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103 終戦

 不知火が逃走し、金束さんと月紫さんが僕の腕を引っ張り合う。


「は、離してぇ」

「ふん」

「むぅ」


 ようやく離してくれた。さあ次は話してください。仲良くね? 仲睦まじくだよ!? 

 ……無理だよねー。話し合いではなく口喧嘩が始まった。


「この写真を見なさい! これは野球観戦、これは紅葉に行った時、ほらすごいでしょ!」

「水瀬君の顔がへにょへにょしてて可愛いですっ」

「確かにずっと見ていたくなるくらい可愛……そ、そこはどうでもいいわ! よく見なさい、私とりゅーせーが『二人』で写っているの。私とりゅーせーが『二人で仲良く』よ!」

「へー。私もこれからは水瀬君と写真を撮ることにします」

「だ、駄目! りゅーせーと写真を撮っていいのは私だけ! 特許を申請してるの!」

「でしたら水瀬君に『あーん』をするのは私の特許にします。あなたは今後一切しないでくださいね」

「はぁ? りゅーせーに『あーん』するなんてこっちから願い下げ…………何よそれ、私もした、ごにょごにょ……」

「水瀬君、いつでも風邪をひいていいですよっ。『また』私が看病してあげますっ」

「看病……! う、うぅ、りゅーせー! 絶対に風邪ひいちゃ駄目なんだからね!」


 僕は左右から肩を揺すられ、同時に心臓も揺さぶられて爆散しそうだ。マヂつらい!


 ……一つ分かったのは、この二人は異常に仲が悪い。そしてその理由は全っっっく分からない。

 大学生嫌いの金束さんはともかく、月紫さんまで怖い顔をしている。


「水瀬君にキツイ言い方をしないでください」

「アンタには関係ないわ!」

「関係あります」

「ない!」


 まさに犬猿の仲。火花が散り、雷鳴が鳴り、僕の部屋で天変地異が起きる。暗雲の如く黒いオーラが濃くなって酷になる。

 なぜだ。月紫さんと金束さんが喧嘩しているのはなぜだ?

 理由は分からない……けど……な、なんとなく、僕が原因な気がする。それもなぜなんだぁ!?


「水瀬君、この人は無視して私とクリスマスを楽しみましょうっ」

「ふざけないで! りゅーせー、こいつを帰らせて! 私とクリスマスを過ごすわよ! べ、別にクリスマスなんてどうでもいいけど!」


 二十歳の女性同士による激烈な睨み合いと口喧嘩。二人は不意に僕へ同意を求めてくる。

 これがタチが悪い。僕は何を言っても何も答えなくても、精神を処刑される未来しかないのだ。


「水瀬君が決めてくださいっ。それなら私は文句ありません!」

「りゅーせー答えなさいよ!」


 怖い顔のまま僕を向かないでぇ。視線が痛い。

 アイマスクは先程金束さんに奪われた。なので代わりにネギ手裏剣を両目に埋め込む。もういっそ視力失った方が楽なのでは? これなら例年のクリスマスの方が遥かに良かったのでは!?


「水瀬君っ」

「りゅーせー!」

「ひ、ひぃ、ひとまず喧嘩はやめて冷静に話し合おう。ね? ね!?」

「無理ね。こいつ嫌いよ」

「私もあなたが大嫌いです」

「何よ!」

「何か?」


 駄目だ。仲良くなる兆しがない。


「あの、どうして二人は仲が悪いの? 会ったばかりだよね?」


 僕と仲良くしてくれている点を考慮すれば君ら二人は意気投合するはずなのに。


「だってこいつはりゅーせーを……」

「この人は水瀬君のことが……」

「だからこいつは」

「だからこの人は」




「「敵」」


 声を揃えて唸り、月紫さんと金束さんが僕の腕を掴む。

 僕の体は左右から引っ張られて、あ、またですか、はいキタコレ綱引き第二ラウンド。


「ぐへぇ!?」

「りゅーせーを離しなさい!」

「あなたが離せばいいんです!」


 どちらも離してください! 血管や血液ごと引っ張られて心臓が爆散するって! ビールばかり飲んでロクに飯を食わない僕の痩せた体は呆気もなく引き千切れまっせ!?


「落ち着いて二人とも! 人命の危機が今ここに! 心臓の爆散が今まさに!」

「むうっ!」

「ふんっ!」


 世間ではイチャイチャ満載の聖夜なのに僕は綱引きの綱状態。


「待って、今度は物理的にも激痛……っ……」


 二回戦は長期戦になってきた。心身ともにダメージ……さすがに腕が……っ。


「ぁ……ご、ごめんなさい水瀬君」


 と、月紫さんが手を離してくれた。

 均衡していた力が崩れ、僕の体は金束さんの方へと傾く。


「私の勝ちね!」


 金束さんは好機と言わんばかりに僕を引き寄せ、僕を抱きしめた。

 両腕を絡めて胸を押しつけてき……た!?


 最大級にして最高級の感触と共に僕の腕が沈んでいく。

 ふにゅり、ふにょり。何度か味わったことがあるのに、今にも意識が沸騰しそうになる程に超絶柔らかい胸……っ~!?


「っ……!」

「っ! ふ、ふふんっ」


 沸騰した心の湯気が口から出ていく中、僕の目は見た。月紫さんの驚いた表情と、今度は金束さんの勝ち誇った顔を。

 刹那、金束さんがさらに胸を押しつけてき……たあぁぁ!?


「どう? アンタには出来ないでしょ。その程度だと」

「むうう……」


 月紫さんが顔をしかめ、自身の胸を触りだす。

 なぜか月紫さんが悔しそうだ。なぜか金束さんが自慢げだ。なぜだ!?


「それに関しても私の勝ちね。アンタはそうやってペタペタしてなさい。私は水瀬と、じゃなくて、りゅーせーとベタベタす……べ、ベタベタいちゃつきたいわけじゃないんだからね!」

「なぜヘッドバッド決め込んできたの!?」


 僕の鼻柱に金束さんのおでこが叩き込まれた。酷い。


「ふんっ。知ってる? りゅーせーはムッツリスケベなのよ。いつも私の胸を見てるのよ」


 そんなに見てはいな……ごにょごにょ。


「アンタは見られたことある? ないでしょ? だってないもんね。ふふっ、はい私の圧勝!」

「……私は普通です」


 月紫さん? え、何その目は……?

 自身の胸をペタペタし終えた月紫さんが潤んだ瞳で恨めしげに僕と金束さんを見つめてきた。

 どことなく……しゅん、としている。


「ふふん!」


 落ち込む月紫さんを見て金束さんがさーらに勢いづく。

 えっと、さっきから何かを競っているの?


「水瀬君っ」

「は、はい」

「私は普通です。その人が異様に恵まれているだけで私は普通なんです。ううん、平均よりは大きいんですっ」

「ごめん何を告げているのか本当に分からない!」


 平均? 金束さんが異様? どゆこと?


 あと……どうして僕の前に立っているの?

 月紫さんは僕を見下ろして頬をぷくーっと膨らませていた。両手を服の襟元に添えている。


「これが証拠です。見てください!」


 解決する前に次の疑問が舞い込む。新たな衝撃が襲いかかる。


 月紫さんが前屈みになって服の襟元を広げた。



 え゛。



 僕の眼前で、月紫さんの胸元が思いきり開かれた。

 白くて柔らかそうな肌。前屈みによって水色の下着が露わになり、胸もさらけ出されて胸が服の中で微かに揺れていて……。


「み、水瀬見ちゃ駄目!」

「ぎょわあぁぁ!?」


 目が!? またしても目があぁぁ!?

 視界が黒くなった。目が痛い! 眼球に何が突き刺さった!

 金束さんの仕業か。いくら非力なあなたでも眼球への攻撃は、目に激痛がぁ!


「邪魔しないでください!」

「うるさい変態! いきなり胸を見せるなんて痴女よ!」

「胸を押しつけているあなたの方が痴女です」

「私はいいの! ……ふーん、やっぱり私の圧勝ね」

「ぐぅ、そんなことありません!」

「これを見てもそう言えるかしら?」

「っ、すごすぎる……あぅあぅ~……!」


 目が開けない。ねぇこれ視力全ロストじゃない? これ回復するの?

 ……それに、目が潰れた僕を放置して二人が何かを競い合っている。今、僕の前で何が繰り広げられているんだ。

 分からないけど、すごいことが行われている気がする。是非見たいんですけど!?


「私の勝ちね」

「大きさが全てじゃなりません」

「負け犬の遠吠えね」

「むうぅ……」

「当然ね。アンタみたいな地味な奴が私に勝てるわけないわ」

「……水瀬君、洗面所をお借りします」


 言い争いが止まり、月紫さんがリビングを出ていく音がした。

 あ、やっと視力が戻ってきた。遅いよ神様!


「ふんっ、雑魚ね」


 視界には胸を張って勝ち誇った顔をした金束さんがいた。


「視力回復して良かった……」

「わ、悪かったわね目を潰して」

「いや本当だよ。あと月紫さんに酷いこと言いすぎだ」

「地味な奴に地味と言っただけよ」


 金束さんには反省の色は見えない。鼻息を荒げて、また少しニヤける。ご満悦な様子だ。


「地味女のくせに私に勝とうなんて百年早いわ」

「言っておくけど月紫さんは地味ではないよ」

「は? どう見ても地味な眼鏡女……え」



「お待たせしました」



 月紫さんが戻ってきた。

 洗面所で眼鏡からコンタクトに変えたのだろう。戻ってきた月紫さんは眼鏡を外し、超絶美少女に変身していた。いや、こちらが本来の姿と言うべきか。


「な、な……」

「私が地味な眼鏡女、でしたっけ?」


 月紫さんは満面の笑みで見下ろし、唖然とする金束さんへ向けて続けざまに言い放つ。


「確かに眼鏡の私は地味です。でも眼鏡を外したらあなたにだって負けていない自信がありますっ。負けませんから! ……なんだか自慢げでしたかね、水瀬君?」


 えっと、僕に聞かれても……。

 うーん、いいと思うよ? 実際、月紫さんは美少女だ。自慢げにしても嫌味には聞こえない。寧ろ最後にちょびっと照れる仕草をするのが好印象だ。月紫さんらしくて良い。


 ……で、何を話していたんだっけ?

 ああ、そうだ、二人はなぜか激怒して口喧嘩をしていたんだっ……た……。


「ふ、ふざけないで! そんなことで調子に乗らないで! 水瀬は渡さないんだから!」

「ぎゃあぎゃあとうるさいです。あ、また水瀬って言いましたね?」

「ち、違う、言い間違えたのよ! りゅーせーって呼んでるもん!」

「どちらにしても私は永湖って名前で呼ばれています。あなたは名字呼びですけどね」

「勝ち誇らないで!」

「あなたこそ」

「何よ!」

「何か?」


 ああ、また不穏でヤバイ空気。地獄がイザナミしている……。

 何回同じやり取りをするおつもり? 何回やっても僕の精神に大ダメージなんですががが。

 こうなったら日凪君を呼ぶしか……それはそれで別の意味で酷いことになりそうだね。


 時刻は夜の十時。夜はまだ長い。この二人は帰るつもりがない。というか、どちらかが帰るまでどちらも帰らないだろう。つまり延々と地獄が続くというわけで……。


「りゅーせー!」

「水瀬君っ!」


 両手を掴まれる。第三ラウンドが始まる予感がする。

 終わりだ。破滅だ。僕の気力はとうに限界を超えている……。




「テメェら、もう帰りやがれ」


 玄関からドアが開く音。近づいてくる足音。獣ように低い声音。

 赤い服を身に纏い、数多の長ネギが飛び出た白い袋を背負った、大柄なサンタが現れた。


「不知火……!?」

「俺は不知火葱丸じゃねぇ。ネギサンタだ」


 不知火ことネギサンタが吠える。毛量多いモコモコの白髭に隠されてその表情は窺えないが、微かに見える肌は青ざめていた。


「葱丸という青年に頼まれてこの部屋に来た。プレゼントをやろう。ネギだ。これ持って帰りやがれ!」


 腰が完全に引けている。けれど一歩も退かない。


「タクシーを二台呼んだ。文句あるか? あ? ないよな? あ? 分かったら帰り支度をしろ。もう一度言うが俺は葱丸君に頼まれてきたネギサンタだ」

「な、何よアンタ、キモイ格好しないで」

「不知火さんどうしたんですか?」

「うるせぇ! ネギサンタだっつってんだろうが! いいから帰れお前ら! 流世が死にそうだろうが! 俺も死にそうだからな!?」






 アパートの下、やって来たタクシー二台のドアが開く。


「月紫はこっちな。金束はこっちのタクシーに入れ」

「はい……」

「お、押し込まないで! 私は帰らない!」

「暴れんな金束。月紫を見習え。オラァ!」


 月紫さんが乗ったタクシーが発進。金束さんが不知、ネギサンタに押し込まれたタクシーも走る。

 二台のタクシーが暗闇の中へ消えていき、僕は冷たいコンクリートの上にしゃがみ込む。


「や、やっと終わった。ありがとう不知火」

「不知火じゃない、ネギサンタだ」


 ネギサンタは青ネギを口にくわえてタバコのようにスーハ―、と吸って吐いている。

 暗闇の中でもその表情が青ざめているのが見えた。


「ありがとうネギサンタ。戻ってきてくれると信じていたよ」

「すげぇ嫌だったけどな。相当悩んだけどな。今も足が震えている」


 狂ったように吸いまくった青ネギを最後には咀嚼し、籠に長ネギを刺したトナカイ風の自転車に跨る。


「俺も帰る。じゃあな」


 赤い服が暗闇へと溶けていき、ネギサンタも帰っていった。

 僕は一人、アパートの下でしゃがみ込んだまま上を見上げる。


「雪……」


 空から白い雪が降る。耳を澄ませば、近くの部屋から賑やかなパーティーの音。目を凝らせば、遠くの方でカップルがイチャイチャしながら歩いている。

 なんだ、全然大したことないな。ホワイトクリスマスも、リア充も、カップルも何もかも。


「あの地獄に比べたら全然だ……ひ、ひいぃ……!」


 今までで一番酷いクリスマスで、今までの人生で一番ヤバイ時間だった。

 僕は先程までの地獄を思い返して震えあがり、しばらくその場から動けなかった。

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