44 チャラ男
白色に近い金髪は毛先が尖って針のようだ。まっすぐ伸びた長い横髪と銀のピアスが日差しを浴びて痛い程に眩しい。
一重の瞼と細い目、そいつは舌を出して不敵に笑う。
「ウェ~イ、俺っちの名前は日凪昭馬。法学二年/PEACE/ロイカク/よさこい16代目and moreでしくよろ☆」
こなれた口調でペラペラと自己紹介を述べ、引きずるようにして足を運び僕に迫ってきた。サルエルパンツのポケットに両手を突っ込み、やたらと上体を揺らす。
横柄な態度とも呼べるゆったりチャラチャラとした雰囲気と外見、まさにチャラ男だ。
「何キョドってんの? 名前教えてーよ」
「ぼ、僕は」
「うんうん早く早く」
「……水瀬流世です。経済学部の二年生」
「おっ、そうなんだ。じゃあタメ語でいいね。ウェイ☆ 早速なんだけどっさ、自分は小鈴の何?」
日凪と名乗った男子は言葉を捲し立てる。対する僕は言葉に詰まる。
口が渇き、喉が締まる。チリチリと焦げる焦燥感に駆けられて押し寄せる動揺が内へ内へと沈み込んでいく。
この人が金束さんの彼氏……?
「俺っちの彼女にくっついて何様? 勘弁してくんね?」
「あ、その、僕は……」
軽い口調。それは、僕を対等に見る目ではなかった。明らかに僕を見下していた。
どうして。どうして僕は……。
「いきなり何するのよ!」
こ、金束さ……っ?
僕とチャラ男の間に割って入ってきた金束さんが血相を変えて怒りをぶちまける。
苦虫を噛み潰したような、忌々しげな、本気で迷惑そうな顔。横から見た彼女の表情は今までに見たことがなかった。
「ウェーイ小鈴☆ 久しぶり」
「私はアンタの彼女じゃないわよ!」
「えっ、マジ? だって同じサークルの仲間っしょ?」
「同じサークルなだけじゃない! 馴れ馴れしく名前を呼ばないで!」
「小鈴マジ辛辣だわ~」
金束さんは激怒し、チャラ男は平然とした態度で軽口を叩く。
状況が飲み込めず唖然としていたが金束さんの発言から察するに、どうやら日凪というこのチャラ男は金束さんの彼氏ではなさそうだ。チャラ男が勝手に言っているだけなのだろう。
「今日もきゃわうぃねー。その髪色似合ってる☆」
「気安く触らないで!」
「ん? 何? そっちの根暗君は触ってたのに?」
「こ、こいつはいいのよ。だって私の彼氏なんだから!」
「ウェイ?」
金束さんに触れようと伸ばした手を弾かれてチャラ男は口をすぼめる。その表情のまま僕へと視線を移し、おどけたようにして大袈裟にリアクションを取る。
「マジ? こんな奴と?」
「そうよ。悪い!?」
「うん超悪い。センスねーっしょ。嘘をつくならもっとマシなのにしよ」
「う、嘘じゃないわよ」
「あっそ。んじゃその彼氏とやらに確認してみっか」
チャラ男が再び僕に迫ってきた。先程と同じ、馬鹿にしたような蔑みの目をして。
「根暗くーんにクエスチョーン。本当に小鈴の彼氏?」
「ぼ、僕は」
「うへー、キョドリすぎっしょ。はいさっさと答える。さん、にぃ、いち」
「彼氏……ではないです」
詰め寄られて言葉に詰まり、ロクに思考を働かせる間もなく僕は答えてしまう。彼氏ではない、と。
そう答えて、視線を逃した先にいた金束さんの顔が僕を恨めしげに睨んでいた。
「馬鹿……!」
「ほらね☆ 小鈴がこんな根暗君と付き合ってる? ないない。てことで俺っちが彼氏になりまーす」
「ならないわよ! 私達帰るからそこどいて!」
「今夜は帰さないぜ。なんてね☆」
「離して!」
チャラ男は突き飛ばそうとした金束さんの腕を容易く掴み、歯を見せて笑う。
金束さんは引き剥がそうとするけど力の弱い彼女ではどうすることも出来ないでいて……っ。
「ま、待て」
「んー?」
「は、は、離せ。金束さんが嫌がっている」
金束さんを掴んだチャラ男の腕を掴む。
一瞬、チャラ男の細い目に苛立ちの色が出て舌打ちも聞こえた。けれど本当に一瞬のことで、僕の手は簡単に引き剥がされる。
「小鈴と付き合ってないんでしょ。俺っちと小鈴は同じサークルなの。邪魔しないでちょ」
「で、でも」
「カッコつけてるつもり? 彼氏じゃないくせに?」
カッコつけているのはどっちだ。
なんてことをすぐさまに言い放てない自分が情けなかった。弾かれた手を、もう一度動かそうとしない自分が憎らしかった。
「邪魔者は帰った帰った。小鈴、行こうぜ」
「い、嫌。離して!」
言い返す度胸がない。口が上手く動かせない。手も動かない。再び掴もうとしない。金束さんがこんなに嫌がっているのに……。
以前は金束さんへ詰め寄る男にも立ち向かえたのに僕はどうして今は何も出来ないでいるんだ……!
「おい日凪! やっと来たか。もう終わったぞ!」
「おーパイセンおつかれっす。寝坊しちゃいました」
公民館からサークルの人達が出てきた。全員が日凪を見て呆れた顔をして、当の本人は悪びれた様子もなく舌を出す。
「今から打ち上げっすか? 俺っちも参加しますわ」
「ったく、調子がいいんだから」
「めっちゃ飲むんで堪忍してくれっすわー。そんじゃ行きましょ」
チャラ男はケラケラ笑ってサークルのメンバーの元へと向かっていく。
その隙を見て金束さんが勢いよくチャラ男の手を引き剥がした。チャラ男がキョトン、と首を傾げる。
「あれま。小鈴は来ないんだ」
「行かないわよ!」
「打ち上げまでがサークル活動っしょ。サークルなめてんの?」
「アンタに言われたくない!」
「それマジ正論☆ しゃーねぇ、今日はやめておくわ」
金束さんに睨みつけられて、チャラ男は諦めたかのように肩を竦めて大袈裟にため息をつく。
「じゃまた近いうちにでも☆ あっ、そうそう、そこの根暗君」
「え……? は、はい」
首を傾げたままフラフラと頭を揺らし、チャラ男の細い目が僕を捉える。あからさまに見下した目が接近してくる。
そいつの手は僕の肩に乗っかり、そいつの口は僕の耳元で囁く。
「敬語使わなくてオッケーだから。んで、彼氏じゃないから小鈴の何よ。お友達的な?」
「と、友達と言うわけでも……」
「セフレ?」
「ち、違う」
「全然分かんねー。じゃあ何なのよ?」
「その……僕は……」
「あ、オッケーオッケー。もういいわ。俺っちの言いたいこと言わせて」
最初からそっちが会話の主導権を握って喋り続けているじゃないか。
心の中で言い終わる前に眼前のチャラ男は遮り、僕以外には誰にも聞こえない声量で突き刺してきた。
「小鈴は俺っちが狙ってるからさ、お前は小鈴に近づくな」
香水の匂いがキツくなったと同時にそいつのヘラヘラとした顔は険しく鋭くなった。
その声もキツく、そして低かった。
「お前が小鈴とどんな関係か知らんけど、あんまし俺の狙ってる子にちょっかい出されると困るんだよね」
「こ、困るって……?」
「キョドりすぎ笑えるわー。いやいや、理解しよっか? お前は二度と小鈴に話しかけるなって言ってんの」
「……」
「返事は?」
「う……うん……」
「いやいや、『はい』って言えよ」
「……はい」
「はいよく出来ました☆」
低い声は元の軽い声音に戻り、そんなことでなぜか安堵してしまった僕は俯いていた顔を上げる。
チャラ男は笑うわけでも、僕を見下した目をするわけでもなく、そして僕を見ていなかった。最早、こいつには興味がないと言わんばかりの露骨な態度を取って勝ち誇っていた。
「ち、ちょっと、水瀬に何話しかけてるのよ!」
「めんごめんご。もう離れるよ。根暗がうつっちゃいそうだし☆ じゃ根暗君、そゆことでしくよろ☆」
チャラ男は僕から離れてサークルの人達の方へと歩いていく。
完全にチャラ男だ。言ってしまえば、どの大学どの学部どこを探しても見つかるような量産型のイケイケ男子。
対する僕はどこにでもいる陰険で根暗なボッチ。まともに対話するだけのスキルはなく、何か言おうとしても言葉にならず口の奥が渇いていく。
僕は何も出来なかった。




