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62 チャラ男の逆襲

「月紫のガードが甘い?」


 ミクの歌が流れる室内で、不知火は怠そうに目を細めて長ネギをかじる。

 長身強面の大男とはいえ容姿は整っている不知火は目を細めてもカッコ良かった。ちなみに長ネギをかじる姿はあまりカッコ良くない。


「うん。なんか、こう……危ういんだよ」

「んなことねーと思うぞ。寧ろ固い方だろ」

「嘘だ」

「マジだ。同じ学科の俺が言うんだからな」

「でも、む、む、胸とかチラ見えするんだよ?」

「大きかったか?」

「や、やめろぉ」


 実は着痩せするタイプとか思っていないから! いやまあ思ってしまったけども!

 すぐに出てくる煩悩を吹き飛ばして僕が真剣な目を向けると、不知火は「冗談だよ」と返して肘をつく。


「月紫をまじまじと見たことねーから断言は出来ねーけどよ、俺の知る限りいつもキチッとした服装だぞ」


 不知火は長ネギを噛み切って残りを指先で器用にクルクルと回す。

 僕が納得いかない顔をしていたのか、続けざまに喋る。


「信じてねぇのか。この前の集中講義でも上着を羽織っていたぞ。夏なのに半袖でもなかったし、スカートはいつもロングだ」

「見たことないと言う割には見てるじゃないか」

「夏は女子の服が薄くなるからな。胸チラとパンチラの可能性が爆上がりだ」

「最低だね……」

「男として当然の行為だろうが。流世が異常なんだよ。チャンスがあれば見ろ」

「見ないってば!」


 僕はそんなことしない! いやしているかもしれないけど。だって僕はムッツリだから。言わせないで恥ずかしいぃ。


「とにかく月紫はガード甘くねぇよ。流世の勘違いだろ」

「そうなのかなぁ」


 不用意に屈んで服の襟元が緩くなったり無防備になる時があるし、動物園に行った時は僕の腕を自分の胸元へ引き寄せようとしていた。

 危うい気がするんだ。男性に対してもっと警戒すべきというかなんというか……。


「もしくはあれだ、お前にだけは緩くなっているのかもな」


 ネギ回しを終えて一かじり、不知火は愉快そうにニヤリと笑う。


「僕には? どうして僕にだけ?」

「あ? 分かるだろ」

「分からないよ」

「流世らしいな……」

「ど、どういうこと」

「気にすんな」

「気になるよ!?」

「ところで流世、お前変わったな」

「……別に」

「親友の俺が気づかねぇわけねぇだろ。以前とは顔つきが違う」


 ……不知火にはバレてしまうか。さすが親ゆ……い、いや親友は図々しいかな。

 でもこれだけはハッキリと言えるよ。


「さすが友達だね」

「! ほぉ。……っ、ヤベ、涙が」

「え、どうしたの?」

「流世から友達と言われて泣きそうだ」

「お、大袈裟だなぁ」


 んなわけあるか、と言って不知火は泣きながらネギをかじる。いちいちネギをかじらないといけない病気か何か? あと強面の男が泣く姿はあまり見たくない。というか最近僕の周りで泣く人が多い気がする。

 ……不知火は特別ってわけじゃないが、前から友達だと多少なりとも思っていた。思えていた。不知火とは一年前のあの事件よりも前に知り合ったからかな……。


「何があったのか詳しく聞きたいが、生憎今から用事がある」


 ミクの曲を止めた不知火が立ち上がった。


「悪いな流世、また今度遊びに来てくれ」

「いいよ。僕も予定があったから」

「月紫か? 金束か?」

「どちらでもないよ」


 実は今から日凪君と会うことになっている。何やら僕に話があるらしい。

 と、僕の肩が軽く叩かれる。長身イケメンがニヤニヤしていた。


「三人目か~?」

「どういうことさ……違うよ。不知火こそ誰と会うの」

「最近知り合った奴でな。なかなか面白い奴だぞ。俺に頼みたいことがあるんだと」

「ふーん」


 ふーん、と言い、自分のその口調が金束さんみたいだったことに気づく。影響を受けてきているのだろうか。

 友達ならよくあることなのかな。等と思いながら笑みがこぼれ、僕は不知火と共に外に出た。











 不知火は途中で「ネギが安い」と言ってスーパーの中に引きこまれていった。

 僕は待ち合わせ場所の大学構内、経済学部棟の裏へ向かう。そういえば金束さんと出会ったのはここだったなぁ。

 夏休み中とあってかキャンパス内を歩く学生は少なく、学部棟裏となれば誰も来ない。


「おっ、来たか根暗っち☆」


 待つこと数分、ツンツン頭の金髪がやって来た。

 普通には歩かず、独自のタラタラと足を引きずるムーブでこちらへ近づくと、謎の形をした手を突き出してきた。よく分からないです。


「夏休み中に呼び出してごめんイェーイ」

「あ、あぁうん、いいよ」


 相変わらず元気といいますかノリがチャラいというか、テンションについていけない。


「この前はチケットありがとう。野球観戦楽しかったよ」

「そーかいそーかい。小鈴は喜んでいたかーい?」

「たぶんそれなりに」


 たぶんね。やたらと携帯を見て笑っていたよ。


「そーかいそーかい。俺っちそれ聞いて爽快……とはならないのよ」

「……日凪君?」

「やっぱ俺っち小鈴のこと諦めきれないっしょ」


 両手をポケットに突っ込み、ズイッと顔だけを近づけてきた日凪君。

 その顔は、出会った頃に見せつけられた威圧的な表情をしていた。張りつめる空気。僕を見下す嘲笑。


「……約束と違う」

「根暗っちの言いたいことは分かる。でもでも小鈴のあんな顔見たらどーしても諦めきれねぇっしょ」

「あんな顔……?」

「コンビニで偶然見かけたのよ。小鈴は写真をプリントアウトしたのかな? まーそれはどーでもいいとしてとして☆ ……あの子めちゃ笑っていたんだわ。めっちゃ可愛い笑顔だった」


 日凪君は思い返すかのように目を瞑って口角を上げる。天にも昇る思い☆といった感じだ。


「っべー、天にも昇る思い☆」


 当たった。嬉しくはない。


「てなわけで、やっぱ小鈴は抜群に可愛いなぁってわけ。あんな笑顔を知っちまったら再アタックしなくちゃいけないっしょ?」

「ふざけているのか」


 君は僕に勝負をもちかけた。そして僕が勝った。それこそ後から文句を言われない為にルール変更も承諾して完膚なきまでに酔い潰したはずだ。

 僕が睨むと、日凪君はヘラヘラと笑い返してきた。


「ェーイ、そうなるよね。知ってた知ってた。……だからお前を有無言わせずに従わせる方法を用意してきたに決まってるっしょ」


 勝ち誇った言い方と自信に、つい体が強張る。

 飲み勝負では勝ったとはいえ、本来のパワーバランスでは日凪君が圧倒的に上。人脈にしろ外見にしろ僕は劣っている。何かされたらどうしようもない。


「……何をする気だ」

「ビビってるくせに態度には出さないんだ。根暗君にしては頑張ってるじゃーん。でもその強気も、俺っちの親友を見たら持たないっしょ」


 親友……? まさか仲間を引き連れて来……っ?


「おっ、来た来た。紹介しちゃうぜ、俺っちの親友、ネギっち☆」


 日凪君が手を振る先は僕の背後。

 振り向くと、そこに立っていたのは高身長の大男。逞しい胸板、長い足。顔は厳つくて、それでいてイケメンで、吐く息はネギ臭い。片手に長ネギを持っている。


 ……へ?


「不知火?」

「おぉ流世か。さっきぶりだな。てか何してんだ」


 僕を見て不知火は嬉しそうに笑う。

 いや、不知火こそどうしてここに…………待てよ?

 日凪君が呼んだ親友って、もしかして。


「ん? ウェイウェイウェイト? あ、あのー……ネギっち、この根暗君と知り合い的な感じ?」

「知り合いも何も親友だ」

「……ウェイ?」


 素っ頓狂な声を出した主はその細い目を見開いて口をあんぐりと開く。顔が見る見るうちに青ざめていく。

 あ……なんとなく状況を把握してきた。


「不知火、ここに呼ばれた理由は?」

「このチャラ男から『俺っちの邪魔をする奴がいる。脅してほしいから助けてくれ』と頼まれたからだ」

「ふーん」

「……あ? おい待て。つまり……あ゛ぁ゛、なるほどそういうことか。俺が脅さなくちゃいけない相手が誰か分かったわ」


 不知火から微笑みは消えて、無表情になる。

 突如、ネギの匂いをも吹き飛ばす程の黒いオーラが不知火の全身から溢れ出した。肉眼で見えるはずがないのに黒い氣が見えた……。

 オーラを纏う不知火は僕の頭をポンポンと優しく叩き、日凪君の前に立つと両手の骨を盛大に慣らす。


「ぁ、ぁの、ネギっち?」


 不知火の巨躯と漆黒オーラに遮られて向こう側は見えない。

 が、声だけで向こう側にいる日凪君がどんな表情をしているのか分かった。

 ……本気で怒った不知火は普段の比じゃない。僕は知っている。マジギレの不知火は比喩なしに、鬼の形相だ。


「昭馬、いや、日凪よぉ……俺に何をさせるつもりだ? 俺の親友に何をするつもりだ。あ?」

「お、俺っちは、はぐぇ!?」

「俺の、大切な、親友に」


 不知火の片手は日凪君の胸ぐらを掴むと、高く、高くに持ち上げた。

 見上げた僕の視線の先には、チャラ男の泣きじゃくるシワまみれのやつれた顔。


「何しようとしてんだ。あぁ!?」

「ひいいいぃぃ!?」


 ……最近僕の周りで人がよく泣くなぁ。

 ビビリの僕でもあんな声は上げたことはない。日凪君の顔は涙と鼻水でずぶ濡れで、不知火の怒号が学部棟裏に轟いた。

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