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130/130

130 ライブハウスビール

 スノボ旅行の翌日。

 今日も朝は筋肉痛。足がガタガタだった。そして恐らく、明日も筋肉痛だろう。

 なぜなら今日も慣れないことをし、体を酷使することになるから。


「物販があるわ」

「そうだね」


 金束さんが指差す方向へ視線を合わせ、僕は頷く。そこには注視しなくても分かる大量の、似たような服装を着ている人の列。


「今りゅーせーが着ているTシャツはどれ?」

「これは前回のツアーで買ったやつだよ。今回は販売されていな……あっ、あるね」

「ふーん。私もそれ買う」

「あの、野球観戦の時も思ったけど、なんで僕と同じ物を」

「うるさい。あとラババンも買うわ。アンタも同じの買いなさい」

「は、い」


 今日は金束さんとライブに行く。目的はライブを楽しみ、ビールを美味しく飲む為だ。


 そして、もう一つ。もう一つの目的は、心に決めてきたのは……。


 自分なりに気を引き締めてきた。が、今日も金束さんのペースに巻き込まれていますね。うへえ……。

 開演前に物販を済ませた後、会場近くの喫茶店に入る。


「お待たせ」

「あ、うん」

「そこは待っていないとか言いなさいよ。気の利かないわね」


 うへえ、ひえぇえ。僕に高スキルを求めないで。

 金束さんは着替えてきた。今しがた購入した、僕と同じバンドのTシャツを。

 まぁその、月並みですがとても似合っています。


「に、似合っているよ」

「ふん」


 野球観戦での反省を踏まえて褒めたのに一蹴された。褒めても褒めなくてもこの人は満足しないのでは!?

 注文した深煎りコーヒーを啜り、金束さんが僕を見つめる。それは凝視、さながら疑っているかのような眼差しで。


「アンタ、今日こそは本当に美味しいビールなんでしょうね」

「た……たぶん」

「たぶんって何よ」


 怒らないでぇ。僕としては毎回本気で良シチュエーションを紹介しているつもりなんですよ。満足しない金束さんがおかしいんだって。

 とは言えません。反撃される。

 喉元まで届いた本音を飲み込み、代わりに意気揚々と僕はライブの魅力について語る。


「たぶん大丈夫だと思うよ。自分の好きなアーティスト、好きな曲でテンションは最高潮。イヤホンで聴くのとは違う。体全身で聴くのは格が違う。狭い箱の中、アーティストと一体感を味わえる。そうして汗かいて喉カラカラの状態で飲むビールは相当に美味しい!」


 ドームやホールではなく、ライブハウスだからこそ。手が届きそうな距離でいつも聴いているバンドが演奏とパフォーマンスを魅せてくれる。あっという間に時間が過ぎていく。

 二時間以上ぶっ通しで叫び暴れて、気づけば体内の水分は飛んでおり、何か飲まなくては……となる。その時に水やスポーツドリンクではなく敢えてアルコールを飲む。それはそれは……たまらないのですよ!


「ふーん」


 熱こめた説明は金束さんに響かなかった。未だに訝しげな表情で僕を見つめてくる。


「……アンタって意外とアクティブよね」

「僕が?」

「キャンプとかスノボとか、大学生っぽい」

「そりゃ僕も一応は大学生だから。……あ、ごめん」

「何よ」

「や、ほら、金束さんは大学生のノリが嫌いだから」

「嫌いよ。ウザイわ」


 ひえぇぇ。なんか今まですみませんでした!


「……でも、アンタは別にいいわ」

「ふぇ?」

「調子乗っていないしウェイウェイ言わないし。それに、アンタと何かするのは楽……なんでもないわよ馬鹿!」


 急にキレた。ちょっと待って、防ぎようがないですよ!?


「と、とにかく今日は期待してあげるわ。私は夏フェス行けなかったから楽しみだわ。……あっ!? そうよっ、アンタだけ夏フェス行ったじゃない! 私を置いて!」


 夏休みの出来事を今になって掘り返されるとは。

 罵倒を受ける僕は、そっとコーヒーを口に流し込んで耳は塞ぎ込んだ。











 喫茶店で時間を潰し、ライブハウスへと向かう。

 開場二十分前、ゲートには人がたくさん並んでいた。


「私達の整理番号は?」

「Bの40と41だよ」

「それって良いの?」

「まぁまぁかな」


 列に入り、前後の人達に番号を尋ねて自分達の位置に並ぶ。

 どこを見ても似たようなTシャツを着た人達ばかりだ。当然か。

 あとは、思ったよりも男女の組み合わせが目立つ。カップルで来ている人が多いのだろう。


「ドリンク別料金って何よ」

「入場前に五百円払う必要があるんだよ」

「聞いてないわ。ロッカーにお財布置いてきたじゃない!」

「ぼ、僕が払うよ」


 謎にキレられつつ待つこと十数分。開場されて、次々と中に入っていく。

 僕らも列に従い、チケット見せてドリンク代を支払って、中に入る。


「おぉ、ライブハウスだねっ」


 当たり前だが、最前列はとっくに埋め尽くされていた。僕も一度でいいから整理番号一桁台を当てて最前列で観たいなぁ。


「ち、ちょ、りゅーせー。急がないと前で観られないじゃない! 早く行くわよ!」

「どうせ僕らの整番では前方には行けないよ。始まったら前に行けばいい」


 ライブが始まればもみくちゃになってなんやかんやである程度には前に行ける。今は適当なポジションに位置つけておとなしく待っていよう。

 急かす金束さんを宥め、僕らはステージ左側のやや真ん中の場所に留まる。


「……人多いわね」

「そうだね」


 あっという間に後方にも人がなだれ込み、箱の中はぎゅうぎゅう詰め。

 まぁ、こんなものかな。現時点で暑苦しいのに、ライブが始まったらさぁ大変だ。全身が高野豆腐並みにドロドロになること必至。

 しかし、それが良い。たくさん汗をかいた方がライブ後のビールが最高になる!


「楽しみだね。って、金束さん?」

「……」


 隣に立つ金束さんはしかめ面を浮かべていた。学内でよく見かける、嫌悪感滲ませた顔だ。

 どうしたの、と目で問いかければ、金束さんは「ふんっ」と返して左右を見渡す。


「っべー、もうすぐじゃん」

「マジ最高だわ。あの曲やるのかな?」

「それやらないとかないっしょ!」


 左右、いや、前後左右の四方八方からはライブを楽しみにしている若者の会話。


「ウザイわ。ウェイウェイ言ってる……!」


 金束さんはそれらの声が気に食わないみたい。歯軋りをし、舌打ちも追加して不機嫌さは増していく。


「えっと、こんなものだよ? ライブだし」

「ウェイウェイウザイ。なんとかしなさいよ」

「む、無理言わないでよ」

「っ、ちょっと! 私の体に触れないでよ!」


 隠すことのない嫌悪感を全力でぶつける金束さん。自身の背後に立つ男性に向かって叫んで、って叫んでるの!? 何してるのぉ!?


「俺!? いや触ってないっすよ!?」


 背後に立っていた男性が狼狽して焦る。あ、あわわ、す、すみません……!


「触ったわ。キモイ! ウザイ! 死ね!」

「冤罪で人は本当に死ぬよ!? それでも俺はやっていない! なのによ!?」


 突如して死ねと言われた後ろの男性は狼狽しながら激しくツッコミを入れていた。

 ヤバイ、周りの人達が違う意味でザワザワしだした。

 僕は慌てて金束さんを押さえる。


「だ、駄目だよ。狭い場所なんだから絶対に誰かと触れ合うって」

「うるさい。アンタ以外の男に触られたくな……な、なんでもないわよ馬鹿!」

「なぜ僕もキレられてたの?」

「むがーっ!」


 このままではマズイ。周りに多大なご迷惑をおかけしちゃう。

 僕は金束さんの手を引っ張り、後ろへと下がることにした。その道中で、先程の男性に謝る。


「す、すみません」

「あ、大丈夫っす。……俺、振り回される系男子なので」


 そ、そうですか。

 男性、と言うか同い年ぐらいの男の人はニコッと笑って許してくれた。異様にサラサラの髪をした普通の男子。おぉう、普通に良い人で良かった。


「はぁ……知らない人から死ねと言われたのは高校時代の遊園地以来だな」

「なお君ドンマイ。でも触ろうとしたなお君が悪い」

「いや俺触ってないからね。ノットタッチだから」

「悪い子のなお君は私がしっかり押さえつける」

「真正面から抱きつくのはどうかと思うけど!?」


 彼女さんらしき人と抱き合っている。一瞬のうちにイチャイチャし始めた……だと……!?

 な、なんだあれは。あれがリア充と言うやつか。イチャイチャしてるよチクショー!


 や、それよりも今はこちらを気にしなくては。

 後方に下がった僕と金束さん。金束さんは、イライラしていた。


「私の髪に触れた。ムカつくわ」

「しょうがないって」

「なんとかしなさいよ!」

「ひえぇ」


 ご立腹、あぁこれご立腹だよ。

 ライブハウスで痴漢行為があるのは耳にしますが、髪の毛に触れた程度であそこまで騒がれるとは。同伴者としてはとても気まずいです……。

 金束さん、ライブに向いていない。そう思った。


「触られたくないわ」

「無理な注文ですって。じゃあどうすれば……」

「……アンタ、私の後ろに立ちなさい」


 後ろ?

 問い返す間を与えず、金束さんはムッとした顔で僕の前に割り込む。

 まるで僕を背もたれにするかのようにして、僕の胸元に収まった。


「ど、どういうこと?」

「別に勘違いしないで。他の誰かに触られるくらいならアンタの方がマシなだけよ」

「は、はあ」

「ふんっ。……ん、これならいいわ」


 金束さんのセーフとアウトの境界線はよく分からないが、ひとまずは落ち着いてくれた。

 ……僕の胸元に金束さんがいる。体温が伝わり、ブロンドの髪からはめちゃくちゃ良い香りがする。


「……っ」


 いきなりのことで理解が遅れたが、今の僕らは体をピッタリとくっつけていいる。ドキドキが一気に加速して鼓動がドラムの如く体内に響く。

 面映ゆい気持ちと、僕なんかがくっついて申し訳ないの思いが強まり、僕は少し後ろへと退く。


「何してんのよ!」


 間髪入れず叱られた。金束さんも一歩下がってきて再び僕に背中を預けてきた。


「いい? 今日はずっとこうしていなさい。私から離れないで。私の後ろに立っていなさい」

「で、でも」

「な、何よ! 文句あるの!?」


 文句はないけど……。


「ライブが始まったらもみくちゃになるから離れることになるかと……」


 荒波のように人が暴れるからずっと後ろに立つのは難しいよ。

 反論をすると、金束さんの方から「むがー……」って声がした。同時に、僕の両手は掴まれる。


「こ、こうすればいいでしょ! 離したら許さないんだからね!」


 前後に並び、その状態で両手を握る。僕らは側から見れば、乗り手のいない騎馬戦みたいな状態だ。


「……何か言いなさいよ……」

「えっと……騎馬戦の馬みたい」

「意味不明ね」


 ですよね。僕らのこの状態は意味不明ですよね? ねえ!?

 しかし金束さんは手を離そうとしない。ぎゅ~、と握って、指を絡めることでより強固は繋ぎ方をしてきた。


「え、えっと……」

「……ふん」

「……このまま待っていようか」

「……うん」

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