僕の新居はガタイの良いキXXXに護られていた。
結花に送ってもらい、寮に辿り着いた頃には、日が傾き始めていた。
何か抱えているものがあるのなら、話してほしいな。
去って行く車を見送りながらそう思い、なんだか寂しくなった。
だが今の翔はそこまで踏み込む関係にはなれていない。
まあ、構わない。名前だけでも〝友達〟になれたのだから、ずいぶん前進した。
今日の成果としては上々だろう。
自分にそう言い聞かせ、翔は新居を見上げた。
寮といっても、佇まいはありふれた四階建て1DKで、風呂、トイレも個室にある。エントランスはオートロックになっていて、入場にはE:IDフォンか室内にいる人間の開錠がいる。要するに一般的なワンルームマンションを寮として流用しているのだ。
翔は朝一着の深夜バスでここまで来たため、自分の部屋をまだ拝んでいない。
部屋があるのは三階だ。新しい家って、ちょっとわくわくするな
ガラス張りの自動ドアが開き、翔はエントランスに入る。
なんだかんだで結花とも再会できたし、翔はこれからの生活に胸を弾ませ、軽い足取りで進んだ。自然と鼻歌なんて漏れたりする。
「♪ふんふふんふー」
「何者だ、貴様ァ!」
「♪ふんブホッ! ――ゲフッ!」
いきなり体が横転した。
タックルをもろに喰らい、鼻歌を交えた気分が体ごと吹き飛んだ。
ライオンのような荒い髪に、鉢がねみたいに縛ったバンダナ。
迷彩柄のタンクトップは分厚い胸板で盛り上がり、頑丈そうな上腕二頭筋が脈打つ大男だ。
そいつは軍靴で翔を足蹴にし、銃身の長いマシンガンの銃口をむけ、スタローンの吹き替えを演じた羽佐間道夫ばりのだみ声で、
「怪しいやつッ! 所属校と出席番号を名乗れ!」
ふざけろ、お前のほうが何十倍も怪しいよ!
涙目でツッコミを入れたかったが、ここは相手を刺激しないほうがよさそうだ。
「ちゅ、中央高等学校一年生の、出席番号は、えっと!」
マズイ、今日振られたばかりで出席番号が出てこないッ!
「どうした、貴様!」
「す、すみません、入学したてで出席番号忘れました!」
「ならあの世で思い出すんだな!」
ガチャっとセーフティーらしきものが解除される。
「ひいっ! 僕、今日からここに住むことになってる仁藤翔です!
なんにもしてないしなんにもしないから許して!
田舎にはお母さんが居るんだ!」
「仁藤翔……?」
イタリア風降伏術が功を奏したのか、男は銃を収め足をどけた。
「失礼した。君が仁藤翔か」
男は一転、和やかになり、手を差し伸べて翔が立ち上がるのを手伝ってくれた。
「新入生が入居すると聞いていたが、すっかり忘れていた」
おいみんな気をつけろ!
こいつ今、訪問者にはとりあえずタックルを入れるつったぞ!
「自分は青海学園北高等学校、体育科二年生の小早川みのるだ」
小早川は敬礼をしながら自己紹介をする。
「北高生徒会の風紀委員、階級は委員長だ。
警備上の理由とはいえ、非礼があった。許してほしい」
「……はぁ」
いやいやいや。
明らかにお前の方が取り締まられる側だろうが。
「いやあ、貴官が今日から寝屋を共にする仲間か。
何かあったら遠慮なく相談して欲しい」
つい数時間ほど前に同じような台詞を別の風紀委員長に聞いたが、こうも感じ方が違うものかと。色々言いたいことがあるが、相手は銃を持っている。あれが本物かモデルガンかは定かじゃないが、警備用という事はそれなりの攻撃力は備えているはずだ。
「……部屋、入っていいですか?」
XXXXに刃物と言うし、翔は触れない事にした。
「ああ、許可する。
そこのパネルにE:IDフォンをかざしたまえ」
促されて、黒いパネルにスマホを……、
「ん?」
ポケットを探るが、見当たらない。
カバンの小物入れにも……ない。
いやそんなはずが、だってさっきは結花の前で見せて……、
あ。
「く、車の中か……」
ヤバい、失くすなと言われた側からさっそく紛失してしまった。
これじゃ部屋に入れないし、結花に連絡しようにもカギ=携帯電話だからどうしようもない。利便性が完全に裏目に出た。まあそもそも連絡先知らないけど。
アレをなくすと本当に命取りなんだな……。
ガチャリ。
翔の背中でもう一度セーフティが解除される。
「貴様、E:IDはどうした?」
「お、おとしちゃった……みたいです」
「落とした、なるほど。
つまり貴様が仁藤翔を語るスパイでは無いと証明できないわけだ」
いぇい、こりゃまいった。迫真の命取りっぷりですわ。
前提条件のおかしいところがXXXXの成せる業だが、悲しいかな、今は奴がルールだ。翔は後ろ向きのまま、とりあえず手を挙げた。
「知ってるか? スパイは銃殺刑だ」
「聞いたことないです」
「なら勉強がてらもう一つ教えてやろう。
自分は敵のスパイを許さないが、死んだスパイだけは許すことにしている。
さあ、仲良くしようぜ」
嫌だ、せっかく結花会えたのに殺されるなんてまっぴらごめんだ!
「ぼ、僕を撃ってみろ! ボスが黙っちゃいないぜ!」
「ぼ、ボスだと!?」
「そうだ。僕のバックにはこの学園を牛耳る奴がついてるのさ!」
相手の調子に合わせたハッタリだったが、小早川は動揺を示した。
言ってみるもんである。
「貴様、やはりただの新入生じゃなかったな……っ!
吐け、貴様の上官を吐くんだ!」
「え、えーっと……」
そんなこと言われても今日やってきたばかりの翔がこの学園で虎の威を借りれるようなビック・コネクションなんて……、
あ。一人いた。
「す、杉田さおり様だ!」
「杉田女史……だとぉ!?」
おぉ、通じた。やっぱりあっちこっちで有名人なんだ。
まああんだけ美人で性格悪くておっぱい大きければそりゃそうか。
「僕は彼女に好かれてるからな! 手を出したら火傷するのはそっちだぜ!」
翔は調子にのって畳みかけてみた。
「貴様、杉田女史の傀儡とは」
「そうだ、だから今日のところは見逃しませんか?」
「いや、特に見逃す理由がない」
あんぎゃー。
「なんでだよぉ、今びっくりしてたじゃんかぁ!」
「杉田女史を怒らしたらマズイとちょっとだけ思っただけだ。
よくよく考えたらあの方の切り捨てっぷりからして、すぐに名前を吐くようなお前なんて捨て駒にするに違いない。
あとそういう輩を消したところで女史はそんなに怒ったりしないしな」
なんだよそれ! おっぱいのバーカッ!
「あの人の名前を出したのは失敗だったな。
貴様は明らかにスパイだ。よってここで処分する」
「ちょ、ちょっとまって! まだ僕にはコネがある!」
「なんなんだ、見苦しいな。早く撃たせろ」
「あんた引き金引きたいだけでしょう!?」
「いけないのか?」
「それ説明しなきゃだめなの!?」
「おいおい、なんの騒ぎだこりゃあ」
聞き覚えのある声がエントランスに入ってくる。
中央生徒会の中村先輩だ。あくびをしながらゆっくり入って来る。
地獄に仏たァこのことだッ!
「中村先輩、助けて!」
「ん、お前、仁藤か?
なんでここにいるんだ?」
「今日からここに住むんです!」
「口を開くな、スパイめ!」
「ひぃっ!」
中村はうわー、と惨状を嘆くと、
「同じ寮だったのか。よくトラブる奴だな……。
おい小早川、こいつは俺の後輩だ。何をしたか知らんが離してやれよ」
「いいえ、中村風紀委員長殿!
こいつは杉田女史の傀儡であり、信用する事が出来ない!
おそらく中村風紀委員長に近づいたのも杉田女史に有益な情報を流すためのスパイ行為の一環であります! こんな奴らを野放しにしておけば学園は崩壊する!
反体制側の人間など鉛を浴びせてやればいいんだッ!!」
「反体制って何っ!? 一体どこの国の話してんの!?
お願いだからXXXXさんこっちの世界に戻ってきて!」
「あーあ……」
火がついた小早川は中村でも手を焼くらしく、どう説得したもんかといわんばかりの溜息が聞こえる。
「あ、そうだ。小早川、こいつを殺るのは不味いぞ」
「何故です!? 反乱分子を放置するわけにはいきません!!」
「こいつ森川の幼馴染みだ」
「え」
どういうわけか、結花の名前を出した途端に空気が凍った。
「……、…………。
またまたぁ。中村風紀委員長殿も下手な嘘を」
「いやいやそれがホントらしい。
俺も半信半疑だったけど、杉田が裏を取った」
「じゃ、じゃあこいつの言っていたもう一つのコネとは……」
「仁藤さん、忘れ物です!」
車にあったスマホに気付いてくれたのだろう。
エントランスに結花が乗り込んでくる。
結花は小早川のマシンガンなど意に介さず、ずけずけと翔の元にやってくると、
「あれほど紛失しないように言いましたよね!?
困るのはあなたなんですよ!」
「あ、ご、ごめん……」
「まったく。中央生徒会の人間なら、もっとしっかりしてもらわないと困ります!」
小言を交えながらE:IDフォンを翔に突き付ける。
と、受け取り間際に、
「……そ、その」と、蚊の鳴くような小さな声で結花が言った。
「ついでに、私のアドレス……入れときましたから」
そう言って真っ赤になって俯く。
うわなにこの子。死ぬほど可愛い。
「ありがとう! 凄いうれしい!」
「友人と生徒会役員として連絡先を教えただけです!
つ、次に失くしたら、本当に知りませんからね!」
気恥ずかしいのを隠しましたオーラ全開で、結花は背中を向けた。
めっちゃ抱きしめたい。それ犯罪だけど。
「……さて」
その可憐なオーラが一瞬で掻き消えた。
結花の声のトーンは鋭利で攻撃的なものに変わっていたのだ。
「北高風紀委員長の小早川先輩、でしたね」
「は、はい!」
名前を呼ばれ、小早川は裏返った声で返事をした。
びしっと『きをつけ』なんてしちゃってる。
「見たところ何か揉め事のようですね。彼は中央高校の生徒ですが、もし彼に落ち度があったとするのであれば、わが校の生徒会長代理として謝罪致します」
そこで言葉を区切り、
「もし落ち度があったとすれば、ですが」
「あ、え、いや、その」
小早川は蛇に睨まれた蛙、というか、プー○ン大統領に睨まれた外交官みたいに萎縮してしまった。リアルに息してないらしく、顔は真っ赤になっている。
「自分は、その、えっと!」
「苦情は中央生徒会で受け付けますので、ご遠慮なく。
それでは失礼します」
返事も聞かず、結花は一礼してエントランスを出ていった。
「…………」
残された翔は放心するしかない。
なにあれ。結花ちゃん何者?
「おい仁藤、小早川。早く着替えて来いよ」
もう事態は解決済みとばかりに中村が言う。
「メシ行こうぜ。入学祝いだ、奢ってやるよ」




