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60 フラミンゴパフェ

「ぐはは、俺様はパクチー公爵だ。貴様らのようなやっとピーマンを食べられるようになったお子様にパクチーを食べさせて数十年は拭えない苦手意識を与えてやろう!」

「待てーい! そうはさせないぞパクチー公爵! 我々、覆面戦隊メンクイジャーが相手だ!」


 野外ステージにてヒーローショーが行われていた。チープな作りの衣装を着たヒーローVSパクチー公爵率いる悪役のお粗末な戦いが繰り広げられている。

 動物園でのイベント、しかも赤ちゃんパンダ誕生イベントのはずなのになぜヒーローショー?


「深刻な女性隊員不足を補う為に経理から無理やり引っ張ってこられた桃色そばレンジャーよ!」

「その息子の三十路無職だったカレーうどんレンジャーでごわす!」

「リーダーから降格させられた元麻婆刀削レンジャーこと現ジャージャー麺ジャー! ……悲しいなぁ」

「ミドリムシラーメンジャーは前日から連絡が取れない。募集中だお! そして我こそがリーダーのヒマワリ麺ジャーだぁ! 覆面戦隊メンクイジャー、ここに見参!」


 ド派手な効果音と共に床からカラフルな煙を噴き、ヒーロー四人がそれぞれポージングを取る。

 が、客席はずっと静寂に包まれている。誰一人反応を示さず子供達に至っては真顔だ。その中にいる僕と月紫さんも黙って固まっている。


「……月紫さん、これ見ていて楽しい?」

「ゲームでひたすらレベル上げをしている時のような気持ちになれば我慢出来ます」

「それほぼ無心だよ」


 ぽわぽわとして常に愛嬌ある月紫さんですら半目で眺めてしまう程にヒーローショーはつまらなかった。

 僕も包み隠さず本音を言うならば「クソつまらない」である。パクチー公爵のセンスはギリ許容したとしても覆面戦隊メンクイジャーってなんだよ。聞いたことのないヒーローだ。スーツの節々から麺が飛び出していて気持ち悪いし。


「ヒマワリ麺ジャー剣技・怪刃二十麺葬!」


 全体的に低クオリティなのに赤色のメンクイジャーだけ動きがすごいのも謎ポイントだ。分身しながら剣を振るう姿はさながらアクション映画。赤色だけ常人離れした動きを見せている。

 ぶ、分身って。すごすぎる。何者ですかあのヒマワリ麺ジャーは。


「おのれメンクイジャーぐあああぁ!」

「敵は伸びても麺は伸びず! 悪を斬ってチャーシューを切る!」


 パクチー公爵とその手下は吹っ飛んでいき、先程以上に大ボリュームな煙が噴出されてさらに床からは巨大な火柱が勢いよく立った。大物アーティストのドームツアー並みの演出だ。どこに予算使ってるんだ。演出に力を入れすぎだろ。


「以上、赤ちゃんパンダの誕生イベントでした! この後は我々、覆面戦隊メンクイジャーのサイン会をあるぞ! 色紙を持って来てね!」


 赤色のリーダーが声高らかにそう言うと、子供達が色紙ではなく石を持って一斉に投擲を始めた。


「はいはい順番は守ってね! 後でゾウさんエリアでもヒーローショーするから来てね!」


 無数の石つぶて。赤色メンクイジャーは難なく躱し、それどころか石をキャッチしてサインを書き込んでいる。宣伝も忘れていない。

 か、カオスだ……。


「……行こうか月紫さん」

「はーいっ」


 ヒマワリ麺ジャーが盛大に手を振りながらも無数の石飛礫を分身して回避する姿から目を背けて僕らは広場を出る。

 とても無駄な時間を過ごした。間違いない。


「どこに行こうか」

「そろそろお昼ご飯にしましょうっ」


 時計を見れば既に午後一時。お腹が減ってきた頃合い。


「今の時間帯ならレストランも空いているだろうし丁度良いかもね」

「ではレッツ&ゴーですっ」

「爆走兄弟だね」

「? 水瀬君はよく分からないこと言いますね」

「あ、あなたに言われたくはない」


 メンクイジャーのことをまだ知らないのであろう家族連れが野外ステージの方へ向かうのを尻目に僕らはレストランに入店する。


「水瀬君、見てくださいっ」

「ん?」

「これ食べませんか?」


 テーブル席に座り、月紫さんが笑顔でメニュー表を見せてきた。メニュー表の一番上には『カップル限定フラミンゴパフェ』と書かれていた。


「えっと、これは何?」

「フラミンゴのフォルムを忠実に再現したパフェで、見た目も味も一級品で大人気らしいですよっ」

「これぞ動物園ならでは、の感じを出そうと必死なコンセプトなのは理解した。けどこれってカップル限定……」


 カップル限定のメニュー。都会のカフェでよく見かけるやつだ。リア充がSNSで相思相愛な写真を投稿し、後に彼女側が『あー幸せって今この瞬間なんだろうな・・・』とツイートするまでがワンセットだ。他の仲間が和太鼓のようにポンポンと『いいね』を押して大盛り上がり。僕のリア充に対する偏見が酷い件について。

 それはどうでもいいとして……あの、そんなキャッキャウフフなカップル限定のメニューを僕らで食べようってことですか……?


「美味しそうですよっ」

「それはちょっと……」

「ぶえー」

「ぶ、ぶえー? や、だって、これカップル限定って書かれてあるよ?」


 僕と月紫さんは友達であって、決して付き合っているとかそういうのではない。そもそもありえない。僕に彼女ができるなんて……。


「……そう言ってくるのは予想済みなんですー」

「月紫さ、永湖さん?」

「水瀬君は考えすぎですよ。私がこのパフェを食べてみたいだけなのですっ」

「食べてみたいだけ?」

「はい。なのでカップルのフリをしてくださればそれでいいんです。フリです。偽装です。あまり深く考えなくて大丈夫ですよっ」


 メニュー表を広げる月紫さんは穏やかな表情を浮かべて笑う。慎ましい笑顔を前に僕は自然と気が浮き立つ。

 そ、そっか。月紫さんはフラミンゴパフェが食べたいだけ。何も律儀にカップルどうこうを気にすることはない。恋人のフリをすればいいだけなんだ。


「分かった。それ食べようか」

「はいっ。あ、すみません、予約していた月紫です。はいこのパフェをお願いしますっ」


 月紫さんは店員さんに注文を伝える。って、予約……え、事前に予約を入れていたの?


「楽しみですねっ」

「あ、は、はい」


 予約を入れる程にパフェを食べたかったの? 最初からパフェ頼むつもりだったの!?

 問いかけたくなるも、月紫さんは満面のニッコリ笑顔。聞くタイミングを逃し、僕は頷くことしか出来ない。


「どうぞこちらへ」

「はいっ」


 と、店員さんが席を立つよう促してきた。

 月紫さんはすぐに立ち上がり、僕も言われるがまま席を移動する。


「……ん?」


 案内されたのはソファー席。向い合わせではなく、テーブルの前に二人掛けのソファーが一つ。

 ここに座れと…………でえぇ!?


「水瀬君が固まっています。解凍しますね、ぶおーっ」

「いやエアーでドライヤーしなくていいから」

「エアーでドライヤーどえらいことやー、ですねっ」

「ちょっと上手いこと言おうとしてますね……い、いや、そうじゃなくて、ここに座るの?」

「水瀬君、お耳をちょいちょい」


 横で「どうぞ」と促す店員さんには聞こえない声量で月紫さんが僕の耳元で囁く。く、くすぐったい。


「カップル限定なのでカップルのような振る舞いをしなくちゃいけないんですよ」

「ま、マジですか」

「お願いしますっ。パフェの為ですっ」


 月紫さんに接近され、耳元で囁かれて息が当たる。それだけでドキドキする自分の女性耐性のなさを嘆きつつも現状を把握する。

 な、なるほど。このソファーはつまりカップル席ってことか。なら仕方ない。……仕方ないで済ませていいのかな?


「さあ水瀬君、ちょいちょいです」

「は、はい」


 先に着席した月紫さんが僕を手招きする。覚悟を決め、僕もソファーに腰かけた。

 ……緊張する。パフェの為、あくまでカップルのフリ。分かっているのに意識は張りつめて瞬間接着剤を塗られたかのように固まってしまう。

 月紫さんと肩を並べて一つのソファーに座る。まるで恋人同士みたいだ。いやまぁそういう風に見られないといけないんだけども。ぐぅ……き、緊張するよぉ。


「今のところ作戦は順調です」

「な、何が?」

「いえいえ気になさらずですよー」


 過剰に意識する僕を余所に月紫さんは肩を揺らして上機嫌だ。横から見ても分かる笑顔が眩しかった。

 なるほど……そんなにパフェが楽しみなんだね。僕もワクワクしてきた。まぁそれ以上にドキドキしていますけどねー!


「お待たせしました、フラミンゴパフェです」


 僕らが座るソファーの前方、テーブルの上に置かれたのはピンク色のフラミンゴ。なんだこれ……?


「すごいですねっ」

「いやすごすぎるよ」


 まさにフラミンゴ。イチゴやさくらんぼで彩り、薄いピンク色の生クリームは見事に羽を再現している。恐ろしい程までに精巧な造形に度肝を抜かれた。何よりすごいのが足の部分。本物のフラミンゴの足に忠実なのか、なんとポッキーだ。二本の極細ポッキーでパフェを支えているのだ。何この完成度!?


「では食べましょうか」

「さ、さいですか」

「はい。あーん」

「マイペースだね。分かったよ、あー……ん……?」


 月紫さんのおっとり口調に自然と了承しかけたが体はもう一度固まる。メンクイジャーの低クオリティにビックリしたよりも、カップル席やフラミンゴパフェの衝撃よりも僕の心臓は驚いた。


「水瀬君、あーんですっ」


 スプーンでパフェを掬い、月紫さんが僕に「あーん」と言って差し出してきたのだ。

 ……でえ゛ぇ゛!?

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