16 二人でいい? 二人がいい?
「そ、それじゃあ乾杯」
「ふん」
「おう」
僕と金束さんは缶ビールを、不知火は缶チューハイを持つ。
帰ろうとする不知火を説得し、不機嫌な金束さんを宥め、なんとか三人での宅飲みが始まった。
宅飲みって言うと大学生っぽいよね。ウェーイ、だねっ。
「……」
「何見てんだよ金束」
「別に」
「あ?」
お、おかしいなー。宅飲みって殺伐とした雰囲気で開催されるものでしたっけ?
ウェーイとはかけ離れたピリつく空気。不知火はベッドの上に腰かけ、金束さんは僕の隣から動こうとしない。というか、僕が身動きを取れないぐらい強く掴んで離さない。僕はトイレに行きたい時どうすれば良いのでしょうか……。
「流世とは一年の時に同じ講義を受けてな。とあるピンチに陥った俺を流世が助けてくれて、そこから仲が良いんだ」
「別にどうでもいいわ」
「あーそうかよ」
「ふん」
わ、わーい、ネギが美味しくてビールも美味しいぞ。ネギとビールの組み合わせは最高だねっ。ムードは最悪だけど……。ビールが美味しいシチュエーションとは到底呼べない。
金束さんと不知火は相性が悪いらしい。乾杯をした後も喧々としている。いや、不知火はそれなりには友好的に話しかけているみたいだが、金束さんがツンとして拒絶、心を開こうとしない。
「二人がいいのに……むがー……」
むがー、と小声で言っている。不知火が、というよりは三人なのが不満なの? そうだとしたら……一体なぜ?
「ねぇアンタ」
「呼んだか?」
「アンタに話しかけていないわ」
「分かりにくいんだよ金束テメーこの野郎。名前で呼べよ」
「……水瀬」
不知火は普通に返事しているつもりでも、慣れない人からすれば凄んでいるようにしか感じられない。普段は強気な言動と態度の金束さんも例外ではないらしく、僕の名字を呼んで袖をくいくいと引っ張ってきた。
片手は袖くいで、もう片方の手は僕の腕を抱きしめる。小さな子供が必死に寄ってくるみたいでゾワゾワします。
「何?」
「あいつ帰らせて」
「どうして?」
「だって……」
ごにょごにょ、と聞き取れない声で何かを言っている。
「私は……」
「ごめん、聞こえない」
「っ~、私は、み、水瀬と二人で飲みたいの」
え?
「ヒューヒュー」
「う、うるさい!」
不知火が煽って金束さんがビールを呷る。うっ、と苦い顔してる。ビール美味しくないのね。
「僕と二人で?」
「勘違いしないで。別に二人きりが良いわけじゃなくて他の奴がいると落ち着けないって意味……で、でもなくて! アンタと一緒にいると落ち着けるってことじゃなくて私は二人の方が美味しく飲めるとごにょごにょ!」
「ご、ごにょごにょを大声で叫ばれても……」
「いいからあいつを消して!」
デジョンを使えと言われてもなぁ……僕は習得していないしMP不足ですよ。
金束さんが今の状態を快く思っていないのは理解した。しかし僕としては不知火に「料理を作ってくれてありがとう、はいさようなら」とは言いたくない。
「何よ……アンタは私と二人きりなのが嫌なの!?」
「そういうわけじゃ……」
「むがー……!」
その「むがー」っての、正直言って可愛いですね。金束さんらしくない弱気な声にグッと来るというかギャップが素敵で、その、ごにょごにょ。
「水瀬……」
「わ、分かったよ。僕を恨めしげに睨まないで。なんとかなるから。時間の問題だと思うよ」
僕がそう言うと、金束さんは睨みつけながらも首を傾げる。
なので僕は「見て」と促して、不知火の方向を見る。
「あー、ネギ美味いな」
不知火は赤い顔でネギを頬張っていた。そう、顔が赤い。
上体は右へ左へと揺れて、ネギを食べて缶チューハイを飲み、不知火は目をトロンとさせてゆっくりと後方へ倒れていく。
「うあー……酔った……」
「危ないから缶を持ったまま寝ないでよ」
「悪いな。夢の中でミクが俺を呼んでいる」
「はいはいお休み」
僕は慌てて立ち上がると、不知火の手から傾きかけた缶をキャッチする。
不知火はベッドに倒れて目を閉じ、秒のうちに寝息を立て始めた。
「ミクちゃんミクちゃん……ぐかー……」
相変わらず寝言はそればっかりか。
「何こいつ……」
「不知火は下戸なんだ」
「はぁ?」
チューハイだけでこのザマだよ。学内の保健センターでアルコールのパッチテストをしたら肌が真っ赤になったらしい。
いかにも酒豪でありそうな大男のくせに、不知火はお酒が飲めないのだ。
「今日は珍しく飲むと言ったから止めなかったけど、やっぱりこうなったよ」
「ミクちゃんハスハス」
「言ったでしょ、無害だって。寝言は難ありだけど」
「ミクちゃんペロペロ」
強面の男がハスハスとかペロペロとか言うんじゃありません。さすがにそれは気持ちが悪い! 君はイケメンだからギリ許されているだけで、仮にもし僕がそれやったら犯罪だよ!?
「せっかくイケメンなのに第一印象とミク好きで台無し、それが不知火葱丸という男なんだ」
「ふーん」
「じゃ、僕らは飲もうか」
不知火はリタイヤしたが料理はある。
今日こそ美味しい美味しいと言わせてみせるよ! 不知火が残してくれた渾身のネギ料理によって……金束さん?
「こっち」
「何が?」
「こっち座りなさい」
「不知火は倒れたし、もう怖がらなくても」
「いいから来なさい!」
なぜかは分からない。だが僕は再び金束さんの真横に座らせられた。
「ふんっ。馬鹿」
「ば、馬鹿って」
「馬鹿。アホ。キモイウザイ」
ひえぇ、不知火がダウンした途端に罵詈雑言の嵐。
調子を取り戻した金束さんは僕の腕を掴む。五指が捉えて離さない。なぜにまた掴まれているんだ!?
「どう? 料理は」
「……悪くはないわ」
「それは良かった。不知火自身も悪い奴じゃないよ。仲良くしてあげて」
「……」
「だ、黙らないでよぉ」
「……考えてあげるわ」
「え、本当っ?」
パッと横をむけば、金束さんは伏し目がちにチラリと不知火を見やり、料理を食べた。沈黙が続く。
しばらく経って聞こえたのは、
「アンタの友達なのね」
「うん、一応」
「じゃあ話す。……この前は助けてもらったし」
ごにょごにょ、と。でも今のは僕の耳でも聞き取れた金束さん小さな声。
そうしてもらえるとありがたいよ。出来ればさっきみたいな刺々しい態度はやめてね。
「学校では無視するけど」
「ま、まぁそれで構わないけど」
「アンタが私を無視したら許さない」
「えぇー……?」
「たまにならこいつを呼んでもいいけど基本は私とアンタの二人よ。いいわね」
「わ、分かった」
「ふん。……二人でいいの」
金束さんも多少は不知火に気を許してくれたみたいで良かった。そう解釈しておこう。
僕と二人きりなのを指定してくる理由は未だに分からないままだが。今日はなぜが多い日だよ。
「水瀬、お寿司」
「自分で取ればいいのに」
「私は手が塞がって取れないの。アンタが取りなさい」
「僕の腕から手を離せば済むのでは?」
「うるさい。早くしなさい」
「ヒューヒュー。お熱いなぁおい」
「う、うるさい!」
「ミクちゃんチュパチュパぐかー」
金束さんが怒って、不知火は寝ながら冷やかす。あと寝言ヤバイ。
僕は一つため息をこぼすと、言う通りに芽ネギのお寿司を取ってあげた。
結局、金束さんは最後まで僕の腕を離さなかった。なぜだろう……?




