撮っ……あ……」


 僕は無言で金束さんの元へ戻る。写真を撮ってくれる人を連れて。


「やっほー、スズちゃん」


 黙る僕、固まる金束さん。僕らとは対照的な明るい声と気さくな挨拶で、木葉さんは笑顔を振りまく。紅葉に囲まれた中でも素敵で無敵な笑顔は一際輝いていた。


「な、なんでアンタがここに」

「アタシは自然を満喫しよーと思って。そしたら流世君に話しかけられたんだ」

「水瀬……!」


 鷹揚に答える木葉さん。対する金束さんはしかめ面を浮かべると、その表情のまま僕を睨みつける。

 ぼ、僕だってビックリしているんだよ? まさか県外の田舎の、しかも山の上でトラウマ女子と会うなんて想像すらしていなかった。

 偶然とは恐ろしいものだ、とのんびり言っている場合ではない。


「やー、二人はデートしているんだね」

「で、でで、デートじゃないわよ!」

「仲良いね。羨ましいな」

「……」


 金束さんは木葉さんを嫌っている。僕が酷い目に遭ったことを知っているからこその反応だから嬉しいとは思う一方で、現状の空気は非常にマズイとも思う。

 空気がピリつく。金束さんの機嫌が扇風機の『強』並みに悪い。僕はどうすれば……。


「写真を撮るんだよね。アタシ撮るのめちゃ上手いよ」

「……」

「スズちゃん? スマホ貸してよ」

「アンタに撮ってもらう必要はないわ。今すぐ私達の前から消えなさい」

「スズちゃんがむっちゃ冷たい。どうしよー流世君」


 僕に聞かないで。僕も困っているから。この場をどうやって丸く収めるか必死に考えている最中なんです。


「アンタよくそんな態度が取れるわね。水瀬が許しても私は許していないんだから!」


 金束さんが怒る。怒り狂っているとさえ言えよう。それ程の剣幕で睨みつける。

 しかし当の本人、木葉さんはあっけからんに笑みをこぼす。風が吹いて木の葉が木葉さんの周りを舞い踊る。


「目の敵にしないでよ。でら反省したし、学校では流世君に近づいていないよ」


 木葉さんは「そうだよね?」と付け加えて僕に同意を求めてきた。

 確かに大学では話しかけてこない。木葉さんはこれまで通りにみんなの輪の中心で盛り上がり、僕は隅っこで誰にも相手にされずボッチのままだ。木葉さんが仲間外れにされなくて良かった、僕も報復されなくて良かった、というのはまた今度語ろう。


「とにかく私と水瀬の邪魔をしないで!」

「えー、アタシとも仲良くしてほしーな。ね、流世君」


 木葉さんは僕に近づくと、肩に頭を乗せてきた。

 ゾッとする恐怖が襲いかかる。トラウマが蘇る。同時に、ドキドキもする。木葉さんの笑顔に惹かれてしまいそうになる自分がいた。


「っ、あ、ああ! 水瀬から離れなさい! 離れろ!」

「あははっ、スズちゃんが必死だ」

「茶化さないで! アンタのせいで水瀬は泣いて苦しんでいたのに……絶対に許さない……!」


 激昂を身に任せて思いきり腕を振るう。こ、金束さん、全力で殴りかかろうとしてはいけないよ。

 木葉さんはサッと躱してニコニコと笑う。金束さんの背後に回り込むと、ニコニコをニヤニヤへと変化させていく。


「それにしても、スズちゃんがでぇれぇモノをお持ちだよね」


 両手を握って開いて、その動作が厭らしく見えた。

 僕はどうすることも出来ず、けど木葉さんが何か企んでいるのかは察した。

 何をするつもり…………あっ。


「とりゃー!」

「ひゃう!?」


 木葉さんと金束さんの奇声が立て続けに響く。二人はくっついてもみくちゃになっていた。

 具体的に言うと、背後に回り込んだ木葉さんが両手を前へ回し、金束さんの胸を鷲掴みにしていた。


「うおぉっ? 何これすごーい!」

「や、やめなさいよ馬鹿!」


 紅葉の中、もみくちゃ状態で、モミモミと。


「大きいのは見て分かっていたけど実際に触ると……どおぉ? 何こればりすごい」

「ち、ちょ、やめ、水瀬が見、っ、ひゃん……!?」


 驚嘆と嬉々を混ぜ合わせた木葉さんの声が止まらない。加えて両手も止まらない。

 金束さんの、そのたわわで豊満な胸をもにゅもにゅたぷたぷと揉ん、で……でえええぇぇえ!?


「す、すっごい、これはめちゃめちゃすごいっ。直に触っていい?」

「聞く前から服の下に手を入れてるじゃない!」


 日凪君やナンパ男がこぞって狙ってきた理由の一つであり、金束さん最大の特徴。

 僕も比類なきその凄さは知っている。間近で見たり、水着姿を拝んだり、時にはバスタオルを巻いただけの状態で見たこともある。


「やっ、やめ、ぁ、ん……」


 で、でも、ここまで変化する姿は見たことがない。木葉さんの両手によって金束さんの胸がむにゅりぐにゅり、と形を変える。それ程に柔らかいってことを意味していて……。

 木葉さんは遠慮なしに揉みしだく。さらには手を服の中へと入れて、服の下で直接揉まれている様は……お、おぉう……っ、え、エ


「こっち見ないで!」


 金束さんの怒号が僕を貫く。僕は凝視していた目を慌てて背ける。す、すみませんでした。


「み、見ないで! 水瀬は見ちゃ駄目なんだから!」

「は、はい」

「見といた方がいいと思うよ流世君。スズちゃんすごいよ」

「は、はい」

「見るな馬鹿ぁ!」

「は、はひぃ!」


 僕は叫ぶ。叫んで目を背ける。

 見てはいけない。ものすごく見たいけど! 見たいけどもぉ!

 ……その間も木葉さんは手を緩めない。容赦なく金束さんの胸を蹂躙しているのが、金束さんの艶めかしい嬌声を聞くだけで分かった。


「ひゃう!?」

「うおー、何これ飽きない」

「っ、っ~、い、いい加減にしなさいよ!!」

「おっとっと」


 木葉さんが僕の傍に後退してきた。

 軽快にトットッ、と後ずさり、ニヤニヤ笑顔で自身の両手を覗いていた。う、うわぁ、厭らしい笑顔をしてる。


「流世君っ、すごかったよ!」

「僕に言われても……」

「興奮した? アタシに感謝していーよ」

「しましぇん」


 噛んだ。畜生! 僕は気にしませんよアピールしたかったのに噛んだら台無しだ。

 気にしていないアピールを見せないと金束さんが……あっ、ヤバイ……。


「水瀬!」

「ひいぃぃ!?」


 金束さんの顔は真っ赤。リンゴのようだ。

 服の下が乱れたのか、何やら直す仕草をしながらも僕へと突撃してきて、ぶへぇ!? お、思いきりぶたれた。


「馬鹿! 見ないでって言ったじゃない!」

「見てにゃいよ」

「見たでしょ! そうでしょ!?」

「……」

「水瀬の馬鹿!」

「ご、ごめん」

「馬鹿ぁ……」


 僕の顔面や胸を叩きに叩きまくり、最後は力なくその場にしゃがみ込む。

 ご、ごめんね? たぶん言っちゃいけないから口には出さないけど、その……エロかったですよ。うん。とても。


「ありゃりゃ、やりすぎちゃった?」


 拳を額に添えて首を傾げる木葉さん。申し訳なさそうな仕草のくせして表情は晴れやか。とんだ悪女やで……。


「水瀬ぇ……馬鹿ぁ……むがぁー……」

「だ、大丈夫?」

「大丈夫じゃない」


 金束さんが弱々しくうずくまってしまった。

 どうしよう、金束さんが弱っている。


「お詫びに写真いっぱい撮るから。アタシに任せてー」


 木葉さんが相変わらず爛漫もとい空気が読めないのは置いといて、今はこの場を去るべきだ。

 どうしようどうしよう、じゃないだろ。僕がなんとかしなくては!


「木葉さんじゃあね!」

「えー、帰るの?」

「金束さんこっち来て」

「うう……」


 金束さんを連れて走りだす。走れ走れ走るんだーっ!

 後方で木葉さんが何か言っているが、僕は無視して元来た道を突っ走る。木葉さんからは逃げてばかりだなと思いつつ全速力は緩めず、掴んだ金束さんの手を決して離さない。


『さあ展望台まで何分だろうね!?』


「うるせーよ!?」


 煽ってくる看板を蹴飛ばしてリフト乗り場へと到着。すぐに二人乗り用のリフトへ乗り込み、僕らは下山する。リフトに乗れば一安心だ。


「ぜえ、ぜえ……はあああ……」


 つ、疲れた。ここ最近、全力疾走すること多くない?

 何はともあれ安堵の息が出せる。リフトで上から下へ下りる圧巻の光景をまともに楽しむ余裕はなく、僕は盛大に息を吐く。

 その隣には金束さん。顔を俯かせている。


「……」

「本当にごめん。僕が木葉さんを呼んできたせいで」

「……」


 金束さんは喋らない。口を開かない。黙ったままだ。

 けれど僕の手は離さない。ぎゅ、っと握っている。


「大丈夫? ……じゃないんだったね。えっとぉ……」

「……誰にも触らせたことなかった」

「そ、そっか」

「……」

「……」


 なんて声をかけたらいいのだろう。エロかったよ? いやいや違う。むにゅむにゅだったね? いやだから違うって。

 誰かこういう状況におけるベストアンサーを教えてください……。


「あの女、絶対に許さない」

「あ、あへへ」

「……水瀬に見られた」

「み、見てないよ」

「ウザイ。キモイ。スケベ」

「またスケベ扱い……」

「……触りなさい」

「…………はひ?」


 視界の端を埋め尽くす紅葉の木々。前方には次第に近づいてくる街の姿。

 視界を横へと向ける。顔を上げた金束さんと目が合う。

 今、触りなさいって言いました?


「あんな奴に触られたのは許せない。だからアンタが触って上書きしなさい」

「……金束さん、混乱しているよ?」

「だ、だって、あの女にめちゃくちゃにされたのよ!? それで終わらせたくないの! だったら水瀬に触らせて終わった方がマシよ!」


 金束さんがおかしなことになっている。めちゃくちゃ揉まれた影響でめちゃくちゃな思考に陥っている。

 僕に触らせる? それは、あの、問題になるのでは……!?


「早くしなさい。リフトが到着するでしょ」

「え゛、今ここで!?」

「そ、そうよ。……早く」


 そう言って金束さんは僕に押し寄せてくる。胸を押しつけて……っ、っ!?


「ま、待とう。ね? どうかしているよ? 以前も、スカートの中が見られそうになったから僕に先に見せておくみたいなこと言っていたけど、いやいやそういうことでは……」

「うるさい! アンタがあの女を連れてきたせいなんでしょ。責任を取りなさいよ。アンタも触りなさい! ……何度も触りなさいって言わせないでよ私が変態みたいじゃない!」

「うんそれに近いと思うよ!?」


 正気ではない。木葉さんは女性だから許される感があるけど、男の僕が触るのは……。


「……」

「ぐ、ぐいぐい押しつけにゃいでぇ」

「……本当はアンタが最初が良かった」

「は、はい?」

「っ、いいから、触って」


 潤んだ瞳。涙がこぼれそう。

 それでも金束さんは僕をしっかりと見つめてくる。僕が手を少し先へ動かすだけで、もう触れてしまいそうな距離。

 視界の下にリフト乗り場が見えてきた。時間はない。金束さんがそう言うなら、僕は……。


「い、いいの?」

「う、うん」

「本当にいいんだね?」

「水瀬ならいいわ」

「……分かった。じゃあ、いくね」


 間近であったり、水着姿であったりと、何度か見てきた。背中や真正面でその存在を味わったこともある。魅力的で、大きくて、金束さんのソレ。遠慮なく言うなら、とてつもなくエロイ金束さんの巨乳。

 僕は今から、それに手で触れる。


「っ……水瀬」

「では……」


 僕は覚悟を決め、両手を広げた。











 ぷしゅー、と扉が開いて電車がやって来た。


「か、帰るわよ」

「ふぇーい……」


 僕も頬もぷしゅー、と煙が出ている。再び頬に赤い紅葉が浮かび上がる。


「金束さん」

「な、何よ」

「どうして触る寸前になってビンタしてきたんすか」

「う、うるさい」


 あと数ミリ、というところで金束さんは僕をビンタした。そして「触るな馬鹿!」と言ったのだ。

 触れ触れと言われ、でも僕が触ることを許さなかった。僕は、揉めなかったのだ。


「結局何がしたかったんすかねぇ……」

「う、うううるさい! やっぱりアンタなんかに触られたくなかったの!」

「えぇー……?」


 あなたが言ったから僕も覚悟を決めたのに結局、何もしていない。結局、あのきょぬーを触れなかった。

 ……触れないとなると、ものすげーショックなんですが。あと数ミリだった故に、ものすっげー悔しいんですけど!?


「はああぁああ……」

「し、しつこいわね。殴ったのは謝ったでしょ」

「うるしぇー……」

「ふ、ふんっ。何よ、このスケベ野郎!」

「ぐへぇー……」


 おまけに紅葉ビールも飲めずじまいだ。わざわざ遠征したのに何もやっていない。経験値として得られたのは、寸前でお預けされるのが一番キツイってことだけ。

 あーあ。あーあーあーあーぁあぁ……!


「ほら乗るわよ。帰りも長いんだから」

「へいへい……」

「な、何よ、そんなに落ち込んで。……そんなに触りたかったの?」

「別に」


 はい今強がりました。めっちゃ揉みたかったです。触る寸前までは困惑していたが、今思うとさっさとやっておけばと思う。躊躇わずに思いきり鷲掴みしておけば……!


「はあああああ」

「さっきからため息がキモイ。スケベ」

「ひでー言われよう」

「ふん。……いつか触る時が来るんだからそれまで待っていなさいよ」

「いつかっていつなんですかー。そんなビッグチャンス一生ないと思いますー」

「うるさい!」

「ぶへぇ、またビンタ……」


 反対の頬をぶたれて赤い紅葉。漫画のキャラみたいになっている。


「疲れたから寝るわ」

「どーぞご自由に」

「寝ている間に触らないでよ」

「分かってい……金束さん?」

「……ふん」


 電車が発進する。あっという間に紅葉の光景は見えなくなり、名残惜しいならもっと見るべきなのに、僕の目線は隣に釘づけだ。

 金束さんは僕の肩に頭を乗せて目を閉じる。口も閉じて、体重を預けてくる。


「か、勘違いしないで。疲れただけなんだから。あの女が頭を乗せた水瀬の肩を上書きしているだけなんだから」

「……はいはい」


 僕も目を閉じる。二人寄り添い、乗り換えの駅に到着するまで僕らは眠ることにした。

 目を閉じたけれど、お互いに寝息は聞こえなかった。

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