23 過去
「それでね、おばちゃんを巡って男達のバトルロワイアルが始まったんよ~」
「ふーん」
「男達が血まみれになって争う様は絶景やったなぁ」
「こもろちゃんすごいわね」
来店して一時間が経った。
金束さんは慣れてきたのか、おばちゃんと楽しくお喋りしている。おばちゃんの話は野蛮だしあまり本気にしないでいいのだが……。
「男って馬鹿だよねーん」
「その通りよ。どいつこいつもウザイわ」
「小鈴ちゃんモテそうだもんね。ウザイ男はウザイって言っちゃいな」
「当然」
なんか波長まで合ってきた。似たタイプなの?
いや違う。おばちゃんは気さくなだけで、対して金束さんは何もかもを嫌っている反逆児みたいなものだし。野蛮なのは金束さんの方かもしれない。
「何よ」
「何も言っておりません!」
「アンタの視線がウザイ」
「ハッキリと言いますね……」
僕が紹介したのにこの言われよう。あれ? おかしいな? 僕の居場所がない気がする。ぐすん。それでもビールは美味しいです。
「でも流星群が誰かを連れてきておばちゃん嬉しい。あいつ友達いないププーと小馬鹿にしてたから」
今までずっと小馬鹿にしてたのかよ……。
「ねぇこもろちゃん、こいつはいつも一人で来るの?」
「そうさよ。いっつもお一人様ご来店プークスクスよ♪」
今までずっと僕はプークスクスされていたらしい……! もうここには来ないでおこうかな!?
「ふーん。いつ頃から通ってるの?」
「小鈴ちゃん気になるんー?」
「別に!」
金束さんが僕を睨む。な、なぜ。
「流星群は一年前から来てるかな」
「ふーん」
再び女性二人のトークが始まった。
僕の話だが僕は入れそうにないのでおとなしくビールを啜って料理を食べる。炙りサンマが美味しい。
「いつもビールばっか飲んでるなー。あ、たまに日本酒やハイボールも飲むかも。少食なのか、料理はあまり頼まない傾向にあるから正直長居してほしくない客なんよなー」
僕そんな風に思われていたの? そして本人を前にして言う!? 本当にここ来るのをやめようかな! 豚のレタスチーズ巻き美味いけど!
「でも嬉しいのは本当ぅ~。流星群が恋人を連れて来たから」
「恋人じゃないわよ!」
「あらじゃあお友達?」
「……そうね」
「まだ、ってことね。あらまぁまぁ」
「う、うるさい」
金束さんが僕を睨む。だからなぜ!? 会話に混じっていない僕をなぜ睨む。おばちゃんに言ってください。僕に言われても困る。
はぁ、ひたすらビールを飲んで耐え凌ぐしかない。僕は何杯目になるか覚えていない生ビールを手に持った。
「これからも流星群をよろしくね小鈴ちゃん♪」
「別に……ふんっ」
「そっか。流星群がウチに来て一年が経つんよな。あんなに落ち込んでいたのが嘘みたい」
「……? 落ち込んでいた? こいつが……?」
ビールを呷る手が止まる。手も心も、全てが固まった。
「そうなんよ。大学で嫌なことがあったらしくてね。え~と確か、同じ学科の」
「おばちゃん会計」
すぐに意識を取り戻した脳が動けと命令し、命令された体は力任せに財布から札を出してカウンターに叩きつけた。
残りのビールを流し込み、僕は席を立つ。
「あら帰るん?」
「おばちゃんが余計なことを言う前にね」
「怒らないでよ流星群。おばちゃんは回想シーンを作ろうとしているだけだっての」
「それがタチ悪いんです」
「他人の不幸を話すことがおばちゃんの楽しみなのに」
「性格も悪いですね!?」
いや知っていたけど。この人が失業したリーマンの話をゲラゲラ話している姿は何度も見てきた。この性悪おばちゃんね!
……でもその話は駄目です。一人の時はまだしも、今は隣に金束さんがいる。
「え……? な、何よ、アンタの話なのよね?」
「いいから立って。帰ろう」
「教えなさいよ」
「おばちゃん早く会計して」
「お会計五千万円でーす」
「この空気でそのノリ出来るおばちゃんはどうかしていますよ」
五千円をお釣りなく渡し、僕は金束さんの腕を掴んで店を出る。
チラッと見れば、おばちゃんが「言いすぎてごめーんね。また来ーてね♪」と目で語りかけていた。当分は来ねーよ、ですよ! この性悪!
「は、離しなさいよ」
「はいはい後でね」
「ふん!」
「ふんぐ!?」
手の甲を思いきり抓られた。金束さんのか弱い力でもさすがに痛い。ぐぇー!?
慌てて離し、距離を離す。
暗くなった空を、街灯と光る看板が照らす。耳済ませば聞こえてくるメインストリートからの活気づいた声。
僕は金束さんから数歩離れ、何かにどこかに視線を合わせるわけでもなく俯く。自分の顔が暗闇の中に隠れた気がした。
「なんでもないよ。昔の話」
「聞きたいわ」
「大して面白くもないので」
そうさ、全然面白くない。笑えない。情けない。惨めな過去。
忘れようと決めたのにね。少し話題に上がっただけで動揺してしまった。未だに僕の心には残っているらしい。
未練のようであり後悔でもあり、拭いきれないあの頃の想いが……っ、て?
「何よ!」
「ひぃ!?」
気づけば金束さんが僕の前に立っていた。暗闇に俯く僕を下から覗き込むように屈んで睨んできていたのだ。
慌てて距離を開けようとしたが、それは出来なかった。今度は僕が腕を掴まれ、強い力で拘束される。
金束さんが両手で掴む。
僕の腕を、僕の手を、ぎゅうぅ、と……。
「ち、ちょ」
「教えなさいよ。アンタが言ったんじゃない、お互いのことをよく知ろうって!」
「それは……」
「アンタのことが知りたい。もっと知りたい。そう思うのは駄目なの!?」
「だ、駄目ではないけど」
「……悲しいことがあったのね」
「……うん」
「私には言えないこと?」
「言いたくはないかな」
「ふんっ。……馬鹿」
馬鹿、と言って両手を離し、金束さんも俯いてしまう。小道の街灯ではその顔の様子は伺えなかった。
「……」
「ごめんね。でも」
「別に。私とアンタは所詮ただの協力関係だもの」
協力関係と言うか服従関係なのでは?
茶々は入れず、突っ立つ僕を背にして金束さんは顔を上げる。
お、怒ってる……。
「あの、やっぱり言いましょうか?」
「どっちなのよビビリ馬鹿」
「す、すいません」
「言わなくていいわ。……これだけは覚えておきなさい」
背中を向けたのは一瞬のことだった。こちらを振り返る金束さん。
愁いを帯びたキツく鋭い目からは機嫌の悪さをヒシヒシと感じる。その中で、どこか優しげな瞳の変化を僕に見せてくれた。
「私とアンタは友達でも、こ、恋人でもないわ。私達は協力関係よ。だからアンタが困った時は私が助けてあげる。いいわね」
「え……」
「いいわね!?」
「は、はひ」
一方的だ。でも……。
過去を話していない。何も言えていないのに。そのばすなのに心は少し和らいだ。忘れられない記憶は残っているけど、どこか晴れやかだった。
「もう一軒行くわよ。他にもオススメのお店を紹介しなさい」
「そんな何個もありませんよ」
「早くしなさい」
「はいはい」
ビビリつつも「はいはい」と返事を返す。前を向けば、金束さんが手招きして微かに笑い、陰険な僕も自然と笑顔を浮かべる。
テストが終わり、大学二年の前期が終わり、夏が始まろうとしていた。




