89 ゲーム飲み2
僕は困惑していた。動揺していた。
自分の攻撃が通じていない。易々と防がれている。
「水瀬君、手加減しなくていいですよ」
「て、手加減?」
赤、青、緑と様々な色のぷよっとした球を四つ繋げるパズルゲーム。月紫さんと対戦中なのだが、僕は手を抜いているつもりはない。寧ろ全力でやっている。
馬鹿な……五連鎖を放ったのにビクともしていない。金束さん相手ならオーバーキルで倒せていた程の猛攻だぞ。
「ふぁいやー、あいすすとーむ、だいあきゅーと、ぶれいんだむどー。アルルの声可愛いですねっ」
僕のアルルは強烈な攻撃を放っているはず。しかし月紫さんは造作もなく連鎖をぶつけて相殺する。
チラッと横目で伺うと、月紫さんの表情は変化することなく、おっとり且つ冷静にコントローラを操っていた。嬉しそうに声を弾ませて余裕すら見せている。
「……次は七連鎖いくね」
「七ですか。そろそろばよえ~んが聞きたかったので嬉しいです」
「く、食らえ!」
「では十一連鎖でお返しします」
っ!? 十一だと……!?
月紫さんは僕の最大級の攻撃を防ぐどころか反撃してきた。
七連鎖を受け止められた僕は襲いかかるカウンターをどうすることも出来ず、立ち直すことも叶わず、ばたんきゅ~を喫した。
「負けた……!」
「わーいっ」
隣では勝利を喜ぶ月紫さん。女の子座りで上機嫌に上体を揺らす姿はいとキュートなり。そしていと強しだった。
強い。月紫さんが強すぎる!
「次は本気でやっていいですよ」
「手加減をしているつもりは……」
「? 六や七で撃たないでもっと連鎖組んでもいいですよ、ってことですよ? 最低でも十連鎖しないと」
平然とした口調で簡単におっしゃいますが、対戦の最中に十以上の連鎖を作り上げる腕は僕にはない。
痛感する力量の差。力なくコントローラを落とす。
「……僕は休憩するよ」
「では一人用のゲームをしますねっ」
完敗の二文字を叩きつけられた僕は一人で乾杯し、ビールを飲む。
その傍らで月紫さんは他のゲームで遊ぶ。恋人の姫を救出するべく、裸の上に鎧を着たアーサーが魔界の村を進むゲームだ。
「ここでしゃがむと隠し鎧が出てくるんですよ。鳥を利用して大男の館をショートカットしますっ」
解説混じりにサクサクと進む月紫さん。
ステージ1のレッドアリーマーを瞬殺、ステージ2の十発当てないと倒せない大男の大群をいなし、ステージ3の強敵ドラゴンをノーダメで撃退。僕が幾度となくコントローラを投げ捨てた難関をクリアしていく。
「……前にも言ったけど永湖さんはゲームが得意なんだね」
「そうなのですか? 自分ではよく分かりません」
「自宅でもゲームしているの?」
「嗜む程度に。ゲーム機はスウィッチしか持っていないですけど」
穏やかな声で喋りながらも鬼畜ゲーと恐れられた高難易度のゲームをピクニック気分で攻略している。
ぬあっ!? 僕が未だに突破出来ていないステージ5を突破した!? そのまま最終ステージもクリアして……あ、ああぁ……!
「二周目が始まりました。パパッといきましょう」
天才……これが天才というやつか!
「二周目なのに難易度は高くないですよね」
「へ、へえー」
「水瀬君もやりますか?」
「遠慮しておくよ……」
今日はビールの訓練と共にのんびりまったりゲームをするつもりだったのに、空いた口が塞がらない。
は、はは、僕が一人でひたすら磨いてきた腕前は井の中の蛙だったとさ……。
「とぉー、てりゃー」
心バッキバキに折れた僕を余所に、月紫さんは的確に敵を射ぬいていく。
すごい。そして可愛い。かけ声が可愛い。狙っているのはレッドアリーマーじゃなくてあざといのを狙っているのではなかろうか?
いや、月紫さんはわざとやっているのではない。天然なのだ。天然だからこそ可愛い。天然で可愛くてゲームが上手いって、何それすごくね!?
「すげー上手だよ」
「そうですか?」
「うん。実況動画を投稿したらいいと思う。再生数が伸びそう」
「いえいえ、私よりもお上手な人は世界にごまんといますし、私が投稿しても観る人はいませんよ」
「そうかな? ゲームの腕前というより純粋に人気が出ると思う。顔を出さなくても声だけで十分に可愛いし」
「……」
画面で異変が起きる。無双していたアーサーが攻撃を食らって素っ裸になった。
「ミス?」
「あ、あううー、手元が狂っちゃいました」
月紫さんの照れたような声。耳元がほんのり赤く染まっていた。
「あ、いや、お世辞じゃないよ? 僕は本当にそう思ったんだ。だって月紫さんはおっとりしていて可愛いから」
「……」
「アーサーが骨になった。またミス?」
「あうあう~」
言い淀む月紫さん。それに伴って画面内ではアーサーが右へ左へ慌てふためく。……ん?
「の、喉が渇きました」
「ビールがあるけど、やめておこうか」
「ですね。今ビールを飲むと大変なことになるので」
「安心して、ビール以外に月紫さん用のジュースを常備してあるから」
「……私の為に、ですか?」
「うん。たまにはジュースでのんびり乾杯しよう。訓練ばかりだと疲れるでしょ? 永湖さんには楽しく飲んでもらいたいから」
「っ……」
「あ、ゲームオーバー」
残機がなくなり画面にはゲームオーバーの表示。
「永湖さんでも二周目は簡単にはクリア出来ないのか。魔界の村は恐ろしいね」
「平常時ならクリア出来るのですが今は水瀬君が……あうあう~!」
「ど、どうしたの?」
月紫さんが顔を真っ赤にしてコントローラのボタンをがむしゃらに乱打する。初めてストⅡをプレイする小学生みたいだ。
「水瀬君はたまにズルイです」
「え、僕なんかしました!?」
邪魔したつもりはなかったよ? 変なこと言ったかな……うーん、分からん。大学敷地内でアカペラを歌う奴らくらい分からない。ほぼ毎晩集まって練習しているけど彼らはいつ本番があるの?
「私も休憩します。なのでビールをください」
「えっと、大丈夫?」
「大丈夫です。数滴なら飲めるようになりましたっ」
「まさに雀の涙だね」
「ちちち、ちゅん! ちちち、ちゅん!」
「リアルな雀の鳴き声はしなくていいから」
なぜリアルさを追求したの? 可愛いからいいけど。いいんかい。
「今日こそビールを一口飲んでみせますっ」
「あ、待って。これを飲んでみて」
僕は月紫さんにビールと一緒にサイダーを渡す。
「サイダーですか。それにこのビールは……水曜日のにゃーにゃー?」
「猫ね。鳴き声はしなくていいから」
「に゛ゃあぁ、ぅにゃああん」
「リアルな鳴き声もしなくていいって。しかもクセが強いタイプの猫!」
可愛いから。すごく可愛いから。可愛さのあまり僕のブレインがダムドするからやめてください!
ご、ゴホン。本題に入ろう。
月紫さんの為に用意したのはジュースだけではない。訓練のことも考えている。
「そのビールをサイダーで割って飲んでみて」
用意したのは水曜日の猫。ベルジャン・ホワイトエールというビール。甘酸っぱさと爽やかな香り、苦味が少なくスッキリとした飲み口が特徴だ。
「普段あまり飲まない人や女性にオススメのビールかな。これなら月紫さんの口に合うかもしれない」
「なるほどっ」
「そしてサイダーで割ることによってさらに飲みやすくなる!」
このホワイトエールとサイダーの組み合わせは良い。サイダーの甘みが加わることで調和して非常に飲みやすくなり、それでいてビールの味わいを損なわず、それでいてビールを飲んでいる感覚はあまりない。え、矛盾している? まあまあ飲んでみたら分かるよ。
「何よりこれは味もかなり美味しい。情報提供者の人どうもありがとう!」
「誰に言っているのですか?」
「僕もよく分からない」
とにかく飲もう。純粋なビールを飲めるようになる前に、まずはこれで慣れていくんだ。
「ではいただきますねっ。ぶへっ」
「うーん瞬殺」
サイダー割りのビールならどうだ?と期待する暇もなく月紫さんは噴き出した。
はいゲームオーバー。あぁ……。
「ご、ごほっ、あわわ水瀬君が泡わわっ」
「気ニシナクテイイヨー」
「水瀬君がロボットみたいな口調になりました。オッケー水瀬君っ、明日の天気は?」
「僕をAIみたいに扱わないで。ちなみに明日は晴れです」
顔とテーブルを拭きながら缶に残った水曜日の猫を飲む。
うん、美味しいし飲みやすい。でも月紫さんは飲めなかった。今回も駄目かー。
「待ってください水瀬君。サイダーとビールを9:1の割合にすれば飲めますっ」
「それは最早サイダーだね」
「最早サイダー、こりゃあ参ったーっ」
「学園祭の頃からラップにハマってる?」
「私には才能があるので」
「自分で言う!?」
結局、いつもの流れになった。
月紫さんはビールを噴き出してラップを繰り出して、擬音と共に不思議おっとりマイペース。僕はツッコミと拭く作業で齷齪だ。
卒業までにビールを飲めるようになるのかな……あうあうー。僕が言うとキモイね!
「ゲームを再開しましょう」
「僕はもういいや」
「そうですか。まあ水瀬君のお部屋には大したゲーム機もソフトもありませんからね」
「遂に毒も出してきた」
「先程も言いましたが私の家にはスウィッチがあります」
「すごいね。僕持っていないよ」
品切れ状態が長く続いていた超人気のゲーム機だ。
「むふー、ですっ。私は持っています」
「おー、かなり自慢げ」
「お父さんが買ってくれました。点滴を外して買いに行ったそうです」
「破天荒エピソードが尽きないね」
「娘の為ならタガが外れると言っていました」
「外したのは点滴だろ!」
ともあれ月紫さんの父親は非常に娘思いだ。いいね。
スウィッチもいいなぁ。僕も欲しい。
「スウィッチ面白いですよ」
「羨ましい」
「良ければ一緒にスウィッチやりませんか?」
「出来るならやりたいけど」
「はいっ。では……今から私の部屋に来ませんか……?」
「ああいいね。じゃあ今から…………はい?」
訓練失敗後の自然な会話。僕は頷いてから気づいた。
月紫さんが「私の部屋」と言ったような……え……?
「っ! はいっ。行きましょう!」
「あ、ちょ、待っ、永湖さんの部屋って……」
戸惑う僕の腕を引っ張り、月紫さんは玄関へと向かう。
え……月紫さんの部屋ってつまり女子の……。僕が人生で一度も足を踏み入れたことのない女子のお家に……ええぇぇえ!?