38 ネギとミクの宴
テーブルの上にはネギのホイル焼き、ネギのスープ、ネギ炒めが並べられて、テレビ台にはネギのご当地キャラクターのぬいぐるみ。そしてテレビ画面にはボーカロイドの初◯ミクが踊り歌う姿。
「あぁミクちゃん可愛い。愛してる」
わざわざパソコンから繋げて大画面のテレビでボカロを聴く男の名前は不知火。強面の大男の恍惚とした表情は、第三者の視点からすると「酷い」の一言に尽きる。
「不知火、僕は何を見せられているの?」
「俺の嫁だ」
「嫁かー」
「流世と同じくらい大切な人なんだ」
「僕は嫁と同じくらい大切にされているの? とても嫌なんだけど」
「何言ってんだ、俺らはダチだろ。一緒に朝までミクちゃんを語ろうぜ」
「酷い……」
遊びに来るんじゃなかった、と後悔。
しばらくして不知火がテレビを消して僕の前に座った。テレビは消したけどパソコンからはボカロ曲が垂れ流されている。
「悪いな流世。俺は毎日これを観ると決めてあるからな」
胡座をかいてどっしりと座る様はどこかオーラを感じて、クールに微笑む顔は強面だけどそいつ自身の雰囲気と風貌に合っている。
うん。不知火はイケメンだ。長身で強面、加えてクールでイケメン。女性人気は高いだろう。
「ミクの声を聴きながら食べるネギは最高だぜ」
ただし極度のネギ好きがなければ。ネギ狂いという点は女子受けしないと思う。どんな女性であっても「え、ネギ好きなの? 私も! 結婚しよ!」とはならない。なってたまるか。
それはさておき。僕もお手製のネギ料理を食べつつ、不知火に今日ここに呼ばれた理由を尋ねる。
「今日は何の用?」
「用がないと俺は流世と会えないのかよ」
「別にそういうわけではないけど」
「親友だろ。たまには俺とも遊べ。で、何やってんだよ」
恥ずかしげもなく親友やらダチやら言える不知火の懐の大きさに引きつつ、不知火が「何やってんだよ」と問われたので僕は首を傾げる。
「えっと、何が?」
「夏休み。楽しんでいるか?」
「まぁ、それなりに……」
少し言葉を濁したのは自信がないからだ。問われて脳裏に浮かんだのは、金束さんや月紫さんの顔。
あの二人に付き合わされて遊んだり飲んだりはしてきたが、その分だけ一人酒の時間は減った。
一人酒している方が有意義なのでは……と自問自答したことは多々ある。
「まだあの二人と会っているのか」
「まぁ、うん」
「で、どうなんだ」
「どうって?」
焼けたネギをポン酢に浸して口に運ぶ。
「ヤったのか?」
「ぶぼっ」
咀嚼する前に噴き出してしまった。ネギがポーンと宙を飛んで、落下地点で構えていた不知火の口に入っていく。う、うわぁ。
「ネギを粗末にするな」
「ダイレクトで受け止めないでよ……」
「親友の唾液とポン酢で和えたネギも美味いぞ」
「その発言すっげぇ気持ち悪いんだけど!?」
お前やっぱホモなんじゃね?
僕の警戒を察した不知火が怜悧に笑みを浮かべる。
「言っただろうが。俺の嫁はミク。ミクちゃん一筋だ」
「そうですか」
「で、流世の嫁はどっちなんだ?」
「……下世話な話を聞かれに僕は呼ばれたのか」
「怒るなよ。気になるだろ?」
嬉々とした不知火から目を背ける。僕の頭には未だに二人の顔が残っていた。
金束さんと月紫さんか……。あの二人のどちらかと付き合う? いやいや、そんなことありえない。
「あの二人は僕を利用しているだけだ。異性として見られてはいないよ」
「仲良さそうだけどな」
「仲は悪くはないと思うけど付き合うとかは……僕、モテないし」
自分で言って惨めになるやーつだ。
しかし事実である。僕は根暗ボッチの非リア充。誰かと付き合えるわけがない。
「流世はカッコイイんだけどなぁ」
「イケメンの不知火に言われても説得力は皆無だね」
「容姿のことじゃねぇよ。人間性の話だ」
「人間性?」
「あの二人もそれに惹かれていると思うんだがな。いいからどっちかとヤってしまえよ」
話題がまたしても下卑た内容になってきた。
「だからヤらないよ」
「おかしいだろ。一人とはキャンプに行って宿泊して、もう一人とはフェスに行って二人きり。それなのにヤっていないんだろ? 何やっているんだよ。いや、なんで何もやっていないんだよ」
「は、はぁ?」
「俺らは大学生だぞ。女との関係なんてそれが全てだ。考えてもみろ、女と二人きりでいるんだぞ。酔わせてちゃちゃっと一発」
「それ以上はやめよう。R指定が入る」
「入れるのはRじゃなくてチ」
「やめようって言ったよね!?」
なんで今ちょっとノリノリで返してきたのさ。昼間から下ネタはやめようよ!
「はは、冗談だ」
「笑えないってば」
「流世がそこら辺の大学生みたいな真似するとは思ってない。お前は根暗野郎だからな」
「あぁそうだよ。根暗野郎の陰険ビビり残念大学生だよ」
「だが、ただの根暗ではない。自分の得なんざ度外視して、他人の為に何かしてあげられる優しさを持っている」
冗談混じりに笑うことをやめた不知火の顔は、まっすぐと僕を捉えて真剣な眼差しを向けていた。
「それでいて自己犠牲でもない。自分の意思で動いている。だから親身になれる、優しくなれる。そこら辺の大学生と比べるまでもねー、流世程できた人間はいない」
「……笑えないっての」
「あまりにできすぎていて不安になる。たまには息抜けよ。俺ならいつでも相手してやる。だって俺は」
「ダチだから」
「分かってるじゃねぇか」
「納得はしていないけどね」
僕が肩を竦めると不知火が笑う。
ネギを頬張り、ミクの曲を聴き、下衆な話を混ぜながらも会話を繰り返して、そうして気が楽になる。デトックスされていくかのようだ。
いつか不知火と居酒屋で飲んだ時と同じだ。不知火は僕のことを心配してくれている。
やっぱりお前の方がよっぽどイケメンだよ。性格までカッコイイ。
「僕は大丈夫だよ」
「そうか。じゃあ朝までミクの曲全て聴こうぜ」
「それはマジで勘弁して。……ん?」
ポケットの中でスマホが震える。
見ると、画面には『金束小鈴』の文字とメッセージ。
『早く帰ってきなさい』
「……」
「金束からか?」
「不知火、僕は大丈夫じゃないかも」
「あ?」
スマホの振動が止まっても、今度は僕の手が震えだした。
あー……たぶん、いや確実に怒っているんだろうなぁ……。




