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7 逡巡

 ひと通り最後まで説明を聞いた玄は、確認するように関羽を見る。すると関羽は玄の視線を受けて小さく頷き。まずは標準装備の剣を手に取った。


 そして、軽く一振り……


 『ひゅん』という小気味良い音と共に振られた剣は、玄の目でははっきりと捉える事ができなかった。


「え? はやっ!」


 その速さに思わず声を漏らす玄には構わず関羽は口を開く。


「軽すぎるな……もう少し重いのはないのか」


 ヘルプは関羽の問に首? をすくめる。


「悪いが、その剣は共通なんでね、変更はできない」


 ヘルプの回答に関羽は文句をいうこともなく頷くと、その剣を鞘に入れて腰に差し残りの四つの武器を一つずつ手に取って確認していく。

 矢を放ち、小柄を投げる。部屋の中でどうなるんだと一瞬心配した玄だが、放たれた矢や小柄は部屋の壁の向こうに消えていくだけだった。さらに大刀を振りまわし、槍を突いたり回したりする。

 そして、その動きのどれもが玄の予想を遙かに上回る速度で正確に行われ、玄の目では全てを捉えることができなかった。


「確かになまくらだな。私の青竜偃月刀せいりゅうえんげつとうがないのが口惜しいな。こちらの武器も重さや長さの違う物はないのか?」


 関羽がいう偃月刀というのは日本の薙刀に似た武器で柄が長くその先に刃がついている。関羽の愛用していた青竜偃月刀は重さが八十斤(約四八キロ)を超えたといわれている。


「弓と槍だけは体格に合わせなきゃならないからな。それを選ぶ時には多少は変えられるぜ」

「ふむ、ではこの槍のもう少し長くて柄の太い物をもらおうか。これでは短すぎるし、柄が細すぎて我の手が余ってしまうからな」


 確かに玄程度の体格ならば、いま関羽が持っている槍で充分すぎるほどだがおそらく二百センチ近い身長と、玄の二倍はあろうかという肩幅から考えればその槍はあまりにも貧相に見える。


「まっ、そんくらいは仕方ねえやな。そのまま持っててくんな」


 ヘルプが、関羽の持つ槍に向かって軽く指を鳴らすと、槍が一瞬だけモザイクのように分解され再び関羽の手の内で槍の形に戻った時には関羽の要望どおりの形状になっていた。

 おそらくデータの書き換えが行われたのだろう。


「ふん、あやしい生物が怪しげな術を使うか」


 関羽は目の前に現れたヘルプにも、手の中でおこった不可思議な現象にもまるっきり動じず、飄々と手の中の槍の感触を確かめ軽々と片手で振り回している。


「穂先は変えられんのだな?」

「無理」

「先程、弓が壊れたときに直すのは構わないといったな?」

「いった」

「そこで問うが、麻縄と(にかわ)を濃くして粘着力を増した物を用意できるか?」

「……」

「おぬしから貰えないのであれば、探すしかないがこの状態のまま自力でこの先見つける事は可能か?」


 ぽんぽんと質問され、自分のペースで話せないことが気にくわないのか淡々と答えていたヘルプもさすがに首をかしげた。


「自力では……無理だと思うぜ。そんなものこのゲームじゃ使わねぇし。確かにフィールドに出れば木や草があるし、獣もいる。だがあくまでもデータの上でだ。罠をかけたりするのに草木は燃えるし、穴も掘れる。だが草木を切っても樹液は出ないし、獣を殺すことはできても食べることはできない。霊は腹なんか空かないからな、危機を回避するために殺すことはできても、そこより先は設定されてないのさ。縄を作ることはできるだろう、罠を組んだりするのに使うかも知れないからな。ただ膠の方は獣や魚の骨や皮から煮詰めて作る物だからな。多分無理だ。何に使うのか知らねぇけどよ」


 ヘルプは、どんなにリアルに見えても所詮はゲームの世界だということを淡々と述べる。そしてそのヘルプの言葉は筋が通っていてもっともな回答だった。


「ヘルプ。もしお前の裁量内でなんとか用意できて、それがゲームの規則に反しないなら出してあげられないかな?」


 玄は、関羽が何をするつもりなのかは全く分からなかったが、関羽の言葉は迷いのない自信に裏付けされているように思えたし、冷静な話しぶりも今まで玄が抱いていた名将のイメージに重なる。

 その関羽が必要だと言う。そうであるならば、できる限り何の憂いもなく万全の状態で戦わせてあげたい。それが玄の思いである。


「うーん……まあ確かに武器になるようなもんじゃないしな。でも接着剤だってうまくすりゃ罠の道具になるからな……そのての物は自作するのが原則なんだぜ。だが、玄がそう言うんじゃ仕方ねぇ。ただし! 罠への転用ができないように設定させてもらうし、量も多くは出さない。麻縄は三尺(約一メートル)、膠はどんぶり一杯ってところだ」


 ヘルプはそういうなり、その通りの物を虚空から取り出してその場に用意する。膠の入ったどんぶりが、ラーメンどんぶりなのは愛嬌のつもりだろうか。


「充分だ」


 出されたものを見て満足気に頷いた関羽はまずは麻縄を手に取り一度ほぐしたあとに、さらに細く強靱により合わせていく。そうして二倍程の長さになった縄をどんぶりに入った膠に沈めた。

 しばらくそのままにして、縄に膠がしみ込むのを待つ。その間に腰の剣を抜くとのあたりを、サブウェポンの槍の石突側と重ねるようにしてなにかを調整する。その結果、剣身の半分ぐらいまでが石突側の先から飛び出るように重ね、槍の柄と剣を一緒に縄できつく、きつく巻きつけていく。


 関羽の力できつく巻かれた縄からは、膠が滲み出しぽたぽたと床へと垂れていくが、もちろん玄の部屋の床には影響はない。そのまま完全に槍と剣が一体になるように縄を巻き続けた関羽は、今度は残った膠を丹念に縄の上から塗りつけていった。


 そんな作業を実に淀みなく進めていく様を、玄もヘルプも感心しながら眺めていた。見られているはずの関羽は、そんな二人の存在など全く無いかのように集中して作業を進めていたが、やがて小さく頷くと立ち上がって槍を軽く振った。

 どうやら本来の槍先ではなく、縛りつけた剣の飛び出た方を穂先としているようだ。


「即席の薙刀? みたいなものかな」


 玄が感心して頷く。


「弓を直してよいということは、武器の改良も裁量の範囲ということであろう。文句はあるまい」


 関羽は、重さや長さが自分好みに近づいた武器の感覚を確かめるように振り回しながら、顎鬚を揺らして不敵に笑う。


「確かにな……文句はない。しかしよく思いついたもんだ。その剣は共通の備品で絶対に折れねえ。接合部分が外れて落としたところで待機に戻れば帰ってくるしな」


 勿論、関羽にしてみれば結果的にそうなっただけで、そんなことを考えていた訳では無いだろう。自分の力と速さを活かすためには、ある程度の間合いで使える『切る』武器が必要だっただけだ。もともと愛用していた青竜偃月刀に近い武器を使った方が早く勘も戻るという目算もあっただろう。


「しばらく勘を取り戻すために訓練をする。明日の夜にはめどがついているはずだ」

「わかった。明日、訓練の結果次第で出陣するかどうか決めよう。ヘルプ、電源を切っても関羽は訓練できる?」


 一方的に関羽から宣言されるが、関羽が納得するための大事な時間であるため、玄にも否やはない。時間の許す限り目一杯訓練をしてもらって構わない。


「電源を切っちゃうと駄目だな。どうせ電池なんかなくても動くんだから、つけっぱなしにしとけよ。映像だけ端末の画面に映しておけばいいさ」

「なるほど」


 玄はヘルプの勧めに従い、メニュー画面を呼び出すと関羽の表示を立体投射ではなく、画面表示モードに変更してからVSをそっと机に置いた。映し出されている画面では関羽が華麗に武器を振るっているさまが見える。

 玄は、VSから視線を外してベッドに戻ると枕元の時計を見る。それから大きな溜息をついて、ベッドの上に身を投げ出し天井を見上げた。


「3時37分……か」


 いつの間にか随分と夜が深くなっていたらしい。ゲームスタートから流れに押し流されるままに勢いで話を進め、状況に順応しつつあったが、こうして一人になって静かに思い返してみるとどう考えてもゲームの域を超えている。


「……恐くなったか?」


 声がして視線を向けるとVS上空にヘルプがいる。


「なんだまだいたのか。もう消えていいよ。また何かあったら呼ぶから」

「恐くなったのか?」


 ヘルプは玄の言葉を無視して繰り返す。


「なんだよ偉そうに…………そうじゃない、そうじゃないんだ。だけど……なにか、なにかが納得いかない」


 妙に頑ななヘルプに仕方なく玄も頭の中に渦巻いていたものを吐き出す。


「これはゲームだと言っても?」

「……俺にはもうこれがゲームとは思えない。少なくともテレビゲームの範囲は逸脱してる。そうだな……むしろ、スポーツや鬼ごっこみたいな人間同士がやる競技に近いかな。しかも人格を無視された強制参加者が百人もいる」


 玄は天井に視線を戻して答える。


「どうしたいんだ?」

「……どうしたいんだろうな」

「じゃあ、取り敢えずは?」

「……まずは関羽を劉備と張飛に会わせてやりたい。参加させられてるんだろ」


 三国志好きな玄にとっても、桃園の三兄弟があんな別れ方をしたのは残念なことだった。だから関羽が再会を望むのなら、全力で手助けしてあげたいと思っていた。


「たぶん……な」

「とにかく、俺にもゆっくり考える時間と心の整理が必要だよ。未だにどこか信じられない気分なのに、今晩の事は現実として受け入れてる。自分が、こんなにもありのままを受け入れられる人間だとは思わなかったよ」

「……………」

「一人にしてくれないか」


 玄がそう言ってVSに目を戻したときには、ヘルプの姿はもうなかった。


「明日は、第二土曜で学校は休みか……。『芸夢』へ行っておじさんに話を聞いてもらおう。おじさんに話すなら守秘義務とやらの範囲内だろうし」


 玄はひとり呟く。不思議なものでそう決めてしまうと、すっと肩の力が抜けた。かすかな吐息とともに目を閉じた玄は、瞬く間に眠りへと落ちていた。


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