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5 おっとり元気なビールが飲めない子

 金束さんが怒るのも無理はない。知り合ったばかりなのにアハーンなシーンがある映画を見せられたら憤慨するに決まっている。僕の落ち度だ。認めるよ。

 ただ、僕の受けたダメージも相当に大きいので、今日は休息を取らせてもらいます。


「お菓子やおつまみ類はこの辺にしといて、お酒を選ぶか」


 自宅近くの通い慣れたスーパー。僕は一人、買い出し中だ。

 昨日あんなことがあったわけだし、今日は金束さんが来るとは思えない。

 ならば数日ぶりの一人酒、となるわけですよ。


「確かに僕が悪いけどさぁ、僕は協力してあげている立場だよ? 平手打ちと足蹴りは酷いよ。てかオーバーキルだよ」


 金束さんは力が弱く、痛みはなかった。しかし美女子から足蹴りされたという精神ダメージは深い。僕はノーマルなのです。マゾではございません。

 あの苦しみ悲しみはビールの美味さで消すしかない。今日はとことん飲むぞ! 数日ぶりの一人酒を楽しもう!


 お酒コーナーに到着。

 複数の大学生グループがワイワイと酒を選んでいる最中で、カクテルやビールの缶をカゴに入れていた。

 僕はそのエリアをスルーし、箱売りのコーナーへ向かう。

 一本ずつは買わない。今日はガッツリ飲むからガッツリ箱買いだ。六本入りパックをガッツリ購入。


「へへっ。おっと、キモイ声が漏れちゃった」


 ズシッ、とカゴを持つ手にかかる重みが帰宅後の幸せを物語っている。

 ちなみに今日はカレープランだ。え、カレープランとは何かって? カレーは煮込む料理でしょ。鍋を混ぜつつビールを飲むのは乙なんだよ……って、ん?


「んしょ、んしょ……っ」


 カレープランに思い馳せる僕の横で、一人の女子がビールの箱をカゴに入れようとしていた。

 両腕に抱えているのは、なんとダース箱ではないか。僕ですら六本入りのところを、この人は二十四本入りを購入するつもりらしい。

 強者だ。相当の酒飲みと見た。


「んしょ……うぅ、重たい」


 女子は箱に苦戦していた。それもそのはず、いかにもか弱くて、おとなしそうな女子なのだ。

 大きな眼鏡をかけたその女子は唇をへの字にして、必死に箱を抱える様子は健気で可愛らしく映った。「んしょ」という、下手すればぶりっ子のレッテルを貼られそうなかけ声を嫌味なく自然に漏らしている。


 さて、どうしたものか。

 コミュ力の高いリア充ならば、スッと手伝ってあげるのだろう。残念、僕はリア充ではない。それに、僕みたいな奴が助けようとしても気持ち悪がられるのが関の山。

 心の言う通り、普段通り、ここは素通りが一番良い選択肢。


 のはずが、僕の脳内で別の選択肢が表示されている。『助けてあげよう』と良心が訴えかけていた。

 まぁ、たまにはいいかもね。見たところ一人だし、箱買いする程にビールが好きな人は自分と似たものを感じる。あとこの女子はリア充っぽくない。眼鏡してて地味な顔立ちだ。


「大丈夫ですか? 手伝いますよ」


 リア充かそうでないかで助けるかを決めた自分の浅ましさに苦笑しつつ、僕はビールの箱を下から支える。

 すると、女子はキョトンと口を開いて間の抜けた表情になる。その後、理解したかのようにペコペコと頭を下げてきた。


「ありがとうございます」

「いえいえ」


 無事にカゴに入れ終えた後も、女子は何度も丁寧にお礼を述べて頭をペコペコ。照れ臭そうに、けれど嬉しそうに微笑んでいた。

 ……なんだろう。地味な子だけど、挙動が可愛い。


「助かりました」

「いえいえ」

「これが買えないと飲むものがなかったので良かったですっ」

「いやいや」


 可愛いと思った矢先、変なこと言い出した。

 ちょっと待って、この人今なんか変なことを言ったよ? 飲むものがない、だって?


「ビールしか飲まないおつもりで?」

「はいっ。今日から口に含む飲料はビールだけと決めました」


 女子は元気良く明るくとんでもない宣言をした。

 さすがの僕も驚きを隠せない。というか引いた。強者どころか、この人はアルコール中毒者なのでは……?


「あー……あの、差し出がましいのですが、アル中は良くないですよ」

「? 私はアル中ではありませんよ」

「飲むものはビールのみと決めたのに?」

「? 私はビール飲めませんよ」


 おかしいな、会話がバグってる。僕のコミュ力の低さが原因? それともこの人が変なの?

 女子は再びキョトン顔。困惑する僕を、眼鏡の奥から瞳が不思議そうに覗き込んできていた。


「えっと、ビールが飲めないのにビールを買って、ビールが飲めないのに今日からビールしか飲まないってこと?」

「はいっ」

「すごいね、状況が全く飲み込めないや」

「実は私、ビールが全く飲めないのです。でも飲みたいので訓練しようと考えたのですっ」


 えっへん、と胸を張って無垢な笑みを浮かべる。笑顔の周りからぽわぽわとしたオーラが漂っていた。

 やりたいことが分かったような、分からないような。いや、理解する前にやるべきことがある。僕の脳には選択肢が一つ表示された。

 逃げよう、と。変な人に関わるとロクなことがない。


「あ、あはは。では頑張ってください」

「待ってください」


 去ろうとしたら呼び止められた。どうして僕は逃げようとしたら制されてしまうの? 野生のコラッタ相手でももっと高確率で逃げられるよ!?

 嫌な予感がするなぁ……。


「……なんでしょうか」

「あなたもビールを買っていますね。六本入りですっ」

「は、はあ」

「あなたもビールしか飲まない覚悟を?」

「奇特な覚悟を決めた覚えはありません」

「うーん、ですよね。六本入り程度ではやる気の底が知れています」

「なんで僕今軽く非難されたの? 僕は一人で美味しく飲みたいだけですから!」

「? お一人で?」


 その人は聞き返して首を傾げる。僕は言葉に詰まる。恥ずかしいからだ。

 ぐっ……あ、あぁそうですよ悪かったですね。向こうの端で和気藹々と宅飲み用のお酒を選ぶウェイ達とは違って僕はお一人様コースですよ。カレープランで悪かったね!


「一人で六本も飲むのですか……へー、そうなんですねー……」

「うぐぐ……」

「……あの」

「なんですか!」


 もう勘弁してください! 僕は一人で飲みたいだけなんです! せっかくの一人酒デーを邪魔しないでもらいたい!

 待っては駄目だ。今すぐ逃げよう、今後こそ逃げてみせる。眼鏡女子から目を背け、踵を返してレジへ向かう。


 が、またしても、僕は逃げることは出来なかった。


「あの……私にビールの飲み方を教えてくれませんかっ?」


 大きな声。振り返れば、懸命な視線が僕にまっすぐ向けられていた。僕を見て、じっと見て……その顔を見たら、逃げることは出来なかったんだ。


 ビールを大量に買う、ビールが飲めない謎の女の子。

 おっとりとした、不思議な雰囲気とオーラを漂わせる眼鏡の女の子は僕に「ビールの飲み方を教えてくれませんか?」と言った。


 こうなってしまったのは最初に助けてあげたのが原因。つまり、僕自身が呼び寄せたということ。

 あぁ、嫌な予感は当たるんだよね。やはり僕は逃げられそうにないらしい。頭の中で思い馳せていた一人酒&カレープランは崩壊した。

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