あの日の誓い
幼い泣き声が空に響き渡る。
砂場と、滑り台と、ブランコ。
どこにでもあるような児童公園で、彼は泣いていた。
歳は5つ、まだ未就学児の彼は身を護るようにしてうずくまっていた。
泣きじゃくる少年の周りを、同年代の少年達が囃し立てている。
子供の社会は時として大人のそれよりも残酷だ。
弱者は容易に強者に呑まれ、痛めつけられる。
弱い。それだけが罪とされ、私刑に遭う。
彼もその一人だった。
彼にできる唯一の抵抗は、ただただ泣く事だけだった。
悲しくて。
痛くて。
どうしてこんな酷い事をされるのだろう。それを明確な言葉にする力をまだ身に着けていない彼は、抗議を悲痛な声に変えて、ただずっと泣いていた。
「やめなよ」
天使はそこに現れた。
彼と同じ、未就学児の少女だった。
伸ばした髪を三つ編みで整え、透けるような白い肌に大きなメガネの女の子だ。
彼女は綺麗で、それでいて強い意志を持った声で、
「その子をいじめるの、やめなよ」
加害者たちを咎めた。
そこから彼女がどうしたのか、怯えていた翔には思い出せない。
大人にいいつけると言ったのか、もしかすると武力で追っ払ったのか。
とにかく気付けばいじめっ子たちは退散していた。
彼女は翔の傍に座ると、
「もう、だいじょうぶだよ」
と、優しく声をかけてくれた。
だが翔は顔を背けた。
〝オトコノコが、オンナノコに助けられる〟
まだ幼いながらも微かに芽生えていたプライドが、彼自身を許さなかったからだ。
彼は涙を拭いながら、救世主に対し、あろうことか、
「あっちにいって」
と冷たく言い放った。
「…………」
少女は沈黙した。
怒ったかな。きっと怒ったよね。
助けた子にこんな事言われるなんて、酷いよね。
僅かな後悔を感じたその時。
――CHU。
頬に何か、暖かいぬくもりを感じた。
キスだ。小さな唇が離れ、少年は激しく動揺した。
彼女は人差し指でシーっとジェスチャーすると、
「ナイショだよ♪」
と、悪戯っぽく笑った。
「今度は翔くんが助ける番だよ。
泣いている誰かを、翔くんが助けてあげて」
彼女は小指をそっと差し出した。
「指切りげんまん♪」
今思えば、彼女のあの約束には深い意味は無かったのかもしれない。
ただ翔が落ち込み塞ぎこんでしまう前に、気持ちを奮い立たせただけだろう。
だがその時交わした契りは、幼い彼の胸に確かな炎を宿した。
この子のために、もう二度と負けない。
そう、絶対負けるものか――!