表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/130

50 陰キャのくせに、それがどうした

 手が震える。唇が強張る。上手く呼吸が出来ず、心身共に萎縮している。

 ここまで見事に緊張していると自分で笑えてくるね。ビビリで惨めで情けない。


 だけど逃げはしない。

 強引に震えを抑え込み、スマホを手に持つ。操作して画面に表示されるのは『金束小鈴』の文字。


「もしもし金束さん」

『……み、水瀬っ?』

「うん、僕だよ」


 スマホを耳に添え、聞こえてきた金束さんの声。緊張がさらに高まる。


『な、何か用?』

「……」

『み、水瀬……?』


 ぎこちない会話。緊張しているのは僕だけじゃなかった。

 ……ここで謝ることは簡単だ。いやまぁ簡単ではないけど。


「あのね」

「何よ今更……。私、集中講義で忙しいんだけど」

「金束さん……」

「アンタと私はもう無関係なんでしょ。そう言ったのはアンタじゃない……!」


 僕よりも震えた声。声だけで分かる彼女の心情。僕がどれ程に酷いことをしたのか痛感させられる。

 ここで言えば仲直りは出来るだろう。僕が逃げなければ、僕が怖がらなければ。電話の相手も僕と同じ気持ちなのだから。


 これからも一緒にビールを飲もう。美味しいビールを見つけよう。僕らは友達だ。

 今すぐ謝りたい。今度こそ正面から向き合って言いたい。仲直りがしたい。

 そう、仲直りだ。元の関係、友達の関係に戻ろう。


 ……それを言うのはもう少し後だ。僕には他にやるべきことがある。


「何も言わず協力してほしいことがある」

「協力……?」


 どうしても許せない奴がいるんだ。






『調子に乗るんじゃねぇ』

『お前ウザイんだよ。目障りなんだよ』

『陰キャのくせに』



『流世君ちょっとしつこいかも。アタシはそんな気なかったんだけどなぁ』




『あのさ、もうアタシに話しかけないで』






 今でも思い返す。忘れられない大失態、突き放される恐怖。

 いくら頑張ろうとも、どんなに無茶しようとも、僕には届かない彼らのような輝き、華やかさ。

 それを思い知らされた。自分がいかに自惚れていたか、身の程を知らずに浮かれていたか、現実を叩きつけられた。


 あの日から誰かと向き合うことが出来なくなった。だから僕はボッチにいることを選んだ。一人で飲んで一人だけで楽しむ、それしか許されない底辺の人間だと決めつけた。

 それからは楽だった。楽しかった。

 いや、そう思うしかなかった。

 一人でいい。一人がいい。そう決めて、一人ぼっち。溺れるようにビールを飲んで過ごしていった。


 そうして一年が経ち、あの日、僕は出会った。

 華やかなで煌びやかで僕とは住む世界が違って、でも僕と同じ価値観を持つ金束さんに。



『私にビールが美味しいシチュエーションを教えなさい!』



 今思い返しても自分勝手な言い分だなと苦笑いが出てくる。そっちが教えてもらう立場なのに偉そうな態度を取るしすぐ不機嫌になるし怖いし。出会ったその日から僕は振り回されてばかりだった。

 こんな人の為になぜ僕が頑張らなければいけないんだ。そう思いながら、結局は金束さんを見捨てなかった。


 出会った頃、ナンパに困っている金束さんを助けたことがあった。その時は友達じゃなかったけど、美味しいビールを飲みたいと願う金束さんを助けたいと思ったんだ。寧ろ友達じゃなくてただの協力関係だけだったからこそ助けたのかもしれない。

 それから僕らは幾度とビールを飲んできた。遊びに行ったり部屋でのんびりとしたり、ビールを飲んできた。

 様々なビール、イベント。その中で僕らはいつの間にか友達になっていたんだ。無意識のうちに、何気もなく自然に。金束さんと一緒にいるのが楽しいと思えたんだ。

 僕はそれに気づいた。だから怖くなった。友達と認めることを恐れた。

 金束さんと友達になっていて、それなのに友達とは口に出せなくて。僕なんて金束さんには相応しくない人間だ。卑下して逃げようとした。


 怖かった。誰かと向き合うことが出来なくなった。ボッチである自分に友達ができるはずがない。所詮はボッチなのだと決めつけた。



 でも、向き合うんだ。

 金束さんと僕は美味しいビールを飲む為の協力関係であり、頻繁に顔を合わせる間柄で、ビビったり怖かったりするけど一緒にいて楽しくて、ただの協力関係ではない。


 今なら言える。僕らは友達だ。











「さーて、俺っちの小鈴はどこかな~……って、っ、お前は……!」

「来たね……日凪君」


 待ち合わせ場所の公園。飲み屋街へと続くゲート入口の近くにある公園にやって来たのはチャラ男、日凪昭馬。金属音が鳴り響いて、香水の匂いが漂う。チャラチャラとした足取りは僕と目が合った途端に固まる。

 チャラ男は僕に気づき、すると顔をしかめて睨みを効かせてきた。


「俺っちは小鈴に呼ばれて来たんだぞ。なんでお前がここにいるんだ」


 チャラ男は僕に詰め寄り、低い声で唸る。手を伸ばし、僕を突き飛ばした。

 以前の僕ならこの時点で参っていただろうね。ビビッて黙って何も出来ずにいた。


「改めて自己紹介しようか。僕の名前は水瀬流世だ」


 こんなもの、金束さんの怒号に比べたら赤子同然だよ。金束さんのキレっぷりはすごいぞ。君らの言語で言えばマジっべーわだ。

 金束さんに比べたら。一人ぼっちに逃げるしか出来なかったことに比べたら。友達だと認められない自分の弱さに比べたら。チャラ男なんて全然怖くねぇよ。


「お前、俺っちが言ったこと忘れたのか。二度と近づくなと言っ」

「うるさい。君の言うことに僕が従う必要はない」

「根暗野郎のくせして偉そうにす」

「僕が根暗? だからどうした。どうでもいい」

「こんのっ、俺っちの話を聞」

「うるさいと言ったのが聞こえないのか。いいから僕の話を聞け」

「随分と調子乗ってるなテメェ……!」


 考えれば考える程、こんな奴にビビッていたのか不思議だ。チャラ男がどうした。ペラペラと喋るのがそんなに偉いのか? 僕は陰キャで、こいつは陽キャ。だから負けなのかよ。

 違う。あぁ確かに僕は陰キャだ。陰キャのくせに、そう思うだろうね。


「金束さんに協力してもらって君を呼び出したんだ。その理由が分かる? 金束さんは君のことを嫌がっているんだよ」

「なんでお前にそんなこと言われなくちゃいけないんだ。関係ないだろうが」

「あぁ関係ないね、君が」

「なんだと……」


 陰キャのくせに、それがどうした。関係ないね。

 そうだ。関係ない。君は関係ない。君の方こそ関係ないだろ。美味しいビールを探す僕と金束さんの邪魔をするな……!


「金束さんに絡むな。金束さんが嫌がっている。金束さんのことを何も知らないくせに」


 気持ちに向き合えて、そうすると鮮明に見えてきたことがある。僕の気持ちや、僕と金束さんが友達であること。それとは別の問題。


 チャラ男、日凪昭馬。僕はこいつがムカつく。イラつく。大学生らしく軽々と付き合おうとするチャラ男が許せなかった。

 ふざけるな。金束さんはそういうのが一番嫌いなんだよ。

 何も知らない。お前は何一つとして分かっていない。金束さんはただの美女子大生ではないんだよ。


 派手な容姿をした美少女のくせして大学生のノリが嫌いで大学生を忌み嫌っている。変わり者だ。おまけにいつも不機嫌だ。

 怒った顔や睨みつける瞳は怖くて、有無言わせない強気な態度。すぐに手を出してくるし足蹴りもしてくる。僕は逆らえず、怯えてばかり。


 だけど違う。大学生が嫌いと言いながら普通にキャンプを満喫するし、枝豆狩りを夢中になって楽しむ。

 暴力を振るってくるけど痛くはない。か弱い女の子なんだ。不知火やナンパ男を怖がるし、虫が苦手で、映画のキスシーンで赤面するし、意外と涙脆くてピュアな一面もある。

 普通の人なんだ。表情と言動にはトゲがあるけど本当は無邪気で無垢で可愛らしい人なんだよ。


「金束さんは君のようなチャラチャラとした軽い口説き文句と共に飲みたくない。美味しいビールを望んでいる。僕はそれを知っている」


 僕は知っている。金束さんのことをたくさん知っているよ。それを知りもしないチャラ男がムカつく。イラつくんだ。こんな奴が金束さんに話しかけるのが許せない……!


「お前の方こそ金束さんに相応しくねぇよ」


 向き合ってやる。自分自身と向き合えて気持ちに整理がついて、今度はお前の番だ。

 チャラ男だからどうした。怖くない。引け目は感じない。僕が根暗だろうと知ったこっちゃない。

 対峙してやるよ。真正面からぶつかってやる。何も分かっていないこいつをぶっ倒してやる。


「あぁ? 根暗のお前に言われる筋合いはないっしょ」

「君にもないよね。誰と一緒にいるからは金束さんが決めることだ。で、話を戻すよ。金束さんは君を嫌がっている」

「根暗野郎のくせに……!」

「僕の大切な友達を困らせるな」


 今になればチャラ男の何を企んでいたのか理解出来る。

 軽口を叩いて近づこうとしているが、こいつは自分が金束さんに好かれていないことを察している。そこに現れたのが僕だ。嫌われている自分と違い、金束さんと親しい僕の存在が鬱陶しかったんだよな。

 このままでは勝ち目がない。故に僕に釘を刺してきた。


「残念だったね。僕は君にいくら脅かされようがもう一歩も退かない。たとえ殴られようが絶対に退かないよ」

「……」

「今度は僕が言ってやる。テメェの方こそ二度と金束さんに近づくな」

「ちっ……なんだよこいつ、おかしいだろ。以前とキャラが違いすぎっしょ……クソが」


 チャラ男が睨む。僕は動じない。僕は逃げない。

 金束さんは君のことが嫌いだ。そして僕と金束さんは友達だ。

 君の思うようにはさせないよ。この状況下で、今の君ではもうどうすることも出来ない。万が一もありえない。


「……上等っしょ」


 ……チャラ男が僕を睨み、頬を歪ませる。勝機を見出したかのように細い目が厭らしく光る。

 正攻法では金束さんを落とせない。もし金束さん相手にワンチャンを決めたいのなら、まずはどうにかして僕を排除しなければならない。そう考えているはずだ。

 だが脅しでは僕を退けられない。となれば、こいつが次に取る行動は一つ。


「なあ根暗君、俺っちと勝負しようべ」

「勝負?」

「負けた方は二度と小鈴に近づかない。フェアっしょ?」


 何がフェアだ。今のままでは自分が不利だから無理やりにでも勝負を持ちかけて僕を排除しようというのが見え見えだ。

 だと思ったよ。君がそう言うのも予想済みだ。……ああ、上等だよ。


「分かった。僕が負けたら二度と金束さんに会わないと誓う」


 君の企みは予想済み。寧ろそれを待っていたぐらいだ。

 やってやる。敢えて挑発に乗ってやる。真正面からぶつかって、一つとして文句を言わせない程にぶっ倒してみせる。


「その代わり、君も約束は絶対に守れよ」

「オッケ☆ 勝負の内容は俺っちが決めるわ」


 僕相手なら負けることはないと思っているのだろう。そのニヤついた笑みを見れば分かるよ。

 負けてたまるか。絶対に勝つ。

 大切な友達の為に、自分の為に、僕と金束さんの為に!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ