42 ボランティアサークル
金束さんが所属するサークルは地域の行事を手伝ったり、子供達向けのイベントを催すボランティア系サークルらしい。
「面倒くさいわ」
「だったらどうしてそんなサークルに入ったのさ」
「過去問の為よ。さっき言ったでしょ。聞いてなかったの!?」
「お、怒らないでよぉ」
八月下旬。大学生は長期休みをまだ半分しか消化していないけど、小学生にとっては夏休みが終わる間近だ。夏休みの最後、子供達に工作やら手芸を楽しんでもらう企画を開催することになった。
と、金束さんが不機嫌そうな口調で説明してくれた。ちゃんと聞いていますってば。
「なんで夏休みに……!」
その台詞、関係ないのに連れてこられた僕が言いたいです。
「長い長い夏休みだし、たまにはバイトやサークル活動をするのも悪くはない。そう思おうよ」
「そういえばアンタはバイトのお金もう使ったの?」
「まだ。日本酒かビールでも買おうかなーと」
「ふーん。普通ね」
「じゃあ金束さんは?」
「洋服を買ったわ」
「……普」
「何か言った?」
「今日モ暑イネー」
容赦のない金束さん&燦々とした太陽の下、しばらく歩いて到着したのは公民館。
「僕は何をすればいいの?」
「私の手伝いよ」
「金束さんは何をするの?」
「あやとりよ」
「え、金束さんあやとり出来るんだ」
思わず問い返したら肩を殴られた。痛くはない。あなた力が弱いよね。
「文句ある?」
ただし目力は強い。凄まじい。
僕は汗が引いた顔を激しく左右に振る。イエナニモー。
「へぇ、あやとりを教えるんだ。すごいね」
「……別に」
「準備とか色々と大変だったでしょ」
「別に? 私は何もしてないわ」
「えぇー……」
「サークルの活動に来るのも久しぶりよ」
「そんなんでいいの?」
「いいのよ。サークルに行くよりアンタと一緒に……っ、別に!?」
「えぇー……?」
恒例となりつつある金束さんの会話ぶった切りに困惑。
視線を前に戻し、公民館の中に入っていく。
金束さんが案内してくれた大きな部屋には長机とパイプ椅子が並べられており、準備を進める大学生達が十数人いた。
「私とアンタの担当はこっち」
入口の近くで作業していた女子に自身の持ち場を尋ねた金束さんがお礼も遠慮もなしにズカズカと奥に進む。
サークルの仲間に挨拶しなくていいの? 大学生は「お疲れ様でーす」「ウェーイ」って言うじゃない?
……あと僕のことを皆さんに紹介してくれないのね。何人かが「あいつ誰だ」と訝しげな顔で見てくるんですが。
「大体の準備は他の人がしてあるわ。えーと道具は……」
金束さんの我関せず感がすごい。普通なら準備を整えてくれた人にお礼と謝罪を述べるべきなのに、当然と言わんばかりの威風堂々とした態度。来てあげたんだから感謝しなさいよ、と上から目線でさえある。
う、うう、気まずい。なぜか僕が申し訳ないと感じてしまう。なぜ僕はこんな思いを!?
「私が教えるのを担当するからアンタは子供達が持っているカードにスタンプを押してあげて。それとお菓子とジュースの補充ね」
「は、はあ」
気怠そうだけど一応は指示を出してくれる金束さん。僕は従い、働く。
「良かった、金束が来た。来ないと思ってた」
「残すは日凪だけか。あいつはまた寝坊だろうな」
「それより隣の奴は誰だ?」
パッと全体を俯瞰した感じだと、皆さんは金束さんのこういったスタンスに慣れているといった様子だ。女子は「またか」みたいに呆れつつ、男子は……数人がチラチラと金束さんを見ている。
見られている当人はと言えば、何食わぬ顔して微笑んでいた。
「これ運んで」
「金束さんがやればいいのに」
「私に持たせるつもり? アンタ男でしょ」
「はーい……」
僕は従い、働く。誰も話しかけてはこない。けれど視線は感じる。主に男子だ。
……金束さんはモテる。以前、僕に愚痴をこぼしていた。サークルに顔を出す度に男子から声をかけられてきたのだろう。
だが今はチラチラと盗み見される程度だ。男共は金束さんにアタックしても無駄だと悟って諦めたらしい。
現に、こちらを見る男子の一人に見覚えがあった。金束さんをナンパしていた人だ。
「あ、あいつは……やっぱり彼氏だったのか……うぐぅ」
見覚えのある男は悔しそうに歪めた顔で僕を睨みつけてきた。ひぃ……あ、あの時はどうも。
けれど睨む以上のことは何もしてこなかった。察するに、僕のバックには大男ヤクザがいると思って手が出せないのだろう。あとなんか諦めている。
「誰だよあいつ」
「金束の彼氏だろ。道理で俺らが相手にされないわけだよ」
「うわっ、モロに隠キャじゃんか」
「あぁいうのが好みなのかよ」
他の男子も集まってヒソヒソと話している。
あのー、聞こえています。陰キャでごめんなさい。
居心地の悪さと申し訳なさに胃を痛める僕に、金束さんがスッと近寄る。肩と肩が触れた。
「……」
「な、何か?」
「別に。アンタを連れてきて良かった。もう誰からも話しかけられないわ」
「は、はあ……」
「ふふっ」
僕が聞き取れたのだから男子のヒソヒソ話は金束さんの耳にも入ってきたはず。僕が彼氏だと不名誉で不快な誤解をされたのに、金束さんの機嫌はナナメに倒れていなかった。
寧ろ……機嫌が良い? 先程から金束さんが嬉しそうに微笑んでいる。
「い、いいの?」
「何が?」
「僕がその、金束さんのか、か、彼氏だと周りの人に思われているよ」
僕なんかでは金束さんに不釣り合いだ。僕では金束さんの美貌に釣り合っていないのは周りの反応を見れば明らかだし、僕もそう思う。
「僕が隣にいたら金束さんが不名誉な誤解をされちゃうよ?」
「……」
「金束さん……」
「……」
「無言であやとりの糸を僕の頭部に巻きつけないでぇ」
なぜかいきなり金束さんのご機嫌はナナメに倒れた。黙ったまま僕の頭に糸を巻きつけて締め上げてきた。な、何これ。
「うるさい。あいつらの言うことなんて気にしないで」
「で、でもぉ。誤解だけでも解かないと」
「……勝手に勘違いしているんだから無理に否定しなくていいわよ」
糸を引っ張り、僕の顔を引き寄せてきた。
周りには聞こえない小さな声が僕の耳に囁かれる。
「アンタは私の彼氏って設定にするわ」
「え……」
「か、か、かか勘違いしないでよ。彼氏がいることにすれば、もう誰も私に話しかけてこないからよ。ウザイ男子を追い払う為の口実に過ぎないんだからね。いい?」
「でもぉ……」
「いいからっ。その方が都合が良いの。……その方が、そうなったらいいの」
囁かれる声。最後の方はこの至近距離でも聞き取れないごにょごにょとした声だった。
こ、金束さんがそう言うなら……。
「分かったよ。金束さんの為になるなら」
「うん。……」
「どうして笑っているの?」
「わ、笑っていないわよ馬鹿! ほら! 参加者が来るから急いで準備するわよ」




