25 枝豆狩り
早朝から夕方遅くまで真夏の太陽は働く。容赦ない日差しを地上に放ち続ける。
どうして夏は無駄に暑いのだろうか。これが秋まで続く。我が国は四季ではなく三季じゃなかろうか。
この暑い日に外で何かをするのは馬鹿げている。と、僕は思う。
「どうして外に出なくちゃいけないのよ……!」
僕は思い、金束さんも思う。
彼女の顔は険しく、麦わら帽子によって影を被る中に光る鋭い瞳が僕を睨んでいた。
「ご、ごめんね。でもこれがビールの美味しいシチュエーションだから」
「枝豆狩りが?」
「うん」
僕と金束さんは今日、とある農場に来ている。
その目的は枝豆を採る為。その理由はビールが美味しいから。
「説明してくれるかしら?」
「いいでしょう」
暑さのせいで不機嫌な金束さんの顔は怖い。僕の顔は引きつりそうだ。
しかし堪えて僕はテンション高めに説明をする。枝豆とビールの抜群なる相性の良さについて。
「枝豆とビールの組み合わせは焼肉ビールに匹敵する! 塩を振った枝豆、数粒のみで口の中にビールを流し込みたくなる魔力を有した食材だ!」
「それは千歩譲って理解してあげるわ」
「千歩も譲るの?」
「で? 枝豆ならスーパーで買えばいいじゃない。猛暑日の今日、どうしてわざわざ自分達で枝豆を採らないといけないのよ!」
金束さんのシンプルで且つ尤もな言い分。僕が悲鳴をあげるのには十二分な怒号。
だ、だが叫ばぬ。暑さによる発汗とは別種である冷や汗を垂らしつつも、臆することなくドヤ顔を浮かべて僕は人差し指を右へ左へと揺らす。
「甘いね金束さん、カルアミルクより甘い」
「カルアミルクは嫌いよ。甘すぎるわ」
「あなたは好きなアルコール類ないでしょ。大学生の風上にも置けない」
「何よ!」
「ぴぃ!? と、とにかく自分達の手で採るのが大切なんだよ。自らが採った枝豆だからこそより美味しく感じる、愛おしいと思うんだっ」
「ふーん」
「金束さんは知らないでしょ? 枝豆は茹でたてが一番美味しいんだよ!」
チェーンの居酒屋のお通しで出るような、冷凍の品を解凍した枝豆とは全くもって違う。同じ名称の食材であっても、イケメン大学生と僕ぐらいの差がある。自分で例えて虚しい。僕だって茶髪に染めてオシャレしてみたいよ。やる度胸ないけど……。
か、閑話休題。話とテンションを戻そう。
「汗を流して自分達で採った枝豆を茹でて、茹でたてホヤホヤを食べつつ飲むビールの美味しさは素晴らしいんだー! だから今日は頑張りましょう、ってこと」
「ふーん」
「僕の力説を『ふーん』のみで処理しないで……」
「来たからには仕方ないわね。やってあげるわよ」
「ありがたき」
なぜに教える側の僕が頭を下げているのかしら? 謎ではあるにしろ、なんとか了承してもらえた。いざ枝豆狩りの始まりだ。
ふと、改めて金束さんの服装を見る。
「な、何よ」
汚れてもいい服装にしてね、と僕が事前に伝えたので金束さんはジャージ姿で来た。現に僕もジャージだ。というか寝巻き。僕は自分が見ても冴えない格好である。
対して金束さんは……ジャージ姿でも似合っていた。
上下共に黒色のジャージにはピンク色の線が入っている。それを派手で明るい髪の金束さんが着ると、ドンキの前でたむろするギャルにしか見えない。
見えないのだが、似合っている。着こなしが、元の素材の良さが、ジャージ姿であっても金束さんを輝かせていた。頭に被った麦わら帽子も超グッドっ、と言うしかない程に映えている。
……この人は何を着ても様になるなぁ。美少女ってすごいね。
「ジロジロ見ないでよ。キモイ!」
僕が心の中で賞賛の嵐を述べている間に、当の本人は赤色のしかめ面で罵倒を放つ。
この性格のキツさがなければ大学一の有名美人として名を馳せていただろうに。ミスコンは余裕で優勝するレベルだ。
……待てよ? 月紫さんがいた。あの子のおっとり穏やかな雰囲気の方が万人受けするかもね。眼鏡を外した月紫さんはマジですごい。金束さんでも負けるだろーなー。性格に関しては月紫さんの圧勝だろうし。
「なんで小馬鹿にした目をしてるのよ! ムカつくわね!」
「下顎に連続パンチしにゃいで!」
金束さんが両腕を振るって拳を何発も下顎に叩き込んできた。下顎て! ダウン狙う気満々じゃないですか!
痛くないから平気ですけど。振るう腕の勢いはスピード感あるのに、音がペチペチだった。本当か弱いなぁ。
「アンタが連れてきたんでしょ! ぼーっとしないで枝豆狩りするわよ!」
腕力は弱くても目力は強い。慣れたとはいえ、いつまでも睨まれるのは辛い!
精神を狩られる前に枝豆を狩ろう。僕は気を引き締め直して、金束さんと共に農場のビニールハウスの中に進む。
「ふんっ。……アンタと外で何かするのは初めてね」
「そうですね」
「デートみたい……」
「何か言った?」
「なんでもないわよ!」
「下顎にアッパーカット打ち込まないで!?」
夏休み中とあって、僕ら以外にも参加者は当然いる。主に家族連れと熟年夫婦が目立つ。
参加料を払えば枝豆採り放題だからね。家計的には大助かりだ。美味しい枝豆が採れて、値段も良く、イベント感があって家族サービスにもなる。まさに一石三鳥。
僕らはビールの美味しい良シチュエーションの為、という奇妙で奇天烈な動機ですがね。
「暑いわね」
「そうだねー」
「ふんっ」
「鬱憤晴らしに僕を肩パンしないで」
農場の人が収穫方法を説明している最中、金束さんは僕を殴ってくる。痛くはない。何この子、昔に流行った暴力系ヒロインの力弱いバージョン?
それにしても、確かに金束さんの言う通りだ。ビニールハウスの中は蒸し暑い。外と遮断されて風が入らないだけでこうも体感温度が変わるのか。
農家の人には頭が上がらない。この環境下で栽培するのは苦労が絶えないだろう。ネギ農家の不知火も大変だったのかな。
『ネギのことを思えばへっちゃらだ』
スマホの画面に不知火からのメッセージが表示された。こいつエスパー? 僕が心の中で呟いたツイートにリプしてきたよ!?
『俺のことは気にするな。流世は楽しんでこい』
いや気にするけど? どこかで僕のこと見てるでしょ!?
「始まるみたいね。私達もやるわよ」
「あ、うん」
「暑い……っ」
腕を捲ってしゃがみ込む金束さん。やはり暑いらしく、うっすらと透明な雫が彼女の肌に張りつく。
滴る汗の、香り立ちそうな色気を感じた。端的に言えばエロイ。汗が首筋を伝って胸元に落ちて……。
「……ムッツリスケベ」
「べ、べべ別に?」
「変態。最低」
ひえぇ、少し見ただけで怒涛の罵倒。
家族連れが「ママー、あれがムッツリスケベなのー?」「ええそうよ、ああいう奴が犯罪者になるの。反面教師にしなさい」とヒソヒソ声で会話している。ちょ!? 僕を犯罪予備軍みたく言わないでっ!
「ふん。いい気味ね」
金束さんが馬鹿にした表情でせせら笑う。僕が他者に貶されたことがお気に召したらしい。ひ、酷い性格してらぁ。
「でもいいのよ」
「ママ、それはどうしてー?」
「カップルだからよ。あれはイチャイチャしているだけなの」
「そうなんだねっ」
家族連れのヒソヒソ話はヒソヒソを超えている。僕らの耳に届いている。
……あの、なぜ金束さんはさらに怒っているの? 顔が赤い、よ、ぶべぉ!?
「ふ、ふんっ」
「今日の執拗な下顎狙いは何なの……!?」
強烈なフックが僕の脳が軽く揺れた。力が弱くても顎にクリーンヒットしたら脳が揺れるよ? パンチドランカーってやつ!?
「い、いいから早く始めるわよ」
「ママー、女の人の顔が赤いよ」
「恐らく初デートね。嬉しくてしょうがないのよ」
「ふん!」
「僕の下顎がぁ!?」
お母さんそれ以上何も言わないで。あなたのせいでウチの金束さんがご機嫌をナナメにしている気がします。
「勘違いしないでよ。私はアンタとで、デートしてるつもりはないんだから」
「ひっ? もちろんだよ。デートなわけがないよね。僕らはただ……」
「……」
「ひ、ひぁ? 頬を膨らませるくらい機嫌が悪いの?」
「別に!」
紅潮した顔で頬をムスッと膨らませた金束さんがそっぽを向く。僕、変なこと言ったのかな?
家族連れがニヤニヤした笑みでこっち見ている。なんか冷やかされている? 僕はビールの為に枝豆を採りに来ただけなのに!
再度、気を取り直す。集中だ。
金束さんの不機嫌さは置いといて、枝豆を採ることに熱中しよう。僕は金束さんの隣にしゃがむ。
「ふんっ」
し、集中だー。頑張ろー……。
収穫方法は先程、農家の人に説明してもらった。枝豆の葉は地面から膝の高さまで伸びている。僕は身を乗り出し、根の部分を掴むと、グッと引っこ抜く。
「お、おぉ」
思いきり力を入れなくても簡単に引っこ抜けた。
プチッ、と土から引き抜き、するするっ、と容易く収穫。この感覚は気持ちが良い。簡単であり面白い。
「お、おぉ!」
持ち上げてみると、その大きさにビックリ。豆を実らせて葉がたくさんついた枝豆の茎。収穫した充実感と達成感が全身に満ちていく。
「ふん、大袈裟ね」
喜ぶ僕の隣で、金束さんが呆れたように息をつく。
そんな金束さんも、枝豆を掴んで引き抜いて、途端に目を輝かせた。
「み、見て見てっ。簡単に採れたっ。これ大きいわ!」
「おぉー」
「ふふん、私にかかれば楽勝ね。あっ、こっちのはもっと大きいわね。私が採るわ!」
あなた数秒前に僕のこと馬鹿にしてたよね。僕以上に楽しんでるよね?
「わあっ、これすごいわ。これすごくないかしら?」
「そうだね」
「私が採ったのよっ。これなら私でもいっぱい採れそうっ」
「そうだね。うん、楽しそうで何よりだよ」
「ええ、とても楽しいわ! ……ぁ。べ、別に楽しくないわよ。調子に乗らないで!」
「ノリノリだったのは金束さんだよ?」
「うるさいっ。う、うぅ、いいからアンタも収穫しなさいよ!」
「はいはい」




