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13 ツンデレ

 月紫さんにどうやって訓練させよう。考えを巡らせながら、勉強を進める。学生の本分を全うしなくてはならないのだ。


 現在、僕は大学の図書館にいる。

 図書館の自習スペースは居心地が良い。静かな空間、一つずつ仕切られたお一人様専用のスペース。ボッチでも気兼ねなく利用出来る。

 が、やはり多少の話し声は聞こえてくる。やんちゃな連中がふざけ合っているのだ。講義中にも喋る輩なのだろう。

 困ったものだ。喋りながら勉強をしたいなら他の場所でやってほしい。


「ちょっと」


 ここは図書館。誰しもが静寂を守るべき聖域。僕は喋らないよ。まぁ、話し相手がいないだけなんですけど。


「聞いてるの?」


 話せる相手はいなくても、図書館は僕が自宅以外で落ち着ける場所なんだ。

 自宅では勉強に集中出来ない時、図書館に来ると勉強が進む。とても助かっている。


「ねぇ」


 さて、お喋りする馬鹿な学生を心の中で見下しながら試験勉強を捗らせていこうか。今日も頑張るぞ。


「聞きなさいよ!」

「ひぃ!?」


 大きな声が真横から轟き、肩を掴まれた。思わず悲鳴をあげた僕は、真横に立つ不機嫌そうな顔を見て汗を流す。

 金束さんがいたのだ。な、な……!?


「無視しないで」

「へ? いや、待っ」


 金束さんが怒っているのも一大事だが、それより大変なのは場の空気。コソコソ話が聞こえていたとはいえ一応は静寂を保っていた自習室に、金束さんの怒声と僕の悲鳴が響き渡ったのだ。

 一斉に訝しげな視線が僕へと向けられる。辺り一帯から降り注がれる、注視という名の蔑んだ目が僕に……っ!?


「声かけたのに無視するなんて非常識よ」

「非常識なのはどっち!? って、このツッコミもうるさい、あわわ……!」


 もう駄目だ。僕は荷物を鞄に押し込むと、金束さんの腕を掴んで席を立つ。


「な、何するのよ」

「ごめんなさいごめんなさい本当に申し訳ありません」


 苛立ちを露わにする方々に謝り、素早く自習室を出た。

 あぁ終わった。しばらくは図書館に行けない。ボッチでも気兼ねなく利用出来る施設だったのに……。


「いきなり腕を引っ張らないでよ馬鹿!」

「ご、ごめんよぉ」


 図書館から距離を離したところで手も離す。

 問題はまだ残っている。……金束さん、どうして僕に声かけたのさ。


「挨拶くらい返しなさいよ」

「場所が悪かったから。そ、それに、学内で声をかけなくても」

「どうしてよ」

「だって、僕みたいな奴と知り合いって思われたくないでしょ?」


 協力関係を結んでいようとも、僕は陰キャで金束さんは陽キャっぽいイケてる外見。誰が見ても不釣り合いだ。僕は金束さんに見合った存在じゃない。


「もし金束さんの知り合いに見られたら、金束さんの評価が下がっちゃうからさ」

「……」

「な、なぜ僕は今パンチされているの?」


 金束さんが無言で殴ってくる。痛くはない。

 でも金束さんの視線は痛かった。強烈で、どこか不機嫌そうな目をしていて……。


「ふんっ」

「ご、ごめ、ぴゃ!?」

「アンタの部屋に行くわよ」


 僕の二の腕を掴む金束さん。僕と顔を合わせずに、正門に向かって構内を突き進む。

 いきなり腕を掴むなと言ったくせに、金束さんは掴んで離そうとしなかった。


「だ、駄目だって」

「アンタの部屋なんて何回も行っているじゃない」

「そうじゃなくて。だから、僕みたいな根暗な奴と知り合いだと思われるから……」

「ふんっ!」

「ひいっ!?」

「うるさい。いいから行くわよ」


 金束さんはそれ以上何も言わず、手を離そうとせず、黙って歩く。

 僕は生きた心地がしなかった。











 暑さが本格的に増していく七月初旬。

 夏休みの前に、地獄が待ち構えている。大学生の天敵、テストとレポートの地獄が迫りつつあるのだ。

 莫大なテスト範囲、容赦なく出題されるマニアックな分野と面倒くさい記述式問題。それに加えてレポート提出もある。中には二十枚以上も書かなくてはいけない、手書きで書かなくてはいけない等の曲者も潜んでいる。

 鬼畜なテスト&レポートを控えた今、学生は武器を蓄える時期だ。先輩から出題傾向を聞いたり、過去問をもらう。この時ばかりはサークルに所属している人達が羨ましく思う。


「なぜなら僕はボッチだから。ひいいぃ!」


 絶叫なう。ピンチなう。僕に先輩はいない。過去問はない。即ち無理ゲーのお時間だああぁ。ノーアイテム低レベルで魔王を倒せますかって話ですよ。無理でしょ。

 でもやるしかない。留年はしたくない。

 僕は必死にレジュメを見返しては、講義中に線を引いた大事な箇所をチェックしていく。プリントをレジュメと呼ぶあたり、どうやら僕はきちんと大学生をやれているみたいだ。別に嬉しくはないよ。


「ふーん、そういえばアンタ経済学部だったわね」

「……」


 必死にレジュメと格闘する僕を、傍らから金束さんが覗き込んでくる。

 先程、図書館で勉強する僕になぜか金束さんが話しかけてきた。二人して騒いでしまい、僕の家に避難してきたのだ。


「マクロ、近代思想史、統計……ふーん、そういうのやっているのね」

「う、うん」

「つまんなさそう」

「それ言ったら大学の授業は大抵が面白くないでしょ」

「確かにそうね」


 面白くなくても覚えなくてはいけない。大学生の宿命だ。僕は試験勉強に戻る。頑張るぞ。

 ……自宅では集中出来そうにないから図書館で勉強していたのを忘れたか。しかも隣には金束さん。捗るわけがない。途端に嫌気がさしてきた。


「はぁ……おかしいよ」


 この世はおかしい。不条理だ。真面目に講義を受けている僕がこうして悪戦苦闘しているのに、サボっている奴が簡単に良い点を取る。過去問という最強ツールがリア充の間で流通しているせいでさぁ……。

 過去問はセコイ。噂によると、去年と全く同じ問題が出題されるテストもあるそうな。つまり過去問を暗記すれば満点じゃないか。チートだ。


「そもそもアンタはどうして一ヶ月も前から試験勉強してるのよ」


 煌びやかな髪を翻して座布団の上に座る金束さんが僕の手元に手を伸ばすと、レジュメの束をパラパラ捲った。


「アンタこれ全部覚えるつもり?」

「そうしないと単位もらえないから」

「馬鹿ね。数日前に過去問パパッとやっておけば楽勝でしょ」


 金束さんは自分の鞄から取り出した数枚の薄っぺらい紙をヒラヒラと宙に泳がせる。

 出たよ……ボッチには入手不可のレアアイテム、過去問だ。僕には縁のないチートアイテムを見せびらかさないで……。

 僕は顔に心情が表れていたらしく、金束さんが察したように頬を緩ませて意地悪い笑身を浮かべた。


「そっか、アンタは先輩がいないから過去問ないのね」

「……そうですよ」

「可哀想な奴ね、ふふ」


 馬鹿にした笑い方やめなさい。僕は笑えないぞ。過去問を所有しているか否かで天地の差があるんだよ!?


「別にいいよ。僕のように真面目に勉強するのが大学生のあるべき姿だ」

「負け犬の遠吠えね」


 ぐぅ、その通りすぎる……!


「私は過去問の為にサークルに入ったようなものよ。ウザイ男子もウザイ先輩も利用してやるわ」


 普段は不機嫌に「ふんっ」としか言わないくせに過去問だけは頂戴するのか。良い性格してますね。

 金束さんは美人の特権をフルに活用している。羨ましいし妬ましいよ。


「テストは楽勝よ。アンタもそう思わない?」

「ぐうぅ……!」


 あ、煽ってきやがった。なんて人だ。

 過去問のプリントを団扇代わりに扇ぎ、僕を煽り、金束さんは上機嫌に笑う。


「あら? 随分と悔しそうね♪」

「この時期になるとサークルに入っておけばと後悔するよ……」


 時既にお寿司だけどね。

 はぁ、お寿司食べたい。回転寿司に行って、キンキンに冷えた瓶ビールを飲みたい。


「……今からでもサークルに入れるわよ」


 回転寿司の海老天食べたいなぁ。ビールと合うんだよね。


「まぁ、そうね……アンタがどうしても入りたいって言うなら私が紹介してあげる。……わ、私と同じサークルなら紹介してあげてもいいわよ」


 まずは海老天。次に茄子だ。一杯目のビールを飲み干した頃合いにサーモン、サバ、赤貝を注文していき、赤貝を食べる時に二杯目を注ぐ。想像しただけで涎が出てきそうだ。


「別に私はどっちでもいいけど。どうでもいいけど。アンタがどうしてもって言うなら、どうせ入るなら私と同じサークルに、その……」

「赤貝もビールと相性が良いんだよなぁ。寿司は三皿で一旦やめて、四皿目は蛸の唐揚げを注文しよう」

「……聞いてるの?」

「えー、序盤で蛸の唐揚げいっちゃう? 後半に取っておいた方が良くない? 迷っちゃうな」

「……」


 蛸の唐揚げ、ウニ、あぁウニは日本酒かなっ。日本酒も好きだよ。それとウナギは外せない。他にもマグロ、中トロ、肩パン。


 ……肩パン?


「馬鹿!」

「びゃ!?」


 いつの間にか金束さんが僕の肩を攻撃していた。


「な、なんでいきなり」

「ふんっ」

「えぇー……?」


 金束さんはそっぽを向いて鼻息を荒げた。僕、何かしました?

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