6 戦闘準備
自分の知っていることを全て話し終えた玄が、静かに関羽を見上げたとき関羽は立ったまま目を閉じ佇んでいた。玄はその姿を見て、なぜか泣いているのだと思った。
その姿のどこにもそんな片鱗は無いが、今の話を聞けば関羽が死んだことから蜀の衰退が始まっていったように感じたはずだ。そしてその通りである部分は少なくない。
関羽自身が思っている以上に劉備たちとの義兄弟の絆が強かったのだ。国の方針をねじ曲げ我が身を危うくしても惜しくないと思う程に。
おそらく関羽の胸中では、様々な後悔と残された者たちの苦労と心中を思い、自分のふがいなさに激しい怒りを感じているのだろう。そんなときに玄にできることなど何もない。玄は何も言わず、ただ待っていた。自分の知っていることは全て伝えた。それをどう受け止め、どう感じるかは本人が決めることで玄が横から口を出すことでは無い。
「……おぬしの言うこと。おそらく大きくは間違ってはいないだろう。死んでからの記憶は、恐ろしく曖昧で何一つ確たる事は思い出せん。だが、おぬしの話には私を納得させるものがある。覚えていないだけで私はそれを知っていたのかもしれんな」
玄はそれに関しては何もいわない。関羽もおそらく答えて欲しいわけではないだろう。だから玄はこれからのことを聞いた。
「……俺の知っていることはそのくらいだし、現状はさっき話したとおり。このゲームがいったいなんなのかはわからない。負けたらあなたがどうなってしまうのかもわからないし、例え最後まで勝ち残ったとしてもそれが良いことなのか悪いことなのかもわからない。 その上でまずあなたの意思を確認したい。この作られた舞台に乗るか、それとも……」
「……確か、三日間は戦場に出なくとも消去される事はないのだったな」
玄は頷く。現在関羽はゲーム上『待機中』という扱いになっている。この状態からVSが管理しているフィールドにアクセスしてそこで行動をし、他のプレイヤーの武将と出会ったりすれば話し合いや戦闘という流れになっていく。
待機時間は最長で72時間、減った待機時間はフィールドに出れば出ていた時間に応じて増えていく。
待機時間を超えてフィールドに出ない場合、その武将は消去されてしまう。つまりゲームオーバーだ。
「一人の武人としてどんな戦いだろうと逃げる事などできん。しかし、己の力量を知らずに戦うことほど愚かなこともできない。今の自分が以前とどう違うのか、どれほど動けるのかを確認するまでは戦はしない」
玄も先程ヘルプに対して同じような理由から徹底的にルールを学んだ。戦場では自分自身を甘やかす事は即、死につながる。まず何よりも己を知り、何ができて何ができないのか、そして何をすればいいのかを厳しく判断しなければならない。関羽の言葉を玄は当然の事だと思い頷く。
「それに、私がこうしてここにいるということは、兄者や張飛などにも会えるかもしれん。 このような身になりはしたが今一度会いたいと思う。それまでは負ける訳にはいかん」
現代に生きる玄には、関羽が想う義兄弟の契りがどれほど重いものなのかは想像もつかない。戦乱の中で生と死の中を駆け抜けて築いた絆だからと、頭で納得することはできるがそのことの本当の意味はおそらく三人にしか分からないのだろう。
「……わかった。ヘルプ!」
関羽の決意を聞いた玄は、おもむろに端末へ向かってヘルプを呼ぶ。すると端末の画面から今度は煙が立ち上ってその中からヘルプが現れた。
しかし今度は麻雀牌の真ん中に大きな円の模様、それを鼻に見立ててその両斜め上に小さな●。鼻の円の下に横棒が一本引いてあるのが口か。そしてそれはやはり麻雀牌の牌の一つである。
「……今度は『一筒』か」
「YO-HO! 元気にしてっか! 玄」
相変わらず無駄にテンションの高いヘルプが、また両手両足を出してくねくねと踊り続けている。
「それにしても関羽とはな! おめえさんも運がいいぜ。これで上位入賞は決まったみたいなもんじゃねぇか。どんなぼんくらプレイヤーでもそうそうは負けねぇだろう。あっ、さっき消えちまったのは別にわざとじゃねえぜ。制作者の意向でな、最初の登場シーンぐらいは邪魔者なしで見せてやろうじゃんってことになってんのさ。泣かせる心遣いってやつ?」
玄は一向に落ち着く気配のないヘルプに溜息をつくと躊躇いなく2ボタンを押した。
「ぐっ! てめっ……ま、た」
「話を聞く気になったか?」
「……はい」
大人しく頷いたのを確認して、2ボタンを離すとヘルプは恨めしそうに玄を見つめるが、玄は構っていられないので無視して用件を切り出す。
「ヘルプ、仮にも戦いのゲームなんだから当然素手で殴り合う訳じゃないよな。武器はどうなってるんだ」
玄は関羽がこれから実戦の動きを確認するにあたり、より実戦に近く武器を持ってもらうのがいいと判断した。しかし、関羽の身につけてる物の中で武器らしい物は何もない。であるならば、最初の段階で何かしらの装備が貰えるようなイベントなりなんなりがあるはずだと考えたのである。
「OH! さすがだな玄。一応聞かれなきゃ答えない手続なんで言ってなかったんだが最初に使える武器は五種類。どれも下っ端兵士が持つような、なまくらだが条件はみんな一緒だから我慢してくれよな」
そういうと、ヘルプは虚空から剣を取り出した。刀身が80㎝程の直刀と呼ばれる片刃の反りのない剣で漢の時代に使われていた鋳造品の武器だ。
「まずは剣が一振り、これは全武将の標準装備だ。ただ見た目はまんま直刀で切れ味はだいたいお察しのとおりだが、標準装備ということで折れることはない。それに紛失しても待機モードになれば戻ってくる設定だから、武器がなくなるということはないはずだ」
続いてヘルプは、次々と虚空からいろんな武器を取り出しては空中に並べていく。
「あとはサブウェポンとして、弓、小柄、大刀、槍。この四種類から一つ選んでもらうことになる」
ヘルプが取り出した武器の数々は、どれも特別な装飾などもなく、ごくごく一般的な武器のようだった。
「弓はわかると思うが飛び道具だな。付属の矢は十本だ。小柄は投擲用の小さな刃で本数はやっぱり十本だな。こいつらは消耗品扱いだが矢と小柄は紛失しても待機モードになれば初期本数までは元に戻る。ただ、弓を壊された場合は矢が戻っても弓は直らないから気を付けろ。まあ、自分で直せば別だけどな」
ヘルプはさらに淡々と説明を続ける。
「次は大刀か、これは剣よりも大きくて重い。その分切れ味も威力もあるがそれだけだな。 あとは槍、これはいうまでもないな。柄があるぶんの間合いの長さが特徴だな。どれもなまくらだからそんなに丈夫じゃないがね」