27 予約変更
日が経つにつれて陽が勢いを増す八月。
加速する過酷な夏の太陽光線が地上を焼き尽くす。熱したフライパンの上を歩いているかのようだ。数メートル先に見えるアパートが溶けた飴細工みたいに歪む。前髪の下で蒸れるおでこを拭った指先には汗の粒が集まって手の平に垂れていく。
今年も夏の暑さは異常だ。徒歩で買い物に出かけただけで汗が止まらない。
「あっつい……。けど……くっくっく、その調子で頑張れ太陽」
アパートの入口に到着。日陰に入る。それでも汗は止まらない。未だに暑い。ああ、それでいい。暑くていいんだ。
蝉が延々にミンミンと鳴く騒音を聞いても不快にはならない。茹でたての枝豆みたいにホクホク笑顔になって頬が緩んじゃうよ。
「ふふ、なぜなら……」
僕は今しがた買い物をしてきた。普段は学生で賑やかなスーパーには人の姿がなかった。夏休みだなぁと思いました。
大半の人は帰省したのだろう。地元にも友達がいない僕には縁がない選択だ。悲しいね。
閑話休題。僕は玄関に入って買い物袋を置く。
どさっ、と置いた袋の中にはビールはもちろんのこと、虫除けスプレーや日焼け止めクリーム、花火やかき氷のシロップ。ガッツリと買ってきた。
「明日から、なんと、キャンプなのだー!」
キャンプ! そう! CAMPだ!
夏の日差しに照らされた眩い海と砂浜を眺め、自然に囲まれた中でバーベキュー。そこで飲むビールの美味しさときたら……く、く、くぅ~! 想像しただけでビールの蓋を開けたくなる!
夏だからこそ良い。暑いからこそ素晴らしい。太陽が燃え盛ればその分だけビールが美味しくなるんだ。
「三大・美味シチュエーション、その名もキャンプ! 何度でも言おう、その名はキャンプ!」
あぁ楽しみだ。夏と言ったらこれでしょ~。大学生なら夏はキャンプ場に行かないとね。
ただし、僕は一人で行きまーす。え、友達と一緒に? いらぬわ! というかおらぬわ! 悲しいな!?
いいんだよ。僕は一人でバーベキューをして、一人で飲んで、一人で花火をする。最高の一人キャンプを思う存分味わってみせます。僕、感動の一夏を過ごすんだ。
「さて、残りの準備をしましょうか」
買い出し品を抱え、意気揚々とリビングのドアを開ける。
すると、中からひんやりとした冷気が入ってきた。クーラーを点けっぱなしだったか?
なんて予想は、次の瞬間に崩れさった。
「やっと帰ってきたわね。お帰り」
「……ただいま」
部屋の中に金束さんがいた。足を投げ出して座り、当たり前のように座布団の上にいた。
エット……ナンデコヅカサンガイルノ?
「また鍵が開けっぱなしだったわよ。不用心ね」
「……」
「まぁそれはいいわ。それよりアンタ、キャンプに行くのね」
金束さんは座った状態で僕が抱える荷物をジロリと見やる。
「三大・美味シチュエーションって叫んでいたわね」
「……」
「どういうことかしら」
……頑張れ流世。フリーズしている場合じゃない。
脳が瞬時に状況判断を済ませ、最悪のケースを打破すべく声を張り上げる。
「キャンプ場の予約は大変なんだ! 何ヶ月の前に予約しないといけないんだ!」
「はぁ?」
「残念だけど僕は一名で予約を入れた! 残念だけど金束さんを連れて行くことは出来ない。残念だけども!」
これは本当だ。夏になってから「ウェーイ俺らでキャンプしようぜェーイ」とはしゃぐ大学生をよく見かけるがそれでは遅い。
良質なロケーションのキャンプ場は四月の時点で予約が埋まる。キャンプガチ勢なら予約が開始となる春のうちにホームページにアクセスする。それは僕も然り。
「残念だね。あー残念だ! でも既に予約完了してますからぁ! ざんねーん!」
僕はギター侍を彷彿とさせるムーブでその場に項垂れる。古い。古くてもいいしなんでもいい。とにかく必死に言い訳を放ち続ける。
なんとしても金束さん同伴を阻止するんだ。キャンプは僕にとって夏最大の楽しみ。一人で楽しむと決めてある。
「金束さんごめんね。僕のとっておきの三大・美味シチュだけど一緒には行けない。ざんねえぇん! お一人様でご案内される斬り!」
「ウザイ」
僕より遥かに切れ味鋭い一声が襲いかかる。睨みはさらに険しさを増した。
「いつ私が行きたいって言った? 勝手に残念残念って言わないで。キモイ」
「は、はひ」
ウザイとキモイの二撃でハートを四等分に切り刻まれたが、そんなのは些細なこと。
どうやら金束さんはキャンプについてくる気がない。ならば問題もない。すなわち最高、嬉しき僥倖、何よりの吉報!
「て、てことでー、僕は明日からキャンプに行ってきます」
未だにこちらを睨む金束さんの横を抜けて、そそーっと準備に取りかかる。
僕の部屋に来ていたのはビックリしたが無事に関門を突破した。さあさあ明日に向けて意気揚々と、
「予約って変更が出来るんじゃないかしら」
どうして僕は意気揚々とした瞬間に地へ叩きつけられるのだろう!?
ギ、ギギ、と錆びた音を立てて振り返ると、そこには今も未だにこちらを見つける金束さん。
「へ? 変更?」
「アンタは一人で一つの部屋を予約しているんでしょ。一人が二人に変わるのは大した問題ではないと思うわ」
「だ、駄目だよ! シーズン中のキャンプ場の運営者はとても忙しい! 連日ひしめく数多の予約を全て管理するのは大変だろうし、前日にいきなり変更とか言えないよ」
「とりあえず電話して聞きなさいよ」
「や、でも」
「電話しなさい!」
「あわわ手が勝手にぃ!?」
有無言わせない威圧感を食らった恐怖で手が勝手にスマホをタップしていくぅ!
プルルッ、と電話のコール音が鳴り、金束さんが僕の耳元に近寄る。女の子のすごく良い香りがした。いやそうじゃなくて。
なんてことだ。逃げ場なし。追い込まれた。……こうなっては電話の主に願いを託すしかない。
『はいお電話ありがとうございます! こちら山倉海浜公園オートキャンプ場です!』
「あ、あの、予約している水瀬ですが、一つお聞きしたいことがありまして」
『はいなんでしょう!』
電話主の快活な声を聞いて僕は、これこいつに頼んだら簡単に了承するのではないかと一抹の不安を感じる。
が、下手に誤魔化すことは出来ない。すぐ傍で金束さんが耳を傾けている。良い香りがする。なんで女子は良い匂いがするのだろう。いやそうじゃなくて。
「えーっと、予約は利用者一人で申し込んだのですが、それを二人に変更するのは可能ですか……?」
『一名様から二名様、ということでしょうか!?』
「あっ、いや無理なら無理で大丈夫です! 忙しいですもんね! 無理にとは言いません! 寧ろ無理と言ってくだ、さっ……?」
スマホを当てる耳とは反対の耳を抓られた。痛くないけど邪魔しないでっ。
だ、だが負けない。一人ぼっちキャンプ実現の為だ。抓られる耳とは反対の耳に全神経を集中させる。
『それは……!』
「無理ですよね? あぁそうですかそうですよねそれでは失礼し」
『全然大丈夫ですよ! 二名様でお越しくださいませ!』
山倉海浜公園オートキャンプ場おぉぉ!? 気さくに応じてんじゃねぇぇ! 山倉海浜公園ってなんだ。山なのか海なのかどっちだよ!
「い、いや、でも」
『私達にお任せください! では水瀬様、明日のご予約は二名様ということでよろしいですね!』
「いいわよ」
遂には僕の手からスマホを奪って代わりに返事をする金束さん。
『ありがとうございます! お待ちしておりまーす!』
憎たらしい程に元気いっぱいな声。通話は終了し、金束さんは僕にスマホを押しつける。
その顔は晴れやかだった。
「私も行くことになったわね。よろしく」
「え、えぇ……!?」
「そうとなれば準備しなくちゃ。海浜公園って言っていたわね。水着がいるじゃないっ。アンタちゃんと虫除けグッズは買ったの? 虫とかゴキブリとか私は絶対に嫌なんだから」
金束さんは鋭い目つきのままだ。だけどその顔は晴れやかだし、どことなくウキウキワクワクが見え隠れしていた。
……というか、ものすごく楽しそうだ。遠足に行く前の小学生みたいになっている!?
「一泊するなら着替えが必要ね。どうやって行くの? 電車? 車? レンタカーもちゃんと予約しているんでしょうね?」
「ま、待ってよ」
「何よ? 二名で予約変更したんだから私が行かないといけないでしょ」
それはあなたが強引に……てか、そもそもだよ?
「金束さん、キャンプは一泊するんだよ? 僕と金束さんの、その、二人で。同じ部屋で寝泊まりするけど……?」
付き合っていない男女が二人でお泊まりは、ど、どうなのかな。良くない気が……。
「……別に」
「へ?」
「何よ! アンタは嫌なの!?」
嫌です。一人がいいです。一人が至高です。
とか言えないー! 至近距離で睨まれたら言いたいことも言えないポイズン!
「い、嫌じゃないでふ」
「勘違いしないでよ。私はアンタの言う三大・美味シチュエーションを知りたいだけなんだから。ビールを美味しく飲みたいだけなんだからね!」
「はひぃ……」
こうなっては終わりだ。崩壊だ。
四月から練ってきた僕の完璧な一人キャンプの計画は今、始まる前に終わりを告げた。
「やっとアンタの言っていた三大を知ることが出来そうね」
「……」
「聞いてるの!?」
「ひゃい。是非一緒に行きましょう」
「あとは何が必要かしら? ねぇ水瀬。ねぇってば。あ、天気予報も見なくちゃ! 晴れなかったら承知しないんだからねっ。今から、いや今すぐてるてる坊主作りなさい祈りなさいっ」
口は動いて手足も動く。金束さんの浮かれっぷりは先程までの僕を見ているかのようだった。
対して今現在の僕は……しょぼぼ~んだった。
「楽しみだわ。……ぁ、べ、別にアンタとのキャンプが楽しみなわけじゃないわ。ビールを飲む為よ!?」
「はいはい……」
この人といると常に思う。果たしてどうなることやら。
僕一人のキャンプは終わりを告げた。代わりに、僕と金束さん二人のキャンプが始まることになった。




