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2 美人さんとビビリ君

「ふーん、意外と整頓されているわね」

「……」


 僕の部屋をジロジロと見渡し、平然とした態度で座布団の上に座る美人大学生。

 彼女の名前は金束小鈴さん。十数分前に出会ったばかり。そんな人が僕の部屋にいるのだ。

 ……ワンチャン? これがかの有名なワンチャンなの? 女の子が男の部屋に来るのはオッケーの合図だとネットで見たことあるけどそれ適用していいの!?


「座れば? アンタの家でしょ」

「はひぃ」


 無理ですけど。仮にワンチャンだとして、その好機を活かせる度胸はありません。

 言われるまま床に座る今の僕は家主の威厳ゼロ。我が家なのにアウェイの気分だ。


「改めて自己紹介するわ。私は金束小鈴」

「み、水瀬流世です。帰ってください」

「はぁ?」

「はひぉ!?」


 ヤッバイつい思わず本音が出ちゃった。

 慌てる僕を、金束さんが声を荒げて睨む。あばば目が怖いリア充恐ろしいや。


「失礼な奴ね」

「ひぃ……」

「ふんっ。もう一度言うわよ。私に、ビールが美味しいシチュエーションを教えなさい」


 女の子座りした膝の上に両手を置き、金束さんは僕を見つめる。今しがた見せたキツイ視線ではない、真剣な眼差しだ。

 対する僕は……未だに意味が分からないでいた。


「あの……何をおっしゃっているのでしょうか」


 こちとらハイテンション一人酒の醜態を見られて穴にホールインワンしたい心境なのに、意味不明なお願いをされて困惑と動揺が増しています。

 美味しいシチュエーション? なぜ? そしてなぜ僕にそれを言うんだ。


「アンタには正直に話すわ。協力してもらうわけだし」

「え、いや、協力するとは一言も」

「いいから聞きなさい!」


 はい分かりました! だから睨まないで。僕の精神ポイントがゴリゴリ削られていく!


「私、大学生が嫌いなのよ」


 金束さんの言い方には、明らかな嫌悪の色が滲み出ていた。大学生が嫌い、と大学生が言った。

 ……あの、あなたも大学生だよね?

 しかも、僕みたいな陰険な奴が負け惜しみのように呟くならまだしも、あなたは誰が見てもイケイケの美少女。何が不満なのだろうか。


「大学生の飲み会と言われて、アンタはどういうシチュエーションを思い浮かべる?」


 金束さんは一つ溜め息を落として問いかけてきた。

 僕は緊張しつつも答える。


「サークルの人達と打ち上げとか、仲良しメンバーで朝まで飲むとか」

「そうね。その時の飲み会ってどんな風な感じかしら」

「えーと、ワイワイと騒がしく盛り上が」

「それよ! ふざけないで!」


 突如としてキレた金束さん。

 よって僕は悲鳴をあげる。せーの、


「ひいぃぃ!?」

「うるさい!」

「すいませぇん!」

「噛むな!」

「すいませんんん!」


 芋虫の如く縮こまる僕を、金束さんはギロリと睨む。さらに不機嫌そうに口を尖らせる。

 怖い。リア充怖い。僕はずっと睨まれてばかりだ。失神しそう。


「私が言いたいのはそれよ。どいつとこいつもやれ飲み会だーって言って馬鹿騒ぎするだけ。テンション上げてノリと勢いだけで雑にお酒を飲んで……何よそれ! 馬鹿じゃないの!?」


 ぼ、僕に言われても。えぇ……?


「本当嫌い。大学生が嫌い。大学生のノリが大嫌い!」

「で、でも、それが大学生の飲み方じゃないかな」

「ふざけないで。私はそういった飲み会でビールが美味しいと感じたことがない。いつも苦いだけよ」


 それは単純にビールが飲めないだけなのでは?

 口に出しては言わない。反感を買ってキレられたくないから。ガクガクブルブル。


「どいつもこいつも飲めないくせにビールを頼んでは半分以上も残してカクテルを注文。甘いやつを飲んで『これジュースだわー、マジ余裕だわー』と調子乗って挙句にコールを始める。カクテルでコール? ビールも飲めないくせにコールして気持ちが悪い!」

「は、はあ」 

「もちろんビールが飲める奴はいるわ。でもそいつらも飲めるってだけで、本当に美味しく飲めているか分からない。少なくとも、私はそいつらと一緒に飲んでも楽しくない。ビールが美味しくないの」


 金束さんは悔しげにその大きな目を細めると力強くテーブルを叩いた。あ、僕のテーブルが……。


「……分かっているわ。私もあいつらに合わせて馬鹿騒ぎすればいい。大学生の飲み方はそうあるべきだと気づいている」

「だったら郷に従って……」

「でも、それでも。私はビールを美味しく飲みたいの」


 テーブルを叩いた拳は力を失いダラリと開き、鋭い瞳は弱々しく潤みを浮かべた。

 その姿は、どこか悲しそうに見えた。


「馬鹿みたいに騒ぐ飲み会じゃない、軽いアルコールに酔う飲み会でもない。私は、本当に美味しいと思える瞬間を知りたいの」

「……そっか」

「そう願っていた時、声が聞こえた。アンタの変なテンションに実況を交えた声と、一人で楽しく飲む姿を見たのよ」

「……そ、そっか」


 すみません、それは一刻も早く忘却してください。僕にとって黒歴史そのものですから。

 汗顔の至りオブザイヤーな僕を尻目に、金束さんは語り続ける。


「一人であんなにも浮かれて、一人で恥ずかしげもなくビールを飲める。それってすごいと思うわ」


 褒められているのかな? 貶されているようにしか思えないですよ?


「私は思ったの。アンタなら美味しいビールを知っていると。だから協力して。私にビールの美味しさを教えなさい!」


 金束さんの言い分は理解した。

 大学生と、大学生の飲み方が嫌いで、ビールを美味しいと感じられないでいる。単に味の好みでビールが苦手なだけの可能性があるが、それでもビールの美味さってのを知りたいらしい。


「う、うーん……」

「何よ。返事は?」


 で、僕に協力しなさい、と。

 ……ヤバイね。果てしなく面倒くさい。


「悪いけど協力は出来ない。僕は一人で飲むのが好きなんだ」


 僕が楽しく飲めているのは一人でいるから。あくまで一人酒の時に最大級の感動を味わっているに過ぎない。


「自分で見つけてください。僕には無理です」


 金束さんの望むものを僕は教えてあげられない。

 突き放すようで申し訳ないが、ハッキリとお断りさせてもらう。


「教えなさい」

「や、だからそれは出来」

「教えなさいよ!」


 金束さんが声を荒げ、テーブルを叩き、僕を睨む。

 ま、負けてたまるか。僕だって自分の意見をちゃんと言えるんだぞっ。


「テーブルを叩いてももう怖くにゃいからにゃ」

「噛んでるじゃない」

「あうぅそうですよ怖いんですよ!」


 無理でした。リア充怖いよ!

 百歩譲って教えるとして、僕がこちらの美人さん相手にレクチャー出来ますか? いいえ出来ません! 難易度マックスだよ!

 僕は生まれてから彼女いない歴を更新し続ける、寂しさマックスのボッチ大学生だ。コンビニ店員にすら「あ、あのLチキュください」と噛んでしまうのだから。あだ名は間違いなく『Lチキュ野郎』だ。もうあそこのコンビニ行けない!


「協力しなさい」


 見た目リア充な美少女の金束さんに、陰キャボッチの僕がマンツーマンで教えられるわけがない。

 今だって目を合わせられないでいる。うわっ、僕のコミュ力、低すぎ。


「こっち見なさいよ」

「む、無理です」

「見なさい!」

「ひいぃ!?」


 胸ぐらを掴まれた。ぐいっと引き寄せられて強制的に顔と顔が近づく。あ、あわわっ……っ、金束さんの顔が綺麗すぎる。


 反則的で、悪魔的な美しさだ。本当に、綺麗な人。


 そ、それに……胸が、っ。

 テーブルを超えて身を乗り出した金束さんの服は胸元が緩み、そこから谷間という名の深い線が見える。なんてことだ、美人で胸も大きいとか完璧じゃないか。


 そうさ。この人は、完璧な人。

 僕とは違う。同じ大学でも生きる世界が違うんだ。金束さんはおとなしく周りの人達に合わせて飲むだけで十分に楽しく大学生らしく過ごせるはず。


 ……それなのに。


「何よ! あんなにも美味しそうに楽しそうに飲んでいたくせに。……私にも教えなさいよ……!」


 きっと、いや間違いなく、絶対にモテるはずだ。僕なんかとは違う。男子にチヤホヤされるはず、友達にもたくさん恵まれているはずの人が、僕に教えを求めている。


 僕を、ちゃんと、必要としている……。

 僕と同じで、一人飲みの楽しさに気づいている。

 生きる世界が違うのに、同じものを欲している。僕と同じで大学生の飲み方に嫌気がさしている。


 もしかしてこの人は、僕にとって初めての同じ価値観を持つ友達に……。


「ジロジロ見ないでよ!」

「はぶぅ!?」


 殴られた。視界がブレて床に倒れ伏す。痛い!

 ……いや、痛くない? あれ? 今、殴られたのに痛くなかった。そして今までの人生で一番近い距離で女性のお胸を見た!


 そして……。


「な、なんでよ。こんなに頼んでも駄目なの? お願いよ、私にも……!」

「……分かったよ」

「え……?」

「教えるよ。ビールが美味しいシチュエーションを」


 頬を押さえながら僕は起き上がると、金束さんと目を合わせる。

 正直、今も面倒くさい気持ちが勝っているけど。でも、やってあげよう。シチュエーションってのを一つ教えたら満足するだろうし。パパッとやって、はい終了だ。


 それに、


「ほ、本当?」

「本当だよ」


 こんなに綺麗な人と一緒に飲める機会は今後一生ないだろう。所詮、僕だって有象無象の平凡な大学生。下心はある。

 でも、下心よりも何よりも、僕の本心は。同じ価値観を持つ人と乾杯するのも悪くないかも、と思ったんだ。


「あ、ありがとう。……ふ、ふんっ、殴って悪かったわね」


 金束さんは元の位置に座り直すと申し訳なさそうに伏し目がちに謝ってきて、最後に少しだけ頬を緩めた。鋭かったり弱々しくなったりと忙しい人だな。

 ……微笑んだ顔は、もっと可愛かった。


「とりあえずアンタの前期の時間割を見せなさいよ」

「へ? ど、どうして?」

「私とアンタが空いている時間を探さないと。これからバンバン教えてもらうんだから当然でしょ」

「いや、僕としてはパパッと済ませたいんだけど……」

「アンタの言っていた三大・美味シチュってのも気になるわ。途中で辞めるなんて許さないわよ。私が満足するまで付き合ってもらうわ!」

「め、めんどくさい」

「何か言った?」

「イエナニモ」

「ふんっ!」


 高圧的な態度に戻ってしまった。いやまぁそれでも綺麗なんだけどさ。


「……よろしくね」

「わ、分かりました……ひいぃ」


 僕、水瀬流世の一人寂しくも充実した大学生活は変化を迎えた。突如として現れた大学生嫌いの美女子大生との、変てこな理由で結ばれた協力関係。

 果たしてどうなることやら。とりあえずは、忙しく騒がしくなりそうな予感がした。

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