65 中秋の名月
テーブルの上にガスコンロを置き、そのガスコンロの上に土鍋を置く。
冷蔵庫の中をチェック、下ごしらえを済ませた野菜と解凍中の鶏肉がボウルに入っている。モチのロン、ビールも冷やしてある。これがなくては始まらない!
「準備はバッチリ。金束さんが来たら始めよう」
リビングの窓際に座って暫しの休憩。見上げた先の窓はカーテンを閉めておらず、雲なき空は夕日によってオレンジ色に染まりつつある。
「晴れて良かった。これなら存分に拝むことが出来そうだ」
中秋の名月。由来や意味は知らないが、とにかく月が綺麗な一夜だ。まん丸とした白く輝く月がすごいらしいですよ。
となれば大学生はこぞって集まり、月見という名の飲み会を開催する。光源に集まる虫みたいなものだ。僕も人のこと言えないが。
しかし僕は彼らと違う。大学生のノリでは飲みません。真剣に月見をして静かにビールを啜る所存であります!
そんな中秋の名月ビールを金束さんに味わってもらおうではないか。中々に素晴らしい良シチュをご用意したつもりでありますっ!
「どうせまた『ふん、季節限定イベントじゃない』と貶されそうだけどね。……ん? 通知?」
金束さんの口調を真似ていると、スマホが震えた。画面にはメッセージの通知。表情される『月紫永湖』の文字。
『こんにちは。今からお部屋に行ってもいいでしょうか?』
きちんと挨拶から始まり、事前に連絡を入れてくれる月紫さんの真面目さと可愛らしさがシンプルな文面に表れていた。女子力の塊である。
「おぉ、月紫さんも来るのか」
断る理由がない。僕は『いいよ』と送信。コミュ力の乏しさ。
すると、秒の速さで既読がついて返信が来た。『ありがとうございますっ。今から向かいますっ』と。
ぽわぽわする。月紫さんの文章は非常にぽわぽわしますっ。
「ぽわぽわもいいけど準備しなくちゃ」
二人から三人に変更だ。取り皿や箸をもう一式用意する必要がある。
えーっと予備の紙皿は……んん?
『今日行けなくなった』
スマホが再びバイブレーション。画面には金束さんからのメッセージ。
「え、金束さん来られないの?」
『お母さんが来ることになった』
返信を打つ前にもう一通来た。素っ気ない文面からツンとした態度が強烈に伝わってくる。らしいなぁ、と思う。
『ホント最悪。なんで今日来るの。事前に言いなさいよ』
「ぼ、僕に文句を言われても」
『月見は明日やるわよ。いいわね!? 延期するだけなんだからね!』
声は聞こえないのに文章から金束さんの剣幕を感じた。たぶん怒っている。いやいや僕に怒らないでよ。親が来るのは仕方ないでしょ。
『分かった。では明日』
『ふん』
「『ふん』だけなら送らなくていいよ!?」
あぁ、金束さんの怒った顔が目に浮かぶ。明日が怖い。てか明日だと意味がないんだけど。中秋の名月終わってるよ。
「となると、三人ではなくやっぱり二人なのか」
「コンコンっ、水瀬君ーっ」
「あ、はい」
扉の向こうから月紫さんの元気な声がする。
僕は手に持った紙皿と金束さんのグラスを元の場所にしまい、玄関へと向かった。
「わぁ、お鍋ですかっ」
月紫さんが上着を脱ぎ、カーペットの上に座る。土鍋を興味津々と見つめて顎の先で両手を合わせると、コテッと首を傾けて笑う。
「誰かのお家で鍋をするのは初めてです。とても楽しみですっ」
「それは何よりで」
仕草が可愛すぎる。この印象があるからメッセージの文面も可愛らしく感じるのだろう。
上着を脱いだ姿も女子力の塊。月色と紫色のニットセーター姿はまさに女子そのもので、つまり女子だ。僕はコミュ力の他にも語彙力も乏しいのかな?
「それにしても準備が良すぎですね。私が来ることを予見していました? 水瀬君は予知能力者ですか?」
「僕に異能はないし、予知していたわけでもないよ」
僕は曖昧に笑ってガスコンロに火を点ける。
本来は金束さんと二人で食べるつもりだったけど金束さんが来られなくなった。月紫さんが来てくれて上手いこと事が運んで助かりました。
「今日は中秋の名月です。水瀬君は知っていますか?」
「うん知っているよ。だから鍋なのさ」
「だから?」
ミミッキュのばけのかわが発動した時よりは激しくない程度の超絶絶妙な傾け加減で首を傾けた月紫さんが頭上にハテナマークを浮かべる。くっ、これ以上にない完璧な傾げ方だ。あざとい、天然産なのがさらにあざとい! 可愛い!
「ご、ゴホン」
「五本? 指の数ですか?」
「いやいきなり五指について語らないから。語るのは、月見と鍋の相性についてさ!」
月紫さんの可愛さに心臓をゆっさゆさ揺すられつつも、気を取り直して僕はその場に立ち上がーる。語ってあげましょう!
「月見といえばイメージするのはお団子だろう。確かに定番だ。お団子とビールも悪くはない。だが僕は思う! 中秋の名月の日には鍋をするべきだと! 秋を感じさせる日だからこそ、寒さを感じ始める季節だからこそ、冬の到来に備えて初鍋をするのが粋なのさ!」
中秋の名月とは本格的な秋の訪れだと思う。特別な一日に、これからお世話になる鍋を開始するのは趣きがあると考えております。
綺麗な月を眺め、今シーズン初の鍋を食べ、ビールを飲む。水瀬流世流・中秋の名月の楽しみ方だ! 流世流って語呂が悪い。
「わあっ、見事な演説ありがとうございますっ」
「なんてね。あはは、変なこだわりでごめん」
「そんなことないです。私は感動しました。水瀬君の流儀は素晴らしいです!」
月紫さんは合わせていた両手をパチパチと鳴らして拍手を送ってくれた。もし金束さん相手に語っていたら「ふーん」の一言で終わっていただろう。
しかし月紫さんは僕を褒めてくれた。賛同してくれた。う、うぅ、なんと良い子なんだ。僕の話をちゃんと聞いてくれるとは……!
「ではお月さんを見ながらビールを飲みますねっ。いただきます!」
「はっ!?」
感動している場合じゃなかった。
鍋の蓋が開いている。月紫さんはビールを飲もうとしており、その先には鍋。このままでは月紫さんが鍋にビールを噴き出してしまうっ!
「げほっ」
「させない!」
咄嗟に体をねじ込む。月紫さんと鍋の間に割って入り、僕は顔面にビールの飛沫を受ける。
「あわわっ、水瀬君がお馴染みのビールまみれです!」
「ふっ、構わないよ。鍋を守れた」
「水瀬君のディフェンス能力に感服ですっ」
ありがとうっ。僕は土鍋に蓋をして、タオルで顔を拭く。
いやー、あははー……月紫さんんん!?
「分かるよね? それは駄目だって分かるよね!?」
あなたはビール噴き出す系女子でしょ! 考えようよ! 僕がたった今饒舌に語った月見鍋を台無しにするおつもり!?
「そ、そうでした。ごめんなさい!」
「分かればいいんだよ」
「乾杯が先でしたねっ」
「そうじゃない!」
僕はテーブルに頭を打ちつけて倒れ伏す。月紫さんの明るい顔が余計に辛い!
「ところで『ふっ、構わないよ』ってのはカッコつけすぎですね。大学生にもなってそういうのはどうかと思います」
「急に毒吐かないで。しかも笑顔で……」
この子は本当に天然だ。僕は今日も思い知った。




