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学園都市伝説

「文武両道、成績優秀で学園内でもトップを争う才女。

 やることなすこと何でも秀でていて、飛び級の話まで出たが学校生活を大切にしたいという本人の希望で年齢通りの学年に留まっているに過ぎない、スーパー女子高生。

 企業や大学に公的機関と引く手数多、彼女を怒らせると同時にそれらも敵に回す」

 スパゲティーをフォークに絡めながら、中村が語る。

「それがお前の幼馴染みだ」

 そんなことにわかに言われても。

 翔は訝りながら、ミックスグリルのハンバーグを口にした。

 ここは寮に近い、ファミレスチェーン『ハピネスヴィレッジ』。窓際のボックス席に腰かけた翔、中村、小早川の三人は、各々注文した食事を口にしながら談話していた。話の筋は結花についてだった。


「あ。お前信じてないな」

「だって、小学校卒業まではちょっと頭いいだけの普通の女の子だったんですよ?

 それがそんな、歩く国家権力みたいになってるってどう考えてもおかしいですよ」

「おかしいって言われると身の蓋もないなぁ」

「入学前の女史について、我々には語る術がない」

 マグロ丼をかっくらいながら小早川が会話に入ってくる。

 苔色のタンクトップ姿の巨漢が背を曲げながらファミレスでどんぶりを抱えている光景はなかなかシュールだ。筋肉の塊みたいな太い腕のせいで、持ち上げられたどんぶりが普通の茶碗に見える。

 てか、お前の私服はそれで正解なのかよ。

 ……ん。なんかこの絵面見覚えあるな……。

 なんだっけ……、えーっと。あれー、うーん。すげぇ気になる。

「だがしかし、今日(こんにち)における彼女の特異性については見ての通りだ。

 そもそも青海学園中央校、それも中等部に入学出来る事自体、突出した才能の持ち主と言えるではないか」

 ああそうか! 牛丼抱えたキ○肉マンに見えるんだ!!

 あーすっきりした。

 ……なんだすげぇどうでもよかった。悩んで損したよ。

「そりゃあ、そうですけど。なんか車乗り回してたし。

 でもそんなに凄い有名人なら地元でも噂になりますよ」

「何でも、親や地元には功績を隠してたらしいぜ」

 中村曰く、こんだけ広くても学園は閉鎖空間のため、外部に報道規制をかけることは難しくはないそうだ。


「ただまあ、〝森川結花の話は外ではするな〟が転じて、〝森川結花の話はするな〟に変わり、それがこじれて〝その名を口にするのも恐ろしい彼女〟とか〝itイット〟とかもう全然違う意味合いになってるけどな」

 僕の幼馴染みはヴォルデモートかペニーワイズの類いかよ。そういえば朝結花を探して方々に聞いて回った時、妙に歯切れが悪い反応だったな。自分が不審がられているもんだと思っていたが、そういう意味合いもあったのか。


 ――ぱしゃッ!


 不意に窓越しにフラッシュが灯る。

 見ると数人の男女が走って逃げていく。

「喜べ。〝森川結花の幼馴染〟としてお前もちょっとした有名人だ」

 どこの巨乳だ、そんな情報を早々と広めたのは。

 何にせよ結花がこの学園で特別視されているのは本当のようだ。

「結花ちゃんはそんな凄い事したんですか?」

「我々の持つE:IDフォンの開発に携わっている。

 最近では学園の秘密研究所でアンドロイドを造ってるという噂だ」

 小早川がそう言うと、中村が、

「なんか、アンドロイドじゃないらしいぜ。

 人工生命の研究とか何とか言ってた。あと、重力をコントロールするバックパックとか作ったって言ってたっけ? まあ、奴のやってることはよくわからん」

「そんなに難しい研究なんですか?」と、翔が問いかけると、中村は、

「SuperDark-Factorスーパーダークファクターってな……うーん、俺は理系じゃないからうまく説明できないんだよなぁ」と断りをいれつつ、


「ほら、天文物理学にダークマターとか理論上にしか存在しない物質があるだろ?

 あんな感じのニュアンス。異次元人とか、超能力とか、オーパーツとか。

 そういうのわけわかんないものの研究を秘密裏にやってるみたいだぜ」


 あ、怪しい……。ムーとかそう言う系のオカルトじゃないか。

 翔が怪訝な顔を表にしてしまう。すると中村が、

「ま、尾もヒレも付きまくった話だからどこまで本当かはわからん。

 なにせ極秘だからな。ほとんど都市伝説みたいなもんだ」

 と、フォローする様に言った。

「なんで秘密なんですか?」

「研究対象がぶっ飛び過ぎてて、結果いかんでは文明レベルを狂わせるんだと。

 天才どもの考える事はわからんわ。

 充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かないってやつかね」

 そっちはSFの話だけどさ、と、中村はスパゲティを口に含んだ。

「なんていうか……東京のタブロイド紙みたいな話ですね」


「そっか、お前外の人間だったからな」


 急に中村はニヤリと笑い、語り出した。




「とかく、ここは都市伝説に事欠かないんだ。

 そもそもここには小さな農村があったんだが、かなり強引に都市化したらしい。

 都市計画がうまくいかなかったのはその時に祠や墓場やパワースポットを壊すか無理やり移動したせいだって言われてるぜ。呪われてるって住民はすぐ居なくなった。

 そのなれの果てのゴーストタウンには怪談話が尽きなかった。連続殺人があって過疎化したとか、自殺の名所になったとかそんな噂も立ってた有名な場所だったんだ。

 だーれもいない街なんて最高の肝試し会場だしな。

 んで、青海学園はその廃墟を基盤にして造られたうえに、閉鎖空間、しかもあちこちで秘密主義の研究をしてるんだぜ」

 そしてフォークを翔に突き付けて、

「気をつけろよ。

 ここはな、いつの時代もいわくつきまくりなんだよ」

「いわく、ですか」

「やれ妖怪を見た、やれ逃げ出した実験動物やUMAが地下に住み着いてるだ、やれ異次元に行って帰ってきただ、やれ秘密の組織が存在するだのなんだかんだ。

 噂とウソとホントと勘違いが入り乱れてるんだ」

「いえ、秘密結社は実在します!」

 いきり立つ小早川が首を突っ込んできた。

「奴らは生徒に紛れ、日々周到にこの学園の乗っ取りを目論んでいるのです。

 安易に噂と断定し、警戒を怠ってはなりません!」

 ああ、だからエントランスでタックルしてくるのか。こいつが言うんだから、たぶんそんな陰謀論的な組織はないんだろう。てか居るとしたらそれお前の事だからと声を大にして言いたい。

「ま、こんな感じだ。

 ここで暮らす奴は少なからずそういう話に巻き込まれる。

 筑波の大学も裸足で逃げ出す勢いなんだぞ」

 中村は何故か自慢げに、


「噂には事欠かないのが青海学園のもう一つの顔。

 都市伝説学園ってわけだ」


 そうまとめてけらけら笑った。我が校の風紀委員長はわりあいそういう話がお好きらしい。だが翔は気持ちのどこかでざわつきを覚えて、うまく笑えなかった。

 その都市伝説の中心には結花がいるからだ。得体のしれないモノを真摯に研究していると噂されれば、そりゃ、〝it〟と呼ばれても仕方ないのかもしれないが……。

 結花が誤解されているようで、気持ちよくは無かった。

 中村も翔の雰囲気を感じ取ったのか、「あー」っと声を出すと、

「脱線したな。森川の話だった。

 そうだ、いいもん見せてやるよ」

 話題を変えようとスマホをいじりはじめた。


 ほれっと差し出されだ画面には、純白のワンピース姿で朗らかに微笑む美少女が写っていた。露出した肩の白い素肌は、優しい日の光で透き通るように眩しく、髪の毛はウェーブのかかったふわふわとしたツインテール。まるで天使のように愛くるしい少女の笑みは、その好意を自分に向けて投げかけてくれている、そんな錯覚させられ、思わずドキリとした。

 えらく可愛いが、ジュニアアイドルかなんかだろうか?


「それな、森川だ」

「ええっ!」

 嘘だろ、と翔は中村のスマホに食いついた。

「話の流れからして関係ない推しメン見せるわけないだろ。

 去年の学園祭でミスコンにエントリーした時の写真だ」

 いや、そりゃあ可愛いとは思っていたが、ここまでとは……。

 もう自分の写真だけでお金が取れるんじゃないのかこれ。

 いえむしろお金出すから撮影会させてください!!

「あいつ、こんな写真出してからファンも相当数いるんだぜ。ぼさっとした三つ編みと分厚いメガネさえ無ければこうも化けるものかと、学園中の男子を泣かせたもんだ」




「――はあ、なにいってんすか」

 ここで翔は世論に反旗を翻した。

「訂正してください。あの三つ編みとメガネが良いんでしょうが」

「え?」

「訂正してくださいよ。

 あの三つ編みとメガネがあって結花ちゃんなんですよ。

 結花の本当の魅力は三つ編みとメガネの向こう側に透ける着飾らない輝きです。

 結花は普段からちゃんと可愛いんです。三つ編みとメガネで可愛いんですよ!」


 先輩方が戦慄した表情を見せる。が、翔はさらに高らかに、


「三つ編みとメガネが無かったら三つ編みの先っちょをいじる癖も、メガネを拭いて掛け直したあと「よしっ」って呟いてご機嫌になる可愛らしさも見れないでしょ!?

 こういう写真は、たまに魅せる一面だからドキッとくるんです!」

 そして勇ましく拳を上げ、

「結花がいつもこんな格好だったら食傷気味とか言い出すくせに! お前らは毎朝の味噌汁を捨ててキャビアだけ食って生活できるんですかどうなんですか!?」

 ごつっと机に叩きつけ、

「あーもー、腹立つなクソッ!! どこのにわかだよそいつら!

 一人づつ整列させて修正してやるっ!!」


「「………………」」

「あ」


 二人の先輩が唖然とした表情で翔を見上げている。

 無意識に立ち上がって力説していた翔はハッと我に返り、己の醜態に気付いた。


 おわちゃー、や、やっちまったあぁぁぁぁ!!


 我ながらなんだ今の、ちょっとアッパー系入ったやばい人だったぞ!

「ご、ご、ごめんなさい! えっと……、」

 なんと取り繕うかと目を泳がしたが、うまく言葉が出ず、

「ちょっと、熱くなっちゃいました」

 ちょっとどころじゃないのは十分承知ですというニュアンスを含めてそう言った。

 あんぐりとした口を開けていた二人の先輩だったが、しばらくの間の後、

「あははははっ! おもしれーな、お前!」

「うむ。貴官の熱意はよく伝わったぞ」


 おっと。

 てっきりドン引きされるかとおもったが、なんか受け入れてもらえた?


「「いやいや、ふつーにキモい」」

 ですよねー。全然受け入れてもらえなかったー。

 XXXXさんにまでキモいと言われ、翔は泣き崩れるように着席した。


「けどまあ、ほかの奴らよりちゃんと森川を見てることだけはわかった」

「幼馴染み故に、と言ったところでしょうか。

 自分も反省しなくてはならないが、この学園の人間はどうにも森川女史に緊張してしまうきらいがある。貴官ならありのままの彼女を受け入れてやれるのかもしれんな」

 ありのまま、ねぇ。

 受け入れる以前にこちらが拒絶されているのが現状なんだが。

「でも、僕の事覚えてないって言われちゃいましたし」

「そこが謎なんだよな」

 中村がうーんと唸る。

「小早川、お前小学校の友達って覚えてるか?」

「当然であります! 自分、戦友は忘れようにも忘れられません!」

 そういって小早川はドックタッグをじゃらじゃら取り出す。

「市川、秋山、ベンジャミン……みんないい奴でした」

 コミュニティが特殊すぎて参考にならない。ベンジャミンの存在感。ベンジャミンって誰だよ、気になるわ。あとまるで戦死したみたいな言い草だが、どうせ学校が別になったか、XXXXっぷりに引いて関係が途切れたかどっちかだろう。

「俺も流石に全員とは言わないが、仲の良かった奴ぐらい覚えてるぞ。

 お前と森川は幼稚園と小学校、全部同じクラスだったんだろ?

 まるで初対面扱いって不自然すぎるよな」


「そこなんですけど、結花、なにか隠してるみたいなんですよ。

 なんとなく記憶が欠けたしまった理由に心当たりがある……みたいな」

「はぁ? なんじゃそりゃ」

「い、いえ、ほんと〝なんとなく〟、なんですけど。

 でもこの三年間になにかあったとしたら、それが原因なんじゃないかなって。

 そもそも、結花が天才少女になってること自体、僕にしてみたら妙なんですよ」

「うーん。俺が知ってる森川は中央生徒会に入ってからだし、その時にはもうあんな感じで人並み外れてたからなぁ」

「面目無いが、自分は同じ寮の中央生徒以外とはあまり接点がないのだ。

 有益な情報は提供できそうにない」


 中村と小早川も協力的に考えてくれるのだが、糸口は出てこないようだ。


「なんでもいいんです。結花の身の回りで何か事件とかありませんでしたか?」

「いや、そう言われても……こういうのは杉田の分野だしな。

 ま、あいつに聞いてもなんか無茶な条件つけてくるんだろうけど」


「条件……」




『私にキスをして。

 ソフトなのでいいから、ちゃんとリップにしなさいね』




 やばい、思い出さなくていい事思い出してしまった。

 女性にあんな迫られかたしたのは初めてだから、どうしても意識してしまう。

「――お前なに赤くなってんの?」

「い、いいえ、別にっ!」

 ちきしょう、童貞をもてあそびやがって。僕は結花一筋なんだっ!

「と、とにかく、杉田先輩は止しましょう。

 リスクが多すぎます」

 そこは三人とも完全に合意。深く頷いた。

「まあ、悪いけど俺じゃ助けになりそうにもない」

「自分も同じく」




 先輩たちがお手上げのポーズをとったところで、翔ははぁとため息をついた。

 まったくもって無茶苦茶な話だ。

 纏めると、『幼馴染みは翔の記憶を欠落した超天才女子高生で、この青海学園の生徒から怖れ敬われ、どこかの秘密の研究所で極秘の研究に従事し、噂じゃその内容はサイエンスの域を超えてオカルトレベル』なんだそうだ。


 翔と別れて3年の間に、一体何があったっていうんだ。


「つか、メアド貰ったんだろ? メールで本人に聞いて見ろよ」

 中村がそんな提案をしてきた。

「聞くって、記憶が無くなった理由ですか?」

「いや、本題じゃなくても。

 例えば、『今どんな研究してんの?』とか、そんな話題から入るとかさ。

 秘密っつっても話せる範疇なら話題にしてくれるぜあいつ。

 今のうちから気軽にメールできる関係を作っておけよ」

「中村先輩、楽しんでますよね」

 中村は「ま、多少はな」とおどけて見せた。

 翔はまたため息をつくものの、結花に近づきたい気持ちは確かだと思い、E:IDフォンを取り出し、彼女が入れてくれたメアドを表示する。

 が、どうにもその先に進めない。

「あんまりしつこいと嫌われるかも」

「おいおい、ここで怖気づくのかよ。

 メアドくれたんだから、あいつも多少、ほら、そういうことだよ。

 鉄は熱いうちになんとかって言うだろ。いけるって!

 森川とメル友なんてそうそうなれるもんじゃないぜ」

「うーん、でもまだ初日だし」

 囃し立てる中村に躊躇してそういうと、小早川が、


「確かに。敵陣が安易に攻め込みやすい状況を作っている場合は、何かしらの罠が待っている可能性も否定できない。これは古今東西使い古された策だが非常に有効だ」

 こいつはいったい何の話をしてるんだか。

 なんで結花が攻撃してくるんだよ。

「ここはいったん待機し、外堀から埋めていく戦略を提案します」

 まったく伝わらないが、どうやら小早川は慎重論派らしい。

「いやいや、脈があるうちに畳み掛けなきゃだめだろ」

「お言葉ながら、時期尚早(じきそうしょう)かと。

 初歩の一手こそ、よく考えて指揮すべきであります」

「は? お前がそれ言う?

 おい仁藤、こいつと俺のどっち信用するんだよ」

 当事者を置いて好き勝手言い争いしないでくれ……。

 翔がどうしたもんかと唸っていると、


 PILLLL。


 ――着信だ。

 真新しい黒い画面に白いゴシックフォントで『森川結花』と書かれている。


 ウップス!(マジかよ!) ここでまさかの本人からお電話だぞ!!


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