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127 二日目開始

 朝、目が覚め……うぐ……!?

 体を起こすよりも先に襲いかかる痛み。全身が重たくて体の節々が痛い。


「で、出たな、スノボ初心者あるある筋肉痛……!」


 初心者は滑っている時、どうしても全身に力を込めてしまう。

 スノボが二回目であり、しかも普段は運動をしていない僕の筋肉がズタズタになるのは昨日の段階で分かりきっていた。乾先輩風に言うならば、筋肉痛になる確率百パーセント。というか僕は乾先輩より年上になったのか……。


「い、痛い。だ、怠い」

「起きたか流世、今日もスノボ日和だぞ」

「なぜ踊っているの?」


 不知火は起床しており、さらには服も着替えており、おまけに謎のダンスをしていた。


「朝は必ずこれをやっている」

「ラジオ体操かな?」


 ボカロの曲に合わせ激しく踊る不知火。恐らく『踊ってみた』ってやつだ。何年も前からネットで流行っているそうな。

 僕が訝しげな目線を向けても、さも当然のような何食わぬ顔して踊り続けている。なんだこいつ。


「支度しろ。朝飯食いに行くぞ」

「動きたくない」

「ミクダンスすれば体がほぐれるぞ」

「なぜ筋肉痛の状態でそんなことしなくちゃいけないんだ。罰ゲームかよ」

「そんなこと? 罰ゲーム? テメェ今の取り消せ。さもないと俺は今日もお前を置いて一人で滑る」

「ごめんごめん! 踊るから! 超絶踊り狂うから今日は一緒に滑ろう!」


 寝起き直後に踊る。過酷な朝と共にスノボ旅行二日目が始まった。


「おはようございます水瀬君……」

「りゅーせー……」


 一曲分丸々踊らされて身支度を済ませて部屋を出ると、隣の部屋から月紫さんと金束さんが出てきた。

 歩き方がぎこちなく、顔色が優れない。


「おはよう。あー……筋肉痛と二日酔い?」


 問いかけると二人共頷いた。

 そうなるよね。昨日が初スノボだったし二人は女の子。全身が痛くて仕方ないはずだ。


「体中が痛いわ。なんとかしなさいよ!」

「む、無茶言わないでよ」

「それに頭も痛い……」


 そりゃ散々飲んだからね。

 昨日は……うん……大変だった。


「頭が痛い。体が痛い。りゅーせーなんとかして!」

「えぇと、ミクダンスをすればいいかもね」

「はあ? 何よそれキモイ」

「あ? なんつった金束テメェ」

「っ、りゅーせー……」


 ビクッと肩を震わせて金束さんが僕の背中に隠れる。


「水瀬君水瀬君っ、頭がガンガンですっ。私、二日酔いは初めてですっ」

「永湖さん、頭を振りまわすと余計に痛くなるよ」

「確かにそうですね。今とても気分が……うえぇ……」

「え、えぇ……?」


 ヘドバンしていた月紫さんが青ざめた顔して僕の胸元にもたれかかってきた。


 背中に金束さん、正面に月紫さん。二人に挟まれて、僕も痛みが走る。


 筋肉痛でも二日酔いでもない。

 この二人のことを思って、痛い。苦しくなる。


「あはは、朝ご飯を食べに行こう」


 出来る限り、笑顔を浮かべて僕は二人を連れて先を歩く不知火を追った。











 今日も空は快晴。真っ白なゲレンデに朝日が照りつけて目を細めてしまう。


「今日は三時くらいまで滑って夕方に帰ります。無理せず怪我せず、疲れた時は休憩しようね」

「はいっ」

「ふん」

「おい金束、流世が説明しているんだからちゃんと返事しろや」

「……りゅーせー」


 はいはい怖かったね。でも僕の腕にしがみつかないで。あなたがそれするとなぜか月紫さんも同じように、


「水瀬君っ」


 ほらこうやって抱きついてくる。僕は手すりか何か?


「アンタは離れなさいよ!」

「水瀬君もふもふーっ」


 は、早く滑りましょう? このやり取り昨日散々やったよね。昨日どころか最近いっつもやっているじゃないですか……。


「おらテメェらさっさと行くぞ。遅れた奴は流世と同じリフトに乗れねぇからな」

「それは大変ですっ」

「ふ、ふん」


 不知火が一喝すると女子二人はすぐに移動を始めた。なんなら競い合ってリフト乗り場へと向かう。


「ところで流世」

「何? 今日は僕も上級コースに行きたいな。僕楽しみだよっ」

「一緒にジャンプ台に挑戦してみねぇか?」

「へ……?」






「無理無理! これ無理!」


 ボードを縦にした途端、斜面はまるでマリカのダッシュボードのようになる。何をせずとも容赦なくスピードアップ。自力では制御出来ない程の速度に達した。

 どうする、どうすればいい、いやどうしようもない。


「うわ、あわわっ」


 滑ってまっすぐ向かう先にはジャンプ台。

 気づけば体は空宙に浮いていた。


「ぎゃああぁ!?」


 ジャンプ台にさしかかる段階で既に不安定だった体勢が、宙に放り投げ出されて完全にバランスを失う。

 前か後ろか、上か下かも分からず僕は落……あっ、視界に真っ白な雪ぶへぇ!?


「ぶべぼばべべべっ」


 顔面から着地。飛んだ勢いのまま転げ落ちていく。気づけば仰向けに倒れて空を見上げていた。

 ジャンプ台……なんと恐ろしい……!


「何してんだ流世。骨折してもおかしくない体勢で落ちてたぞ」

「いやこれ無理。骨以前にまず心が折れた」

「ったく、俺がもう一回滑ってくるから見てろ」


 不知火に誘われてジャンプに挑戦してみたものの、いざ滑るとなると体は硬直して思うように動かなかった。

 傍から見れば、僕は情けのない格好でぐしゃりと叩きつけられたのだろう。


「あわわ水瀬君、大丈夫ですかっ?」

「情けないわね」


 見ていた女子二人がボードを引きずりながら近寄ってくる。

 恥ずかしい姿を見られてしまった。あとすげぇ痛い。二度とジャンプ台には挑戦しないと誓います!


「見とけ流世、こうやって滑るんだよ」


 女子二人が起き上がらせようとしながら密着する中、再びスタート地点に戻った不知火の声が轟いた。

 不知火は小さな弧を描き、制御しながらスピードを上げていく。

 ジャンプ台にさしかかって一瞬その姿を消し、飛び出てきた不知火は完璧にバランスを取った綺麗なフォームのまま、空中で手をボードに添えてポーズまで決めてみせた。さらには横へ一回転した。


「不知火さんお上手ですねっ」


 着地も見事に決めた不知火が倒れ伏せる僕の前で停止、息をついてゴーグルを外す。その姿もカッコ良く決まっていた。


「な? 簡単だろ」

「どこが!?」


 簡単だろ? いや無理だろ!


「りゅーせーには絶対に無理よ」


 金束さん、僕の代わりに断言してくれてありがとう。


「そんなことないですっ。水瀬君なら出来ます」


 月紫さん? まさかもう一回チャレンジさせようとしてる? 今度こそ骨折しちゃうよ?


「流世は怖がりすぎなんだよ。もっとスピード出せ」

「さっきのでもかなり出していたんですが?」

「他の奴を見てみろ。みんな果敢にやっているぞ。ほら、今やってる奴も」


 不知火が見る先を見れば、ジャンプ台へまっすぐ突き進む人がいた。

 確かにめちゃくちゃ速い。不知火並みに速度を出し、ジャンプ台の手前で姿を消し、バッと現れて宙を舞う。


 ……宙を舞う?

 手足を投げ出して、あれってまるでさっきの僕みたいな体勢……。


「ぐべばらぁ!」


 その人は顔から落下した。骨折どころか骨粉砕するのでは? 見ているこちらが心配になる体勢で転げ落ちて、奇声と共に僕らの傍で停止した。


「……不知火、この人は失敗してるけど?」

「まぁこういう奴もいる。ん? 待て……こいつは……」


 悲惨な着地、飛散するニット帽もゴーグル。雪まみれになった全身と金髪……え……?


「日凪君……?」


 ジャンプに大失敗したのは似非チャラ男、日凪君だった。


「ウェイ? おー、根暗っちとネギっちじゃん。おつかれーっす」


 いやその体勢でよくウェイな挨拶が出来るね。


「日凪も来ていたのか」

「まーね。誘われた、というか運転を任せられてね。ほら俺っち車を買ったじゃん? その為にバイトやってたじゃん?」


 知らないけど。

 あの、それよりも……。


「大丈夫? 相当危ない落ち方していたけど」

「ウェイウェ~イ、俺っちを甘く見ないでちょ。これしきのこと、別、に……ぁ……」

「……日凪君?」


 日凪君は起き上がろうとしない。細い目を線にし、頬を歪ませている。

 ……ねえ、まさかとは思うけど、


「骨が折れてる☆」


 声こそはいつもの軽々しい口調だったけれど、その表情はヤバイことになっている。顔は雪のように真っ白になり、見る見るうちに脂汗が滲む。


「だ、だよね、あんな落ち方をしたら骨折するよね……」

「大至急レスキュー」

「ちょっと韻を踏んでいる場合!? び、病院に行かなくちゃ。金束さん携帯持ってる?」

「こいつキモイわ」

「そんなこと言っている場合じゃないって!」

「お、小鈴☆ お久~」

「だからそんなこと言っている場合じゃないから!」


 金束さんや月紫さんの姿を確認したのか、日凪君が顔面蒼白のくせに嬉しそうな表情を浮かべる。

 チャラついている場合? 骨折しているんだよ!?


「く、日凪君、一緒に来た人と連絡取って」






「あははっ、昭馬君めちゃ変な転げ方したね」


 え、木葉さん……?

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