15 三人
帰路を歩く。僕の隣には不知火がいる。
「流世、本当に俺も来ていいのか」
「いいと思うよ? 三人で食べよう」
「俺は邪魔だと思うんだがなぁ」
大丈夫だよと何度説得しても、不知火は頭を掻いてなんとも言えない表情を浮かべる。
歩きながらも不知火に事情を説明し、今から会う人がどんな人物なのかを伝えたところでアパートに到着。
扉を開けて中に入る。僕の目の前には金束さんがいた。
「遅い! 何をし、て……はぁ?」
今完っ全に僕を怒鳴り散らすつもりだった不機嫌な声は途中で止まる。金束さんは僕を見て、その後ろから入ってきた不知火を見て、口を閉ざし上体を退けた。
「紹介するよ。こいつは不知火。僕らと同じ二年生で理学部」
「おう。俺は流世の親友だ」
サラリと親友と言わないでよ。恥ずかしいってば。
「この前、僕らを助けてくれた人だよ。ほら、金束さんも覚えていると思……金束さん?」
「……」
固まっていた金束さんが僕に対して視線を送る。今すぐこっちに来なさい、と言っているかのような気がした。
近づくと、金束さんは僕を引っ張り引き寄せて、僕を盾にするようにして自身の体を隠す。
「……ふん」
そしていつもの一声。いつもと違ったのは、その声はどこか弱々しかった。
「ほらな。俺やっぱ帰るぞ」
不知火は肩を竦めて苦笑いを浮かべた。
「どうして帰るんだ」
「その人が怖がっているからな」
不知火がひょいと一歩動いて金束さんを覗き見る。すると、金束さんの手に力がこもった。僕の服が伸びる。僕の服が……。
「あばよマイフレンド」
「待って待って」
「なんだよ、親友をマイフレンドと呼んで何が悪い」
「いや別に英語表現に遺憾なわけじゃないよ? あと僕らは親友じゃないよ」
「俺と流世は親友だ。だが今日は帰る」
「ま、待って待って」
帰ろうとする不知火を制して、僕は後ろを振り向く。
金束さんの大きく鋭い瞳には本来の潤いとは別の、弱々しく怯えた色が帯びる。
なぜそんなに風になっているのかは大方の予想はついていた。
「ふん。何よそいつ」
「だ、大丈夫だよ金束さん。顔は怖いけど不知火は良い奴だよ」
金束さんは不知火の強面にビックリしているのだろう。まぁ僕としては普段のあなたの方が何倍も怖いんだけどね!?
それは置いといて。確かに初見で不知火にビビらない人はそういない。しかし誤解だ。ただのネギ好き&ミク好きな大男なだけだよ。
「今日はネギとビールの美味しいシチュエーションを紹介する予定で、だから僕はネギ愛好家の不知火にネギを分けに貰いに行って、で、せっかくだから不知火に美味しいネギ料理を作ってもらおうと考えて一緒に来てもらったんだ」
「……」
「きっとビールも美味しく飲めるよ。やったねっ」
「……」
「だ、だから挨拶してあげて。ね?」
僕は少しだけ横にズレて、金束さんと不知火が向き合うようにする。
金束さんはキッと、眼光を鋭くさせる。が、やはりいつもの怒気と覇気はない。
「……金束小鈴」
「不知火葱丸だ。よろしくな」
「……」
簡単な自己紹介を終えて、金束さんは僕の背中の後ろに帰ってきた。
なぜ僕の後ろに隠れるの。そしてなぜ服を掴むんだ。僕の服が伸びていく……。
「あ゛ー。なぁ流世よ、俺はどうすればいい?」
「そ、そうだね……何かネギ料理を作ってくれると嬉しいかな」
「了解だ、マイフレ」
「略さなくていいから」
不知火は得意げに両手の骨をパキパキと鳴らし、キッチンへと向かった。
その様を見ていたのか、金束さんの手が震える。
「大丈夫だよ金束さん。あいつは見た目だけだから」
「ふんっ!」
「えぇ……?」
不知火がいなくなった途端、金束さんは普段の調子に戻った。不服そうに座布団の上に座る。
と、座った状態で不服そうに僕を見上げてきた。
「こっち」
「え?」
「こっちに座りなさい」
金束さんは自身のすぐ横の床をバシバシと叩く。何かを訴えかける目をしていた。
「や、僕はいつものように部屋の隅に」
「座りなさい!」
「はひぃ?」
訳が分からず僕は指示通りに動く。
真横に座ったら金束さんが「ふんっ!」と鼻息を荒げた。な、なぜに。
「何よあいつ」
「何って、不知火にネギ料理を振る舞ってもらおうと」
「……」
「心配しなくても不知火は金束さんが嫌いなタイプの大学生ではない。ネギにケチをつけなければ攻撃してくることはない」
「べ、別に怖くないわよ」
その割には未だに声が震えているような。
「怖くないよ。どちらかと言えばイケメンでしょ? 僕のたった一人の知り合いだし、たまには複数で飲むのも悪くないかなーと」
「……別に私は二人でも」
「二人でも?」
「なんでもないわよ!」
「ぐふっ」
金束さんの拳が僕の腹部に打ち込まれた。通称、腹パンだ。ゼロ距離での攻撃は防ぎようがない。セルだって瞬間移動かめはめ波は回避出来なかった。
「……アンタ、私の隣にずっといなさい」
「へ? なんで?」
「……」
「つ、爪が表皮に食い込んでいます。痛くないけど爪が突き立てられています」
いつにも増して攻撃的だ。
僕のせい? 不知火を連れてきた僕のせい? そ、そんな。僕のたった一人の友達なんだよ!?
なぜ駄目なのか見当つかないし、金束さんは不機嫌だし……ああぁ不知火早く戻ってきてください。
「出来たぞ」
「早いね!?」
願ったら本当に戻ってきた。さすがマイフレ!?
そして不知火が戻ってきたと同時に金束さんが僕の腕を掴んだ。ぐいっと引き寄せて離さない。
「ネギの串焼き、ネギ鍋、芽ネギの寿司だ」
「すごいね」
「っっ、流世に褒めてもらえた……!」
クールな表情に、幸せそうな笑顔が浮かぶ。喜びすぎでしょ……。
ともあれさすがと言ったところ。短時間で三品も作って、どれも美味しそうだ。
不知火は料理をテーブルに並べる。並び終えると、おもむろに立ち上がった。
「じゃあ俺は帰る」
「え?」
「味の感想はA4用紙に手書きで書いてくれ」
「い、いや、帰らないで。てかレポートみたいな課題を与えないで。しかも手書き。嫌なタイプの課題だよそれ」
「仕事はやり遂げたぞ。さっきも言ったが、俺は邪魔者だろ」
そう言って不知火は金束さんを見下ろす。
こちらは座った状態で、長身の不知火は立っている。高低差による角度は不知火の厳つい顔をさらに怖くさせた。
「遠慮しないでよ。三人で食べよう。ね、金束さん」
「帰って」
「金束さん?」
「ほらな。俺がいない方がいいだろ」
「当たり前よ」
「金束さん!?」
不知火に対する不信感と警戒心が度を超えていますって! 何回も説明したじゃありませんか、不知火は良い人だ。
不知火が作ってくれたのだから不知火も一緒に食べてもいいのでは? 二人より三人の方が良いのでは……?
「帰って」
「あぁ帰るさ。だがなぁ……金束、だったなお前。おい、俺の流世に変なことしたら許さねぇぞ。つーかさっき流世に腹パンしてただろ。ふざけんなよ」
「あ、アンタには関係ないわ」
「あ? 関係あるからな? マイフレに嫌な思いさせたらどうなるか分かってんのかテメェ」
「……ふん」
しがみつかれて僕の腕がミシミシ鳴っている。痛くないけどミシミシ鳴っている!
あと不知火も下手に刺激しないで。あとマイフレって響きが気に入ったの!?
「事情はさっき聞いた。お前、美味いビールを流世に聞いているらしいな。教えてもらう側のくせに殴るとか何様だ。流世が優しいからって調子乗るんじゃねぇよ」
「……」
「なんだその目。あ?」
「っ……水瀬……」
この現状を招いたのは、僕が原因なのか……。僕は嫌な空気と二人に挟まれて困り果てた。
ちなみに腕はミシミシと鳴っても痛くはなかったし、金束さんの胸がふにゅりと当たってプラマイ寧ろプラスな心地でした。はい僕変態。