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43 結んで、ほどけて

 外が騒がしくなってきた。建物内にも聞こえてくる歓呼の声がイベント開始の合図を告げる。

 公民館の中に飛び込んできた子供達は折り紙やけん玉、オーブントースターを使ったプラ板の工作等の様々な催し物を見て目を輝かせる。

 興味津々な少年少女に、ボランティアサークルの人達は優しく丁寧に遊び方を教えていく。


「これをこうやるの。うん、そうよ」


 金束さんも他の皆さんと同様に仕事をこなす。

 なんということだろう。金束さんが笑顔だ。あやとりを巧みに操り、タワーや犬の作り方を教えて微笑みかけているではないかっ。始まる前は嫌そうにしていたくせに現在は真面目にサークル活動に取り組んでいる。

 あやとりを教えてもらった幼い女の子が無邪気に笑い、それを見て金束さんも嬉しそうに顔を綻ばせる。

 へぇ、金束さんの新たな一面を垣間見た気がした。


「お菓子が切れているわよ。早く補充しなさい!」


 ただし僕には手厳しい。新人を叱るバイトリーダーみたいなキツイ口調で怒られた。

 慌ててお菓子の袋を開封して、手が空けば子供達のカードにスタンプを押してあげたりと、雑用だけでもかなり忙しい。

 そんな当日参加の僕と違って他の人達は何週間も前から準備していたのだろう。サークル活動って大変だぁ。入らなくて良かった! ボッチ最高! 引きこもり最高!


「一段落済んだわよ」

「お疲れ様です」


 子供達が他のブースへと散っていき、僕らのエリアには一人もいなくなった。

 しばらくは落ち着けそうだ。あ~、一杯飲みたい。こっそりビールを持参したら良かったな、と思いつつジュースを飲んで一休み。

 すると金束さんが話しかけてきた。


「アンタもあやとりやってみる?」

「僕? いや、いいよ」

「やりなさいよ」

「やり方が分からないから」

「私が教えてあげるわ」


 てことで僕もあやとりに挑戦。毛糸の輪を両手に持つ。


「アンタ何が作りたい?」

「そうだなぁ、ビール瓶」

「……」


 あ、金束さんが呆れた顔をしている。こいつアル中かよと思われている。


「ご、ごめんなさい」

「犬」

「じゃあ犬で」

「まず親指と小指にかけて」


 金束さんのレクチャーが始まる。

 あやとりはやったことがないので操作が覚束ない。かなり難易度高いぞ。


「そこじゃないわよ。人差し指で糸を引き下げて押さえるの」

「難しいね」

「無闇に動かなさいで。ここをこうして輪をくぐらせて……」


 苦戦していると、金束さんが僕の手に自身の手を重ねてきた。口頭だけでなく手を使って教えてくれる。


「えっと、ここ?」

「そうよ」

「痛い痛いっ、関節が曲がってはいけない方向に曲がってる!」

「我慢しなさい」

「あやとりって我慢しないといけないの!? あやとり怖っ」

「完成したわよ」


 金束さんが手取り足取りで教えてくれたおかげで僕の手元には犬が出来上がっていた。


「お、おぉ。……おぉ?」


 犬と言われたら犬に見えないこともないが、僕には毛糸がぐちゃぐちゃに絡まっているようにしか思えなかった。

 星座の形に無理があるのと同じだ。かに座とか未だに納得がいかない。


「うん、良く出来ているわ」


 教えた金束さんが満足げなので「いや犬には見えねー」とは口が裂けても言えねー。

 僕も愛想笑いで同調する。あははー、犬だねー、あはー。


「ありがとう金束さん」

「別に」

「ところでいつまで手を重ねているの? 完成したんだよね?」


 金束さんは僕に手を重ねたままだ。彼女の両手が僕の右手を包み込むようにして重なり、下手すればあやとりよりも絡み合っている。


「手を離していいよ」

「っ、駄目よ。アンタ下手くそだから私が離すとすぐにほどけちゃうわよ」

「? 完成したんだし、ならもうほどいてもいいのでは?」

「駄目よ! 完成の余韻を味わいなさい!」

「は、はあ」


 完成の余韻とは何なのか。よく分からないけどしばらくこのぐちゃぐちゃな毛糸を眺めておこう。

 ……金束さんの手、温かい。


「アンタの手、温かいわね」

「そ、そうきゃな?」

「何噛んでるのよ」


 噛んでしまった。でも仕方ない。女子と手を重ねているのだから。


「金束さんの手も温かいよ」

「……」

「あの、そろそろ離しても」

「駄目よ」

「な、なんでさ」

「うるしゃい」

「あ、金束さんも噛」

「う、うるさい馬鹿! うるさいー!」

「ひえぇ」


 結局、新たに子供達が来るまで僕は毛糸をほどくことを許してもらえなかった。そして金束さんも、僕の手を離さそうとしなかった。






 イベント開始から三時間が経ち、全参加者が全てのブースを回り終えた。

 子供達はご満悦な様子でスタンプカードを掲げて親御さんの元へ駆け寄っていく。


「終わったみたいだね」

「そうね。帰るわよ」

「え!?」


 ビックリした。金束さんが帰り支度を始めている。

 今から後片付けがあるんだよね? それも他の人に任せてしまうの!?


「何よ」

「や、さすがに最後だけは手伝った方が……」

「アンタは後片付けしたいの?」

「したくない」

「ならいいじゃない」


 それもそうか、と思う僕がいた。片付け面倒くさいよね。帰ろう!

 僕は部外者だから関係ないですー、と心の中で言い訳しながら存在感を消して部屋から抜け出そうとする。

 が、一人の男子から声をかけられた。


「あ、あのさ、終わったら打ち上げがあるんだけど来ないのか?」


 話しかけてきたのは……あ、飲み屋街で金束さんをワンチャンしようとしていた男だ。

 あの時のような強引な態度ではなく、恐る恐るといった具合で金束さんを誘ってきた。


「行かない。話しかけないで」


 イベント後は打ち上げ。大学生あるあるだ。

 しかし金束さんは逡巡する間もなく即答で拒否した。男子の顔が「うぐっ」と引きつる。


「せっかくだしたまには来てよ。そっちの奴も来ていいからさ」


 え、僕も行っていいんですか? 多人数の飲み会なんて久方ぶりだー。わーい。

 まぁ絶対に行かないけど。だって僕も金束さんと同じで、そういった大学生のノリが大嫌いなんです。


「こいつも行かないわよ。私達は帰る」

「な、なぁ、やっぱりそいつと付き合っているのか……?」

「そうよ」


 またしても間髪入れず答えた金束さんが僕の腕を掴んできた。まるで見せつけるかのようにして……っ、っ!?


「見て分からない?」

「そ、そうか……邪魔して悪かった」

「どいて」


 金束さんは狼狽えたそいつを無視して部屋を出ていく。僕の腕は掴んだまま。


「ふんっ」

「い、行かなくていいの?」

「アンタ行きたいの?」

「全然」

「ならいいじゃない」


 それもそうか、と思う僕がいた。じゃあ帰ろう。


「ふふ、あの顔見た?」

「僕なんかが金束さんの彼氏ってことに驚いていたね」

「勘違いしないでよね。あくまでアンタは彼氏って設定よ。あいつらを騙す為の嘘なんだからね!」

「分かってるってば。僕なんかじゃ金束さんの彼氏にはなれないよ」

「……」

「あ、あのぉ、関節技を決めようとしないでください。どうして?」

「うるさい」

「あともう腕組まなくていいよ?」

「うるさい!」


 参加者の子供達よりも先に公民館を出て僕らは帰路を歩く。


「今から飲むわよ。今のうちに美味しいシチュエーションを考えておきなさい」

「無茶言いますね……」


 今日こそは美味しいと言わせてみせたい。でもたぶん無理だ。


「ほらっ、早く行くわよ」

「はいはい」


 でもたぶん、僕は美味しく飲めるような気がした。だって今日も楽しかったから。

 金束さんに連れられて僕は歩く。結局、金束さんは僕の腕を掴んだまま離れようとしなかった。











「おっ、ウェーイ☆ 小鈴じゃん」


 そう思った矢先、僕らは離れる。

 物理的に、誰かの手によって、僕は押し退けられた。


「ちょいちょいタンマっしょ。俺っちの彼女に何してんのー?」


 いきなり現れた金髪の頭。チャラチャラとした金属音が鳴り響いて、香水の匂いが一気に漂った。

 押し退けられた僕は地面に手をついてしまう。熱されたコンクリートが手の平を焦がし、それと同時に顔を上げる。


「うわーマジかよ。小鈴が来るなら今日寝坊しなかったのになー」


 僕の前に立っていたのは、一人の男子。

 両手を突っ込んだブカブカのズボンには金属のアクセサリーが着けられていて、派手な色したバンドTシャツを着ている。髪の毛は金色。毛先がツンツンと尖っており、伸びた横髪からはシルバーのピアスがいくつも見え隠れする。

 音も格好もチャラチャラとした男が愉快な口調で金束さんに話しかけていた。


「ところで誰? あっ、めんご、名を聞くならまずは自分が名乗れってやつっしょ!」


 地面に片膝をつく僕を見下ろす。

 その嬉々とした目は明らかに僕を馬鹿にしていた。


「俺っち日凪昭馬(くさなぎしょうま)。小鈴の彼氏っすわ」


 金束さんの……彼氏……?

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