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128 たとえ傷つけることになるとしても

 友人らしき人物に支えられながらも日凪君はこちらへ笑みを向ける。


「んじゃ俺っち病院に行ってくる。小鈴も付き添ってプリーズ☆」

「絶対に嫌よ」

「んじゃ眼鏡の子。あっ、今日は眼鏡をしていないじゃん! 最強にきゃわうぃ~ね☆」

「嫌です。話しかけないでくださいー」

「ぐすん☆」


 チャラついている場合ですか? 症状が悪化する前に早く病院に行きなよ……。

 口調こそは普段通りだったものの、スキー場を去るまで顔色が良くなることはなかった。

 日凪君を乗せた車が走り去っていく。僕ら四人ともう一人はそれを見送る。


「来て早々に骨折とかむちゃ笑っちゃう。ツイートしとこ♪」


 楽しげにスマホをたぷたぷしているのは木葉さん。……まさか日凪君と一緒に来ていたのが木葉さんだったとは。

 木葉さんはツイートし終えると「心配しなくていーよ」と言って微笑んだ。


「昭馬君は大丈夫だよ。アタシの友達が病院まで運ぶ」

「木葉さんは付き添わなくていいの?」

「アタシは滑りたいから」


 自分の欲求を包み隠さずに答えた木葉さんはスマホをポケットにしまい、僕を見る。さっき以上に明るい笑顔を浮かべて。


「やっほー流世君。ぶち偶然。よく会うよね」

「私達のグループには混ぜないわよ!」


 僕が何か言う前に金束さんが声を荒げ、僕の腕を掴む。

 それを見て木葉さんはわざとらしく驚いたような表情を浮かべた。


「おー、スズちゃんは相変わらずツンツンだね」


 明らかな敵意を向ける金束さんを軽く流し、木葉さんは僕ら四人を見渡す。


「他の人も同意見かな? エーコちゃんと、あと葱丸君? だったよね。こんにちはっ」

「そうですね。あなたと一緒に滑りたくないです」

「よぉ木葉茉森、俺はテメェが一番嫌いだ」


 月紫さんも不知火も態度がよろしくない。月紫さんですら少し顔をしかめているし、不知火に至っては言葉遣いも荒い。み、みんな気が立ちすぎだってば。


「およよ、アタシって嫌われてるのね。味方は流世君しかいないや」

「りゅーせーもアンタのこと大嫌いよ」

「スズちゃんには聞いてないよ」

「はぁ!?」

「まーいーや。じゃあアタシは一人で滑るからじゃーねっ」


 そう言って木葉さんはリフト乗り場の方へ滑っていく。結構上手かった。やっぱ陽キャはスノボが得意なんだね。


「あいついつも私とりゅーせーがいるところに来る……! ストーカーよ。キモイ!」

「こ、金束さん、偶然なんだからそんな怒らないで」

「アンタもアンタよ! ちゃんと嫌いって言いなさいよ!」

「いや別に木葉さんのことは嫌いじゃ……」

「はぁ!? じゃあ、す、好きってこと!?」

「いや好きとか嫌いじゃなくて……うーん……」

「ハッキリしなさいよ!」


 金束さんが僕に詰め寄ってきた。木葉さんへの怒りが不完全燃焼なのか、今度は僕に向けてき……や、やめてよ……。


「水瀬君を困らせないでください」


 すると、月紫さんが間に入ってきた。

 助かっ……いや、月紫さんも怒っている。木葉さんへの怒りを加算した上で金束さんを睨み、対する金束さんもさらに熱くなる。


「アンタはいちいち入ってこないで」

「あなたこそ自分の気持ちをハッキリと言えないくせに。人にキツく当たるのやめてください」

「は、はぁ!? 私は別に……ふんっ!」

「あ゛ー、お前ら落ち着けよ。俺もイライラを抑えるのに必死なんだぞ」


 またしても喧嘩かと思いきや、不知火がさらに間に割って入って金束さんと月紫さんを制した。そんな不知火も眉間にシワを寄せて、あ、あー不機嫌だね。


「あ、あはは……はぁ~……」


 僕は今しがた去っていった木葉さんの無垢な笑顔を思い浮かべる。

 相変わらず、どこで会ってもすごい人だ。一瞬にしてこの三人の気分を害したのだから。

 その元凶はもうリフトに乗ってどこかに行ってしまった。気にしても仕方ないし、僕らは僕らで二日目のスノボを楽しもう。


「い、行こう。ね?」

「ふん」

「はいっ」

「流世、もう一回ジャンプ台やるか?」


 僕がリフト乗り場へ向かおうとすると、すぐに金束さんと月紫さんが返事をしてくっついてきた。

 はいはい、行きましょう。あと不知火、僕は二度とジャンプ台には行かないよ。











 ジャンプ台はやめておくとして、上級コースには行ってみたかった。けれどスノボ二日目の月紫さんと金束さんにはまだ無理だ。

 妥協案として、僕ら四人は中級コースで滑ることにした。それなりに滑り甲斐があって難易度も高くないはず。


「り、りゅーせー! 止まらないわ! 助けなさい!」

「水瀬君、あわわっ、Bボタンを押しても減速しませんっ」


 ……中級コースでも駄目だったみたい。二人は急加速しては転倒し、雪にダイブする。

 そこへ不知火が颯爽と向かう。


「お前らは動きが固いんだよ。女ならもっと体が柔らかいはずだろ」

「不知火さんセクハラです」

「サイテーね。キモイ。ウザイ」

「よぉしお前ら、スパルタ特訓してやるよ。俺から逃げてみろ」


 ゴーグルを装着した上からでも分かる青筋を浮かばせた不知火が二人を追いかける。女子二人は悲鳴をあげて逃げていく。

 今朝も先程も喧嘩を制してくれたことも踏まえ、不知火がいてくれるおかげで僕の負担は激減した。非常にありがたい。ま、まぁあの二人はガチで逃げて大変みたいだけど……。

 元の空気に戻って無事に二日目も終われそうだ。

 帰りの運転があるし、僕は日凪君みたいな無茶はせず怪我しないようゆっくり滑ろう。


「見てみて流世君」


 三人の後を追おうとした僕にぶつけられる声。雪玉のように軽く柔らかく、でも体の芯にまで突き刺さる。


「木の葉滑り~!」


 言われた通りに目を剥けると、僕の真横を木葉さんが通過していった。

 月紫さんや金束さんと比べたら遥かに安定したフォームで滑っていき、しばらく進んだところで木葉さんは木の葉滑りをやめて僕の前で止まった。

 ゴーグルを外してこちらを見上げる爛漫な笑みに対し、僕は自分の顔が歪むのが分かった。


「……木葉さん、どうしてここにいるの」

「ん? 同じスキー場だから偶然会うこともあるよ」

「いや、狙っていたようなタイミングだったから」


 僕は木葉さんの背後、友達三人の姿が消えていくのを眺めながらため息をつく。

 同じスキー場に来たのは偶然だとしても、木葉さんと今こうして中級コースのど真ん中でバッタリと会うなんて中々ない。

 僕のため息を察したのか、木葉さんはクスクスと笑って斜面の端に移動して転がり込んだ。


「流世君、真ん中にいると他の人にめちゃ迷惑がかかるよ」

「君が他人へ気遣いが出来るとはね」

「アタシも成長しているって証拠だよ。ほらこっち来て」

「はいはい……」


 僕も端へと寄り、斜面へボードと足を放り投げる。

 隣には木葉さん。いつも通りの、彼女だけの素敵で無敵な笑顔。

 座るや否や、木葉さんが僕の肩を小突いてきた。


「それで決まったの?」

「何が?」

「どっち?」

「……」


 真っ白の世界をカラフルなウェアが次々と通過していくのを眺め、僕は口を固く閉じる。

 何も答えない。暗にそう告げたはずなのに、木葉さんはニヤニヤとした笑みを崩さず僕をさらに小突く。僕は諦め、出来るだけ無愛想に返事をする。


「どっちって何だよ」


 これ以上その話をしないで。その思いを込めたつもりでも、木葉さんは容赦なく続ける。


「スズちゃんとエーコちゃんだよ」

「……」

「スズちゃんにする? エーコちゃんにする? それとも、アタシっ?」

「ご飯にする、お風呂にする、みたいに聞かないで」

「あはは流世君ちょっとむっちゃ面白い」

「ちょっとなのかむっちゃなのかどっちだよ」

「そーいうのいいから、ちゃんと答えてよ」

「その話は二度としないで言ったはずだけど」

「アタシ覚えてないやー」

「ソウデスカ……」


 どうしても聞きたいらしい。だから僕が一人になった途端に近づいてきたのだろう。


 ……。


 選ぶ。選ばない。僕はその段階で苦しんでいる最中なのに、この人は僕が『どちらか選ぶ』を前提に月紫さんなのか金束さんなのかを迫ってくる。僕がどちらと付き合うのか、それを執拗に聞いてくる……。


「あはは、最近の流世君はホントばり面白いね。会う度に表情が変わってる」

「別に。一年前と変わらず情けない陰気な面だよ」

「そんなことないよ。最近の流背君はでーれー楽しそうで、そして、むっちゃ苦しそうだよ」

「……」

「ね? どっちか教えてよ。もしくは、本当にアタシでもいーよ?」

「君だけは絶対にありえないとだけ言っておく」


 僕はボードに足を固定して立ち上がり、再び斜面を滑る。そんなことしても滑るのが上手な木葉さんを引き剥がせるわけがないのに。

 見透かしたような瞳が僕を追う。

 隣に並び、木葉さんは滑りながら僕を見て捉えて決して離れようとしなかった。


「逃げないでよ。ねー、まだ迷っているの?」

「……」

「あーまた黙っちゃう」

「……決めたよ。ちゃんとね」

「お?」

「でもそれを木葉さんに言う必要はない」


 ここまで言えば十分でしょ。僕はそう付け加えてボードを一気に捻る。

 大して上手くもないくせにそんなことすれば体のバランスを失う。僕は雪に飛び込んで身動き取れなくなった。


「あっ……待っ……流世君~……!」


 木葉さんの声が次第に遠くなる。やっと引き離せた。

 僕は仰向けになり、空を見つめる。雲一つない晴天に目を細め、顔を覆う雪を雑に払い除けて口から息を吐く。



 悩んだ。こんなに悩んだことはない。

 不知火に軽く怒られて、木葉さんに執拗に答えを要求され、そして何よりも、月紫さんと金束さんを見てやっと決まった。


 決めたんだ。僕なりに答えを出す。

 選ばない、ではない。

 ちゃんと選んで、自分の気持ちに従って、逃げないことにした。


 ここまで散々迷ってウジウジしてきた。もうとっくの前に手遅れになっている。

 だとしても言うんだ。自分の正直な想いを。


 たとえそれが誰かを傷つけることになっても。今の楽しい日々が崩壊することになっても。

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