14 ネギ
大学生の行動パターンは大まかに以下に分類される。
友達とどこか遊びに行く。友達の部屋に行く。友達と学内で延々と駄弁る。友達と「俺らマジ無茶してるわー」と互いを褒め合う。どれにしても友人と行動を共にするのが原則だ。
すなわち僕には縁がない。僕はボッチだから。
と、言いたいところだが、実は僕にも一人だけ友と呼べる人がいる。友というよりは知り合い、軽く雑談をする程度の仲かな。
とあるアパート。扉を数回ノック、数秒待つ。
開いた扉からは、厳つい強面が出てきた。
「よう。来たな」
「お邪魔していい?」
「いちいち聞くなよ。俺と流世はダチだろ?」
「そのダチってのは恥ずかしいから勘弁してよ……不知火」
「不知火じゃない。俺のことは葱丸と呼べ」
そう言うと、爽やかに笑う強面の青年。彼の名前は不知火葱丸(しらぬいねぎまる)。
百九十センチを超える背の高さに、服の上からも見て分かるガッシリとした筋肉質の体躯は迫力がある。何より、街中を歩けば通行人がもれなく全員避けていくであろう顔の厳つさは893そのもの。
見た目が熊のように怖い。けれど顔は整っており、モテる部類のカッコイイ容姿をしている。葱丸って名前は酷く残念だが。
「この前は助かったよ。ありがとう」
「礼なら電話で聞いたから言うな。俺らは親友だぞ」
「いや別に?」
不知火はなぜか僕を親友だと思っている。そんなに仲良かったかな? 僕としては雑談をする程度の交友関係と思っているんだけど。
「流世はツンデレだな」
「ツンとしているつもりは微塵もないけど」
「立ち話も何だし上がれよ」
「うん。お邪魔します」
不知火とは一年生の頃からの付き合い。顔は怖いけどイケメンで、顔が厳ついけど根は優しい。
ただし葱丸という名前は残念。そしてもう一つ、残念な点は……。
「見ろよ流世。ついに等身大ミクちゃん人形を買ったんだ」
「へ、へぇー」
不知火葱丸。彼の実家はネギを栽培する農家らしい。それが影響しているのか、不知火は無類のネギ好きだ。
部屋に入ると、室内には……ネギを持ったミニスカ緑色のツインテール少女、初○ミクのグッズが大量にあった。ぬいぐるみやポスター、挙句には人間サイズのミク人形が部屋の中央にディスプレイされている。
うん……またグッズが増えたね……。
「あぁ、ミクちゃん可愛い。俺はネギとミクがいれば幸せだ」
満面の笑み、恍惚とした表情をして不知火が等身大ミクを両手で抱く。
不知火が食材のネギを愛するのは分かる。食の好みは千差万別であり個人の自由だから。
けれど、ミクは少し違う気がする。え、長ネギを持っているだけでミクのことも愛しているの?
「ミクちゃん可愛い。ミクちゃんキュート」
イケメンがクールな口調でデレデレする姿は見ていて悲しくなる。なんか、こう、色々と残念な奴だ。この部屋を訪れる度にいつも思う。
「あ、ネギとミクだけじゃなかった。流世も俺には必要だぜ」
「気持ち悪いからやめてよ」
「流世はツンデレだな」
「さっきから僕をツンデレ扱いするのは何?」
「流世はビビリ、優しい、酒好き以外に個性がないから俺がキャラ付けしてやろうと思ってな」
「余計なお世話だよ!」
「遠慮するなよ。親友の為だからな」
「だからドヤ顔で親友と呼ばないで……」
ため息をつく僕に、不知火が肩を叩いてきた。頭一つ分も高い位置から、強面がニヤリと笑いかけてくる。
「冗談だ。流世は目立たないだけで本当は誰よりもすげー奴だよ。俺が保証してやる」
「……それはいいから、頼んだ物を用意してある?」
「おう。待ってろ」
僕の肩から離した手を鷹揚に掲げ、不知火はベランダへと移動する。
ベランダは大量のプランターで埋め尽くされている。全部、ネギを栽培しているらしい。……ちょっとさすがにキモイよ!?
「ほらよ。たった今収穫したホヤホヤの青ネギだ」
「あ、ありがと」
「あとは芽ネギと白ネギだな。冷蔵庫に入れてある」
青ネギを詰めた袋を僕に渡し、不知火は冷蔵庫へと移動……する前に、等身大ミクの頭を撫でる。それ今やる必要あった!?
本当、残念なキャラをしているなぁ。僕と違ってキャラが濃い。今見せた笑顔や頭ナデナデを実際の女子にすればモテモテのくせに……もったいない。
「……ん?」
数多のミクに囲まれて謎の圧迫感を感じていると、ポケットに入れたスマホが震えた。画面には、
『遅い。早く帰ってきなさい』
金束さんからのメッセージが表示されていた。淡々とした短い文章に、金束さんの不機嫌さが凝縮されているような気がした。
ひぃぃ、そんなに時間経っていないのに怒らないでよ……。
「どうした流世」
「いや、ちょっと……」
「誰からのメールだ? 金、束……きんたば?」
冷蔵庫からネギを持ってきた不知火が僕のスマホを覗き込む。
長身がぬぅっと屈んで覗き込む様は初見なら恐怖するだろう。僕は慣れたので平気だけど。
「変な名前だな」
不知火葱丸って名前に言われたくないよ!?
「違うよ。こづか、って読むんだ」
「へー。もしかして彼女か?」
「ち、違うよ」
「じゃあ……あぁ、あの時の女子か」
僕をからかうつもりだったのだろうか、ニヤニヤと笑いかけた不知火が思い出したように腕を組む。
うんうん、と頷いて、結局ニヤニヤ顔で僕を見つめてきた。
「なんだ流世、そいつのことが好きなのか」
「ち、違うってば!」
確かに金束さんは美少女で、スタイルも抜群だし、男なら誰もが見惚れてしまう容姿端麗な人だけど、す、好きとか付き合うとか考えたことはない。
……そもそも不釣り合いだよ。僕なんかじゃ金束さんと釣り合わない。金束さんじゃない。僕は誰とも……。
「でもあれだろ? 俺にネギを仕入れるよう頼んだのは、その金束って奴の為だったりするんだろ?」
「そうだけど……」
「だと思った。流世は優しいからな」
『遅い。未読無視しないで。早く戻ってきなさいよ』
「……なんか大変そうだな」
「い、色々と事情があってね。不知火にネギを頼んだのも今日は今から……あ、そうだ」
「なんだ?」
「不知火も僕の家に来てよ」