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91 紅葉

 夏が過ぎて冬が訪れる。暑さから解放されたかと思えば今度は寒さ。四季はキッチリ四等分されていないと思う。秋の季節は短い。

 その僅かな合間に秋の色が景色を彩る。赤とオレンジと黄色に染まった木々が姿を見せるんだ。


「ねえ見て、紅葉よ! いっぱいあるわ!」

「わざわざ身を乗り出さなくても……」


 電車に揺られて二時間。いくつかの乗り換えと待ち時間を経て、僕と金束さんはとある田舎町へやって来た。目的は言わずもがな。

 通路側の席に座った金束さんが景色をよく見ようと立ち上がって身を乗り出す。おかげで窓側に座る僕に金束さんのたわわな胸が接近する。


「見て見て、あの木おっきいわ」


 あなたの胸も大きいです。あと少しで僕の頬に当たりそうです。

 車窓から見える遠くの紅葉よりもすぐ間近でふるふる揺れるモノの方が見たいと思うのは僕がムッツリスケベだからではない。男なら誰だって釘づけだ。

 あ、当たりそう。金束さんのきょぬーがあと数センチで……!


「アンタもちゃんと見なさいよ。どこを見……あ」

「ちゃんとガッツリ見ていま……あ」

「な、な、なっ、馬鹿! 最低! 変態!」

「おっしゃる通りでぶへぇ!?」






 ぷしゅー、と扉が開いて駅に降りる。


「ふん! スケベ!」


 そして僕の頬もぷしゅー、と煙が出ている。

 思いきり頬を叩かれた。痛みはなかったのはいつものこと。けどなぜか煙が出ている。たぶん僕の頬には赤い葉が腫れ上がっているのだろう。痛みなくこんな芸当が出来る金束さんは非力とは関係ない謎の異能を有しているのでは?


「馬鹿!」

「悪いのは僕だけど金束さんが無警戒だったと……」

「何よ!」

「い、行きましょー」


 腕を組んで鼻息荒げる金束さんに恐れをなして僕は早足で改札口に逃げる。


「待ちなさい。……写真撮るわよ」

「? あ、はい」


 切符を入れる前に呼び止められた僕は金束さんの元へ駆け足。

 傍に寄った頃には、金束さんはスマホでインカメラを起動し終えて腕を伸ばしていた。


「もっとこっち」

「は、はあ」

「……ん。チェックするから待ちなさい」


 写真がブレていないか確認する金束さんを見てふと思う。

 最近の彼女は何かと写真撮影をしたがる。そんで撮った後は必ず、


「え、えへへ」


 と、頬を緩ませる。そんですぐに「はっ」と意識を取り戻すと、決まって僕を睨みつけるのだ。

 僕は何もしていないはずなんだけどなぁ。感情の起伏がよく分からない今日この頃。


「行くわよ。早く!」

「はいはい」


 写真はお気に召したらしく、金束さんが先に改札口を抜ける。

 僕も後を追って駅を出たら……おぉ、いきなり紅葉がお出迎え。


「すごいね。紅葉がたくさんだ」

「電車の中でも見られたわよ。アンタは私の胸しか見ていなかったけどね」

「も、もう勘弁してよ」

「ふんっ」


 僕らは二人、木々に挟まれた道を歩く。

 赤、オレンジ、黄色の美しい葉は絵の具で塗るよりも色鮮やか。秋の色がたけなわの見事な紅葉だ。


「綺麗ね」


 風が吹き、落ち葉が舞う。ふと呟いた金束さんの髪も宙に舞い、ふわりサラリと揺れる。

 僕は足を止めた。彩り豊かな葉に囲まれた金束さんの姿を見る。

 太陽の光が紅葉よりも彼女のベージュ色の髪を眩しく照らし、愛しむように景色を眺める立ち姿は綺麗だった。今回のメインである紅葉がまるで金束さんの美しさを引き立てるものにしか見えない程に。


「……また私を見てる」

「あ、いや」

「スケベ」


 い、今のは違う。スケベな気持ちは皆無だったよ!?

 ……純粋にあなたの姿に見惚れていただけだよ。すごく綺麗だった。


「ふんっ!」


 当人は機嫌を損ねてしまったが。

 髪を翻して先を進む金束さん。僕は慌てて後ろを追う。


「あ、あははー」

「キモイ声で誤魔化さないでスケベ」

「紅葉ってコウヨウと読むのかモミジと読むのかどっちが正解なんだろうね」

「知らないわよスケベ」


 どうやら僕は今日一日中スケベと蔑称されるみたいだ。うへえ。


「……それで今日の目的だけど」

「あ、あぁうん。僕らの目的を忘れたらいけないよね」


 電車が一時間に数本程度の片田舎。県外にまで足を運んだのはある目的の為。


「高台があるらしいわね。町並みも一望出来るらしいわ。そこから、ふ、二人で写真を」

「近くに商店があるからそこでビールを買ってレンタルサイクルに行こっか。自転車で数分のところにある公園で乾杯しよう」

「……」

「痛くはない。けどなぜ肩パンしてきたの?」


 下調べはバッチリだ。今日こそはビールが美味しいと言わせてみせる。

 素晴らしい紅葉ビールのプランを説明したはずなのに肩を殴られた。なぜにどして!?


「ふん」

「え、駄目だった? 紅葉をフルに且つ大胆に使うプランだよ? ただ眺めるのではなく、公園で舞い散る無数の紅葉に囲まれて直立不動の姿勢ガブガブと飲むことで自然と豪快に調和した良シチュとなりビールが美味し」

「うるさい!」

「えぇ!?」


 他にも集めた落ち葉に寝そべって飲むプランもあるのに。僕なら冒険のルフィ、強敵相手の悟空並みにワクワクする内容なんですけど!?

 あなたの注文通りですよ? 僕なりのビールが美味しいシチュエーションを考えてきたのに最後まで聞いてもらえなかった。実際に味わった後にダメ出しをされるならまだしも、始まる前から否定されるのは些か虚しい。


「ぐ、ぐすん」

「いいから! 高台があるのっ。リフトで上がるらしいわ。酔った状態で乗ったら危ないからビールはその後に飲むわよ」

「へ、へぇ。結構調べてきたんだね」

「私だって良シチュエーションは考えるわよ」

「おお! 目的は忘れていないんだね!」

「……二人で行って楽しいシチュエーションだけど」

「楽しい? 美味しいの間違いでしょ?」

「いいから行くわよ!」


 何やら目的が変わっている気がする。楽しいとはどういうことだ?

 しかし、ほんのり赤い顔で早足になった金束さんの後を追うことで精いっぱいで考える暇がなかった。

木の葉が舞い踊る中、僕らは歩く。






 金束さんの言った通り、リフトがあった。スキー場みたいなリフトだ。


「一人乗り用と二人乗り用があるね。じゃあ荷物を持っている僕は二人用に乗るから金束さんは一人用に乗」

「こっち来なさい」

「わーい」


 今の「わーい」は喜びと表すものではないです。話を遮られたことに対する感嘆を表している。今日はとことん聞いてもらえない!


「ほら、狭いでしょ」

「別に」


 やや窮屈な二人用のリフト。僕と金束さん、並んで座っている。

 肩同士が触れ合……う、ちょっとドキドキ。


「……」

「金束さん、リフトに乗っている時にスマホは触らない方がいいよ。落としたら大変だ」

「わ、分かったわよ。……写真を撮りたかったのよ」

「最近やたらと撮りたがるよね」

「あ、アンタには関係ないわ」

「僕ガッツリ写っているからガッツリ関係あると思うんですが」

「うるさいっ。危ないから動かないで!」

「金束さんの方が暴れている……」


 リフトは頂上へ到着。降り口の右側には、円筒形の金網に大量の長い杖が突っ込まれていた。

 左側には立て看板があり、『さあ展望台まで何分だろうね!?』と書かれていた。いや知らんがな。それ教えるのが君の役目でしょ。


「木の棒があるよ。これ使ってみよう!」

「いらないわ。行くわよ」

「ふぇーい……」


 自然感満載ゴツゴツとした木の棒を片手に山を進む。それに憧れているのは男子のみらしい。


「あー、ビールが飲みたい」

「お昼ご飯の時に飲めばいいじゃない」

「それだと普通だ。当たり前だ。僕には僕の美味しいシチュエーションがある!」

「テンション上げないで。キモイ」

「はぃー……」


 深い木々に囲まれた山道を歩くこと数分、ひらけた場所に到着。

 僕らと同様にリフトで登ってきたであろう人達が広場を散策している。


「ふーん。えっと……」

「ここが展望台か」

「……」

「金束さんは何を探しているの?」

「景色が良い場所よ」

「ではしばらくこの広場で自由行動ってことで」

「こっち行くわよ」

「わーぉ」


 抵抗する気も起きないのでおとなしく引っ張られる。

 広場の端。柵に両手を乗せて前を向くと、壮大な眺望が広がっていた。奥には山々、下には町。

 この地域を俯瞰出来る絶景に思わず喉が鳴る。良シチュだ。体がビールを欲している。ここでビールが飲みたい!


「この角度かしら。うーん……」


 アンタの心情もビール事情も知らないわよ馬鹿、なのでしょうね。金束さんはカメラを起動したスマホを構えて動き回る。

 いつの間にかカメラが趣味になったようで。良いご趣味ですわね。


「インカメラだと上手く撮れそうにないわね」

「景色を撮りたいなら普通に撮れば?」

「それだと意味ないわよ」

「なんで? カメラが趣味なんでしょ」

「別に趣味じゃないわ。ただアンタと一緒に撮……べ、別にアンタと一緒に撮りたいわけじゃないんだから! アンタと撮った写真を家でずっと見ていたいわけじゃないんだからね!」

「よく噛まずに言えるなぁ……」


 いきなりキレないでよぉ。


「仕方ないわね。誰かに撮ってもらうわ」

「そこまでして僕と一緒に写らなくても」

「そこら辺にいる人を適当に呼んできなさい」

「ふぉーい……」


 とことん無視されたら気も抜ける。我ながらだらしない声で返事して僕は辺りを見渡す。

 誰かテキトーに声をかけるか。お、丁度近くに一人来た。


「すみません、写真を撮ってくれませんか?」

「アタシ? いーよ、任せて」


 お願いしたらフレンドリーに了承してくれた人は女性だった。

 んん……? どこかで聞いたことのある声だ。トラウマを思い出す声…………あ……。


「あ……流世君だ」

「こ、木葉さん」


 頂上に吹きつける冷たい風が地面に散った木の葉を浮かばせる。

 偶然にも僕が声をかけたのは、同じ学部のスーパーガール木葉さんだった。

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