表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

89/130

89 ゲーム飲み2

 僕は困惑していた。動揺していた。

 自分の攻撃が通じていない。易々と防がれている。


「水瀬君、手加減しなくていいですよ」

「て、手加減?」


 赤、青、緑と様々な色のぷよっとした球を四つ繋げるパズルゲーム。月紫さんと対戦中なのだが、僕は手を抜いているつもりはない。寧ろ全力でやっている。

 馬鹿な……五連鎖を放ったのにビクともしていない。金束さん相手ならオーバーキルで倒せていた程の猛攻だぞ。


「ふぁいやー、あいすすとーむ、だいあきゅーと、ぶれいんだむどー。アルルの声可愛いですねっ」


 僕のアルルは強烈な攻撃を放っているはず。しかし月紫さんは造作もなく連鎖をぶつけて相殺する。

 チラッと横目で伺うと、月紫さんの表情は変化することなく、おっとり且つ冷静にコントローラを操っていた。嬉しそうに声を弾ませて余裕すら見せている。


「……次は七連鎖いくね」

「七ですか。そろそろばよえ~んが聞きたかったので嬉しいです」

「く、食らえ!」

「では十一連鎖でお返しします」


 っ!? 十一だと……!?

 月紫さんは僕の最大級の攻撃を防ぐどころか反撃してきた。

 七連鎖を受け止められた僕は襲いかかるカウンターをどうすることも出来ず、立ち直すことも叶わず、ばたんきゅ~を喫した。


「負けた……!」

「わーいっ」


 隣では勝利を喜ぶ月紫さん。女の子座りで上機嫌に上体を揺らす姿はいとキュートなり。そしていと強しだった。

 強い。月紫さんが強すぎる!


「次は本気でやっていいですよ」

「手加減をしているつもりは……」

「? 六や七で撃たないでもっと連鎖組んでもいいですよ、ってことですよ? 最低でも十連鎖しないと」


 平然とした口調で簡単におっしゃいますが、対戦の最中に十以上の連鎖を作り上げる腕は僕にはない。

 痛感する力量の差。力なくコントローラを落とす。


「……僕は休憩するよ」

「では一人用のゲームをしますねっ」


 完敗の二文字を叩きつけられた僕は一人で乾杯し、ビールを飲む。

 その傍らで月紫さんは他のゲームで遊ぶ。恋人の姫を救出するべく、裸の上に鎧を着たアーサーが魔界の村を進むゲームだ。


「ここでしゃがむと隠し鎧が出てくるんですよ。鳥を利用して大男の館をショートカットしますっ」


 解説混じりにサクサクと進む月紫さん。

 ステージ1のレッドアリーマーを瞬殺、ステージ2の十発当てないと倒せない大男の大群をいなし、ステージ3の強敵ドラゴンをノーダメで撃退。僕が幾度となくコントローラを投げ捨てた難関をクリアしていく。


「……前にも言ったけど永湖さんはゲームが得意なんだね」

「そうなのですか? 自分ではよく分かりません」

「自宅でもゲームしているの?」

「嗜む程度に。ゲーム機はスウィッチしか持っていないですけど」


 穏やかな声で喋りながらも鬼畜ゲーと恐れられた高難易度のゲームをピクニック気分で攻略している。

 ぬあっ!? 僕が未だに突破出来ていないステージ5を突破した!? そのまま最終ステージもクリアして……あ、ああぁ……!


「二周目が始まりました。パパッといきましょう」


 天才……これが天才というやつか!


「二周目なのに難易度は高くないですよね」

「へ、へえー」

「水瀬君もやりますか?」

「遠慮しておくよ……」


 今日はビールの訓練と共にのんびりまったりゲームをするつもりだったのに、空いた口が塞がらない。

 は、はは、僕が一人でひたすら磨いてきた腕前は井の中の蛙だったとさ……。


「とぉー、てりゃー」


 心バッキバキに折れた僕を余所に、月紫さんは的確に敵を射ぬいていく。

 すごい。そして可愛い。かけ声が可愛い。狙っているのはレッドアリーマーじゃなくてあざといのを狙っているのではなかろうか?

 いや、月紫さんはわざとやっているのではない。天然なのだ。天然だからこそ可愛い。天然で可愛くてゲームが上手いって、何それすごくね!?


「すげー上手だよ」

「そうですか?」

「うん。実況動画を投稿したらいいと思う。再生数が伸びそう」

「いえいえ、私よりもお上手な人は世界にごまんといますし、私が投稿しても観る人はいませんよ」

「そうかな? ゲームの腕前というより純粋に人気が出ると思う。顔を出さなくても声だけで十分に可愛いし」

「……」


 画面で異変が起きる。無双していたアーサーが攻撃を食らって素っ裸になった。


「ミス?」

「あ、あううー、手元が狂っちゃいました」


 月紫さんの照れたような声。耳元がほんのり赤く染まっていた。


「あ、いや、お世辞じゃないよ? 僕は本当にそう思ったんだ。だって月紫さんはおっとりしていて可愛いから」

「……」

「アーサーが骨になった。またミス?」

「あうあう~」


 言い淀む月紫さん。それに伴って画面内ではアーサーが右へ左へ慌てふためく。……ん?


「の、喉が渇きました」

「ビールがあるけど、やめておこうか」

「ですね。今ビールを飲むと大変なことになるので」

「安心して、ビール以外に月紫さん用のジュースを常備してあるから」

「……私の為に、ですか?」

「うん。たまにはジュースでのんびり乾杯しよう。訓練ばかりだと疲れるでしょ? 永湖さんには楽しく飲んでもらいたいから」

「っ……」

「あ、ゲームオーバー」


 残機がなくなり画面にはゲームオーバーの表示。


「永湖さんでも二周目は簡単にはクリア出来ないのか。魔界の村は恐ろしいね」

「平常時ならクリア出来るのですが今は水瀬君が……あうあう~!」

「ど、どうしたの?」


 月紫さんが顔を真っ赤にしてコントローラのボタンをがむしゃらに乱打する。初めてストⅡをプレイする小学生みたいだ。


「水瀬君はたまにズルイです」

「え、僕なんかしました!?」


 邪魔したつもりはなかったよ? 変なこと言ったかな……うーん、分からん。大学敷地内でアカペラを歌う奴らくらい分からない。ほぼ毎晩集まって練習しているけど彼らはいつ本番があるの?


「私も休憩します。なのでビールをください」

「えっと、大丈夫?」

「大丈夫です。数滴なら飲めるようになりましたっ」

「まさに雀の涙だね」

「ちちち、ちゅん! ちちち、ちゅん!」

「リアルな雀の鳴き声はしなくていいから」


 なぜリアルさを追求したの? 可愛いからいいけど。いいんかい。


「今日こそビールを一口飲んでみせますっ」

「あ、待って。これを飲んでみて」


 僕は月紫さんにビールと一緒にサイダーを渡す。


「サイダーですか。それにこのビールは……水曜日のにゃーにゃー?」

「猫ね。鳴き声はしなくていいから」

「に゛ゃあぁ、ぅにゃああん」

「リアルな鳴き声もしなくていいって。しかもクセが強いタイプの猫!」


 可愛いから。すごく可愛いから。可愛さのあまり僕のブレインがダムドするからやめてください!

 ご、ゴホン。本題に入ろう。

 月紫さんの為に用意したのはジュースだけではない。訓練のことも考えている。


「そのビールをサイダーで割って飲んでみて」


 用意したのは水曜日の猫。ベルジャン・ホワイトエールというビール。甘酸っぱさと爽やかな香り、苦味が少なくスッキリとした飲み口が特徴だ。


「普段あまり飲まない人や女性にオススメのビールかな。これなら月紫さんの口に合うかもしれない」

「なるほどっ」

「そしてサイダーで割ることによってさらに飲みやすくなる!」


 このホワイトエールとサイダーの組み合わせは良い。サイダーの甘みが加わることで調和して非常に飲みやすくなり、それでいてビールの味わいを損なわず、それでいてビールを飲んでいる感覚はあまりない。え、矛盾している? まあまあ飲んでみたら分かるよ。


「何よりこれは味もかなり美味しい。情報提供者の人どうもありがとう!」

「誰に言っているのですか?」

「僕もよく分からない」


 とにかく飲もう。純粋なビールを飲めるようになる前に、まずはこれで慣れていくんだ。


「ではいただきますねっ。ぶへっ」

「うーん瞬殺」


 サイダー割りのビールならどうだ?と期待する暇もなく月紫さんは噴き出した。

 はいゲームオーバー。あぁ……。


「ご、ごほっ、あわわ水瀬君が泡わわっ」

「気ニシナクテイイヨー」

「水瀬君がロボットみたいな口調になりました。オッケー水瀬君っ、明日の天気は?」

「僕をAIみたいに扱わないで。ちなみに明日は晴れです」


 顔とテーブルを拭きながら缶に残った水曜日の猫を飲む。

 うん、美味しいし飲みやすい。でも月紫さんは飲めなかった。今回も駄目かー。


「待ってください水瀬君。サイダーとビールを9:1の割合にすれば飲めますっ」

「それは最早サイダーだね」

「最早サイダー、こりゃあ参ったーっ」

「学園祭の頃からラップにハマってる?」

「私には才能があるので」

「自分で言う!?」


 結局、いつもの流れになった。

 月紫さんはビールを噴き出してラップを繰り出して、擬音と共に不思議おっとりマイペース。僕はツッコミと拭く作業で齷齪だ。

 卒業までにビールを飲めるようになるのかな……あうあうー。僕が言うとキモイね!


「ゲームを再開しましょう」

「僕はもういいや」

「そうですか。まあ水瀬君のお部屋には大したゲーム機もソフトもありませんからね」

「遂に毒も出してきた」

「先程も言いましたが私の家にはスウィッチがあります」

「すごいね。僕持っていないよ」


 品切れ状態が長く続いていた超人気のゲーム機だ。


「むふー、ですっ。私は持っています」

「おー、かなり自慢げ」

「お父さんが買ってくれました。点滴を外して買いに行ったそうです」

「破天荒エピソードが尽きないね」

「娘の為ならタガが外れると言っていました」

「外したのは点滴だろ!」


 ともあれ月紫さんの父親は非常に娘思いだ。いいね。

 スウィッチもいいなぁ。僕も欲しい。


「スウィッチ面白いですよ」

「羨ましい」

「良ければ一緒にスウィッチやりませんか?」

「出来るならやりたいけど」

「はいっ。では……今から私の部屋に来ませんか……?」

「ああいいね。じゃあ今から…………はい?」


 訓練失敗後の自然な会話。僕は頷いてから気づいた。

 月紫さんが「私の部屋」と言ったような……え……?


「っ! はいっ。行きましょう!」

「あ、ちょ、待っ、永湖さんの部屋って……」


 戸惑う僕の腕を引っ張り、月紫さんは玄関へと向かう。

 え……月紫さんの部屋ってつまり女子の……。僕が人生で一度も足を踏み入れたことのない女子のお家に……ええぇぇえ!?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ