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73 あの頃と同じ笑顔で

 本日もキャンパス内はお祭り騒ぎ。

 夜通し飲んだのか、何人かやつれた顔が目立つけど大半の人は晴れ晴れとした笑顔だ。


「フランクフルトが売ってある。あっちにはフライドポテト。ふん、大学生が作った物なんて食べたくないわ。手作りの看板は安っぽくてお粗末ね」


 隣を歩く金束さんが不服そうに小言を呟く。

 昨日に続き、今日も学園祭にやって来た僕。前日と違うのは隣にいる人が月紫さんから金束さんに変わったこと。根暗野郎のくせしてリア充していると思う。


「大学生が多いわ。キモイ。ウザイ」

「学園祭だから当然でしょうに」

「どこかに座るわよ。来なさい」


 いやリア充ではないね。来て早々に人通りが少ない中庭のベンチに座る僕らはどう見ても学園祭を楽しめていない。なぜ来たんだ状態である。


「えっと、帰る?」

「帰らない!」

「大声出さなくても……」


 模擬店エリアや野外ステージからも遠く離れた中庭にまで活気が聞こえてくる最中、僕は空を見上げて長嘆息。

 一方、来て早々に文句ばかりの金束さんは学園祭のパンフレットに目を通していた。


「ふーん、ゲストはアーティストなのね。ま、見てあげてもいいわね」

「金束さんが見ているのは昨日のページだよ。ちなみにアーティストの演奏はすごく良かった」

「……」

「た、叩かないで。パンフレットの角で僕の皮膚を突かないでぇ」


 パンフレットの角と金束さんの不機嫌さが肌に突き刺さる。


「昨日のことは知らない。私は行ってないもん。アンタは行ったけど……!」

「まだ根に持っている……」

「どうせあの大男と行ったんでしょ」

「いや、昨日は」

「ふん! 私を置いてアンタだけ楽しんだ!」


 金束さんが不機嫌なのは学園祭によって大学生ノリを味わっているせいだけではなく昨日のことをまだ怒っているらしい。


「昨日の夜、散々謝ったじゃないか。合計で百回はごめんって言ったよ」

「ふんっ」


 うんそうだったね、僕が百回「ごめん」と言えばあなたは「ふん」を百回言った。

 本当に悪かったと思っている。だから今日は金束さんの言う通りに行動するつもりだよ。


「見たいやつある?」

「今パンフレット見ているから話しかけないで」

「待機ですね、了解です」

「ふんっ。えっと、野外ステージのタイムテーブルは……」


 食い入るようにしてパンフレットを熟読する金束さん。前屈みになり、梳き流した長い髪が垂れて彼女の横顔を隠す。

 アッシュ系の色を引き立たせたベージュカラーの髪は毛先を散らし、ふんわり大きくウェーブさせて艶と柔らかさがある。宝石のように輝き、物語に登場するお姫様のように絢爛で、お日様の下で見る金束さんはいつもより美しかった。


「環境展……? 虫の標本? そんなの誰が見るのよキモイ! 他には……自作映画。高度なものを作ろうとして演技も技術も足りない稚拙な連中が自己満足を捻じ込んだ十数分の映画なんて観たくないわよ!」


 パンフレット相手にキレているのは置いといて……。

 普段と比べて見た目のどこがどう変化したのか、僕にはハッキリとは分からないし上手く言えない。

ただ一つ。普段の金束さんとは違う雰囲気を感じた。


「金束さん」

「集中しているから話しかけないで」

「その髪型、似合っているね」

「っ! ……ふん」

「あ、いや、普段の髪型が似合っていないということではなくてですね! いつもと違うから新鮮に感じてなんか良いなぁーと……え、えひひ?」

「気持ち悪い声を出さないで」

「ぜ、善処します」

「……」

「見てみたい物あった?」

「行くわよ」


 金束さんはパンフレットを閉じてベンチから立ち上がる。

 余計に怒らせちゃった……? あぐぐ、僕に気の利いたセリフを言うスキルはありませんんんん。現実世界も恋愛ゲームみたいに選択肢が表示されたらいいのに。


「行くわよ水瀬! 早く来なさいよ」

「はひぃ」


 風が吹き、金束さんが大声を出す。僕は慌てて彼女の後を追う。


「ふん……っ、えへへ……」


 声に怒気が含まれていなかった。秋の風に吹かれて見えた彼女の顔は微笑んでいた。

 そんな気がしたのは、僕の勘違い?


「カクテルどーっすか☆ サングリアがマジうめぇわぁの季節っしょ☆」


 模擬店エリア。並ぶテントの一つ。

 立て看板には『ロイヤルカクテル』と書かれてあり、ツンツンの金髪をかき上げる黒シャツを着た男子が売り込みをしていた。


「ロイヤルカクテルことロイカクのエース/盛り上げ担当/午後からバントするよ/よさこいで踊るよ/and moreの日凪昭馬をしくよろ☆ みんな買ってちょ☆」


 売り込みをしているのは日凪君だった。カッコつけているのか、店の前を通る女子に対してウインクと投げキッスを放っている。酔っているのかな? 自分もしくはお酒に。


「あっ、根暗っち! おーい根暗っち~!」


 気づかれてしまった。目が細いくせに意外と視野が広、って金束さん僕を叩かないで。ポカポカしないで。


「何しているのよ馬鹿!」

「お? 根暗っちは誰と話して……ああぁあ! 小鈴じゃん! ウェウェイ☆」


 日凪君にいち早く気づいた金束さんは僕の背中に隠れていた。

 が、見つかってしまう。チャラ男がウェイを連呼して僕らに走り寄ってきた。


「久しぶりっしょ☆ 今日もきゃわうぃ~ね~!」


 日凪君は僕らに近づいて三メートル手前で止まる。

 金束さんに会えたのが嬉しいらしくテンションが高い。けれど僕をチラッと見て「分かっている、これ以上は近づきません、だからネギっちにテレフォンはやめて」と目で懇願してきた。チャラ男キャラがブレてきているよ?


「私に話しかけないで」

「相変わらずツンツンしてる☆ 髪型変えた? それもバッチグーっしょ☆」

「アンタに言われても微塵も嬉しくない。もう水瀬が言ってくれたから嬉、なんでもないんだからね馬鹿!」


 ちょ、あ、あの、僕の耳元で叫ばないで。なんで僕が馬鹿呼ばわりされたの?


「隠れてないで俺っち見てよ小鈴。サービスするぜよ☆」


 水を得た魚の如し。日凪君は活き活きとした表情でペラペラと喋り、しまいには投げキッスを放つ。金束さんは僕の後ろに隠れているので投げキッスは僕の顔面へと来た。や、やめて、二日酔いよりも気分が悪い。


「水瀬……」

「わ、分かっているって。この場は早々に離れようか」


 金束さんは日凪君のことが大嫌いだ。僕も好きか嫌いかで問われたら嫌いだ。さっさと逃げてしまおう。この場を離れてしまおう。

 ……それと、金束さんも離れてもらえますか。日凪君のことが嫌いとはいえ、何も僕にしがみつかなくても……っ。


「根暗っちと小鈴は仲良いね☆ 応援しているぜ! てなわけで俺っちから二人にカクテルをサービス」

「じゃあね日凪君」

「ウェイ? え、ちょ、ウェイウェイ、ウェイト! もう行っちゃうの?」

「金束さんが嫌がっているから。模擬店頑張ってね」

「ウェイトウェイト! あ、マジで行っちゃうんだ!?」


 日凪君が必死に呼び止めるも、僕の体は彼から離れていく。さようなら。


「あいつ大嫌い。サークル辞めて正解だったわ。二度と会いたくない」


 僕を引っ張る金束さんは露骨に不機嫌な顔をしていた。先程まで見せていた機嫌の悪さとは別種の、不快感多めで怒り心頭。


「ふん!」


 ひえぇ、どうにかして空気を変えないと。バイトで培った接客スキルを発揮するんだ。まだバイト初めて数回だけど。雑用でこき使われてばかりだけど。


「お腹空かない? 何か食べて気分を変えよう」

「大学生が作った物は食べたくないわ」

「そ、そんなこと言わないでさ。ね?」


 金束さんのナナメなご機嫌を立て直すべく、僕は慎重に言葉を選び、出来る限りの笑顔を向ける。


「ほら見て、チュロスだよ。買ってくるから一緒に食べよう」

「……」

「はい半分こ。ね? 食べよう」

「ふん。……そこそこね」

「それは良かった。次はタピオカジュースを飲もう」

「そうね。ん、美味しい」

「あとでビールも飲もう。きっと美味しいよ」

「本当に美味しいのでしょうね?」

「ソレハワカラナイ」

「はあ?」

「お、落ち着いて。僕は美味しいし、楽しいよ。金束さんと一緒にいるから」

「……な、何にょそれ」


 噛んだ。辛辣な顔しているくせに噛んだ。

 指摘すると憤慨するだろうから僕は「噛んだ」とは言わない。代わりに「行こう」と言って金束さんを連れて歩き、精いっぱいの笑顔を浮かべる。僕が笑っても気持ち悪いとしか思わないだろうけど。

 けどさ……ね? 楽しもうよ。


「向こうで何かやっているよ。金束さん、行こう」


 チュロスを食べてタピオカジュースを飲んで小休止は終わり。野外ステージの方へ向かう。


「っ……ふん」


 少しだけ金束さんの機嫌が良くなったような気がした。口調や態度はツンとしていても足取りは軽い。


「何よあれ。けん玉? そんなの誰が見るのよ。……ふーん、中々落とさないわね。あっ、今の何!? けん玉も体も一回転したわ!」


 ステージの上で踊りながらけん玉を巧みに扱うパフォーマンスを見た金束さんがお手本のように驚く。

 大学生が嫌いなくせに、愉快に楽しんでいる彼らを見るのが大嫌いだと言うくせしていざ楽しむ側になると無邪気になるんだよなぁ。


 ……楽しもうよ、か。ごめん、それ違うね。まるで金束さんが楽しんでいないみたいな言い方をしてしまった。

 金束さんは最初から楽しもうとしていた。今日を楽しみにしていた。僕には分かる。


「あっちのブースでけん玉が出来るわ。やるわよ」


 金束さんは頬を綻ばせる。次の瞬間には唇を尖らせる。


「どうせ大したことなさそうだけど。ふんっ」

「思い出したかのように辛口にならなくてもいいのに」

「何か言った」

「イエナニモ。けん玉やりましょ」


 唇を尖らせる。辛口になる。大学生を毛嫌う。

 でも金束さんは嬉しそうだ。楽しそうだ。


 僕は知っているよ。金束さんは知らないだけなんだ。

 今までやったことがない。体験したことがない。だから馬鹿みたいに楽しんでいる大学生が疎ましくて、騒がしい彼らを忌み嫌っている。


「む、難しいわね。……水瀬、上手ね」

「けん玉ビールにハマっていた時期があったから」

「けん玉ビール? 意味不明ね」

「僕もそう思ったからやめた。えっとね、まず玉と糸を静止させて」

「こ、こう?」


 けれどいざ自分がやる側になると盛大に楽しむんだ。

 夢中になってけん玉をする金束さんを見て、僕は自然と笑顔になる。


「で、出来た! 今の見た?」

「見ていたよ」

「やったわっ。……ぁ、ふ、ふん、こんなの楽勝よ」

「あ、あはは……ん、他の出し物も見てみよう」

「そうね。あっ、あれすごいわ! 近くで見るわよ」


 口を開けば辛辣なことしか言わない。それは素直になれないだけ。

 パンフレットを食い入るようにチェックして、チュロスを食べてタピオカジュースを飲んで、けん玉パフォーマンスを見て驚く。無邪気で興味津々、どこにでもいる大学生。普通の女の子。

 もちろん馬鹿みたいにビールを飲むことや大学生特有の軽いノリは今でも大嫌いなのだろう。

 でもそれも、もしかしたら楽しめるかもしれない。可能性の一つとしてある。


「焼きそばがあるわ。一個四百円? 高いわ。油ギトギトで気持ち悪い!」

「食べる?」

「……量が多い」

「じゃあ一緒に食べよう」

「そ、そうね。半分こ」


 僕は金束さんに美味しいビール以外も教えてあげられるかもしれない。

 そして僕も、まだまだ色んなことを知っていけるのかもしれない。

 金束さんと一緒なら。そんな気がした。


「買ってくるよ」

「私が買ってくる。水瀬はそこで待っていなさい」

「僕が払うよ?」

「うるさい!」

「えぇー……?」

「その……いつも水瀬に奢ってもらってばかりなのが癪なだけよ! そ、そうよ、癪なの! だから私が買うの!」

「じゃあ、お願いします?」

「ふんっ。待ってて、すぐ買ってくる」


 人混みの中。金束さんが模擬店の方へと歩いていく。

 着ぐるみやコスプレした人、たくさんの人で混雑している中でも彼女の後ろ姿はハッキリと見えた。

 たぶん、いや間違いなく。金束さんは笑っていた。本当、素直にならない人だな。


「……充実しているなぁ」


 近くの階段に腰かけて空を見上げる。長嘆息は出ず、代わりに僕の口は息を吐いてゆっくりと綻ぶ。彼女が見せる笑顔と同じように。

 友達と一緒に遊ぶのって、こんなにも楽しいんだね。大袈裟かもしれないけど、僕は今が幸せだ。人生で一番楽しい。少なくても一年前と比べたら遥かに。


 と、誰かが僕の肩を叩く。


「ん? 金束さんもう買ってきたの」






「あ、やっぱり流世君だ」











「買ってきたわよ。一緒に食……水瀬、どこ……?」






 浮き立っていた体と心が一瞬にして固まる。

 人混みの中、見えるもの聞こえるものはあの人の声と姿だけになる。息が止まる。息が出来ない。口の奥が渇く。目の奥が熱くなる。


「流世君も来ていたんだ。すっごい偶然だね」


 可能性と言うならば。どんなことも起こりえる。

 金束さんがビールを美味しく飲めるようになるかもしれない。金束さんが大学生のノリを嫌いにならなかったかもしれない。


 もしかしたら。その言葉を一つ付け加えたなら。

 僕は大学生の飲み方を嫌いにならなかったかもしれない。一人酒に逃げることにはならなかったかもしれない。



 あの時、あの人と、今も一緒にいる未来があったのだろう。



「茉森さ……っ、っ……」

「流世君こっち来て。早く早くっ」


 可能性の一つとしてありえる。例えば、この学園祭でバッタリ会ってしまうこともありえる。昨日のように変装して気をつけておけば良かった。もっと辺りを警戒すれば良かった。

 もう手遅れだ。今も、過去も。


 体が止まる。息が止まる。吐き気が止まらない。


「いつも授業で一緒だけど話すのはめちゃ久しぶりだね」


 可能性と言うならば。どんなことも起こりえる。けれどそれはあくまで可能性の話。過去は決変えられない。変わることがない。

 それを裏付けるかのようにして、目の前に立つ人は話しかけてきた。僕の手を引っ張る。僕を連れて歩く。あの頃と同じ、恐ろしい程までに素敵な笑みを浮かべて。


「そうだよね、流世君」


 同じ学部の同級生、木葉茉森(このはまもり)。

 一年前の、出会った頃と変わらない華やかで天真爛漫な彼女の笑顔がそこにあった。

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