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12/20

見過ごされたS.O.S

 翔の片思いの幼馴染みはこの学園ですっかり都市伝説と化していた。

 その事実に当惑する最中に、翔のスマホへなんと本人から唐突の着信が入る。

 デフォルトの着信メロディーがファミレスの店内に響き、翔はあたふたすると、

「せ、せせせ、先輩、どうしましょう!?」

 と中村に助言を求めた。


「おいおい、何パニックになってんだ。

 まずは落ち着け、深呼吸でもして――、」

 宥めようと提案する中村を遮り、脳ミソ筋肉ミリタリーが割って入ると、

「くっ、よもや今夜のうちに奇襲とは、敵方もやるな!!」

 と見事に場を盛り上げた。


「仁藤! ここは討って出る! 敵軍に囲まれる前にこちらから想いの丈を告白し、一斉掃射によって一気に大将首を攻め落とせ!! 先の気概ならやれる!

 電・撃・戦・だッ ! ! 」

「さ、サー、イエッサー!!!!(錯乱)」

「イエッサーじゃねえよ馬鹿、ふつーに電話に出ればいいんだよふつーに!

 お前も変なこと煽るな!!」

 ごつりと中村の拳が小早川の頭を打つ。


 PILLLL。


 愉快な事をやっている間にもスマホは鳴り続ける。

 結花からかかってきた着信だ、ビビッて無碍にはできない。

 翔は息を呑んで、気を落ち着け、

「よ、よーし。じゃあ……出ますよ」

「あんまり力むなよ」「貴官の健闘を祈る!」


 ――PI!


「も、もしゅもしゅッ!!」


 おうわ――――、噛んだ――――ッ!!!! もう死にてぇえええええええッ!!

 先輩方の呆れた視線がブスッと鋭利に突き刺さる中、スマホから、


『うっわー、好きな子からの電話で噛むとか』

 え? 結花の声じゃないぞ。

『残念ね。結花ちゃんじゃないの。今夜のお相手はみんな大好き杉田先輩よ』


「…………」


 ――PI! 翔は通話を切った。


「間違い電話みたいです」

「今の声、杉田だな。森川の回線ジャックしてきたのか。

 つか、しらねぇぞ、電話切って大丈夫か?」

 確かに杉田の情報攻撃(プライベートハザード)は怖いが、結花からの電話を装うのは酷過ぎる。

 こちらがどれだけ舞い上がったと思ってるんだ。

 憤る翔のスマホに、ピコンとメールが送られる。

 差出人不明だが、動画ファイルが添付されていた。


 タイトルは『HOT EYE'S BOY!』。


「……?」

 開くと動画アプリが起動した。


 ――酷い内容の動画だった。


 ホント、世の中にはいろんな奴がいる。


 動画に出てくる少年は、ファミレスという公然の一角で、拳を振り上げ、なにやらわけのわからないことをわめいている。一人の女の子に向けた情熱を語ってるらしいが、そのストーカー気質は鳥肌ものだ。そのストーカーが語るに、


『結花がいつもこんな格好だったら食傷気味とか言い出す癖に! お前らは毎朝の味噌汁を捨ててキャビアだけ食って生活できるんですかどうなんですか!?』


 その例えは酷い。下衆だなホットアイズボーイ。

 女の子を味噌汁扱いとか最低だよね、最低。

 で、味噌汁扱いされた女の子がこれを見たらどう思うんだろうね。

 仮に、非常にレアケースだと思うが、その子にとって初対面の男が、幼馴染を自称して付きまとってたりしたら。もうこれ、速攻で被害届を出す事案だよね。

 ははは。こいつ馬鹿だなぁ。撮られてるとも知らずに。

 ホント、世の中にはいろんな奴がいるねぇ。


 ――てかどうやって撮ったんだよこれぇ!!


「伝え忘れていた。

 杉田女史もある意味、歩く都市伝説そのものと言っていい」

 小早川の追記に背筋が凍った。


 PILLLL。


 スマホが再び着信した。今度は知らない番号だが、相手はわかっている。

「出ろ」「出ないとまずい」

 先輩方の優しいアドバイスを受けて、翔は通話ボタンを押した。


「もしもし」

『さぁ、ワンと鳴きなさい』

「わん……わんわん」

 半ば鼻声で、翔は犬の鳴きまねをした。


『ったく……。いい?

 私からの電話を待ってる男は山ほどいるのよ。覚えときなさい』

「着信に怯えてる奴も同じくらいいるけどな」

 聞こえていたのか、中村がぽつりと言った。

「あの、なんで結花ちゃんの番号で?」

『知らない番号からかかってきたら出ないでしょ、普通。

 だから結花の番号を拝借したの』

 いやそれが正解かっていうと違うような……。

『私の番号を遠隔で登録しといてあげる。

 今日みたいな態度を取ったらわかってるわよね?』

 なら最初からそうしろよ、と思ったが、確かに杉田の名前がでかでかと画面に映ったら躊躇して出ないかもしれない。――まあ、翔にはもう居留守を使うって選択肢が無くなってしまったが。この人には本格的に逆らえなくなってきた。



『で、本題だけど』

 杉田は仕切り直してこう言った。

『仁藤君、あなた今日エドラーグ校の鶫に会ったわよね?』


 つぐみ……?

 ああ、駐車場にいた結花のストーカー、もとい元ルームメイトか。


「会いましたよ」

『そのあとどこかに行くとか何か聞いてない?』

「いや別に、……って、あれ?

 結花ちゃんの扱いが悪いって中央校の生徒会室に行ったんじゃ」

「え、三久田? 来てないぞ」

 中村が首をかしげた。彼女の事を知っているのだろうか。

「森川が好きな百合お嬢様だろ。中学までは中央校の生徒だったからな」

 そういえば腐敗した生徒会とか言ってたな。内情を知ってる人間だったのか。

 それにしても、あのモンスタークレーマー、あんだけぷりぷり怒ってたのに結局文句は言わずに途中で帰ったのか。


『うーん、ちょっと変なのよ。

 中央校舎に入ってからのこの子の足取りがつかめなくって。

 仁藤くん、端末借りるわね。見てほしい映像があるわ』


 翔は杉田の指示でスマホの音声をスピーカーに変える。中村が所持していたミニスタンドで立てかけ、テレビ電話の形で杉田は監視カメラの映像を写した。


 映像は翔と結花、そして鶫が駐車場で軽く言い争っているシーンだ。


『私、抗議してきますわ!』


 鶫がその場を離脱し、残された翔が肩をすくめて車に乗り込む。

 場面が変わって下駄箱。鶫が靴をスリッパに履き替える。

 追う形で廊下だ。鶫は歩くと走るの中間ぐらい、けっこうな速度で進行し、


 ドンッ!


 交通事故の見本みたいな形で、角から現れた人影とぶつかった。

 作業服を着た男だ。中央校の生徒が作業服を着ることはありえないため、外部の人間だろう。

 幸い衝撃は少なかったらしく、二人ともよろける程度だった。

 鶫は軽く謝ると、その場を去ろうとした、が、


「――――、」


 男が何かを言って、鶫が立ち止まる。

 ぼそぼそとく聞こえない。声が小さすぎてマイクで拾えないみたいだ。


 そして、突然ザッと映像に砂嵐が走る。


 画面の狂いは一秒くらいで正常に戻る。

 元に戻ったその場には鶫も男も居なくなっていた。




 単に、カメラが故障している間に二人が居なくなったとも見て取れるが……。


『私も最初はそう思ったんだけどね。

 なんかこの一瞬だけ、校舎のほとんどの計器が不具合を起こしてるの』

 しかも杉田の弁ではその後、鶫の動向が全く追えないのだという。

 寮にも帰っていないらしいし、学園の主立った場所でも見かけないのだとか。

 杉田の監視能力はファミレスで食事をしている翔を、ピンポイントで盗撮できるレベルだ。学園内で彼女に跡が追えないというのは相当な事態だろう。


「おいおい、誘拐事件じゃないのかこれ!」

 中村が声を上げたが、杉田は、

『ううん、逆に鶫が〝誘拐された〟って証拠もないの。

 怪しいのはぶつかった男だけど、二人で同時に忽然と消えるなんて不可能よ。

 鶫の事だからどうにかして結花の傍にいるのかもしれないし……』


 結花のラボはトップシークレットで、場所は公開されていない。

 その位置は杉田でもわからないそうだ。というより、あえて調べていないらしい。

 杉田の好奇心で収集したデーターが、万が一ハッキングに遭い特定されるのは流石にマズイと考えているようだ。一応の倫理観はあったんだね。

 そして一度研究所に籠ってしまった結花とは基本的に連絡が取れない。


「それじゃあ通報もできないな」

 中村は首をかしげると、

「ていうか、ぶつかった男は、誰なんだよ」

 とそもそもの疑問をぶつけた。


『今日は視聴覚室に技術メンテナンスを入れてるから、その作業員よ。

 身元も特に問題ないし、何より仕事を終えてちゃんと会社に戻ってる』

「なんだ。じゃあ全部偶然って事じゃねぇの?」

 中村がそう結論付けようとしたが、隣に座る小早川はスマホの画面をじっと覗き込み、何やら眉にしわを寄せてうーむと唸ると、


「杉田女史。その男の顔、もう少し接近できないでしょうか?」

 杉田が言われた通りアップにし、小早川はゆっくり頷くと、




「この男、もしや加山(かやま)では?」




『加山って、前に桜井研究所に居た研究員よね』

「はい。奴は昨年、倫理的に問題のある実験を繰り返し、研究所を追放されてます。

 噂ではS.D.Fスーパーダークファクターを用いて死者を蘇生させる実験だったそうです」

 何でもありだなS.D.F。

 ともかくその問題のある人物らしき画像を中村は覗き込み、

「ホントだ、髭生えてるけどちょっと似てる……。

 お前よく顔を覚えてたな」

 そう、感心した声を上げると、小早川は、

「警備上、要注意人物の顔は全て暗記しています」

 そして翔の方を向き、何故か、

「落ち着いて聞くんだぞ」と言い聞かせるように区切った。




「彼が追放された直後に桜井研究所入りした人物がいる。

 森川女史だ。

 この男は、彼女が自分の地位を奪ったと錯覚し、陰謀論を声高に唱え、ビラの配布等を違法に行った。

 その顛末でこの青海学園そのものからも追い出されたのだ」

「そんな危ない人が学校の中に居たんですか!?」

 何があったかは知らないが、そんなもの完全に逆恨みだろ。

 そんな男がうろついているとあっては、結花の身が危ない。

 落ち着けと言われたが、これが落ち着いていられるか!


『ちょっとまって。飛躍し過ぎよ』


 杉田がスピーカー越しに小早川を制止する。

『今日作業を担当した人間は加山じゃないわ。

 委託業者は学園内で経営していて、身元も確認してる。

 それに加山は、青海学園を出禁になってるのよ。

 そう易々とこの学園をうろうろできないはずよ』




 翔が今朝、下山祐樹と共にゲートを通り抜けたように、この学園は全体を大きなコンクリートの壁で覆われ、中に入るにはE:IDフォンが必須だ。しかも警備員も常駐し、軽いボディチェックを受ける。それほど問題行為をした人物ならば必ずそこで引っかかるだろう。




「作業員が撤収した直後を狙って入れ替わるように侵入したのであれば、短時間でなら活動可能です。学園への侵入については、不可解ではありますが、現に奴は監視カメラから姿を消しています。

加山も未知のテクノロジーの研究に携わっていた事を鑑みると、常識を越えたステルス装置の所持を想定すべきでしょう」

「そ、それじゃあ、結花ちゃんとその子に何かあったんじゃ!」

 こうなっては居ても立っても居られない。

「け、警察に連絡しないと!」

 翔が声を上げると、中村が、

「落ち着けバカ。まだそうと決まったわけじゃない」

 と諌めた。だが険しい顔をして、

「杉田、もしこいつが加山なら緊急事態だ。

 森川に連絡を取れ、お前ならやれるだろ?」

『まあ、正直。でも怒られても知らないわよ?』

「そん時は俺が叱られる」


 杉田が一分ほどカチカチとキーボードの音を立てると、翔のスマホに通話アプリケーションの特徴的なコール音が鳴り響いた。そして少しして、




『はい、森川です』




 と、結花の声が聞こえた。モニターには『NO IMAGE』と書かれた簡素な人型の図形が描かれただけで、残念ながら顔は見れなかった。通話に応じた結花は、すかさず、

『杉田先輩、ここには連絡をしないでくださいと言いましたよね?

 ハッキングですよこれは。事と次第じゃ懲罰ものです』

 と咎める声を出す。やはり極秘研究というのは本当なのか。

 この通話も相当問題があるようだ。


『中村君の指示よ。鶫が寮に帰ってないみたいなの。

 結花、何か知らない?』

『鶫さんなら私の家にいるはずです。帰りを待つとか言ってました』

 それを聞いた中村は「ああ、なんだ」と安堵の息を漏らし、

「寮に帰らないならちゃんと報告しろって、三久田に言っとけ!」

『彼女の寮は外出届不要なんですよ』

「それでもだ! 心配するだろ、ったく。

 ……仕事の邪魔して悪かったな、あんまり無理はするなよ」

 早急に締めくくろうとする中村に対し、小早川が耳打ちに近い距離で、


(加山の件、女史に報告しなくてよろしいのですか?)

(はっきりするまで、今は余計な心配かけさせるな)


 中村は結花が基本的に一人なのだと言い、これ以上心細い思いをさせるべきじゃないと留めた。

 そもそも加山の存在自体未確認なのだから仕方ない。


 翔も、その話を切り出さない事には大きく同意し、頷いた。


 小早川は「了解です」と引き下がる。

『もういいですか? あまり長時間の通話は、私の弁護の範疇を超えます』

 結花がそう言い、杉田と中村が軽い挨拶をして通話は終了する。


 そして中村は、

「取り越し苦労だったな」

 と安心したように肩を竦めた。



 結花はパソコンの通話が終了しのを確認し、「ふぅ」と、重たいため息をつくと、

「い、……言われた通りにしました。

 杉田先輩には気づかれてません」

 振り返った先にいる男に言った。

「よ、よし。よくやった」

 作業着を着た男はニヤリと笑う。

 その傍らにある排水パイプに、鈍く輝く手錠の鎖が這わせてあり、ある少女が拘束されている。彼女はリノリウム製の冷たい床に腰を下ろし、じっと項垂れていた。泣き腫らした瞳はすでに力を失い、絶望の色を浮かび上がらせるその少女は、


 鶫だ。


「ごめんなさい……森川様……」

 華奢な首にチョーカー型の爆発物を身に着けた彼女は、か細い声で謝罪した。


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