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22 飲み処-つくしんぼ-

 テストが終われば飲む。以上。深くは語るまい、それが摂理なのだから。

 僕だって一応は大学生。長く辛いテストとレポート課題をやり遂げ、長く幸せな夏休みを前にしたらテンションはおのずとメーターの上限値にまで達する。


「今日は飲もう!」

「アンタうるさい」

「す、すみません」


 ただ、少しだけ気乗りしなかったりする。隣に金束さんがいるからだ。

 最後のテストを受け終えて鼻息混じりにスキップしていたところを金束さんに見つかった。連行されて部屋でゲームに興じ、今は夕暮れの外を歩いている。


「外で飲むのね。居酒屋かしら?」

「そ、そうですね」


 本当なら一人で行くつもりだったのに。はぁ……っ、溜め息はやめよう。テスト終わりの歓喜は変わらないのだ。

 楽しく飲もう! ……楽しく飲めるといいなぁ、あーあ。


「行くわよ」

「ふぁい」


 やって来たのは飲み屋街のメインストリートから小道に入った場所、とある居酒屋。


「『飲み処-つくしんぼ-』……ふーん、こんなお店あったんだ」

「飲み屋街の端にあるからね。大学生グループはまず来ないよ」


 暖簾をくぐり、中に入る。

 店内はテーブル席が二つとカウンター席が十席未満でこじんまりとしており、言うなれば隠れ家的なムードを醸し出している。


「アンタのお気に入り店ってことね」


 店の雰囲気を察した金束さんがズバリと言い当てる。

 そうですよ。ここなら大学生のウェーイを聞くことなく落ち着いて飲めるのだ。僕が外で飲む場合、ほとんどがここに訪れる。

 開店直後とあってか、僕ら以外にお客さんは誰もいない。

 カウンター席に座ると、奥から一人の女性が「あらまぁまぁ」とご機嫌な声で現れた。


「久しぶりやんなー流星群」

「流世です」


 気さくな態度で話しかけてきた化粧が濃いおばちゃん。豹柄の服はエプロンの下でもその存在感を存分にアピールしていた。

 おばちゃんの視線はすぐに僕の隣、金束さんへ向けられた。


「あらまぁまぁ!」


 こうなるよね。

 ベッタリ塗られた紅色の唇をニタニタと緩ませたおばちゃんが再び僕を見やる。


「流星群やるやんなー。ついに彼女連れてきちゃって」

「っ……彼女じゃないわよ」


 金束さんがキレた。静かに言い返して椅子の下で僕の足を蹴ってきた。やめてください。


「違うん? まぁ流星群がこーんな綺麗な子と付き合えるとは思ってないっての」

「すみません、二ターンで僕に物理的と精神的にダメージ与えないでください」

「物理的には与えとらんよ?」


 あなたが見えないところで足蹴り食らっているんですよ。

 さっさと飲みたいところだが、まずは互いに紹介しておこう。


「おばちゃん。この人は金束小鈴さん。僕の知り合い」

「ふん。初めまして」


 初めましてで鼻息を荒げないでよ……。


「おばちゃんって呼ばんでー。こもろちゃんって呼んで♪」


 四十のおばちゃんが下の名前で呼ばせようとしないでください。キッツイ……。


「金束さん。この人は見た通り、店主ね」

「こもろちゃんって呼んで♪」

「おばちゃん生ビールとカシオレください」

「流星群ノリ悪ぅ」


 はいはいすみませんね。

 ともあれ、こもろちゃんことおばちゃんは準備を始める。僕と金束さんは肩を並べて一つのメニュー表を眺める。


「好きなの頼んでいいよ」

「ふん!」

「え、えぇ……?」

「私はカシオレ飲めってことかしら? 馬鹿にしないで!」


 金束さんは僕のドリンクオーダーにご不満な様子。おばちゃんの濃い口紅とは違う、桜色の唇を尖らせて僕を睨んでいた。至近距離で睨みつけられるの怖っ!


「い、いや、僕がカシオレを飲もうかなーと」

「嘘ね。アンタが最初からカシオレを飲むわけないじゃない」

「お、おっしゃる通りで」

「ふん!」

「はひいぃ」

「あらあらラブラブやんなー」


 どこが? そして金束さん足蹴りやめてえぇ!

 掘削機で抉られるような精神の痛みに耐えつつ、おばちゃんがカウンター越しに渡してきた生中とカシオレを受け取る。


「じゃあ、えっと、テストお疲れ様。乾杯!」

「ふん」


 ひでぇ……。

 気を取り直してビールを一口。っ……美味い。美味すぎ。肩が震える。喉を震わす。心が叫びたがっているんだーっ!


「くぁ~! テスト終わりの生ビールは最高だ!」

「ふーん」

「頑張った自分への褒美、それは甘美! 地獄が終わってお疲れ様、待ち焦がれた天国のサマー!」

「ウザイわね。……そんなに美味しいの?」


 ちびちびとカシオレを飲んでいた金束さんが横目で僕のビールを見た。


「飲む?」

「……アンタが口つけたのなんていらない」

「そ、そうですよね」

「何よ!?」

「イエベツニ」


 逆ギレされた。逆ギレされるところまでがワンセットだ。


「あ、じゃあ金束さんカシオレ頂戴。たまには飲んでみたい」

「嫌よ。アンタに口つけられたくない」

「はいはい分かってるよ。おばちゃんにストローもらうよ」

「……」

「え、なんで蹴るの? 了承したのになんで蹴られているの!?」

「ラブラブやんなー」


 どこが!? 今のところ僕は蹴られてばかりなんすけど!? 痛くないけど心が痛がっているんだーっ!

 だ、駄目だ。流れを変えなくては。口直しに手元のビールを呷る。


「何よ、自分だけ美味しそうに飲んで」

「怒らないでよ。いつか必ず美味しいビール教えるから」

「……ふ、ふんっ」


 せっかくの外飲みの機会だ。金束さんにビールの美味しいシチュエーションを教えよう。


「そういえば金束さんと外で飲むのは初めてだね」

「……そうね」

「はいメニュー表。これ見ながら飲んでみてよ」

「?」

「メニュー表を見ながら何を食べようかなぁ、どれも美味しそうだなぁ、とウキウキして飲むのも楽しいんだ。僕の居酒屋での楽しみ方だよ」


 実物を食べながら飲むのが美味なのは当たり前だ。僕はその前の段階で楽しみを見出した。メニュー表を肴にして飲む。貧乏くさくとも粋なのさ。


「串盛りとかどう? レタスとチーズが巻かれていてヘルシーだよ」

「ふーん」

「あとオススメが馬肉のタタキ。薬味が合うんだよ」

「こっちのは?」

「茄子の揚げ出し? サクサクに揚げた茄子とタレが最高だね。料理名と一緒に写真が記載されているのはお店のイチオシだよ。ほらこれとか鱧の天ぷらとか、塩で食べるのが通なんだ」

「ふーん……」


 ね? メニューを見るとワクワクするでしょ? 楽しいよね。

 メニュー表を見つつ、口寂しげになってきた金束さんがカシオレを飲む前にビールを渡す。

 パッとこちらを振り向く金束さんに、僕はニコッと微笑みを返す。


「ビール飲んでみない?」

「……そうね」

「ごめんね、最初からビール二杯頼んでおけばよかった。おばちゃん生中を追加し」

「注文しなくていい。……一つでもいいわよ。アンタと飲み回せるし」


 カクテルで早くも酔ったのか、金束さんは頬を赤らめて生ビールのジョッキを持つ。テーブル上でクルクルと回していて……何か探してる?


「や、無理して僕の飲みかけは飲まなくてもいいよ」

「飲むわよっ。……こ、ここね」

「何が?」

「なんでもないわよ……」


 金束さんはいつもより小さな声で反発し、ジョッキを恐る恐るとなぜかプルプルした手で運ぶ。

 口に触れるか触れないかの寸前、おばちゃんの声が響き渡った。


「あらやだ、間接キスかしらっ?」

「っ!?」

「おばちゃん何を言っているのさ」


 ジョッキを回していたのは僕と同じ箇所で飲まないようにしていたんですよ。金束さんは僕との間接キスを嫌がっているはずからね。


「メニュー表を見て体を寄せ合っちゃって~、このこのっ」


 何そのイチャイチャしやがって~♪みたいなテンションは。そんなつもり全くないんですが。

 ねぇ、金束さ……ん?


「っ、っ~!」

「どうしたの?」

「うるさい馬鹿!」

「メニュー表で顔面叩かにゃいで!」


 せ、せっかくの好機が。もしかしたら金束さんがビールを美味しく飲んだかもしれないのに……。


「流星群ったらアツアツ♪ 私の若い頃みたいやんな」


 おばちゃんェ……! がくっ。

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