4 映画ビール
焼肉ビールが失敗に終わった日の翌日。またしても金束さんが僕の部屋にいる。
美女が三日連続で来訪。水瀬流世のベストレコードを更新。
「今日はどんな風に飲むのかしら。ガッカリさせないでよね」
美女なのは認めるよ。ただし性格が悪い。なんだこいつ、のコメントが嵐のように脳内を流れる。
「ちょっと聞いてるの?」
「は、はいはい」
焼肉が駄目だったどころか、否定されて肉を奪われて邪魔された身としては昨日のショックをまだ引きずっている。
しかし金束さんはメンタルケアの時間を与えてはくれない。寧ろさらに蝕んでくる。急かさないで、睨まないで。
あぁ、安請け合いするんじゃなかった。さっさと教えてさっさと満足してもらおう。平穏な一人酒が恋しいです。
「今日のお供は食べ物系じゃないよ」
「あらそうなの」
「あらそうなのよ」
「あ?」
少しリズミカルにボケただけでこの剣幕。五十和音の最初の一文字のみで僕を殺そうとしないで!
鋭利な眼光で迫られつつも、僕はなんとか意識を保つ。ビビることはない。クールに対応しよう。
「あぐぅひぐぅ……っ」
「で、何よ」
今のどこがクールだったのかは置いといて。今日は昨日の二の舞にはさせないよ。
僕が用意したのはズバリ、映画だ。
「これを見よ!」
「『世界の中心で乾杯を叫ぶ』……何よこれ」
金束さんが訝しげな表情を浮かべている。どうやらこの映画を知らないみたいだ。
「知る人ぞ知る名作だよ。恋愛モノだけど、所々にお酒を飲むシーンが登場するんだ」
ストーリーとしては、大学生の男女が出会って仲良くなっていくが、最後はヒロインが倒れてしまう悲恋系。主人公は失意のどん底に陥るも、大切なものをもらったことに気づき、彼女の想いと彼女の好きだったお酒を胸に抱える。
馬鹿な内容? いや意外と泣けますよ。
何より、主人公に感情移入することで観ている人はビールが進むのだ。お酒が飲みたくなる一作となっております。
「これならば自然とビールを飲めるはず。満足してもらいますわよ」
「私の口調を真似しないで」
「す、すいません」
さっき怒られたばかりだよ僕。学習しようね。せーの、ひぃ!
心の中で悲鳴を漏らしつつ、DVDをセット。テーブルの上にはビールをスタンバイ。
いざ上映開始だ。
「アンタこういう映画を観るのね」
「どういう意味?」
「根暗だし気弱そうだから恋愛映画とか観ないタイプって思ってたわ」
「偏見だし言い方がキツイです……」
ちょいとダメージを食らうも、物語は進む。
主人公とヒロインが出会い、徐々に打ち解けていき、気づけばお互いを意識する仲になる。
「ふーん」
「ここから悲しくなるんだよ」
金束さんは思いのほか真剣に観入っていた。
仲良くなったのに、二人は突如離れ離れになる。ヒロインは主人公に話していなかった病気を患っており、彼女には時間がほとんど残されていかなった。
事情を知らない主人公は会えなくなった寂しさと、自分にとって彼女の存在がいかに大きなものになっていたかに気づく。彼女と飲んだ日々を思い出し、一人で酒を飲む。
それに伴い、僕も缶ビールを開ける。
主人公の悲しみに感情移入し飲むビールは苦く、どこか切ない。今飲んだビールはまもなく涙となって溢れるのだろう。物語ラストの再会とお別れのシーンは涙不可避だよ。ぐすん。
「ふーん……」
チラッと見れば、金束さんもビールを飲んでいた。
映画を観つつ、自然と口に運んでいる。昨日のような嫌な顔はしていない。
……これは、もしやイケるのでは?
自然とビールを飲めているし、ラストシーンの頃には切なくも美味しいと感じているはず。
僕は確信した。これは、イケる。早くも一人酒ライフに戻れそうだ!
『君に会いたかった』
『私も……!』
画面では主人公とヒロインが抱擁を交わしていた。もうすぐ感動のシーンだ。うっ、泣けてきた。
男女が抱き合い、互いの唇を重ねる。キスして、キスをして……さらにキスをする。
…………ん……? キスが多い。
え? あれ? やけにキスシーンが長い。全年齢版ではこんなことには……。
全年齢版?
『んっ、はぁ、はあ』
『っんん、っ、ぷぁ、はぁ……』
濃厚なキスシーン。嫌な予感が走った。
実はこの映画、通常盤と購入者限定の特別版の二つがある。特別版というのはアダルティと言いますか、その、え、エッチなシーンも収録されているわけで……。
『やっ、んっ……すごい』
『綺麗だよ』
『だ、駄目、まだ準備が……ぁ』
……ま、まさかねー。
いやいや、僕はそんなミスはしないよ。通常盤と間違えて特別版を上映したとか、まさか、いやいやいや、ありえな……。
画面から視線を外し、DVDのパッケージを確認。そこには『特別版 -R18-』の文字。
……。
…………。
あ……っ。
『ん、あぁん』
『もう我慢出来ないよ』
『来て、来てぇ……!』
あぁああぁ濃厚なシーンが始まったあぁああ。割とエロイシーンが始まってしまったあぁ。
実は特別版のせいで世間には広まらなかったこの映画。僕としては特別版も好きなので購入したけど、今それが裏目に出てしまっている。
っ、い、いや、大丈夫なはず。だって金束さんも大学生だ。色々と経験豊富そうな外見をしているし、こういったシーンには耐性が
「な、ななななっ!?」
あ、駄目みたいです。
顔を真っ赤にしてワナワナと震える金束さん。画面から外した視線を僕に向けて、手の平も向けていた。
「なんてものを観せてるのよこの馬鹿ぁ!」
「げぼら!?」
金束さんは平手打ちをフルスイング。僕の顔面は吹き飛んだ。激痛が走る。
……かと思ったが、痛くなかった。叫んだものの、頬の表面がほんの少しヒリヒリするだけで大したダメージはない。
前回、叩かれた時にも感じたが、どうやら金束さんは力が弱いらしい。女の子らしい意外な一面。
「馬鹿じゃないの!? こんなの観せて……わ、わ、私にも同じことをするつもりだったのね!」
「へ? ち、違うよ、そんなやましい気持ちは」
「馬鹿馬鹿馬鹿ぁ!」
「げぼげぼらげぼぼらぁ!?」
微ダメージとはいえ三連続平手打ちはやめて! 精神的には多大で深刻なダメージがああぁ。
「最低! 私帰る!」
往復ビンタを受けて僕の体は床に崩れ落ちた。
それでも怒りが収まらないのか、金束さんは立ち上がって足を振るう。倒れ伏した僕の腹部に足蹴りがげぼりちゅ!?
「馬鹿!」
バタン!と激しい音でドアが閉まった。金束さんは帰り、残された僕はダンゴムシのように蹲る。
痛くないけど、痛くはないけどさぁ……女の子に足蹴りをされたのはショックだ。どうして僕がこんな目に……。
『あぁん、あぁん!』
「てか濃厚なシーン長すぎ……あぐひぐぅ……」
テレビから響く甲高い喘ぎ声と自分の嗚咽が重なり、なんとも惨めな気持ちになった。