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124 スノーボードは大学生の嗜み

 二十歳だと安くなるありがたいアプリを利用してリフト券を格安で購入する。


「雪マジとやらにマジ感謝だ。二人もそう思わない?」

「何よこれ! どうやって足に装着するのよ!」

「私は出来ましたっ。……でも動けません。早くもピンチですっ、ノーアウト三塁ですっ」

「金束さん、教えるからキレないで。永湖さん、平地は片足だけでいいんだよ」


 ボードに片足を固定。スケボーの要領で蹴り進み、まず向かうはリフト乗り場。


「リフトは三人乗りだね。でも三人で乗ると降りる時に大変だから二人ずつ乗」

「私がりゅーせーと乗る!」

「いいえ私が水瀬君と一緒に座ります」

「……三人で乗ろうか」


 口論やジャンケンで十数分以上も時間を費やされるのは勘弁だ。


「リフトに乗る時はハイバックを畳んでね」

「ハイバックって何よ!」

「畳む? こうですかっ?」

「金束さん、教えるからキレないで……。永湖さん、ボードそのものを折り畳もうとしないで……」


 金束さん、僕、月紫さんの並びでリフトに乗り込む。


「おー、雪がすごい。ね、二人もそう思わない?」

「ふふんっ、アンタは知らないでしょうけど私とりゅーせーは紅葉を見に行った時にリフトに乗ったのよ。二人で乗ったわ」

「足がプランプランで地面が高い高いですっ。怖いので水瀬君にしがみつきますっ」

「なっ!? わ、私もしがみつく! でも勘違いしないでよりゅーせー! 高くて怖いから仕方なくしがみついているだけなんだからね!」

「……ユ、雪ガスゴイヨネー」


 駄目だー。この二人が手に負えません。リフトに乗車するだけで僕の精神がゴリゴリ削られたよ?

 雪もすごいが空気もすごい。ヒートアップする二人に挟まれ、僕は険悪&極寒の重い空気によってプレスされていく。圧死と凍死のダブル危機だ。


「助けて不知火……」

「ミクちゃん見てよ、雪がいっぱいあるよ。一緒に白い雪のプリンセスはを歌おうか」


 僕らの一つ後ろのリフトに座る大男はミクのネンドロイドを手に乗せて一人で熱唱していた。

 こちらを一切見ない。我関せず、というのだけは伝わってきた。不知火ぃ……。


「はぁ~……あ、降りる時は気をつけてね。ボードをまっすぐにして」

「わ、分かったわ」

「はいっ」


 リフトが降車口に到着。宙に浮かせていたボードを雪の上に乗せて立ち上がる。


「よし、じゃあ降り……ち、ちょ、一旦離れて」


 二人は僕にしがみついたままで、それどころか力を込めてガッシリと掴んできた。


「くっつくと余計に危な……ふにゅぐ!?」


 自分を含めて三人分の負荷によってバランスを失い、僕らは見事なまでに転倒した。

 ……あー、これ恥ずかしいやつ。


「ちょっと! アンタがりゅーせーを離さないから私まで転んだじゃない!」

「あなたも原因です。水瀬君大丈夫ですか? んーっ」

「あっ、私がりゅーせーを起こす!」

「水瀬君に触らないでください」

「アンタの方こそやめなさいよ!」


 二人ともやめてください。リフトの従業員から睨まれています。

 はい出ました、スノボやスキーの初心者あるある『リフトからスムーズに降りられない』だ。

 それを見事にやってのけた僕ら三人は揉みくちゃの状態で雪に倒れ込む。

 非常に危険だ。リフトが頭スレスレを通過していった。ほぉら危ない! まだ一度も滑っていないのに怪我したくないよ!?


「ほぉらミクちゃん到着したよー。テメェら後続の邪魔だから端に寄れ」


 そして不知火がスイー、と危なげなく片足で僕らを避けて滑っていく。

 降り場で倒れ込むのは迷惑極まりない。従業員から注意される前に慌てて立ち上がってリフト降車口から離れる。


「き、気を取り直して……中々良い景色だ」


 降り立つは、初心者向けのコース。頂上よりも麓の方が近い程度の高さ。けれどここからでも雄大な眺めを味わえた。

 下に広がる緩やかな傾斜は真っ白。目が眩む。

 これを見たらさすがに二人も荒れた気が静まるはずだ。どうかな?


「アンタは無様に転げ落ちてなさい」

「あなたは漫画みたいに雪だるまになって転げ落ちて壁に激突してください」


 二人は景色を見ていない。ボードに足を嵌めながら睨み合っていた。気が静まる、わけないよね。デスヨネ~。


「お願いだから喧嘩しないでぇ。……それにしても」


 足をボードに嵌めながら睨み合う月紫さんと金束さん。

 そんな二人を、周りにいる男達が注目していた。


「ナンパしようぜ」

「ナンパしようぜ」


 隠すことなくナンパの相談をして鼻の下を伸ばしている。今にもこちらへやって来そうだ。

 ちなみにレンタル店でも野郎共がソワソワしていた。

 気持ちは分かる。ただでさえ美女の二人がゲレンデマジックによってさらに可愛くなっているのだ。色めき立って当然だろう。


「林の中に突っ込んで遭難してなさい!」

「リフトの柱に激突してくださいっ」


 当人達は呑気なものだが……。ナンパをされてしまうかもしれないんだよ? もっと危機感を持ってください。


「あ゛ぁ゛視線が鬱陶しい」


 不知火がいるから安心なんだけどね。

 熊のような長身大男が僕らの横に立つ。気怠そうに首を回して骨を鳴らし、ゴーグルを外して厳つい顔で辺り一帯を睨みつけた。


「……やめておくか」

「や、やめておこう」


 欲望剥き出しだった男達が体を縮こまらせてそそくさと滑っていく。不知火の凄みは雪山でも健在だったとさ。

 さて、僕らも滑ろう。さて……どうしましょう?


「スノボは初めてだったよね」

「はいっ」

「ふん」


 金束さん、質疑応答で「ふん」はどうかと思います。


「僕は今回で二回目だ。偉そうに教えてあげられる程の経験者ではない。なので二人は不知火にご教授を」

「俺はミクと滑るから忙しい。流世が一人で教えろ」


 お願いする前に不知火は滑り去っていった。背中に書かれた『みっくみくにしてやんよ』の文字があっという間に点になる。

 う、うーん、今日の不知火は冷たいがする……。

 あと不知火はスノボが上手だった。綺麗な曲線を描き、ターンからのスピンを繰り出して颯爽と滑る。めちゃくちゃ上手いんだが? 僕も教えてもらいたいんだが!?


「りゅーせー」

「水瀬君」


 や、だから僕は教えるよりも教えてほしい側であって……あぐぅ。


「ふぁい……」


 不知火は我関せず。僕が教えるしかない。デスヨネー。


「えっと、まずは斜面の上に立ってみようか」


 一知半解なりに教えよう。僕は見本を見せるようにして立ち上がる。


「踵に体重を乗せてみて。ボードを斜面に突き立てるようにエッジを効かせて重心をかけるといいよ」

「分かったわ」

「分かりましたっ」


 そう言って二人は立ち上がる。


「きゃ!?」

「ぎゃふんっ」


 立ち上がった途端に転んだ。金束さんは尻もちをつき、月紫さんは前にダイブ。

 最初はこんなものだよね。僕もそうだった。


「金束さんは腰が引けているかも。もっと上体を前に向けてみよう」

「ふん!」

「永湖さんは思いきりが良すぎたね。腰を落としてバランスを取ってみて」

「なるほどっ。フラミンゴパフェのようにナイスバランスを意識しますっ」


 転んだ二人は雪を払いながらそれぞれ立ち上がる。

 立ち上がって、また転んだ。


「きゃぅ!」

「ぎゃふっ」


 ……そ、そっかー。


「何よこれ立てないじゃない!」

「落ち着いて金束さん。膝を曲げてクッションのようにしてバランスを」

「取れないわよ!」

「は、はひぃ」


 金束さんのご機嫌がよろしくない。今にもボードを外して下山しそうな剣幕。


「難しいのよ! 雪山の馬鹿!」

「大自然にキレないで。慣れないうちはしょうがないよ」

「全然面白くない!」

「ぼ、僕が支えるから。はい、手」

「手? ……あ」

「もうちょっとやってみよう。ね?」

「……うん」


 一年ぶりだしまだ二回目。僕だってほぼ初心者だ。斜面の下を背にして立つのは怖い。

 でも怖さに負けず、爪先に体重をかけて金束さんと対面し、彼女の両手を持つ。


「こ、こう?」

「怖がらないで。膝を下げて」

「ん、んんっ……」


 金束さんは足を内股にしてプルプルしながらも立った。


「で、出来た……出来たわりゅーせー! やったわ!」

「うん、すごいよ」

「これくらい楽勝よ、ふふんっ。……でも……手は離さないで」

「離さないよ」

「絶対よ? 絶対に離さないでよ……?」


 立てたことを喜ぶも、不安げに潤んだ瞳が僕に向けられる。

 そんな姿が、普段の強気な態度とは真逆の弱々しくも懸命になっている金束さんが可愛かった。

 ちょっと、いやかなり、ほっこりした。


「離しちゃ駄目なんだから!」

「はいはい」

「りゅーせー……ふふっ……」


 頼られていることが、弱々しい金束さんの姿と声が、たまらなく愛おしく感じた。


「……水瀬君」


 と、視界の横から月紫さんのウェアが見えた。月紫さんが小鹿のように震える足でこちらに来ていた。

 両足をボードに固定した状態で歩こうとするのは無茶無謀で、歩くというより危なっかしくガクガクと滑っている。


「水瀬君、わ、私も、っ、ひゃぅぅ」


 な、なんというか、助けを求めて近づいてくる月紫さんの健気で必死な姿を見たら心がエクスプロージョンした。

 爆発して、キュンとして、めちゃくちゃ可愛い。可愛すぎる。


「り、りゅーせー! 駄目っ、こっち見て、ひゃう!?」

「水瀬く、ぎゃふんっ」

「ふにゅぐへぇ!?」


 同時にバランスを崩した二人がどちらも僕に倒れかかってきた。危な、いぃいい!?


「……げほっ」


 視界は全て空になる。自分が仰向けで倒れていることを把握した。顔に雪がかかって冷たく、足はもつれて痛く、腹部と胸部は暖かい。

 僕の上に月紫さんと金束さんが倒れ込んでいた。


「ぷはっ。邪魔しないでよ地味女!」

「水瀬君を独占しすぎです! 次は私が手を握ってもらってもらいますっ」

「だ、駄目! ずっと私が握るの!」

「私がマンツーマンで教えてもらうんですーっ。選手交代してください」

「アンタは退場してなさい!」

「あなたこそ! レッドカード!」


 すみません、喧嘩する前に起き上がってくれませんか? 僕、動けないです。三つのボードが絡み合って足が痛いよぉ……!


「なんだ、まだスタート地点にいたのか」


 先を滑っていたはずの不知火が上からやって来た。雪をボードで蹴散らして豪快に且つ華麗に僕らの手前で止まる。上手すぎるだろお前!


「どきなさいよ!」

「あなたが先にどいたらどうですか。私はまだくっつきますっ」

「私だってまだ密着した、な、なんでもないわよりゅーせーの馬鹿!」


 そしてこの二人はやっぱりヤッバイぐらい仲が悪い。

 あと金束さん、僕の顔に雪をかけないでぇ……。

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