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忘れられない幼馴染みを追いかけたら完全に忘れられてた件




 数時間後。

 翔にとっては高校生活初めての放課後。




「……なんだかなぁ」


 本日から中央高等学校普通科一年生となった翔は項垂れ、会議用の机にべったりと額をつけていた。その表情はめちゃ暗い。


 翔が今居るのは、〝生徒会実行委員室〟たる部屋だ。翔達が授業を受ける事になる一般教室とさほど変わらない広さで、中央に向かい合って会議するための長い机が縦列八つほど設置されている。廊下から見て右手にはホワイトボードが壁に設置されており、その上にはどんっと校章が聳えている。すぐ側にはスチールドアがある。準備室か何かへの入り口だろうか?


 翔以外に人はおらず、広いだけに妙に寂しかった。

 腰かけているパイプ椅子が異様に冷たい。




「なーんーだーかなぁ……」

 突っ伏したままの翔は、だはぁっと再びため息をついた。




 実は青海学園中央高等学校といえば世界に名が響く超エリート高校である。そんな学校にうまく潜り込めたのだから、本当ならもっとウキウキワクワク胸を弾ませて、校庭で大騒ぎしている同級生たちのようにメントスガイザーでビールがけ(ごっこ)ぐらい羽目を外してもいいようなものだが、翔はそんな気分になれなかった。


 翔がこの学校に入学した最大の理由は、前述の通りで、まあ、

 ぶっちゃけた話、女だ。


 翔は小学校卒業まで同じクラスで、中学にはこの青海学園に入学してしまった初恋の子を追いかけてここまでやってきたのだ。彼女とは幼馴染といった仲だったし、実家もお互いほど近い。そんなのだから、彼女が去った当時は夏休みにでも会えるさとタカをくくっていたが、それが甘かった。




 青海学園はまるっと一つの都市が学び舎というマンモス校であり、商業施設も兼ねそろえている。要するに敷地内でほぼ全ての用事が事足りてしまう。

 学園から出る理由がほとんど無い。

 まあそれでも盆と正月ぐらいは実家に帰ってきたかもしれない。が、よくよく考えてみれば小学生時代のクラスメイトなんて縁が希薄にもほどがあり、帰省の折に、


「にーとうくん♪

 あーそーびーましょっ♪」


 ……っといった調子にはならないのである。

 結局中学三年間は彼女に会えないという暗黒の時間を過ごした。

 失われた三年間である。あ、こういうとなんかカッコイイな。

 その間、翔はごくごく普通の共学中学校に通っており、女友達だっていた。

 普通なら新たな恋を見つけてもいいはずだろう。




 だが、思い返すと生々しくて顔から火が出そうなほど盛んな時期に、恋焦がれるのは彼女の事であり、夢に見るのはあの子の事であり、落ちてたエロマンガを衝動的に回収した挙句公衆便所の個室で真っ赤になりながら妄想するのは初恋の人なのである。どうでもいいけど落ちてるエロ本って、なんで三割増しに魅力的なんだろうね?


 なぜそんなにあの子の事が好きなのかは自分でもさっぱり判らない。

 悩む時期もあったが、吹っ切れた。好きなもんは好きなんだ!

 そんな思春期のエロスパワー……もとい、青春パワーがある決断を下した。


 会えないなら、会いに行ってやる。

 こっちから出会いを掴むんだ!


 翔はいっそう(勉学に)盛んに励み、(成績は)ウナギ登りに昇りつめ、遂に(学年首位にまで)達するまでに至った。


 マグマの如く迸りを放った翔のパワーは彼を超☆難関校に導いたのである。


 若気の至り、侮るべからず。


 まあ動機が不純って言うかちょっとアレだと自分でも思うが――ちゃんとエリート進学校に入ったんだから、結果オーライだ。……だろ? な?


 で、満を持してこの青海学園にやってきた翔は、祐樹と別れた登校初日、本当の目的を果たそうとした。

 校舎の中を走り回り、今日知った顔にそれとなく所在を聞き、そして、ついについに、翔は彼女を見つけた。大きな三つ網に、大きな眼鏡、ちょっと小柄な身長。


 ――間違いない、彼女だ!

 森川結花(もりかわゆか)だ!


 うわぁ、相変わらず可愛い♪

 翔は歓喜に震えた。喜びのあまり某スーパー配管工兄弟ように小ジャンプを繰り返し、入学早々学友たちに変な目で見られた。




 さあどうする翔!?

 どうするって……さっそくプロポーズしかないだろ!!




 ――ごつっと自ら壁に額をぶつけた。




 バカバカ、急きすぎだ。

 フライングしながらチェッカーフラグをもぎ取る勢いだったぞ今の。

 落ち着くんだ僕。落ち着け、今すぐ結婚して寝屋を共にし、彼女の幸せそうな笑顔を横目に静かな余生を過ごしたいが落ち着け。

 田舎に庭付き一戸建て、子供は二人、孫は三人、大型犬が一匹。

 休日に書斎で本を読んでいると、結花が暖かいコーヒーを淹れてくれて、それが僕の好みにミルクと砂糖(二杯)を入れて混ぜてあり、彼女が僕の事をどれくらいわかっていてくれているか感じて幸せに微笑むんだ。

 朝はサンドイッチがいいな。おにぎりでもいい。

 共通点は結花がその手で作ってくれているって実感できるところだ。

 そのことを伝えると彼女が微笑みかけて、僕の胸は満たされていくんだ。


 ああ、これって素敵だな。

 なんて素敵なんだわが生涯、もう思い残す事なんてなにも――、


 ――ごつっ。


 翔はもう一度壁に額をぶつけた。

 ごつごつと念のためにもう二、三回ぶつけておく。

 周りが翔の奇行にどよめくが、聞こえなかった事にする。

 ヤバい、今のは凄かったな。

 なんか、もう、アイドルがデビュー前に「普通の女の子に戻りたい!」と訴えるレベルでヤバいな。いやいや、どんなキャンディーズだよ。もう例えがよくわかんねーよ。

 故郷の事が嫌いでも僕の事は嫌いにならないでくださいってやかましいわ!




 とにかく今は、スタートラインに立ってすらいない。

 落ち着いて、息を整え、冷静に声を掛けるんだ。

 なんて声をかけよう?

「やあ、はじめまして」……絶対違うな。

 翔と結花は初対面じゃない。そのアドバンテージを棄てる理由は無いし、なにより初対面にで声を掛けるナンパ男と思われるわけにはいかない。だが結花を追いかけてここまでやってきたと思われるわけにもいかないな。

 女のケツ追っかけて超☆難関高校クリアってどんだけぇー。

 そんなストーカー野郎、居たらドン引きするわ。

 キモ過ぎ。友達なら絶交ものだよね。

 そういえば最近友人から連絡がない。おかしいな。




 閑話休題。(それはさておき)




 ここは一つ、〝幼馴染〟と〝偶然性〟をミックスした一言を捻りだそう。

 しばし悩んで、翔は結花の後を追った。


 そして目標を再び補足。

 三年間溜めに溜めた一撃をついに放つ!




「あ、結花ちゃんじゃないか! 久しぶり!!」




 無難すぎて泣けてくるが、これでも翔なりに色々悩んだのだ。

 まずちゃん付け。幼少期に二人は翔くん結花ちゃんで呼び合っていた。

 学年が上がるにつれて名字で呼び合う仲になっていた気がするが、そこをあえて幼馴染感を強調して〝結花ちゃん〟と呼ぶ。よそよそしさを出してはいけない。

 あくまでフレンドリーに声をかけ、こちらから壁を無くすのだ。

 次の〝じゃないか!〟で偶然性を装う。結花がこの学校に居るのは地元では知れ渡った事実だから、翔が知らないわけ無いのだがそこは捻じ曲げておく。

 最後の〝久しぶり!!〟も重要なファクターだ。互い旧知の関係を復帰するには、これほどシンプルで強力な一言は無い。




 そう考えると、パーフェクトである。翔は脳内でガッツポーズをした。

 どうよこの短文に込められた完ぺきなロジック! あーもー、日本語大好き!!




 結花はその一言で振り返る。

 波に乗った翔は畳みかけた。


「そういえば結花ちゃんもこの学校だったよね。

 良かったー。寮生活とか初めてで心細かったんだ。

 知り合いがいてホッとしたよ」


 完璧に嘘っぱちである。


 正誤を正すなら↓

『お前を忘れられなくてこんなとこまで来ちまったぜヘイヘイヘイ♪』

 なのだが、前述の通りあくまで偶然性を装う必要がある。


 翔は確信した。


 これでとりあえず、幼馴染以上友達未満には辿りつけたはずだ。

 そこから友達に昇格し、徐々にポイントを稼ぎ、いろんなイベントを経て卒業時には伝説の木の下で告白を受け、あとは庭付き一戸建ての余生までまっしぐらだ!

 翔は彼女の返事を待った。もう、告白をしたぐらいの心境だ。

 ここで『ちょっとまった!』と闖入者が現れ、花束を彼女に突き出して『よろしくおねがいします!』と言った暁には、そいつを殴り殺して肉塊にしてしまう自信がある。


 そんな翔の悶絶っぷりなど露知らず、彼女は翔をマジマジと見て、口を開く。




「……失礼ですが、どちらさまでしょうか?」


 翔はくらっとなった。

 長風呂して、浴槽からでた瞬間にたまにあるアレと同じ感覚だ。

 マジか。今なんつったマジかよ。


 ……この女、僕の事忘れてやがる。


 いやいやまてまて。

 彼女と別れて三年も経ったのだ。

 中学三年間は長い。成長すれば性徴もする。


 翔が誰だかわからなくてもしかたないじゃないか――!

 はい、次ッ!


「僕だよ。

 幼稚園と小学校の時一緒だった、仁藤だよ。

 にとうしょう」


「……?」


 首を傾げられた。

 名前を出しても、彼女はふつーに悩んだのだ。


 もうね、なんか……びっくりしたっ!




「い、……家、近かったよね?」

「そうでしたか?」

「小学校の修学旅行、バスで隣の席だったよね?」

「修学旅行とかバスの席までは覚えてませんが」

「夏休み、一緒にセミを捕りに言ったよね!?」

「えっと……記憶にございません」


「………………………………」


 翔の目の前はまっくらになった。


 ふら、ふらと千鳥足でふらつくと、なんとか壁を支えにして立ち続ける。

 結花は翔の事などとうの昔に忘却の彼方へと追いやっていたのだ。

 その後彼女が何を言って立ち去ったのかなど覚えていないが、要約するともう関わるな的な言葉をオブラートに包んでぶつけてきたのだけは辛うじてはっきりしている。


 チャイムが虚しく鳴り響く。


 取り残された翔はジョージ・A・ロメロの映画に出てくるゾンビのように歩みを進め、教室での説明を耳から聞き流し、確か、一年生で生徒会役員を決めなきゃならんがツラが真面目そうだから仁藤、お前やれとか一方的に言われて反論する気力もなく、言われるままに放課後生徒会室に向かって意気消沈。

 んで、現在。

 誰も居ないその部屋で一人鬱々真っ盛りパーティーを開催している次第なのである。


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