28 三大・美味シチュエーション キャンプ
車を走らせること二時間。見えてきたのは海と砂浜。
「見て見てっ、ヤシの木があるわ。ほらあんなにいっぱい!」
「僕は運転中なので凝視は出来ません」
「見なさいよ。あとテンション上げなさい」
む、無茶を言わないで。あとあなたは異様な程にテンションが上がっていますね。
朝に集合、レンタカーを借りて、車で移動する間もずっと僕の隣では金束さんが弾んだ声で話しかけてきた。今は楽しげに僕の肩をバシバシ叩く。運転中はやめて!
今日と明日、僕らはこの山倉海浜公園オートキャンプ場で過ごす。夏の代名詞の一つ、その名もキャンプだ。
「ふー、久し振りに運転したなぁ」
「着いたわね。運転お疲れ様」
金束さんが僕を労わってきた。ありえない。普段の彼女からは想像も出来ないよ。
出会って一ヶ月と少し。これ程にご機嫌な姿を見るのは初めてだ。
金束さんは旅行用の鞄を両手に持ってスキップしている。長い後ろ髪が天使の羽のように宙を舞った。
「大学生のノリが嫌いなくせしてキャンプは喜ぶんだね。金束さんもただの大学生じゃないか」
「チェックインするわよ。ほら急いでっ」
「背中を押さないでぇ」
少し皮肉を言ってみたけどスルーされた。小言は耳に入らないぐらいテンションがハイらしく、金束さんは僕の背後に回り込んでグイグイと押してきた。
普段とは一風変わった金束さん相手でも僕はされるがまま。背中を押されて木造の建物に入り、受付へと直進する。
「ようこそ山倉海浜公園オートキャンプ場へ! 二名様でご予約の水瀬流世様ですね!」
「ええそうよ」
電話の主この人だろ、と僕は心の中で恨み節を呟く。一方で金束さんはテキパキとチェックインの手続きを済ませていく。
……僕らは周りからカップルと思われているのだろうか。大学生のカップルが一夏の思い出をFu~みたいな?
生憎だが間違いだ。僕らは恋人ではないし、一昨日までは二人で来るはずじゃなかった。春に予約を済ませた時には一人で来るはずだと思い馳せていたのに……はぁ、どうも気乗りしない。
「部屋に入れるのは三時かららしいわ。それまで海で泳ぐわよ」
「そうですね」
「何よ。アンタもしかして泳げないの?」
「いや泳げますよ」
「じゃあなんで気落ちしてるのよ。ほら行くわよ!」
僕が気落ちしているのは一人じゃないからです。あなたがいるからです。本来なら一人で砂浜を歩いてナツいアツだぜぇ!と気分爽快のはずだったのになぁ。
同伴者がいる。隣で僕に声かけてくる人がいる。これじゃあただの暑い夏だ。普段の生活と変わらない。
「さっさとビールを飲んで寝よう……」
気乗りしないままビーチに到着。下に海パンを履いて上にTシャツを着て、広げたシートにベッタリと座る。
前方には真夏の太陽を浴びて輝く澄んだ海と目を細める程の白い砂浜。これぞ夏! ……なのだろうね。最高なのだろう。僕も一人で来ていたらノリノリだったさ。
昨日、買い物へ行く前に鍵を閉めておけばこんなことにならなかった。一人キャンプだからこそ面白いのに誰かと一緒なんてそんなの、はぁー……。
「待たせたわね」
「待っていません」
「ふんっ」
「や、やめて。痛くないけど殴らな、い……で…………っ!?」
水着に着替えた金束さんが来た。
水着に、着替えた、金束さん。
その姿は澄んだ海よりも美しく綺麗。その肌は眩い砂浜よりも白く透き通る。圧巻だった。
ピンク色のビンガムチェックのビキニ。ヒラヒラとしたフリルの装飾は可愛らしく、けれど決して邪魔はしていない。金束さんの抜群のプロポーションはそんなものでは隠しきれていない。
大きいのに重力の影響を受けていないのか、上を向いているかの如く丸々と形良い豊満な胸からは見事な谷間が覗かせている。その下ではグラビアアイドルにも負けない程の締まったくびれ。さらにその下、造形師が携わったかのようにスラッとした足は艶めかしい。
水着に着替えた金束さんは……最高だった。
「な、何か言いなさいよ……」
僕は何秒間も見惚れていたのだろう。金束さんがムッと口を尖らせながらも顔を赤らめ、両の手でその完璧美しい体を隠そうとする。
でも……あ、あの、隠しきれていません。寧ろ手を添えたことで胸がむぎゅっと押し上がりとてつもなく柔らかそうだしエロイです。エロイって言っちゃったよ僕。
前々から大きいなと思ってはいた。枝豆狩りの時にも見たことがあったけど……っ、水着で見るとさらに、って感じですね。巨乳はアニメや漫画の世界だけと思っていた。こんなにすごいのが実在するのか。
見たことのなかったウエストと足も目が離せない。肌がすごく白くて綺麗。っ、お、おへそが見えてる……! パーツ一つひとつを取っても完璧だ。それら全てを持ち合わせ、ビキニによって相乗効果を生み出すスタイルの良さは最早芸術の域。
改めて思う。金束さんは美人。容姿端麗で、バストもウエストもヒップも足も完璧の超絶美人なのだと……。
「じ、ジロジロ見ないでよ!」
「ぎゃふ」
さすがに見すぎたらしい。真っ赤な顔した金束さんが僕を突き飛ばした。
ぐっ、だが倒れる刹那にも目に焼きつけた。揺れた。胸が揺れたのを見た! すごい!
「馬鹿! ムッツリスケベ!」
「ぼ、僕はそんなこと」
そんなこと、あります。凝視してたもん。ムッツリからガッツリスケベに進化していたよ僕。
興奮を抑えつつ上体を起こすと、金束さんはシートの上にしゃがみ込んでこちらを恨めしげに睨む。固く結ばれた唇が今にも「うぅー!」と唸りをあげそうだ。
そして金束さんは睨みながらも僕の反応を待っていた。え……ま、待っている?
「……」
「え、えっと」
どうする。どうする水瀬流世!?
ジロジロと存分に眺めた挙句、何も言わないのはさすがに男としてどうなんだ。コミュ障のボッチでもそれは駄目だろ。
だからといって陽キャさんのように「マジエロイね」なんて冗談でも言えない。あぁ、そうこう思考巡らせている間も金束さんが睨む。しゃがんだことによって膝が胸をむっぎゅうと押し潰しているのがエロイし……あわわっ。
「な、何よ。アンタなんかのでも私だって感想が欲し、い……ごにょごにょ……」
「か、可愛いよ」
「っ……!」
思考が停止した。自分では口をパクパクさせている感覚しかない。意味を持つ言葉として声を発している自信はなかった。
ただ、可愛いと思った。スタイルが良いとか綺麗な肌とかエロイと思う以上に、金束さんの水着姿がとても可愛いと思ったんだ。
「僕は女の子と海に来たのは今日が初めてで、誰かと比べたわけでもないけどさ。比べることすら必要がないくらい、それくらい金束さんの水着姿が綺麗だと思う」
「な、なな……!?」
「嘘じゃない。本当に、すごく、今までの人生で一番綺麗な人を見ていると思、ぐぎゃ!?」
スイカが僕の頭頂部に落とされた。ぐおおぉ!? 脳天がああぁ?! それ僕が密かに楽しみにしていたスイカ割りで使う用のスイカ……がはっ。
後ろに倒れた上体が今度は前のめりに沈み倒れる。
「これは痛い……」
「う、うるしゃい!」
「噛んでりゅよ?」
「アンタもね!」
そ、そうだね。お互い様だね。
口も意識も定まっていない。スイカを投げられる前から僕の意識はポワポワとしていた。僕は金束さんになんて言ったのだろう?
金束さんの顔は赤いし、う、うーん……。
「いいから泳ぐわよ! 来なさいっ。でも水着は見ないで!」
「は、はい! もう二度と見ません!」
「う、ぅ、少しは見なさいよ!」
「えぇ!?」
手首を掴まれた僕は回復する間もなく金束さんに連れられて海に入る。
心地良い波の感触よりも今はまだ意識の方が夢心地だったし、海に入っても全身の熱は帯び続けた。
「一番綺麗とか何よそれぇ……っ~、もう」
「何か言った?」
「なんでもない!」
「水をかけにゃいで」
あれ? 待って? ……た、楽しいかも。
到着した頃の虚しさと侘しさは何処へ。どうなることやらの胸中はどこへやら。気づいたら僕はナツいアツを楽しもうしていた。




