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34 モッシュに眼鏡

「あうー、とても暑いですね」

「真夏の野外だからね。当然だよ」

「例えるならどれぐらいレベルの当然でしょうか?」

「何その唐突な問答……。え、えーと、テス勉をしないと単位は取れないぐらいの当然?」

「夏休みなのに単位のことを言う水瀬君は性格が悪いです。悪魔ですっ」

「そこまで言わなくても」

「いいえ悪魔です。どの悪魔か決めましょう」


 僕は月紫さんと肩を並べて移動している。

 一人で来たのに月紫さんと行動を共にすることになってしまった。まぁなんやかんや楽しんでいます。


「月紫さんは次どのステージに行く予定?」

「水瀬ルシファー……ダンタリオン流世……うーん」


 ……楽しんでいるのかな? う、うんきっとそうだよね。隣で僕の名と悪魔の名を混ぜているけど。


「どの悪魔にするか本格的に決めなくていいから次に行くステージを決めない?」

「分かりましたっ。悪魔のことはお家に帰って決めます」


 宿題にするんかい。


「水瀬君はどのアーティストを見る予定ですか?」

「僕はこれ」

「私も同じです。では行きましょうっ」

「あ、ちょっと待って。ビール買いたい」

「私も買います」

「え……大丈夫?」


 蒸し暑いテントの中で飲み物をひたすら売るバイト店員からありがたく生ビールを購入し、人混みから離れた位置に移動。

 夏フェスのビールは八兆倍美味いと誰か芸人が語っており、僕は大いに賛同する。フェスで飲むビールは格別そのもの。夏の暑さと人の熱気、広い会場を見渡して飲むその一口は他では味わえない。なのだが、かなり不安だ。

 僕はビールを美味しく飲める。なのだが、月紫さんは……。


「げほっ!」

「デスヨネー」


 僕の部屋で飲むのと変わらず、月紫さんは盛大に噴き出した。本日も僕の顔へスプラッシュ。顔に滲んだ汗がビールによって流される。


「ごめんなさい!」

「イイヨイイヨ」

「フェスなら勢いで飲めると思ったのですが……残念極まりないです」


 残念極まりないのは周りから「え、何あの子ヤバイ」と見られている月紫さんです。

 そして僕は周りから「あいつ顔面ビールまみれでキモイ」とさらなる嘲笑を受ける。くっ、この陽キャ共め。こっちを見るなぁ。


「ま、まぁ、今日はビールの訓練じゃないからね。音楽を楽しもう」

「はい。水瀬君は優しいですね。すごいですげほっ!」

「喋りながら飲んで噴き出すその高等テクの方がすごいよ」


 訓練はいつでも出来る。僕もさすがに今日はビールではなく汗まみれになりたいですので。

 タオルで拭きつつ歩き、ステージに到着。熱狂的なファン、通称ガチ勢の人達が既に最前を埋めていた。

 僕と月紫さんはステージから離れた後方に立つ。


「月紫さんは帰省から戻ってきたばかり?」

「はい。免許は一発で取れましたっ」


 喜びを溢れさせながら、ほんわかと独特の緩い笑顔を浮かべる月紫さん。


「お父さんも元気でした」

「まだ入院中?」

「はい。点滴を打ちながらビールを飲んでいました」

「プラマイゼロ寧ろマイかな?」


 結局病室で飲んでいるのかよ。最悪に駄目じゃないか。何が娘との夢の為に頑張るだよ。思いきり誘惑に負けているぞ! 点滴を打たれながら飲酒するって可能なの!?

 はぁ、月紫さんの父親って本当に駄目人間だなぁ。


「あと水瀬君にお土産を渡すように頼まれました。私の地元のビールです」

「マジですかっ」


 地ビールとは嬉しい。駄目人間だなと馬鹿にしかけたが手の平を返します。ありがとう月紫さんのお父さん。もういっそのこと点滴でビールを打ったらいかがでしょうっ。


「それでですね、良かったら私も一緒に飲んでもいいですか? 私は噴き出しちゃいますが……」

「何を言ってるの?」

「や、やっぱり駄目ですよね」

「いやいや。一緒に飲もうよ。月紫さんが持ってきてくれたんだし」

「……いいんですか?」


 いいも悪いも、当然ですよ。

 一人酒が好きな僕も、その人が持ってきたビールはその人と一緒に飲もうと思う。人からビール貰うことなんて今回が初めてだけど!


「今更気にしなくていい。僕の部屋なら遠慮なく噴き出して大丈夫。もしかしたら飲めるようになるかもしれないし」

「……」

「楽しみだね。どんなビールだろ? ありがとうね、すっげー嬉しい」

「え、えへへー……水瀬君に喜んでもらえて良かっ」


 月紫さんの声は途中で聞こえなかった。

 代わりに大音量で轟く、アーティスト登場SEと人々の歓声。


「始まったみたいだ」

「そうですね、ひゃう?」

「うおっ」


 僕と月紫さんはステージからかなり遠い後方にいたはず。そのつもりだったが、演奏が始まると後ろから一気に押された。

 曲が始まる。激しいロックミュージックに伴い、四方八方は波打つように揺れ動いて暴れ回る。

 い、いきなりモッシュか。すごい勢いだ。人のウェーブに巻き込まれてうおおぉ? でも楽しい! 陰キャでも楽しいと思えるのが夏フェスの不思議で素敵な魅力だ。


「……ん?」


 感化されてハイになるテンションに身を任せようとした時だった。ふと地面を見ると、眼鏡が落ちていた。

 すぐに分かった。月紫さんの眼鏡だと。

 そして僕はすぐに動く。急いで回収しないとモッシュに巻き込まれて容易く踏み潰されてしまうからだ。


「ぐっ、おぉ……ぬわぁーっ!?」


 パパスな悲鳴をあげながらも眼鏡を拾う。その僕を、容赦なく踏みつける足、足、足!

 待って、僕いるから。僕倒れているから! フェスは助け合いだよね? 倒れている人がいたら助けるのがフェスの心意気だよね? 絶賛踏まれまくっているんだけど!?


「め、眼鏡だけでも……あぁ!?」


 手元から落ちる眼鏡。

 拾い直すよりも先に、誰かの足によって踏まれてしまった。

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