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21 テスト終了、ゲーム飲み

 長く、辛い、地獄の戦いがまもなく幕を閉じる。

 最終日の最後のテスト。何度も見直して、分からない問題も強引にそれっぽい記述で埋めて、用紙を提出したら教室を出る。

 教室を出たすぐの廊下では学科の同級生がワイワイ騒いでいた。僕は何も見ず、誰にも気づかれず、そっと息を殺して学部棟を後にした。


 ついに終わった。長く、辛い、地獄のテストが終わったんだ。


「夏休みだあぁあ」


 ビールを飲んだような至福いっぱい歓喜たっぷりの雄叫びをあげた僕は空に向けてガッツポーズ。

 やった……これで自由だ。


「レポートがマジで鬼畜だったし膨大なテスト範囲に殺意を覚えたけども終わったのだからもう気にもしない。今から、たった今から夏休みが始まる!」


 大学の夏休みは、小中高のそれとは一線を画す。およそ二ヶ月にも及ぶロングバケーション。


「今日はお祝いだね。浴びるようにビールを飲んでやるーっ」


 浮かれるは高揚感、弾けるは幸福感。

 僕は柄にもなくご機嫌なスキップ刻んで正門へと向かう。即帰宅し、宴の準備をしなくては。


「ちょっと」

「……」

「無視しないで」

「……はい」


 僕のスキップは止まった。高揚感も幸福感も一弾指のうちに固まった。

 恐ろしきは偶然、容赦のない遭遇。僕の前に金束さんが現れた。


「ど、どうも」

「ふん」

「あ、あはは」


 学内で金束さんとエンカウントしてしまった。たまらず渇いた笑い声が出る。いや、渇きに渇いた声しか出せない。

 なんてことだ。金束さんに会ってしまうとは。しかも金束さんの機嫌は……。


「ふんっ」


 悪い。機嫌がすこぶる悪い。四六時中のことではあるけれども、なぜかいつもよりナナメになっている気がした。強烈で不満げな瞳を向けてくる。


「え、えーと、お疲れ様」

「大学生みたいな挨拶をしないで。不快よ」


 僕らは大学生なんだから大学生らしい挨拶をしてもいいじゃん。そう言えたなら、それを口に出せるなら、僕はこうも怯えてはいなっひいぃ!?


「すみません……」

「行くわよ」

「どこに?」

「アンタの部屋に」

「え、その」

「何よ!?」

「イエナニモ!?」


 出ました僕のカタコト悲鳴。十八番になりつつある。どうして僕はこうも悲惨な声しか出せないのやら。うぅ。


「ふん! ……久しぶり」

「腕を引っ張らないでぇ」

「アンタ何してたのよ」

「へ?」

「家。行ってもいなかった」


 僕の腕をぐいぐい引っ張って歩く金束さん。こちらからは伺えないが、やっぱり不機嫌さは全身から滲み出ている。

 不機嫌というよりは、拗ねている……?


「いないって……だってテスト期間だったし」

「家にいなかったわ」

「図書館で勉強していたから」

「図書館にもいなかった」

「大学の図書館じゃなくて街の方に行っていたんだ。……もしかして僕を探していた? 確かに最近会えてい」

「勘違いしないで。別にアンタを探していたわけじゃない」


 僕の声を遮るツンツンと素っ気のない返事。

 確かにここ最近はテスト勉強で忙しくて金束さんに会えていなかった。

 ……だから機嫌が悪い? だから拗ねている……?


「会いたいならメールしてくれたら良かったのに」

「メールしたら私がアンタに会いたいみたいじゃない。勘違いしないでって言ったでしょ。ムカつく!」

「ひえぇ」

「ふんっ。……テスト終わったでしょ。飲むわよ」

「は、はあ」


 金束さんのことをもっと知ろうと決めた。もっともっと。けどこの人の考えていることはまだ計り知れなかった。

 ……とりあえず腕を引っ張るのはやめてください。周りから注目されています!











 久方振りの来訪、金束さん。羽織ったカーディガンを脱ぐと座布団の上に座る。

 女の子が自分の部屋で服を脱ぐ行為にドキッとしつつ、大きくて鋭利な瞳で一睨みされた僕は苦笑いを浮かべる。


「早くしなさい」

「はい直ちに!」


 彼女のこれ以上の睨みつける攻撃は僕の防御力を下げるどころかヒットポイントへダメージを与えかねない。

 僕は慌てて準備を始める。ビールを用意し、ゲーム機を取り出す。


「ゲームするの?」

「うん」


 テストとレポートで忙しい中でも良シチュは考えてきた。作戦は単純。ゲームをしながら飲もう、だ。

 使い慣れたコントローラーとほぼ新品のコントローラーを接続して、僕は口を開く。


「ゲームに熱中し、飲むことでビールの美味しさは増すと思うんだ。いやそうに違いない。僕はね!」


 ゲームをして自然とビールが欲しくなる。ほろ酔い気分でプレイするのは楽しいのだ! 僕は幾度となく酔った状態で世界を救ってきた。


「僕の十八番プランだよ」

「ふーん」

「どのソフトがしたい?」


 普段は一人用のRPGやイカの陣取りバトルをやっていますが、今回は金束さんと一緒にプレイだ。パーティー系のゲームをすることになるだろう。


「じゃあ、これ」


 金束さんが選んだのは、落ちてくる四色のぷよっとした球を並べて消すパズルだった。連鎖させることが鍵となる頭脳を使うゲーム。


「分かった。キャラ選ぼうか」

「これにするわ」


 使用キャラクター選択画面で金束さんが選んだのは闇の力を使う剣士。決定ボタンを押すと、そのキャラが喋る。


『お前が……欲しい!』


「何よこいつキモイわ」


 ゲームのキャラに不快感表さないでよ……。じゃあ僕は、


『いっくよー!』


 主人公キャラの女の子を選択。有名なキャラクターだ。


「ふーん、アンタこんなのが好きなのね」

「え? いや、別にそういうわけじゃ」

「キモイ」


 何を選んでもキモイと言われる。僕は心の中で溜め息を吐く。

 オプションはいじらず、デフォルトのルールでバトル開始。金束さんと肩を並べ、コントローラーを握る。


「ふん。負けないわよ」

「お手柔らかに」


 普段からゲームはよく嗜んでいる僕だけど、まさか誰かと遊ぶことになろうとは。

 感慨深さに浸り、バトルが始まる。二つ揃った球が画面上から落下してきて、それを底に並べていく。まずは簡単な三連鎖を作ってみるか。


「ふんっ、楽勝ね」


 金束さんは軽快にぷよっとボールを配置していく。

 が……見た限り、何も考えていなさそうだ。


「これでどうよっ!」


 早くも同色を四つ揃えて消した。僕のエリア上部に、少量のお邪魔ぷよが表示される。

 それを見て金束さんは嬉々とした声をあげた。


「アンタ弱いわね。相手にならないわ」


 いや……一連鎖の攻撃でそんなこと言われても困る。

 この程度のお邪魔は苦にもならない。僕は組み方を修正し、ビールをひと啜りする。

 あー、美味い。対戦プレイでもゲーム飲みの醍醐味は変わらない。


「また出来たわっ。こんなの簡単ね」


 金束さんの挑発は止まらない。煽られた僕はさらにビールを呷ってほろ酔い気分に到達。

 別段ムカつきはしないけど、そこまで言われたら相手してあげよう。

 アルコールは程良く回り、準備は整った。僕はお邪魔ぷよを避け、起爆となるポイントに狙った色の球を落とす。


「……は?」


 金束さんの間抜けた声は、三連鎖の表示の直後に漏れた。

 彼女には防ぐ連鎖は組めておらず、そこそこの量のお邪魔ぷよが降り注いだ。


「な……何よそれ!?」

「そんなこと言われても」


 反撃に驚いた金束さんは途端に手が止まる。

 僕は新たに組み立てて、今度は四連鎖を放つ。金束さんのエリアは灰色のお邪魔ぷよで埋め尽くされていき、そこから金束さんは一つとして連鎖を組めずにバトルは終わった。


「まずは僕の一勝だね」

「……もう一回」

「え?」

「もう一回よ!」

「う、うん。まだ一つ先取しただけだし」


 続けざまにラウンド2。

 金束さんは先程と同様に一連鎖をこまめに発動させていく。

 対する僕は、対人戦といういつもと違った環境に浮かれてしまったのか、あっという間に七連鎖を組み上げた。


「な、何それ、なんで私の攻撃を返すのよ!?」

「だってそういうゲームだから。相手の組み立て方を見つつカウンターのタイミングを伺わないと」


 とか言っている間にもテレビ画面からは『えいっ』『ファイヤー』『アイスストーム』『ダイヤキュート』『ブレインダムド』『じゅげむ』『ばっよえ~ん』と可愛らしくもえげつない怒涛の連鎖が起こる。

 お邪魔ぷよが豪雨の如く降り、金束さんの画面には『ばたんきゅ~』の敗北文字。


「七連鎖までいくと気持ち良いや」

「……」

「金束さんはもっと連鎖組まないと。簡単なのが三色と一色の階段を作っ」

「もう一回」

「え?」

「もう一回よ! この馬鹿!」

「ひぇ!?」


 テーブルを叩き、癇癪にも似た剣幕で僕を睨みつけた金束さんはコントローラーを握り直す。

 揺れたテーブルと、微動だにしないビール缶。まだ一口も手につけていない。


「こ、金束さん、ちょっと落ち着こう」

「うるさい! 私は負けていないんだから!」


 今にも噛みつきそうな勢いでテレビを凝視してコントローラーをカチャカチャと動かす。

 その姿を見て、僕は「しまった」と後悔した。あー……金束さんムキになっている。勝ちが過ぎた。


「早くしなさい!」

「は、はい」


 次は手加減してあげよう。そう決めて二回戦を開始。

 僕は自然落下に任せて金束さんに時間を与える。どうぞご自由に組み立ててくださ……へ? な、なんで睨んでいるの。


「アンタ、手を抜いているでしょ」

「そんなことは……」

「ふざけないで。手加減したアンタを倒しても意味がないわ。本気でやりなさい!」

「でも」

「いいから!」

「分かりましたよ……」


 そしてテレビからは『ばっよえ~ん』『ばっよえ~ん』の嵐。金束さんの全エリアを埋め尽くすお邪魔ぷよ。


「何よそれぇ!」

「ひぃ!? こ、金束さんが本気でやれって言うから」

「もう一回!」

「えぇ……」


 手加減は許されず、かと言って本気で戦うとキレる。どうすればいいんだ、僕は困惑するしかなかった。


「勝てない……むがーっ! ウザイ! 何なのよもうっ!」


『お前が……欲しい!』


「うるさい死ね! 私はアンタなんて欲しくないわよ! 使えない雑魚のくせに!』

「えーと……キャラ変える?」

「ふんっ!」


 キャラクターを交換してみる。しかし……。


『闇の剣よ!』


 結果は変わらなかった。そして金束さんの怒りは膨れ上がる。


「何よこいつ弱いじゃない!」

「いや、キャラ性能は無関係のルールだから。闇雲に消すんじゃなくてもっと考えて」

「もう一回」

「び、ビールを」

「もう一回よ!」

「ハイタダチニ!」


 その後も、手加減をせずに戦うことを強いられた僕が金束さんに負けることはなかった。


「ふざけないで! ウザイ! キモイ!」

「そろそろ違うゲームを」

「勝ち逃げは許さないわ! 私が勝つまでやるわよ!」

「それ一生ないと思うんですが。せめて僕のアドバイス通りにやってよ」

「きいぃ! なんで勝てないのよ!」


 エンドレスの戦いに、僕の缶は空になり、金束さんの缶の中身は完全に温くなっていた。

 あぁ、これはいつまで続くのだろう。テスト期間が終わり、夏休みが始まり、僕は小さく何度も溜め息をこぼした。

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