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67 ネギ切りげんまん

 とある市の、とある会館にて、とある企業の何周年かのイベントが開催される。

 本日はここで朝から夕までアルバイトだ。


「四等ですね。あちら、右から二番目の机で景品をお受け取りください」


 来客者から渡されたクジを開き、景品を受け取ってもらうブースへ案内するのが僕の役目。任された仕事をそつなくこなし、丁寧な言葉遣いで真面目に働いている自負はある。

 が、どうも腑に落ちない。それは、隣の人に比べて僕の仕事量が多いからだ。


「流世よ、人々はどうして俺の方には来ないんだ」

「自分で分かるだろ?」

「ああ。外見だな」


 隣には強面大男の不知火。僕と同様、お客さんからクジを受け取る仕事を任されている。

 しかし不知火は顔が怖い。彼の元へクジを持っていく人はほとんどおらず、代わりに人々は僕の方へと流れてくる。おかげで僕は二倍の仕事量だ。


「キツイなぁ。精神的にくる」

「いや僕は肉体的にキツイんだけど?」


 あ、おじいちゃん、クジを上手く開けないなら僕に任せて。無理にするとクジがぐちゃぐちゃになっ、あ、あぁほらこうなる。細切れになったクジは開きにくいんだよ。そうこうしているうちに僕の前には列が……うあぁあぁ……!?

 そして誰も並ばずやることがない不知火は退屈そうに首を回して骨を鳴らす。そんなことするから余計に怖がられるんだって!


「アイドルグループの握手会みてーな差だな。さながら流世はセンターに立つ人気メンバーで、俺はランキング圏外の研修生ってとこか。ははっ」

「いや笑ってないで手伝ってよ。あ、ちょ、おじいちゃん番号が見えなくなるからクジを真ん中から引き千切らないで! あ、おばあちゃん特賞です! おめでとうござ、おじいちゃんクジが上手く切れないからってキレないで!?」











 昼休憩。僕と不知火は支給されたお弁当を食べる。


「ほぉ、ネギ塩豚弁当か。やるじゃねぇか」

「不知火は元気だね……」

「ほとんど働いてねーからな」


 お弁当をガツガツと食べて不知火は幸せそうだ。呑気ですね。


「羨ましい限りだよ」

「俺からすればモテモテの流世の方が羨ましいぜ?」

「おばあちゃんやおじいちゃんに話しかけられているだけだよ」


 そもそも仕事をしているだけなのでモテるモテないの話ではない。ただの仕事だ。

 ……というかモテているのは不知火の方だろ。大半の人は怖がって近寄らないが、中には不知火がイケメンであることに気づく人がいた。さっき若い奥様方に話しかけてられていたのを僕は見ていたからな! 僕が謎におじいちゃんからキレられている傍らでキャッキャされやがって!

 女子に言い寄られるし仕事は楽。対して僕はチヤホヤされないし仕事は大変……はぁ……。


「溜め息をついてどうした。食べないのなら俺がもらうぞ」

「器用にネギだけかっさらうのやめて」


 豚肉に乗った細ネギのみを綺麗に取る不知火。いやまぁいいけどね。どうぞ食べてください。


「にしても、流世が短期バイトしようと誘ってくるとはな」

「お金が足りなくなってきたんだ」

「ビール代か」

「そうだね」

「それとデート代だな」

「……デートって何さ」

「あ? 月紫や金束と遊ぶから金がないんだろ?」

「そんなこと……うーんん……」


 咄嗟に否定したくなるも、不知火に指摘された通りなので僕は口をモゴモゴさせて黙る。

 そうなんだよなぁ。一人分ではなく数人分となるとビール代はかさむし、美味しいシチュエーションの用意にもお金がかかる。短期バイトを増やさないと追いつかなくなってきた今日この頃。


「短期ではない何かしらのバイトを探さないとなぁ……」

「ほぉほぉ」

「何笑っているのさ」

「バイトならコンビニ店員はどうだ。深夜帯は時給高いぞ」

「深夜はガラの悪い人が来そうで嫌だ。あと深夜に働くと翌朝の講義に寝坊しそう」

「塾講師や家庭教師は?」

「塾の講師は時給が高いけど授業外でもやることが多くて大変らしいよ。あとコミュ障の僕に人の勉強を教えられる自信はない。よって家庭教師も無理」

「アルバイトをなめてんのか。あ? 楽して稼げる仕事があるかよ」

「今まさに僕に説教されている奴がそれを実現しているんだけどなぁ!?」

「照れるぜ」


 褒めていないよ。

 僕はネギが消えた豚肉を食らってげんなり肩を落とす。


「いやまぁ不知火の言い分は分かるよ。お金を貰うにはそれ相応の働きをしなくちゃいけない」

「等価交換だな」

「それは錬金術師の原則」

「ちなみに俺はネギの錬金術師だ」

「言うと思った」

「見てろ。ほら」

「ネギが増えた!?」


 瞬く間に不知火の弁当には山盛りのネギ。不知火はしたり顔を浮かべ、指先でタッパーをクルクルと回す。


「すげーだろ。いつもネギ詰めのタッパーを常備しているんだ。出先でもネギに困ることはない」

「だったらなぜ僕の弁当からネギ奪ったんですかねぇ」

「理由はない。だから奪う」

「強敵タイプの悪役が言いそうなセリフだ!」

「楽しいな」

「どこが!?」

「はっはっは」

「今日は随分と楽しそうだね……」

「よく言うぜ。楽しそうなのは流世だろーが」


 僕が?

 見ると、不知火は山盛りネギを頬張っていた。あっという間に飲み込んで、タッパーから追加のネギを盛る。そして僕に笑いかけてきた。


「長期バイトを考える程に金が足りないんだろ? それだけ流世の日々が充実しているってことだよ。金がないからといってあいつらと飲む回数を減らそうとはせず、どうにかしようと頑張っている。それだけ流世は今の生活が大切ってことだ」

「……」

「流世、楽しそうだな」

「……さあどうだろうね」

「よく言うぜ」


 からかうように声上げて笑い、強面の顔に優しい表情を浮かべて、不知火は僕の肩を叩く。すいません肩にネギの臭いがつくんでやめてもらえますか。


 自分でよく分かっているよ。

 月紫さんや金束さんとビールを飲むのは常に波乱万丈だ。酷い目に遭うことも多々ある。一人酒とは比べものにならない出費と、そして楽しさ。

 一人でいた時よりも忙しくてお金が足りなくなって、その分だけ、いやそれ以上に毎日が楽しいんだ。


「後期が始まってもあいつらと遊ぶんだろ」

「うん」

「その為には午後からもバイト頑張らねーとな。さ、行こうぜ」

「食後の薬みたいにネギを常用しないで」

「これは口臭ケア用のネギだ」

「より凄惨にネギ臭くなるだけだろ!」


 立ち上がってからも刻みネギを口に放り込む不知火に、肩を並べて僕も立ち上がる。

 さて、午後からもしっかり任された仕事をそつなくこなして丁寧な言葉遣いで真面目に働きましょうか。


「午後は新たに設営の仕事もあるらしいな。力仕事は俺に任せろ」

「頼んだ」

「それとたまには俺とも遊んでくれよ。約束しろ」

「約束というより脅迫だね」

「ネギ切りげんまんしようぜ。嘘ついたらネギ千本飲ませる。って、それだと嬉しいだけだな。はっはっは!」

「お前以外は針千本と同等の苦しみだよ」


 不知火と笑いながらバイトへと戻る。


「俺とも遊べ。何かあったら俺を頼れ。親友との約束だ」

「はいはいネギ切りげんまんね」


 九月の下旬。長い夏休みがもうすぐ終わろうとしていた。

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