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ドライビング・スクールシティ

 ――今から数十年前、ある都市が財政破たんした。地域活性化を旗印に、加速的で強引な大型の都市化を推し進めた末の、無残な結果だった。その街は『人を呼ぶにはまずは形から』をスローガンに掲げ、東京、大阪、名古屋の次に名前が上がる主要都市になろうとしたのだ。

 だがほかの都市から遠く離れ、尚且つ元々田舎と言える交通の便の悪さから、人々にとってその都市を利用する利点はあまりなかった。採算の見込めない都市化はすぐに歪が発生し、そのしわ寄せは地方税として住民に圧し掛かり、住む人々は新天地を求めて一人二人とその場を去った。最後に残されたのは巨大で閑散としたとした箱庭だけとなった。


 そのゴーストタウンを買い上げ、元々あった都市機能を基盤にして造られた、大型の学園都市がある。


 青海学園だ。


 ほかの都市から離れているという立地は学園という特殊な空間を演出し、また、国内法を超越した独自のルールで運営するにも都合が良かった。様々な学び舎を内包し、生徒の才能、目標に合わせて自分で学習内容を選択できるこの学園は、これまで様々な分野で結果を出してきた。


 ……なんてことが案内書に書いてあったな。そういう特殊なルールに則る場所だから、車を乗り回すJKなんてのも出現するのだ。たしか、そこには東京の練馬区と同規模の広さがあると記されていた。そんなこと言われても実感わかないっていうのが正直な感想だが。

 都市機構をそのまま保有しているので、目に見える景色はありふれた都会の街並みそのものだ。


 翔たちが走っている道路の下には地下鉄が張り巡らされていて、バスの路線もある。

 マイカーが無くても交通手段に困ることは無いだろう。


 運転席では結花が慣れた手つきでハンドルを握っている。

「運転上手だね」

 翔がそういうと、

「前進に上手も下手もありませんよ」

 と、結花はそっけなく答えた。

「そんなもんなんだ。あれ、車には中学の頃から乗ってたってこと?」

「ええ、まあ」

「すごいね。

 そんな奴他にはスネ夫かとうふ屋の息子ぐらいしか知らないよ」

「とうふ屋……?」

 ジョークに結花は首をかしげたが、特に会話が発展する様子はない。

 さっきからずっとそんな感じで、時折結花が、

「学園の至る所にコンビニエンスストアがあります。あと、ここから少し行った先にショッピングモールもあります。家具や家電はそこで買うことをお勧めします」

 そんな、事務的な説明をしてくれるだけだ。

 翔も目隠ししてここまできたわけではないので、そのくらいの事は知っていた。

「それからここでの金銭のやり取りですが……」

「E:IDフォンだね」

 翔が取り出したスマホは、この学園共通の生徒手帳だ。


 入学時に生徒全員に配られていて、通話、身分証はもちろん、電子マネーに交通定期など様々な機能が備わっている。さっき結花が車のドアを開錠したように、便利なアプリも結構な数があるようだ。


「学園内でアルバイト活動をした際の給料もそれに支払われます。

 決して紛失などしないように」

「聞いた。高いんでしょ?」

「それもありますが、杉田先輩に悪用される方が厄介です」


 ま た お ま え か 。


「彼女は学園内のすべての端末を掌握してますから。

 落としたらすぐに盗られますよ」

 結花曰く、学園内で勃発する大概のトラブルに、杉田は何らかの形で関与しているらしい。何か起きたらまず彼女を疑うのがみんな癖付いているとか。

 もうね、ゴルゴムかクライシス辺りからスカウトがくるんじゃないのか?

 ……あ、女幹部っぽい服とか似合いそう。


「カラオケ、ゲームセンターなどの娯楽もありますが、生徒会の役員として生徒の模範になれるよう努めてください。意味は分かりますね?

 それから、学園内には使用されてない廃墟同然の建物が相当数あります。

 それらには決して近づかないように」

 結花はまた事務的に施設の説明を進めていく。

「学校は私たちが通う中央学校の他に、青海芸術学校、工業専攻学校等々、数多くの学校が在籍しています」


 確かに、翔もこの学園内の他校に目を付けた事はあった。

 中央学校は青海学園でもレベルが高く、当然難易度がグッと上昇する。

 学園内の他の高校なら、もっと低い学力で結花の傍に行けると考えたからだ。


 諦めた理由はその数の多さだ。

「高校が十五校あるんだっけ?」

「高等学校で絞るなら、二十一校ですね」

「え、そんなに!?」

「オーナーも複数居ますから、どこまでを青海学園所属と言うかは基準によります。

 さっき会った鶫さんが在籍しているエドラーグ女学院なんかは、青海学園の中にある別の所属校になります」

 調べた数より多くて驚いたが、中央高等学校に的を絞って正解だった。

 この数の学校だ。

 土地勘のない人間が結花の在籍する学校以外を選んでしまったら、ともすると彼女に会えずじまいで学校生活を終えてしまったかもしれない。

 ましてや今の結花の態度を見る限り、中央学校の生徒会に潜り込めたのは幸運としか言いようがない。でなければこうしてドライブすることもなかっただろう。


「その中でも中央学校の生徒会は、ネットワークの中核を任されています。

 他校すべての生徒会より上位に位置すると言って過言ではありません」

 あんなやる気のない生徒会がそんなに凄いのかと。

「責任の受け止め方と付き合い方が人それぞれって事ですから」

「それ、フォローじゃなくて解釈の仕方だよね?」

「……、次、行きましょうか」


 あ。投げた。




 ……――結花は地理や規約の説明、先人としてのちょっとしたアドバイスなどを交えて車を進めていく。

 夢にまで見た結花との時間だが、どこか硬い空気は拭えず、会話も盛り上がりを見せない。翔は甘い気分に浸れないどころか、ちょっと胸が痛いくらいだった。

「それから各図書館での登録ですが――、」

「ねぇ」

 とうとう我慢しきれず、翔は肝心な話を切り出した。

「敬語、いい加減止めてよ。同級生じゃないか。

 っていうか、幼馴染みなんだし」


「……」


 結花が参ったな、といった表情になる。

「敬語は上下関係に関わらず使っちゃうんです。

 それに、何度も言いますが、私はあなたの事を覚えてません」

「困ると三つ編みの先っちょ撫でる癖は、昔のままだよ」

「あ」

 無意識の癖を指摘された結花は、慌てて仕草を止めた。

 何故か恥ずかしがって頬を染めるところも変わっていない。

「僕の事頑なに覚えてないっていうけどさ……。

 そりゃあ、僕は幼馴染なんて名乗ってるけど、言ってしまえばただの地元の友達でしかないよ。でも中学三年間で名前も顔も忘れてしまうなんて、不自然じゃないか。

 僕らは少なくとも幼稚園と小学校の八年間を同じクラスで過ごしたんだ」




 八年は短くない。

 春、また同じクラスになれるよう二人で祈った。

 夏休み、結花に叩き起こされて参加したラジオ体操。

 秋には運動会で結花に応援されて一等賞をもぎ取った。

 冬は雪合戦で本気になりすぎで、結花を泣かせてしまった。

 日々の放課後は友人を連れて、やれ、秘密基地だ、探検だとはしゃいで小さな世界を走り回った。結花がお姉さんで、翔が弟。そんな感じの関係だったはずだ。


 もっと昔、幼稚園の時。内気だった翔はよくいじめられた。


 庇ってくれたのは結花だ。女の子に助けられたのが恥ずかしくて、余計に閉じこもりそうになった翔の頬に、彼女は優しくキスしてくれた。そのとき言ってくれた言葉を、翔は今でも忘れはしない。


「でも、本当に覚えてないんです」


 ――……そういうの、全部亡くしちゃったっていうのか。


「ごめんなさい……。大切な思い出だったんですね」

 少しだけ同情してくれたのか、結花は申し訳なさそうに言う。

 その様子から嘘をついている素振りはない。

 だが、なにかしらの事情があり、それを説明する事ができない、そんな態度に感じられた。なぜそうなってしまったのか知りたいが、これ以上の追及は彼女を責める形になる気がする。それは、なんか嫌だ。


「……………………。うん、わかったよ」


 記憶を失われたことを、そんなに簡単に納得できるほど、結花と思い出や気持ちは軽くなどない。

 でも、昨日までと違い、結花が隣にいる。同じ町、同じ学校で暮らしている。

 それは翔の努力と幸運が生んだ、確かで大事な事実だ。

 今はそれを大切にしよう。

 だから翔はこう提案した。


「だったら、今日から友達になってよ。

 ほら、少なくとも僕らは、同じ生徒会の仲間なんだから」

 結花はまた三つ編みを弄り、ちょっと悩みと、

「わかりました。そういうのでよければ」

 と返事してくれた。



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