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19 ビールも空気も全て飲み尽くせ

「なーんで持ってんの? どーして持ってんの? 飲みたいーかーら持ってんの!」

「月紫さんっ、一杯目っ、無理は、全然ないよ全くないよ!」

「パーリラパリラパーリラ、フーフー♪」

「あははっ、月紫ちゃんファイトー」

「あ、あの、私は……」






 バン! ガシャン!


 彼奴らの浮ついたコールを叩き潰す大きな音。突然の出来事に、テーブル席に座る大学生グループの全員が僕らに注目した。

 不知火がテーブルを叩き、僕がジョッキを叩きつける。二人してニヤついた顔で並び立つ。


「え……誰?」

「あぁ悪い悪い。俺ら酔ってるからさ」


 戸惑う男子の肩に腕を回した不知火が目を細めて低い声を放つ。

 見た目893。長身から放たれるその双眸は、テーブル全体をひと睨み効かせただけで空間を威圧し蹂躙した。

 さすが不知火といったところか。少し本気を出せばこの程度の沈黙は造作もない。


「え、ぃや、あの、俺らは……」

「粗相してすみませんね。代わりに僕がイッキしますよ」


 このまま不知火の圧倒的な凄みで場をお通夜状態にさせるのは簡単。ただ、それじゃあ不満足だ。月紫さんに酷い目を遭わせようとした連中に、一発お見舞いしてやりたいんだ。

 僕はヘラヘラと頭を下げて手を挙げて、月紫さんの隣に移動。

 目と目が合う。僕を見るその目は驚きを隠せていなかった。


「ぁ……み、水瀬君」

「それくださいな!」


 僕は元気良く話しかけて月紫さんからビールを奪い取る。

 そして月紫さんの弱々しい声にも負けないくらい、僕は小さな声で月紫さんの耳に語りかける。

 もう大丈夫、後は任せて、と。


 ビールを手に持ち、不知火と目を合わせる。

 では、始めようか。


「楽しい宴を邪魔してすみませんでした」

「流世のいいとこ見てみたーい」

「粗相しちゃいました。な、の、で」

「エス! オー! エス! オー! エスオーエスオー! そっそう! そっそう!」

「ビールを飲ませていただきまぁーす!」


 不知火が声高にコールを叫び始める。

 乱入者の狂気に飲み込まれた場を、僕は全員の注目を集めてジョッキのビールを一気に飲み込む。


「イッキ! イッキ!」

「ぷはぁ!」


 まずは一杯目。楽勝だ。

 まさか? 一杯飲んで英雄気取り、それでコールが終了するとでも?


「はい一気があればぁ、二気がある! ニーキニーキ、二木ゴルフ! ニーキニーキ、二木ゴルフ!」


 不知火がコールを続けて、飲み干すとすぐさまに新たに並々に注がれたジョッキを渡してきた。

 僕も間髪入れずにそのジョッキを再び上へと傾ける。


「二気があれば三気がある! ミーキミーキ、三木道三!」


 飲み干せばさらにさらにの三杯目。

 喉を襲う、焼け溶けてしまいそうな痛み。強引に流し込む炭酸が喉を痛めつけ、激流となってなだれ込むアルコールが胃の中で暴れて体を熱く酔わせる。今にも吐き戻してしまいそうだ。

 吐いてたまるか。僕は吐かないと決めた。全て飲み込んでやる。ビールも、この場の空気も全て!


「んぐ、んぐ……ぷぱあぁ!」

「はい三気があれば、四気がある。シーキシーキ、劇団四季! シーキシーキ、劇団四季!」


 もう無理はしないと決めた。無理に飲んで、あの人の喜ぶことをして、残ったのは何もなかった。あの人も、誰も、僕を見てはいなかった。

 あの苦しみを月紫さんには味わわせない。だから僕は今再び、無理をする。


「四気があれば五気がある! ゴーキゴーキ、ゴキジェット!」

「あー美味しい! 次だ!」

「はい五気があれば六気がある! ムーキムーキ、ムッキムキ! ムーキムーキ、ムッキムキ!」


 五杯目、六杯目を勢い殺すことなく、僕は完全に飲みきった。

 空のグラス。テーブルに叩きつける。今にも倒せそうな体に鞭打つ。そうして、僕はニヤリと意地汚い笑顔で全体を見渡した。唖然とする面々を、渾身の笑顔で見下してやった。


「ウェーイ! さすが流世だぜ! なぁテメーら、これだけ飲んだし粗相は許してくれるよな?」


 一分弱の間、全力の絶叫でコールし続けた不知火が僕の肩に手を置く。睨みは効かせたまま。その目は、「お前らこれくらいやる覚悟でコールやっていたんだよな?」と怒り満ちていた。


「コールはやって大いに結構だ。これくらい全力でやるならな。中途半端なのをされると見ている側は良い気分じゃねぇんだわ」

「お、俺らは……」

「あ? 何? まだ不満なら俺もやってやるよ。で? その次はお前がやってくれんの?」

「い、いぇ、それは……」

「聞こえねぇよ。ちゃんと喋れ。やるの? やんねーの? あ゛?」


 不知火怒涛の態度と声を前に、反論する者は皆無。全員が全員、手元のグラスに視線を落として黙りこくる。


「嫌がる奴に飲ませるのはコールとは呼ばねぇよな。コールしたいならまずはテメーがそれこそ限界を超えやがれ」

「不知火、もういい。行こう」


 これ以上はしなくていい。場の空気どころか、居酒屋全体の空気が全壊した。そして僕は限界だ。

 吐き気に襲われ、ぼやける意識を必死に保ち、僕は月紫さんの手を取る。


「行こう。月紫さん」

「水瀬君……だ、大丈夫ですか……?」

「僕は平気。さ、立って」


 最後までガンを飛ばし続けた不知火が紙幣を宙に放り投げる。僕らの会計をさっと済ませ、僕と不知火と月紫さんは店を後にした。

 僕は離さなかった。ぼやける意識の中で、掴んだ彼女の手を。











 帰路のことはよく覚えていない。気づいたら家の中にいた。

 フラフラと自分の足で歩いたのであろう疲労が蓄積して、意識が定まった途端に果てしない吐き気が襲いかかった。


「うっぷ……!?」

「おい流世、吐くならトイレ行けよ」

「だ、大丈夫。僕は吐かない」


 とはいえ気持ちが悪いいいぃ。う、おぇ、さすがにキツイ。久しぶりに無茶した。

 この感じ、この情けなさ、飲みすぎた時にはいつもこの感想が頭に浮かぶ。もうお酒は飲まない、と。僕は何度も思ってきた決意を久しぶりに決意し直した。一気飲みは急性アルコール中毒の恐れがあるから決して真似したらいけないよ!


「さ、さて。やることがあるね。……月紫さん」


 吐き気を押し込めて、僕は月紫さんの前に座る。不知火も肩を並べ、僕らは深々と頭を下げる。土下座だ。


「飲み会の空気をぶち壊してごめんなさい」

「悪かったな」


 自分の部屋で土下座するのは奇妙な感覚だ。てか土下座すること自体が情けない。

 けれど謝っておかなくては。僕らは関係ないサークルの飲み会を台無しにしてしまった。


「わ、わわっ……頭を下げないでください」

「ううん、謝らせてほしい。余計なことをしてしまった。月紫さんの居場所を奪ってしまったかもしれない」


 いきなり乱入し、本物のコールはこうだぞと勝手に飲みまくった挙句、月紫さんだけを連れ帰ってきた。あんなことをしたら、月紫さんはもうサークルに居られなくなるかもしれない。

 許せなかったとはいえ、助ける為とはいえ、度が過ぎた。本当にごめん!


「まぁ俺は久しぶりに爽快だったがな」

「おい不知火」

「作戦は大成功。さすが流世だ」

「土下座しながらニヤニヤするなよ!」

「ふ、二人とも顔を上げてくださいっ」


 土下座状態で言い合う僕と不知火に、月紫さんが必死に懇願してきた。


「いいんです。私もこれであのグループに行かなくて済みましたので」

「そ、そうなの?」

「はい! 清々しましたっ」


 顔を上げると、月紫さんの笑顔が迎えてくれた。ニッコリニコニコ、嬉しそうに見えたのは僕の気のせいではないと思う。


「ほらな。俺らは良いことをしたんだ。やったぜ」

「あんな陽キャな愚行をして偉そうな不知火には引くよ」

「俺は六杯もイッキした流世にドン引きだ」

「な、なんだと」

「冗談さ。カッコイイと思った」


 俺は帰るよ。そう言い足して、不知火は長身をフラフラ揺らして玄関へと向かう。


「どうして不知火も酔っているのさ」

「流世のカッコ良さにあてられたのかもな」

「そーゆーことをサラッと言うなっての……」

「なぁ流世。お前は月紫を助けたかったんだよな」

「う、うん」

「お前の意志で。お前がそうしたかったんだよな?」

「……あぁ」

「そうか」


 扉が開き、夜風が吹き込む。

 そこには、ニヤリ顔もドヤ顔もなく、代わりに嬉しそうな顔があった。


「何かあったら俺に頼れよ。じゃあな、親友」


 扉は閉まった。最後の不知火の笑顔は本当に嬉しそうだった。

 ……嘘じゃないよ、不知火。

 月紫さんを助けたのは僕がそうしたかったから。あの頃のように場に流され、勢いに任せて無理したんじゃない。僕の意志だ。


 僕は……。


「……水瀬君」

「月紫さん、聞いてほしい話がある。とある大学生の愚かな末路を」


 窓から見える月の光を眺め、僕は月紫さんの隣に座った。

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