もう一人のストーカー
いつまでも鬱に浸ってられない。
翔は自分を奮い立たせ、とにかくこの場を乗り切ることにした。
生徒会に在籍し続ければ、結花とのきっかけがどこかで作れるはずだ。
希望はまだある。
「……では続いて、土田文化委員長の申請した備品について審査します」
ほどなくして生徒会の定例会はスタートし、結花が司会進行を務めていた。
生徒会の書記って言うからてっきり会議の内容を記録しておくのが仕事かと思っていたが、ここの書記とやらは不在の生徒会長の代理も務めるらしい。
そういえば結花は「生徒会長」として呼び出されていたが、これで合点がいった。
ここの生徒会には結構な権力が持たされてるらしく、生徒会の所属する各委員長の申請した備品や催事の案、また同様に様々な部活動から部費の申請を審議する趣旨で会は進んで行く。
正直、初参加の翔にはちんぷんかんぷんだったが、
「まあまずは慣れろ」
という中村のアドバイスの元、置物みたいにじっとしてる事にした。
「賛成ナシ。文化委員長の案は却下とします」
あー。でもキビキビ動く結花はやっぱり素敵だな。
あんだけ冷たいこと言われたけど、それでもやっぱり可愛い。
そういえば結花は小学校の頃も児童会の会長をやってたっけ。
昔から頭良かったからなぁ。あのころはもっとよく笑う娘だったけど……。
「……以上で、青海学園中央生徒会の定例会を終了します」
あ。見惚れてるうちに終わった。
「起立」
結花の号令で四人は立ち上がる。
「気を付け、礼」
よし! とりあえずなんかてきとうな理由を付けて二人っきりになるんだ!
えーっと……っ!
「それでは失礼します」
翔がまごついている間にも、結花は立ち去ろうとする。
なんか理由はないのかよ!
身を乗り出した翔の首根っこが、ぐいっと引かれる。
「あんまりがっつくんじゃない」
中村だ。さすがに前のめりすぎたのか、風紀委員長直々に注意されてしまった。
翔が結花を追いかけてきたストーカー野郎だということはすでに周知されてしまったし、これ以上は社会的制裁もあり得るな……とほほ。
翔が今日のところは諦めようと判断した時だ。
「おい、森川。ちょっと頼む」
「何をですか?」
「仁藤に学園を案内してやってくれ」
うお、先輩ナイス、と、翔は歓喜に震えた。
で、それがもろ顔に出ていたらしい。
見ていた結花はうぇっと露骨に嫌そうな表情をすると、
「嫌です。なんで私が」
「俺は学園の風紀委員長会にもでなくちゃいかんし、杉田はほかの委員長に今日の議事録を送信する仕事があるからな。かといって中央校生徒会の人間が学園に疎いのも困る」
中村は半ば強引にそう説得し、最後に、
「悪いな。忙しいのは知ってるが、お前しかいないんだ」
「むぅ」
意に沿わないのか結花は口をへの字にしたが、
「……了解です」
不承不承引き受けてくれた。
翔の背中にドンッと柏手で活が注がれる。
頑張って来いよと言われているようで、翔は俄然と意気が上がった。
†
中村のファインプレーで、翔はようやく結花と二人きりになれた。
こうも上手くことが運ぶんだから、性悪ボインとキスなんてしなくて正解だったな。
とはいえ、心ウキウキワクワクっというわけにはいかないのが切ないところで、翔は足早に歩く結花の後ろに、無言で引っ付いていくしかなかった。
とてもじゃないが話しかけさせてもらえる空気ではない。
なんとかきっかけを掴もうと模索している最中、結花は校舎の外に出てしまった。
「あれ。学校を案内してくれるんじゃないの?」
「校舎ぐらい日々の生活で慣れてください。
ここは他とは違うんです」
そういってたどり着いたのは駐車場だ。
こんなところで人気のないところで何する気だ、こっちはいつでもいいぜ! とか馬鹿なことを考えてる翔を置いて、結花は一台の赤いスポーツカーに向かっていく。
スマホを取り出し、ピッ、ガチャン。ハザードランプが瞬きをして開錠した。
あのスマホ、リモコンキーにもなるのか。
よく出来てるなぁとか思っていると、結花は運転席に乗り込んでエンジンをかけた。
おいおいなにこれ。
女子高生がマイカー感覚でハンドル握ってるよ。
「早く乗ってください」
気後れしていると結花が催促してきた。
「あ、これ……、運転するの?」
「学園は自治区みたいなものですから。
専用の免許を取得してしまえば何歳からでも車に乗れます」
それはイイ! 僕も早速免許を取って、あれを言おう!
『おっとすまない、後ろに乗ってくれないか?
助手席はマイハニー専用なんで、ね☆』
「言っておきますけど、免許取得にはそれなりの学力と免責能力が問われるので、生徒でも一部の人間しか試験をパスできませんよ」
夢がまた一つ砕けた。ここに入学するのもやっとこさなのに無茶もいいところだ。
翔は項垂れると、大人しく車に乗り込もうとする。
「森川様ッ!」
と、そこに女子生徒がやってきた。
縦カールのかかった長い髪に、鋭い目つき。
結花や翔とは別の、フリルが多めの制服を着ている。別の学校の生徒だろう。
彼女を見ると、結花はふぅっとため息をつき、
「もう待ち伏せはしないでくださいと言いましたよね?」
どうやら知り合いらしい。
「ならば電話に出てくださいな。メールでも構いませんわ」
少女は苛立ち紛れに髪を払うと、
「ともかく、今日という今日はいい返事を聞かせて頂きます!」
なにやら面倒そうな人に絡まれたぞ。
翔が小声で「誰?」っと聞くと、
「三久田鶫さん。
私の以前のルームメイトです」
その元・ルームメイトさんは結花の手を強引に握ると、
「森川様! この腐敗しきった中央生徒会にいつまでも固執するおつもりですか!?
私と共にエドラーグ女学院にいらしてくださいな!」
と結花の勧誘を始めた。
「お気持ちはありがたいですが、私には私の考えがあるので」
「そのお考えをお聞かせ願いたいのです!」
この鶫さんは完全にこちらの存在を無視しているな。
それに、あまりのしつこさに結花が迷惑そうだ。
ここは一つ幼馴染みとしてガツンと僕が――、
「勘弁してください。同時に二人も相手できません」
どひゃー。
ひとくくりに厄介者扱いされてしまった。
「二人……? あら」
どうやら鶫さん、ここでこちらにお気づきの模様。
「この殿方はどちら様でしょうか?」
「あ。どうも、僕は中央高校普通科の……」
「失礼ですがあなたに聞いてはいませんの」
名乗ろうとしたらぶっちぎられたよ。ほんとに失礼だよ!
「今日から中央生徒会の役員になった仁藤さんです」
マホトーンの直撃をくらった翔に変わって、結花が他己紹介をしてくれる。
「これから彼に学園の案内をしなくてはならないので」
「まあ、そんな雑用を森川様に押し付けるなんて……ッ!」
それを聞いた鶫はいきり立つと、
「私、抗議してきますわ!」
と、肩を上げて中央高校の校舎に向っていった。
うげぇ、モンスタークレーマーかよ。
あの調子で中村先輩に食って掛るつもりだろうか?
「ルームメイトがストーカー化してるの?
大変だね」
翔がそう言うと、結花は、
「自覚って大事ですよね」
と、胸が痛いくらい優しい言葉をかけてくれた。