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119 恋人っぽいシチュエーション

 冬休みが終わった。講義が再開する。

 あけましておめでとうございます、をウェイ語に変換して言いまくる学科の連中が騒々しかったのも束の間、突如として大半が自主休講した。

 成人式に出席する為に、また、その後の同窓会をいかに何次会まで伸ばせるかに挑戦するべく地元に帰ったのだろう。それだけ成人式と同窓会は特別なものであり、大義名分を得たとばかりにヤンチャ出来る機会なのだ。


「平和な休日だねぇ」


 僕も新成人だが、成人式と同窓会どちらも欠席した。今は自室でカーテンを見つめています。


「そうですねっ」


 返事が返ってきた。月紫さんだ。


「永湖さんは成人式に行かなかったの?」

「成人式だけ行きましたよ。同窓会は欠席して、すぐこちらへ戻ってきましたっ」

「学業を優先したんだね。真面目だ」

「いえいえ、講義の為だけでないです。最優先なのは……ですよーっ」


 わざと声を落としたのか、途中の言葉は聞こえなかった。

 聞き直そうと月紫さんの方を振り向、くのはやめてカーテンを眺める。


「振袖を着ました。写真見ますか?」

「後で是非お願いします」


 月紫さんの振袖姿だと? 万札を支払ってでも見る価値がある。後でじっくり見させてもらおう。今はカーテンを凝視する。


「んく、んくっ、缶ビールを半分程飲めるようになりましたっ」


 お淑やかな月紫さんにしては珍しくベッドに腰かけており、缶ビールを両手で包む。

 声に反応してつい見てしまうも、慌てて目線を元の位置に戻して僕もビールを啜る。


「そういえば今年に入ってからは一回もビールを噴き出していないね」


 数滴しか飲めなかった頃に比べたら飲む量は格段に増えて、口に含んだ瞬間にスプラッシュしていたのが嘘のように飛躍的な成長ぶりだ。

 この調子だと本当にあと少しで缶一本を飲み干せるかもしれない。ゴールが見えてきたのは僕としても嬉しい。


「味はまだ苦いですけど。それにこれ以上飲むと確実に噴き出しますっ」

「ベッドで噴き出されるのは勘弁してほしいかな、あはは。なのでベッドから降」

「なので今からは他のお酒を飲みます。ワインにしようかな、お土産で買った千寿にしようかな。うむむー、悩みますねっ」


 僕の言葉を遮り、月紫さんはテーブルに並べられた数多のお酒から一本を持つ。


「千寿にしますっ。水瀬君も飲みますか?」

「僕はまだビールが残っているので」

「ちょっとした質問なのですが、水瀬君はビール以外で好きな物はありますか?」


 月紫さんはベッドに座ったまま器用に日本酒をおちょこに注ぐ。

 僕はカーテンを見つめながら答える。


「ビール以外……お酒かな」

「お酒以外で」

「うーん、ないです」

「つまらない人生ですねっ」


 ズバッと言われてしまった。でも僕もそう思う。カーテンを眺め続ける。


「あっ、ごめんなさい言いすぎました。訂正します、しょうもない人生ですっ」

「ほぼ変わってないのですが」

「予想外にしょうもない感性、どうしようもない男性っ」

「ラップ口調にディスらないで」

「私が聞きたいのはそうじゃなくてですね、好きなシチュエーションみたいなことです」


 好きなシチュエーション、ねぇ。

 再度問いかけられて改めて考えて、僕はカーテンを凝視しながら口のみを動かす。


「映画を観ながらビールを飲む、ゲームしながらビールを飲む、とか」

「他には? 理想とする暮らしや何か願望は?」

「ビールサーバーを常に背負いながら生活したい。ビール樽を抱き枕にして寝たい」

「もうっ! ビールのことばかりです!」

「な、なんかすいません」

「ところで、どうしてカーテンを見ているのですか?」


 ……遂に指摘されてしまった。思わず体が強張る。


「あははー」


 カーテンを見たいわけではないです。

 ……そちら側を見ることが出来ないから、なんですよ。


「こっちを見てください」


 月紫さんはベッドの上に座り、足を放り投げている。

 そして、今日の月紫さんはミニスカートを穿いている。ただのスカートではない、ミニのスカートだ。

 床に座った僕が月紫さんの方を向こうものなら、視線はまさにドンピシャリの高さで太ももやパン、っ、これ以上はやめておこう。


「むうむう、私の方を向いてくださいっ」


 む、無理。ワタクシはムッツリスケベですわよ? 最初こそは視線をグッと上げて目を合わせられるとしても、見る先はすぐに下へと落ちていくだろう。絶対に見てしまう自信がある。


「ビールガ美味シイナー」


 どうして今日はミニスカートなんだ。どうして今日に限ってベッドの上に座ったんですか。しかも頑なに降りようとしない。

 ガードが甘い。僕は気が気ではありません!


「……やはり色仕掛けが通じないです。やっぱり水瀬君はビビリです。チキンです。ビビチキですっ」

「は、はい?」

「というかこれじゃあ私が変態さんみたいじゃないですか!」


 あ、あの、足をバタバタさせないでください。

 心臓が暴れる。眼球が勝手に動こうとする。うぐぐっ、視点をカーテンに固定し続けるんだあぁ。


「……もういいです。普通に座ります」


 そう言って月紫さんがベッドから降りて僕の隣に座った。

 ようやくカーテンから視線を外せる。カーテンの見すぎでカーテンの色に飽きてきたよ。新調しようかな。


「話を戻します。ビール以外で望んでいるシチュエーションはないのですか?」

「いきなり言われましても……例えばどういうの?」

「こういったデートがしてみたいとか、恋人とこういうことしてみたいなぁとかです」

「えー……と……」

「どうですか?」

「あ、あはは。ないよ。というかありえないよ」

「ありえない?」

「僕に恋人ができるわけがない」


 友達ができただけでも奇跡なのに恋人だなんて恐れ多い。

 僕には一生無縁の話だ。スライムに転生する方が可能性として高いだろうよ。ちなみに僕がスライムに転生したとしてもマジでただの雑魚スライムだから勇者に斬られて即終了だね。


「……」

「誰かと付き合えるはずがないのに願望を語っても虚しいだけだ」

「……」

「えっと、どうして接近してきたの? しかも顔が怖ひぃ」


 お淑やかな月紫さんにしては珍しい真顔で詰め寄ってきた。おっとりぽわぽわに慣れている分、無表情なのが怖いっす……。


「ビビチキです」

「さっきからそれ何!?」

「卑下しすぎです。自分に辛く当たらないでって前に言いましたよね?」

「は、はい言われました」

「そんなんだと私がどんなに頑張っても……っ、がう~!」


 声はオオカミ、顔はリス。僕の眼前で月紫さんが不満げにむくれている。


「がうー、です……」

「す、すみません?」

「……では私が水瀬君の為に一肌脱ぎます」


 どういうことでしょうか。

 問いかけるよりも先に月紫さんは日本酒を飲み干すと、表情を無から笑に変化させていく。


「カップルっぽいことをしてみませんか? もし恋人がいたらやりたいことを今から実際にやってみましょうっ」

「僕と永湖さんで?」

「はい!」

「それはちょっと……ぼ、僕に恋人なんて」

「ですから、もしものお話ですよ。恋人ができないと決めつけているなら、せめてその気分だけでも味わってみましょう! 私が協力します」


 なんだか話がエライ方向へ舵を切りだした。

 流れを止めたいけど月紫さんがやる気になっている。寧ろ月紫さんがノリノリなのでは?


「私も付き合ったことはないのでよく知りませんが、とりあえずイチャイチャとやらに挑戦してみましょうっ」

「い、いや、申し訳ないって。フリだとしても僕なんかが永湖さんの彼氏役は」

「隙あらば自虐はNGです!」

「は、はひぃ」


 月紫さんが有無を言わせない。な、なんてことだ。

 ビールが美味しいシチュエーションを探してきた僕が、カップルがよくやるシチュエーションをやることになろうとは。

 ま、まあ? あくまでフリだし、生涯独身コースしか履修出来ない悲しき男を気遣って月紫さんが提案してくれたのだから言う通りにやってみよう。そうしようっ。……本当にいいのかな!?


「まずは手を繋いでみましょう。さあどうぞっ。ぎゅ~、と握ってください」


 手を差し出された。は、はあ。


「手をちゅなげばいいの?」


 噛むな! 就活で苦労するぞ! ちゅなぐじゃなくて繋ぐだ!

 僕は月紫さんの手を握る。何度か経験があるので平気だ。僕も随分と成長したものだ。これくらいなら、


「水瀬君ブブーッです。違いますよ、指を絡めてください」

「へ!? や、でも」

「今は恋人という設定ですよ?」


 し、知っている。僕でも知っているぞ。月紫さんが要求しているのは……こ、ここ、恋人ちゅなぎというやつでしょ!?

 漫画やアニメで見たことがある。五指と五指が絡み合うやつだ。イチャイチャの王道だ! 居酒屋で唐揚げ頼むくらい王道だよ!


「さすがにそれは……永湖さんも嫌でしょ?」

「私は気にしませんよっ」


 まさかのウェルカムだった。月紫さんの方から指を絡み合わせようとしてくりゅ……!?


「だ、駄目っす。僕の意識が持たない!」


 まさに恋人っぽい行為だけども! 恋人繋ぎはレベルが高すぎる。駄目です無理です勘弁してくださいぃ!


「がうー、ここでもビビチキですか」

「ほ、他のにして。これ以外だったらなんでもするから!」

「分かりました」


 手を離してくれた。お、おぉふ、助かった。

 ……離す間際、眼鏡の奥で瞳がギラリと光ったような気がするけど。


「恋人繋ぎ以外ならなんでもするのですね? では……ハグしましょう!」

「剥ぐ?」


 剥ぐって、何を? あ、不知火からお土産でタマネギを大量に貰ったよ。一緒に皮剥きしようか。二人で料理を作るのは確かに恋人っぽいシチュエーションだよね。


「思いきりどうぞっ。むぎゅ~、とハグしていいよっ」


 月紫さんが両腕を広げて僕を向いた。

 ん? おお、なるほど、剥ぐではなくハグね。抱擁って意味か。なるほどなるほど。ではハグを……。


 ハグううぅ!?


「そ、それも勘弁してください」

「むむ、なんでもすると言ったじゃないですかっ」

「訂正します。恋人繋ぎとハグ以外で!」


 だって無理だもの。月紫さんが悪いわけではなく、単に僕に意気地がないだけ。僕にはレベルが高すぎるってば!

 リア充はすごいや。僕が今しがた出来なかったイチャイチャを平然と公然の前でやっているんだもの。


「あーんはしてくれたのに……がうー、むうー、あう~!」


 あぁ、むすっとされていらっしゃる。ご、ごめんなさいね、僕の為に協力してくださっているのに。


「……やめておきます」


 月紫さんが両腕を下げて座り直した。


「な、なんか本当すみましぇん」

「いえ、フリではなく本当に関係を持てた時の楽しみに取っておきます」


 頬を膨らませているせいで声がもごもごして聞き取れなかった。とりあえずひたすらに申し訳ない。


「もっと分かりやすくて積極的にアプローチを……いっそのこと強引に襲ってみようかな、です……むむ~っ」


 月紫さんはもごもご言いながらベッドの上に座、あっ、また座った。また視線の高さに月紫さんのおぱんちゅ、あがが!?


「ぐおお……!」

「こっち見てもいいんですよ? 足をパタパターですっ」

「千寿ガ美味シイナー!」


 僕は日本酒をラッパ飲みして意識を飛ばすことにした。

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