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122 三大・美味シチュエーション 雪山

 ビールが美味しいシチュエーション。視覚的や聴覚的な要因、その状況ならではの特別感と、時には背徳感や疲労感を、何気ない日常の一コマさえも肴にして、ビールの味わいをより良いものに昇華させる。

 一年以上をかけて美味しいシチュエーションをたくさん試行錯誤してきた。焼肉ビール、富士山ビール、子供達に指差されながら飲む公園ビール等々、枚挙に遑がない。


 それらの中でも格別にビールが美味しいシチュエーションのことを、三大・美味シチュと呼んでいる。

 美味しいと自分で認定したはずの数多のシチュを有象無象にさせて凌駕する圧倒的な美味しさ、自慢中の自慢、極上の一杯。


「一年ぶりだ。ワクワクして眠れなかった」


 僕が有する三大・美味シチュのうち、二つはキャンプと夏フェス。どちらも夏の季節にある。

 では残り一つは何か。また、いつの季節なのか。


 答えは雪山であり、季節は冬だ。


「荷物よし。車も借りてきた。万事オッケーだ。あとは……」


 レンタカーを走らせて集合場所へと向かう。

 着替えやタオル類、その他宿泊に必要な物は完璧に揃えた。僕自身に関しては一つとして問題はない。

 ただ一つ、ただならぬ問題があるとしたら、


「あなたも来るのですね。来なくていいのに」

「アンタこそ今すぐ帰りなさい。目障りよ」


 この二人だよねー……。

 待ち合わせ場所に到着した僕を待っていたのは険悪なムード。

 木の上でカラスが不吉に鳴き、冬の寒さとは異質の凍える空気に包まれる中、月紫さんと金束さんが対峙していた。


「私と水瀬君の邪魔をしないでください」

「はぁ? 邪魔なのはアンタよ」


 この光景にほんの少しだけ見慣れてきた自分がいるよ。

 僕は胃薬を口に放り込み、二人の元へ突撃する。


「お、おはよう」

「あっ、おはようございます水瀬君っ」

「ふん。……おはよう、りゅーせー」


 明るく元気な挨拶を返す月紫さん、ツンとして素っ気ない金束さん。二人は僕を見て対照的な態度を取る。

 好印象なのは、やはり月紫さんかな。


「……」

「金束さん、僕の手を引っ張るのはおやめになって」


 僕の手を握ってきた金束さん。グイグイと引っ張ってくる。


「ぐいーっ」

「永湖さんも引っ張らないで」


 反対側の手を握った月紫さん。僕を引き寄せようとする。


「むー」

「うー」


 むー、と唸る月紫さん。うー、と唸る金束さん。火花が散った。力が増す。

 僕の体は左右へ引っ張られて運動会の綱引き状態。人体から聞こえてはいけないミシミシ音が出る。この音にも聞き慣れた自分がいます。


「そのぉ、やめません? 今日はスノボ旅行であって、綱引き大会じゃないですよ」

「むがー!」

「ぐいーっ」

「僕の声聞こえてる?」


 今日と明日は一泊二日のスノボ旅行。スノーボードを嗜むのは大学生の必修科目らしいっすよ。へえー。

 ワクワクして眠れなかった。それと、この二人のことが不安で眠れなかった。

 行く前からこの調子で大丈夫なのだろうか。果たして僕のメンタルは持つのだろーか……。


「では行きましょう水瀬君。運転よろしくお願いします」

「待ちなさい、何しれっと助手席に乗ろうとしてるの。私が助手席よ」

「いいえ私です」

「私よ!」


 スノボ旅行と銘打ったが、僕としてはスノボ自体はおまけ要素である。

 最大の目的は三大・美味シチュである、雪山ビール。暖かい室内から雪山を眺めながらビールを飲む為だ。

 本来なら僕一人もしくは男二人で行く予定だったはずが、月紫さんと金束さんも参加することになっていた。

 で、現在、女子二人は喧嘩をしている。


「私は運転免許を持っています。助手席で水瀬君のサポートをしてあげられますっ」

「は、はあ? 私は免許持ってないけど……で、でも助手席に座るの! りゅーせーの隣は私が座る!」


 どちらが助手席に座るかで揉めており、車の前で口論と取っ組み合いをする。互いに全く譲らない。

 波乱の旅行になると予感はしていたけども、出発前からヤバイことになっています……。


「ジャンケンよ! どっちが助手席に乗るかジャンケンで決めるわよ!」

「分かりました。一回勝負だとあなたは文句を言いそうですので三勝先取にしましょう」

「いいわ。ジャンケンで三回勝った方があっち向いてホイをして、あっち向いてホイで三回勝った方が助手席に乗る権利を……」


 すみません早く行きませんか? ルールが複雑化していますよ? ジャンケン何十回するつもり!?






 埒が明かず、かといって両者が引くことはなく、助手席獲得決定戦は平行線をたどる。


「ふんっ」

「がうー……」


 ジャンケンとあっち向いてホイ。やれ今のは後出しだっただの、やれ指差しがワンテンポ遅くて不正だっただの揉めに揉めまくる。

 集合から十数分が経過した後、最終的にはどちらも助手席には乗らず、二人は後部座席に座った。


「なあ流世、俺を人柱にする気持ちはどうだ? さぞ爽快だろうな」


 助手席に座ったのは不知火。立てた膝の上で手に持ったネギをドリブルさせて呻き声をあげている。


「そ、そんなこと言わないでよ」

「なんだこの空気。外より車内の方が冷え冷えじゃねぇか。あ? もうスキーウェア着てやろうか。あぁ?」


 口調こそは普段通りでも顔は真っ青。強面の顔と厳ついガタイに似つかわしくない冷や汗を垂れ流している。

 僕はせめてものの気遣いとして車内の暖房を強める。


「運転お願いしますっ」

「ふん、隣がうるさいわ」

「あ゛ぁ゛、ネギ秘薬飲もう」

「そ、それでは出発ぅ」


 スノボ旅行の参加者は僕と不知火、そして後部座席にて火花を散らす金束さんと月紫さん。

 もう一回言ってもいい? 果たして僕のメンタルは持つのだろうか!?


「着いたら覚悟しなさい。雪山から蹴落としてやるわ」

「水瀬君の後ろの席です。嬉しいですっ」

「な!? そ、そんなことで良い気にならないで! 対角線上の私の方がりゅーせーの顔を見ていられるもん!」

「距離的には私の方が近いですから」

「何よ!」

「何か?」

「なあ流世、ミクの曲を爆音で流していいか? でないと俺は走行中に窓から飛び出すぞ。なあおいマイフレ。あ゛?」


 しゅ、出発ぅ……。

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