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106 ツンデレ女子は焦る

 ちぎったキャベツをボウルに入れる。そこへ中華スープの素とゴマ油を投入、サランラップで蓋をする。


「気が済むまでシェイクして、はい完成!」


 続けざまにタマネギを用意する。不知火産タマネギだ。

 あいつのネギの守備範囲が広い件はさておき、皮剥きしたタマネギに適当な切れ目を入れてサランラップで包み込み、電子レンジに放り込む。


「レンジで五分、ポン酢をかけて、はい完成!」


 キャベツの盛り合わせ。湯気出してホクホクの丸ごとタマネギ。

 以上、僕流の簡単手作りおつまみだ!


「あぁあああビールがうめぇえええぇ」


 簡単に作れてこの美味しさ。大満足である。今回は中華スープの素やポン酢を使用したが、白だしやバター醤油で味付けしても良い。みんなもやってみようねっ。

 合わせて飲むビールも美味しくてテンションがさらに上がり、飲むペースがさらに増す!


「最高だねぇ~」


 僕は今、一人酒をしている。

 久しぶりの、ひっっっさっしぶっっっりの、一人飲みだ!


「僕はボッチを脱しただけであって決して一人酒を捨てたわけじゃない」


 友達と交わすビールの良さを知った今でもたまには一人で飲みたい。

 今日は誰も来ないでくれ。そう願い、ビクビクと準備をして、本当に誰も来なかった。

 待ちに待った、恋い焦がれた、一人酒の時間だあーっ!


「っつあぁ、涙が出るくらい美味しい……!」


 ここ最近は精神をすり減らす出来事が多くて参っていた。あぁん、気分が良すぎる。

 空になったビール缶を置く。テーブルの上には既に六本以上並んでいた。


「結構飲んだなー。さあもっと飲……の、飲みすぎたかなー……?」


 キャベツとタマネギを食べ終えて、新たなビールを取ってこようと立ち上がったら視界が歪む。

 あれ? 久しぶりすぎてペース配分が上手く出来ていなかった?


「まだ飲める。限界を超え……ませーん!」


 立ち上がった体をベッドへダイブさせる。

 酔った! だから寝る! 限界を超えてたまるか。

 自宅で一人酒だからすぐに寝られる。一人酒すっげぇぜ。ヤッベェぜ!


「おやすみー」


 なんて幸せだろうか。なんと駄目な大学生だろうか。

 構うものか! 僕は心赴くままに瞼を閉じた。






「来たわよ」

「すー……」

「ちょっと、返事をしなさ……寝ているの?」

「すー、すー……」

「……」






 んが? ああ、寝ていたのか。


「んぐー……ぶはっ」


 体を伸ばし、みっともない息を吐く。寝起き一連の動作をし終えた僕は室内の違和感に気づく。

 テーブルの上が綺麗だ。寝る前に片付けた覚えはない。誰か片付けてくれた……つまり、誰か来た?


「……あ」


 息が漏れる音。それは足元から聞こえた。

 ベッドの上、僕の上。金束さんがスマホを持って座っていた。


「何しているの?」

「べ、別に!」


 金束さんは真っ赤な顔をしてスマホをポケットに押し込む。

 誤操作したのか、スマホから『カシャ』とシャッター音が鳴った。


「カメラを起動していたの?」

「し、しし、していないわ! なんでアンタの寝顔なんかを撮らなくちゃいけないのよ!」

「確かにそうだ」


 リア充なら寝顔の写真をSNSに投稿して『見てこいつwマジ爆睡w』とかツイートすれば大量のいいねを獲得出来るが、陰キャの寝顔を載せてもフォロワーもれなく全員スルーだ。

 じゃあなぜカメラを起動していたのか。謎ではあるが、ここ最近は謎だらけなので気にしても仕方ない。人生は諦めが肝心だ。ちなみにテストは諦めてはいけない。出来の悪さを見かねた教授がヒントを出す場合があるよ。


「テーブルの上を片付けてくれたのは金束さん?」

「もっと写真撮りたかった……」

「聞いてます?」

「き、聞いているわよ。何!?」


 聞いてないじゃん……。


「片付けてくれてありがとうね」

「ふん、私も使うんだから常に綺麗にしておきなさいよ」

「僕の部屋を僕が汚そうと関係な」

「……」

「あ、なんでもないです」


 ベッドから降りた金束さんが睨みつけてきたので口を閉ざす。


「……」

「じゃあビールを飲もうか」

「……」

「え、えっと?」


 静かに室内を暖める暖房の風が金束さんの髪を微かに揺らす。

 潤いあるミルキーベージュの髪は明度がハッキリとして立体感があり透明感もあり、大人かわいいを演出している。何度見ても目を奪われる美しさ。

 まぁすぐに怖い表情が目に飛び込んでくるんですけどね。


「むがー」

「……」

「むがー!」

「す、すみません、威嚇はやめましょう」


 ただでさえ鋭い瞳を鋭利にさせて僕を睨み、執拗に歯噛みして「むがー」を放つ。


「むがー」


 あ、まただ。

 睨まれ苛まれ、僕は脳内で対金束さんに関するメモ用紙を取り出す。

 金束さんは『ふん』『ふんっ』『ふんっ!』といった順で怒る。『ふんっ!』まで達すると相当にご立腹で、それよりも怒っている時に出すのが『むがー』である。最上位『むがー』を発する時は最悪に機嫌が悪い。


「むがー!」


 つまり、今の金束さんは最悪に機嫌が悪い。

 けれど僕はまだ何もやらかしていない。それなのにいきなり『むがー』は緊急事態だ。え……な、何?


「ちょっと」

「ひぃ!?」

「悲鳴やめなさい」

「はいぃ!」


 僕は正座して背筋をピンと伸ばす。

 暖房が効きすぎているのかな? 汗が止まりません!


「こっち来なさい」

「は、はひぃ」

「何よそれ。キモイ」

「しゅみません……」


 辛辣っすね。月紫さんなら僕の「はひ」に対して「ふへほーっ」と返してくれるのに。

 ……あ、金束さんが憤慨しているのはもしかして月紫さんが関係しているのでは? 


「もっとこっちに近寄りなさい」

「は、はい」

「……あの女」


 あの女とは月紫さんのことを指している。


「の臭いがする」

「……」

「昨日、来てたのね。あの女の臭いがするわ」

「……」

「答えなさい」

「えーと……嗅覚がすごいですね」


 やっぱり月紫さんについてだった。

 ご指摘通り、昨日は月紫さんが来てなぜか異様に甘えてきたけど。なんで分かるの? 怖っ!


「私が昨日、部屋の掃除をしていたのを良いことにあの女……!」

「あ、あの女って言い方はやめませんか。月紫さんだよ。月紫永湖さん」

「りゅーせーがあいつを下の名前で呼ばないなら考えてあげるわ」

「……」

「どうして黙るのよ! 大きな声で返事しなさい!」

「はいすんませんでした!」


 あぁ、激おこだよぉ。死語だよぉ。


「ふん! 何よあいつ。私よりもりゅーせーと仲が良いですって? ムカつくのよ!」

「僕にキレられても困る……」

「アンタもあんな地味女にデレデレしないでよ。スケベ。変態!」

「んな無茶な……」


 月紫さんは地味ではないよ? パッと見ただけでは気づかないだろうけど、月紫さんは眼鏡をかけた状態でも仕草や発言が可愛いんだ。

 ただでさえ可愛いのに眼鏡を外したら最強になる。そうなりゃ人生=彼女いないの僕がデレデレするのは必然なわけです。


「……」

「か、肩を叩かないで」

「……」

「ひええ」

「……負けないんだから」

「ひええ……へ?」


 全く痛くない肩パンをやめた金束さんが両手でグラスを持つ。

 微かに聞こえたのは弱々しい声だった。


「何よあの女……あんなに可愛いなんて……」

「金束さん?」

「油断してた。競争率は低いって勝手に決めつけていた……ふぐぅ、私の馬鹿……」

「あ、あのー? もしもし?」


 独り言なのか、手に持ったグラスに向けて言葉を落とし続ける金束さん。声だけではなく姿形も弱々しくなっていく。

 途切れ途切れにいくつか単語は聞き取れるが……油断? 競争率? どういうことでしょうか。


「負けないんだから。負けたくないんだから……」

「もしもし? こんなに近いのに声が聞き取りにくいんですが」

「っ、う、うううるさい! 近いのよ!」

「んな身勝手な!?」


 意識が戻ったらしく、金束さんが顔を上げて顔を左右へ振る。潤いあるミルキーベージュの長髪が僕の頬を往復ビンタ。やめてっ、良い匂いがするからやめて! いや、やめないで! どっちだよ。


「ふ、ふんっ! りゅーせーの馬鹿! ビビりのくせに生意気なのよ!」

「生意気なのは金束さ、あ、いえなんでもありません」


 怖い! ランキング三位に入る形相だよそれ!?


「りゅーせー!」


 クリスマスの金束さん、クリスマスの月紫さん、今日の金束さん。怖い瞬間ベスト3のうち二つを金束さんが占めている。すごいね、あの不知火がベスト3に入っていない。


「ひいぃ」

「りゅーせー」

「は、はい」

「……」

「何か……?」

「りゅーせー。うん、りゅーせー……」


 りゅーせー、という呼び方が気に入ったのかな。要件もなく呼んでくる。


「りゅーせー」

「正確にはりゅうせい、だよ」

「うるさい。私はりゅーせーって呼ぶの。私だけの特別な呼び方なんだからね」

「は、はあ」

「返事!」

「一応しましたよ!?」


 ともあれ今後ともりゅーせーと呼ぶのだろう。最初こそは驚きはしたが別に嫌ではないよ。

 金束さんだけの特別な呼び方、か。


「りゅーせー」

「は、はぁい」

「ん、りゅーせー」

「えぇと、昨日はお部屋の掃除をしていたんだね」

「そうね。りゅーせーを招き入れたいから」

「僕を?」

「あ……ち、違う。ただの年末の大掃除よ。アンタに来てもらう為に掃除したんじゃないんだからね!」

「そ、そっか」

「……あの女の部屋には行ったことあるんでしょ」

「うん、あるよ」

「ズルイ……」

「はい?」

「うるさい」


 はぁい……。


「りゅーせー」

「はいはぁい」


 意味もなく名前を呼ばれることに疲れてきた僕の周りを、金束さんがぐるぐると回る。そして僕の体を嗅いできた。


「体からはあの女の臭いがしないわね」

「ま、まあ昨日のことだし」

「臭いは部屋からするのね。異臭がするわ」


 異臭て……。


「……あの女、何時間ここにいたのよ」

「五時間くらいだったかな」

「はぁ? なら私は十時間ここにいる」

「十時間は勘弁してください。日付けが変わるよ!?」

「べ、別にいいじゃない。泊まればいいんだし」

「泊まるのも勘弁してもらえますか」

「なんでよ! 私は何度も泊まっているじゃない!」

「許可した覚えは一度もないんだけどね」

「うるさい! 今日は絶対に泊ま……待って、あの女が来る可能性があるわね。分かった、じゃあアンタが私の家に泊まりなさい」

「どうしてそうなるの!?」

「むがー!」

「これは酷い!」


 むがー&髪によるビンタ。すごい威力! やみつきになりそう! 僕はマジで変態なのでは?


「りゅーせーは渡さない……!」

「あのぉ、髪を振りまわさないで。僕の顔中に絡みついているんだけど?」

「汚いわね」

「だったら離れて」

「写真撮るわよ」

「なぜそうなる!?」


 金束さんが慣れた手つきでスマホのカメラを起動する。


「カメラを見なさい」

「僕に人権はないのか……ん? ねえ、なんで僕の寝顔があるの?」


 カメラが起動された画面の端には前回撮った写真が表示されており、僕の寝顔が映し出されていた。


「あ……っ、こ、これは違うっ、私も知らないわ!」


 すると、金束さんが慌てだした。スマホの撮影画面に金束さんの赤い顔が映し出される。


「わ、私は撮っていないんだから! 何よこれっ、だらしない寝顔ね!」

「ああ、誤作動で撮れたのかな。でしたら消去しましょう」


 僕自身もだらしない寝顔だと思うし出来るなら消してほしい。


「……」

「消さないの?」

「……後で消すわ」

「今すぐ消せばいいじゃん」

「だ、駄目っ。うぅ、うぐぅ……」


 金束さんの顔がさらに赤くなる。本格的にどうしたのさ。

 一方で僕は変な顔のまま。金束さんの髪がまとわりついてミイラ男みたいになっている。良い匂いがするから文句は一つとしてないけどね。変態だー。


「消そうよ」

「まだ現像してないのに消せないわよ」

「え、現像するの?」

「し、しない。誰がアンタなんかの寝顔をプリントアウトするか!」

「そうだよね。では消去してください」

「……りゅーせーの意地悪」

「い、意地悪?」

「むがーっ……」


 金束さんはたまに意味不明な言動を取ることがあるけど、今日は一段と意味が分からなかった。

 なんだか弱りきったような、焦っているような……拗ねている?


「い、いいから写真撮るわよ!」

「は、はいはい」


 とにもかくにも、おとなしく従った方が賢明だろう。

 僕は金束さんの髪がまとわりついた状態で懸命に笑顔を浮かべた。

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