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「私にキスをして」

「……、ん?」

 翔は幻聴を聞いた……らしい。

 幼馴染みの情報との交換条件が、なんかこの巨乳美人とキスとか聞こえたが、いやはや、無茶な受験勉強のし過ぎで耳が悪くなったのだろうか?


「おでことかほっぺとかそういう陳腐なのは無しよ。

 ソフトなのでいいから、ちゃんとリップにしなさいね」

 どうやら翔の聴覚に異常はないようだ。

「…………えーっと」

 翔はちょっとフリーズすると、遅れて理解し、

「――……は、……はあああああああっ?」

 要求の意味不明さに奇声をあげた。


「な、な、なんで僕が先輩とキスするんですか!?」

「あ、勘違いしないでよね。私、別にあなたに興味とか無いから」


 意味わかんねー……。


「で、するの? しないの?」

「し、しませんよ!」

 すると杉田はまたニヤリと笑った。

「でしょうね。ファーストだもんねー」

「ぐ……っ」


 やはり知ってやがったか!


 杉田はにやーっと、悪魔の笑みを浮かべて、

「何度も言うけど、別にあなたには男性としての興味なんてないのよ?

 ただあなたからファーストキスを奪うのが愉しいの。

 結花ちゃんと夢見た大事な大事なファーストキスを、ね」


 こ、こいつ、頭おかしいぞ!!

 もう痴女の発想じゃねーか!


「さ、するの? しないの?」

「しません」

 翔が断言すると、

「あらあら。自分で言うのもなんだけど、私けっこう自信あるのにな」

 杉田は艶めかしく髪をかき上げ、耳からうなじを露出した。

 その仕草はまるで男を誘っているようで、翔の胸は不覚にも高鳴った。


 この高嶺の花とキスをする/しないなんて選択肢は翔にはもったいないぐらいだ。

 他の男が聞いたら笑顔でグーパンモノだろう。


 い、いや、だがしかし、だからといってだ。

「せ、先輩は素敵です。でもそれとこれとは話が別です。

 子供と思われるかもしれないけれど、遊びや冗談でそういう行為はできません」

「そう。残念ね。

 でも私にキスしないと、大好きな結花ちゃんとは永遠にキスもおしゃべりもできないんだけどねー」


「ぬぐぅ……っ」

 なんつうジレンマを提示してくるんだっ!


「あは。そのどうしたらいいのかわからなくなって困った顔、たまんない」

 人が困っているのが楽しくてしょうがないらしく、杉田はけらけら笑った。

 性格悪ゥッ!

 この女、人徳のステータスを切り捨ててバストサイズに極振りしてやがる!!

「さあさあ、どうするの?

 結花ちゃんにとっておいたキスを私に捧げるの?

 それとも結花ちゃんと距離を縮めるのを諦める?」

 いやらしい笑みを浮かべ、杉田が詰め寄って来る。

 どさりと悪徳バストが揺れた。


「く、くそぉ……っ」

 完全に主導権を握られ、翔の頭はパニック状態になってきた。


 てか、我ながらもうキスしちまえよ。減るもんじゃなし。


 そんな悪魔の囁きが耳をつく。

 このけしからんサイズの超美人とキスできるならむしろご褒美だろ。

 もう二度とないぜこんなチャンス。しかもそれで結花への足掛かりゲッツとかウィン―ウィンもいいとこじゃねーか。

 ……い、イヤイヤイヤッ!

 キスってのはやっぱり、ほら、こう、もっと神聖で、いくら美人のボインちゃん相手でも好きでもない人とか無理……、

 ――ハッ! なにカマトトぶってんのよ。

 単に据え膳突きつけられて腰が引けてるだけじゃねぇか。

 ち、違う! 僕は本当に結花ちゃん以外とは……ッ!


「うわ。この子湯気出てきちゃった」

 杉田が何かつぶやくが、翔の耳には入らない。

「けっこういろんな人追い詰めてきたけど、湯気は初めて見た。

 おもしろーい」


 ――でも、だって、そんな不埒なことして結花ちゃんに嫌われでもしたら。

 いや、この際はっきり言うよ? もう結花はないって。マジ。それよりこのビッチ、こんな要求してくるんだから脈あんだろ。正に微レ存。

 この際だから乗り換えて――、

「ぬあああああああああああああああああああああああああッ!」


 グワッシャーンッ!!


 思考が邪な方にどんどん追いやられそうになり、翔は最後の自我をふりしぼって自らの頭蓋を机に叩きつけた。

 その勢いたるや凄まじく、なんと衝撃で机がへし折れてしまった。

 頭蓋骨に電撃が走った錯覚の後、


「いっでえええええッ!」


 翔は絶叫した。

「ちょっと。大丈夫なの、それ」

 流石にやばいと思ったのか、杉田から案じた声が漏れるが、翔は構わず、


「うぐゥゥっ! ぼ、僕は、結花を諦められませんッ!」

「お、おう。」

「でも先輩との不埒な対価でその足掛かりを手に入れるなんて絶っ対ヤダ!

 逆の立場なら、僕はそんな人好きになんてなれないッ!

 だから、先輩と、キスなんてしませんっ!」

 っと、青少年の主張を高らかに唱えた。


「だから、結花も、諦めないし、……痛いっ、先輩とキスもしませんっ!

 大事な事なので二回言いましたよッ!!」


「……そっか。わかった」

 杉田は翔の想いを受け止め、にこりと笑みを浮かべた。

「つまりどっちも選べないしなにも捨てられない。

 仁藤君は優柔不断なクズ男って事ね」


 逆説的ド正論でグサッと心臓抉られ、翔は膝をついた。

 もうやだこの巨乳連峰、さっきからいう事やる事辛辣すぎる。

 くそ、どうしたらいいんだよ! 何食ったらそんなにデカくなるんだよっ!


「まあいいわ。あなた、面白いからこの件は保留にしてあげる。

 ……もうすぐ面倒なのが来るし」

 杉田の予告と同時に、生徒会室の扉が開き男子生徒が入ってきた。



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