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129 前を向く

 行きと違い、帰りの車内はすごく静かだった。


「「すー、すー……」」


 バックミラーに映る、目を閉じて安らかな寝息を立てる女子二人。

 金束さんと月紫さんは眠っていた。あれだけ喧嘩していがみ合っていたのに今は肩を並べ、寝息を見事に重ね合ってシンフォニー。


 二日間に渡るスノボ旅行。滑り疲れてしまい、爆睡。

 帰りの車内は眠たくなるよね。運転する僕としては非常に助かる次第でございます。

 視線をバックミラーから前へと向け、雪道を進む。


「あ!? う、嘘だろ……ミクちゃんと結婚した男がいるだと……!?」


 安らかに静かに眠る女子二名と違い、隣の助手席は大騒ぎ。怒号にも似た唸り声が車内を揺らす。

 どうやら帰りはこいつがうるさくなるらしい。

 僕は視線をチラッと横へ向ける。


「どうしたの?」


 隣では、大男が目を血走らせてスマホの画面を凝視していた。


「見てくれ、見てくれ流世。ミクちゃんが……俺のミクちゃんが現実の男性と結婚を……!」

「落ち着け不知火。僕は運転中だ」

「こんなことがあっていいのか? ズルイだろこいつ。クソ、俺だってミクと結婚したかった……」

「えっと……すれば? よく分からないけど、その人が出来たなら不知火にも出来るってことでしょ」

「馬鹿野郎、そんな二番煎じが出来るか。う、うおおぉ……」

「ファンは大変だね」


 聞いたことないけど、きっとイエティってこんな声を出すのだろうね。

 不知火の慟哭をバックミュージックにし、僕は車を走らせる。


「……で、流世。また顔つきが変わったな」

「……そうかな」

「一日で何回変わるんだお前は。まぁ良い方向に進んだ気がするし、昨日と同じで俺は何も言わねぇよ」


 サラッと告げ、不知火は再びスマホを操作して「クソが。ミクちゃんと結婚した奴はどんな奴……この人すごいな。愛を感じる。大変だったんだなぁ……」と涙を流す。お前の方こそ変化が激しくない?


 ……木葉さんに詰め寄られ、追い込まれ、僕は答えを出した。

 いや、木葉さんは関係ない。彼女に言われなくても、僕は決断したはずだ。

 そうじゃないと申し訳が立たない。いつまでもブレていたら二人に辛い思いをさせてしまう。


「不知火」

「あ?」

「お前は木葉さんと違って深く追及してこないから助かるよ」

「あの女と比べられるのは癪だな」

「あはは」

「つーかやっぱあの女と話していたのか。途中、流世が中々降りてこなかったから何かあったと思ったが……ちっ、流世にちょっかいを出しやがって」

「そう怒らないでよ。木葉さんに悪意はないよ」

「悪意がないからタチが悪いんじゃねぇの?」

「そ、それもそうだね」

「……ま、頑張れよ」

「うん、大丈夫だよ」


 今のままじゃ駄目だ。このまま誤魔化し続けようとしたら絶対に駄目だ。



 不知火。お前は何も言わないと気を遣ってくれるけど、僕は以前言われたことをちゃんと覚えているよ。


 いつか今以上に辛い時が訪れる。なるべく苦しませないようにしてやれ。あいつらの為に、何より僕自身が苦しまない為にも、と……。


 うん、そうだね。その通りだ。

 今のままでいい。そんなことはない。

 選ばない。それでは駄目だ。

 ちゃんと選んで、自分の気持ちに従う。僕が手に入れることの出来た日常が崩壊することになっても。


 大切だからこそ、僕にとってかけがえのない恩人だからこそ。

 もうこれ以上遅くなってはいけない。僕なりの答えを出し、それを伝えるんだ。

 ハンドルを握りしめ、僕はもう一度バックミラーに視線を向けた。


「み、見てくれ流世。雪ミクだってさ! めちゃくちゃ可愛いぞ!」

「そ、そうだね」











 紫紺の空。夜気が冷たく、肌に突き刺さる。

 およそ二時間の運転を終えて車を降りた僕は両手を暗くなりつつある空へ突き出し、大きく伸びをして息をつく。


「疲れた……」

「お疲れ様です水瀬君」

「ふんっ」


 馴染み深い大学近くの公園。

 到着したら目を覚ました月紫さんと金束さんが労わりの声をかけてくれた。まぁ金束さんの「ふんっ」に労わりが含まれているかは怪しいけど。


「おいコラ女子二人、流世は運転してくれたんだから荷物は俺らで運ぶぞ」

「はいっ。お任せくださいっ」

「アンタに言われなくてもやるわよ」

「よし月紫、良い返事だ。おい金束、こっち来いテメェ」


 車から荷物を降ろす不知火が片手で楽々と持ち上げて、空いた手の人差し指をクイクイ動かして金束さんを睨む。そして金束さんは慌てて自分の荷物を抱えて逃げていく。

 僕は苦笑しつつ、空に向けて息を吐く。白い息が空に消えていくのを眺めて。


「さて……みんな、忘れ物はない?」


 車のドアを閉じ、三人を見る。

 外は寒いし、みんなも疲れている。急いで済ませよう。


「えぇと……以上をもちまして? スノボ旅行は終了です」

「ぎこちねぇぞ」


 茶化す不知火を手で制し、僕は口をモゴモゴ。

 二日間に及ぶスノボ旅行。行きの車内は極寒よりも冷たく、月紫さんと金束さんにスノボを教え続けて グッタリ、夜は……あ、あぁー、色々とすごいことがあってさらにグッタリだったなぁ。

 二日目は日凪君と遭遇して……あ、そういえば日凪君は大丈夫なのだろうか? 後で連絡しておこう。

 木葉さんとも会って、これまた色々と考えて……うん……。


「りゅーせー?」

「水瀬君?」


 本当に、いっぱい考えて、悩んで、ウジウジして……。


「不知火、永湖さん、金束さん」


 僕は顔を上げる。モゴモゴさせた口に喝を入れる。

 今は、まず今は。この三人に言いたい。


「色々あったけど、すごく疲れたけど……この二日間、すごく楽しかった」


 僕が一人で見つけた、僕だけのビールが美味しいシチュエーション。本来なら僕一人だけで行くはずだったスノボ旅行。

 でも、みんなで行くことになった。仲良くなれた三人と一緒に行けた。


 まずは言いたい。

 僕は間違っていた。

 一人で行くのも楽しい。楽しいけど、でもやっぱり、


「みんなと一緒に遊べてすごく楽しかった。ありがとう」


 スッと出た言葉は、白い息と共に消えていく。


 けれど三人には届いた。


 僕は未だに根暗で気弱なボッチ。友達ができたと言っても一般の大学生を基準にしたら遥かに少ない。

けれどいいんだ。

 この三人は、僕にとってかけがえのない大切な友達だ。


「……お、おぉ」


 不知火が一歩下がった。

 自ら足を動かしたというより、バランスを崩したかのように。あれだけスノボが上手かったのに今は初心者みたく足がガタガタだった。


「な、何だよ不知火」


 そして僕は声がガタガタだった。

 モゴモゴの次はガタガタとなる口。加えて顔は赤くなっていく。

 じ、自分自身で分かる。僕の顔は真っ赤だ。


「いやだって、流世がいきなり恥ずかしいこと言うから」

「し、不知火には言われたくない。いつも親友がどうとか言っているくせに!」

「ま、まぁな。……なんか流世、良い感じだな」

「あの、そういうのやめて。もっと恥ずかしくなる!」


 分かっている。自分自身で分かっている! 僕が急に変なこと言いだしたってのは痛い程理解してあるから!


 で、でも言わせてよ。

 それくらい、本当に……三人には感謝しているんだ。


「水瀬君」


 呆気に取られて退く不知火と違い、月紫さんが僕に一歩近づく。


「私も楽しかったです。水瀬君のおかげです。運転してくれて、スノボを教えてくれて。こちらこそ、本当にありがとっ!」


 笑顔を炸裂させ、いつもの通りおっとり快活に。


「そう言ってもらえると僕も嬉しいよ」


 楽しかった。一人でコソコソ飲むのが良いと思っていた僕が、人並みに楽しめた。嫌いな大学生のノリっぽくスノボ旅行を堪能出来た。

 それが今はすごく幸せだった。楽しくて、嬉しかった。


 ありがとう。


 それを踏まえて、それでも僕は。


「じゃあ、ここで解散しよう。気をつけて帰ってね」

「おう。車を返すの頼んだ」


 不知火が手を振り、公園を去っていく。


「またつくしんぼに行きますのでよろしくですっ」


 月紫さんも笑顔のまま、まぁ足はフラフラしてるけど一人で帰っていった。

 僕は二人を見送り、最後に残った一人に話しかける。


「金束さんも気をつけて帰ってね」

「……ふんっ」


 ようやく喋ったと思ったらやっぱりそれですかソウデスカ……。

 金束さんは荷物を地面に置き、腕をダランと下げた状態で僕を見つめていた。


「えっと、帰らないの?」

「疲れたわ。車あるんだし家まで送って」

「えぇー……」


 さっき僕がカッコつけて恥ずかしいセリフを発した際、金束さんだけリアクションを取らなかった。完全にスルーして車で送れと命令してきた。な、なんて人だ。

 まぁ、それが金束さんらしさでもあるんだけど。


「何笑っているのよ!」

「あ、あははー」

「……今更だけどアンタのその笑い方、あの女そっくりよね。ムカつくからやめて」

「そう言われても……」

「いいから行くわよ。いや、アンタの家に行くわ。ビール飲むわよ」

「今日は勘弁してよ。……その代わり、明日はどう?」

「明日?」

「うん。ビールを飲んで、話したいことがあるんだ」


 僕は弱々しくも笑い、声を振り絞りながらも、


「な、何よ」

「大事な話なんだ」


 それでも僕は、前を向く。たとえ傷つけることになるとしても。

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