62 憤闘
甲高い金属音と同時に吹き飛ばされていく夏侯淵を追って夏侯惇が走る。
夏侯淵は大きく飛ばされたあと、自らが陥没させた地面の斜面にぶつかり、さらに勢いは止まらず斜面を転げ上がるように吹き飛び、それでも勢いが止まらない夏侯淵は斜面の端からジャンプ台のように打ち出されて宙を舞い、地面に叩きつけられて止まった。
あまりの衝撃に呻いて身動きが取れない夏侯淵、だが絶好の追撃の機会に化物は動かない。
「く、いつでも殺れるということか」
悔しさに歯軋りしながらも、夏侯淵のもとにたどり着いた夏侯惇が夏侯淵を抱き起こす。
「妙才! 大丈夫か!」
「ああ……惇兄、問題ねぇ……ただ華雄槌が粉々になっちまった」
問題ないとは言いつつも夏侯淵の全身は激しく痛んでいる。大金槌が方天戟の一撃から守ってくれたとはいえ、武将が変化した強力な武具をあっさりと粉々にするほどの一撃を至近で受けたのだ。
その後の吹き飛ばされ方からから見ても相当なダメージがあったはずであり、身を起こすのも辛そうな夏侯淵の症状はおそらく全身打撲に近いものだろう。
「一体何がどうなったんだ、惇兄」
「……奴は方天戟を使ってお前の一撃から逃れたあと、砂塵に紛れてお前の真似をするように死角の頭上へと跳んだ。どうやってかは知らん。……わかるのは結果だけだ。だがこれまでの奴の動きを見る限り、普通にただ跳んだだけと言われても信じざる得ないな」
「け、本物の化物かよ……惇兄、もう駄目とはいわさねぇぞ」
夏侯淵がふるふると震えながらも弓を手に立ち上がる。
「なにがだ?」
「撤収だよ」
「妙才!」
「うるせぇ!!」
撤退を主張する夏侯淵に声を荒げようとした夏侯惇を押さえ込むように夏侯淵が叫ぶ。
「勝つんだろうが! いまここで奴と戦い続けることは勝ちじゃねぇ! 殿と合流し、危機を知らせ、対策を練り、いつか再びこの世界をも統べるのが勝ちだろうが!」
「むぅ……」
「ならここは退こうぜ、惇兄」
夏侯淵の言葉が夏侯惇の胸に刺さる。確かにそうだった、ここで時間を稼ぐのも大事だがこれほどの敵がこの世界にいるという情報はなにがなんでも己が主に伝えなければならない。できうることなら自らが護衛に付いていなければならない。
自分たちふたりの全力の攻めをまったくの無傷で凌ぐような敵と、これ以上戦っていても勝機はないうえに時間もさほど稼げない。
「……確かにお前のいうとおりだ。勝つためにここは退こう。……無論あいつが見逃してくれればだがな」
夏侯惇がゆっくりと陥没した地面を上ってくる漆黒の化物を見る。
「ああ…………だから、ここは俺がやる。惇兄は先に行ってくれ」
「馬鹿な! 何を言っている妙才」
震える手で夏侯惇を後ろへと押しやりながら夏侯淵がへっ、と笑う。
「誰かがあいつを止めなきゃ逃げられねぇ。俺はあとから逃げる」
そういって夏侯淵は減らない矢箱を逆さにして大量の矢を地面に落とす。
「なにを言っている妙才? その身体で逃げ切れると思うのか!」
「がははは! 思わねぇな。……だから残るしかねぇだろ? なぁ、惇兄」
「く……」
夏侯淵の覚悟を決めた言葉に夏侯惇の言葉が詰まる。確かにいまの夏侯淵はまともに走れる状態ではない。夏侯惇が肩を貸せば、人並みに走る程度の速度は出せるだろうが、おそらくそれでは逃げ切れない。
夏侯淵にもそれがわかっているのだろう。
「ほら、もってけよ惇兄」
地面に山と積まれた矢を見て、夏侯淵が矢箱を夏侯惇へと渡す。夏侯惇は黙ってそれを受け取ると矢箱を背負う。この無限に矢が供給される矢箱はこれからの戦いにも役に立つ。
「妙才……」
「分かってるさ。諦めるつもりはねぇ」
夏侯淵が積まれた矢の中から掴めるだけの矢を光を帯びた手で握り締め一本の矢に凝縮していく。
「惇兄、俺が射ったら行け。隙は作ってやる」
「すまぬな……妙才」
光る矢を構える夏侯淵に夏侯惇が搾り出すように声をかける。
「いうなよ惇兄……若かった頃のように惇兄とまた暴れられて楽しかったぜ」
「む、そうだな……これで孟徳がいればさらによかったのだがな」
「ちげぇねぇ! 殿のことは任せるぜ惇兄」
夏侯淵の弓が引き絞られる。夏侯惇は静かに頷き、動き出すべく身をかがめる。敵はようやく穴から顔を出そうとしているところである。
「もう一度喰らえや! 『滅多撃ち』」
夏侯淵の弓から放たれた光の矢が一直線に敵の顔面へ飛んでいく。
カハァァァァ
化物は斜面の途中にもかかわらず、自らの方天戟を構えて迎え撃とうとしている。
「け、同じ手を使うかよ『光烈』」
夏侯淵の叫びで今度は矢が力強く発光。矢の数が多いほど強く光を放つ滅多撃ちからの派生技である。この派生技は多数あり、経験を積むごとに増えるのだが、夏侯淵は先ほどの拡散する『爆裂』、今回の発光する『光烈』しかまだ覚えていない。
ガぁ!
しかし、今はそれだけで十分だった。
夏侯淵の思惑通り、矢本体は化物の方天戟に弾かれたが、突然の強い光に目を灼かれて化物が顔を背けている。
その間に夏侯淵は再び矢を握り凝縮させていき、矢をつがえると目がくらんだままの化物に向かって素早く射る。
「おまけだ『滅多撃ち』んで『爆裂』!」
放射状に広がった矢が飛んでいく、さらに夏侯淵は即座にもう一矢をつがえ新たな光矢を放つ。
「この夏侯淵 妙才の早撃ちをなめんなぁ! 『滅多撃ち』『爆裂』」
空間を埋め尽くすかのような矢の群れが早めの拡散により、放射状に広く広く飛んでいく。しかし、よくよく見れば矢の速度が違う。
グァッファァァ
化物は回復しきらない目を閉じたまま、群がってくる矢の大群に向かって方天戟を再び回す。自分の前で高速回転させていれば矢は通らないと判断したのだろう。
「だからあめぇんだよ! 同じ手は使わねぇって言ったろ?」
夏侯淵がにやりと笑って見た視線の先には自ら放った無数の矢。
早めに爆裂させた矢は大きく散開して拡がり化物への命中コースを離れて飛んでいくものも多い。しかし、速度を抑えて放った第一矢に最速で放った第二矢が追いつく。
カカカカカカカカカッ!!
小気味良い連続音と共に第一の矢に第二の矢がぶつかる。そして第二の矢の勢いと衝撃を受けた第一の矢が加速しつつ向きを変え、化物のサイドから一斉に襲いかかったのである。さらに驚くべきは、夏侯淵はこの攻撃に技名乗りをしていない。
つまり第一の矢を第二の矢で弾いたのは純粋に夏侯淵の技量ということになる。不確かに拡散して飛んでいく無数の矢を同じように拡散して飛んでいく矢で狙い撃ちにするなど一体どれだけの技量を有すればできることなのか想像もつかない。
視界を塞がれ、正面からの攻撃だけに対処しようとしていた化物も、さすがに今回は避けられない。
グゴアァァアァァァ!!
もちろん狙いも甘く、全ての矢の向きを変えられた訳ではなかったが化物へと向かった矢はドス、ドスと鈍い音立てて命中する。
「へ、まさに一矢報いるってやつだな。やるもんだろ? 惇兄」
「ああ、見事だ妙才」
夏侯淵の背後に撤退したはずの夏侯惇が直立したまま無表情に答える。
ガァァッアァァァァア!!
矢の刺さった箇所から闇のように赤黒い血を流しながら化物が怒りの叫びを上げる。
「さて、いよいよかな……もういっちょいけるか?」
視力が回復した化物が自らの肩や太ももに刺さる矢を無造作に引き抜き投げ捨てると、怒りで更に赤く充血した目を夏侯淵へと向ける。夏侯淵はその眼を不敵に笑い飛ばすと、再び地面の矢を大量に握り素早くつがえて放つ。
「これが最後の『滅多撃ち』だぜ!」
夏侯淵の弓から矢が放たれ、化物へと向かう。
「喰らえ! 『爆れ……』」
「妙才!」
「か、は……はぇぇ、早すぎん……だろ」
夏侯淵の口から苦しげな声が漏れる。
夏侯淵が矢を放ってからそれを爆裂させるまでのわずかの間に、怒りで本気になった化物が一瞬でその間合いを詰め、分裂する前の矢を弾き、返す方天戟で夏侯淵の腹を突き刺したのである。
「妙才! しっかりしろ」
直立のままの夏侯惇から声が聞こえる。
化物は夏侯淵に突き刺さったままの方天戟をゆっくりと持ち上げていく。そして、百舌のはやにえのようにぐったりとした夏侯淵を頭上に掲げた。
カハァァァァ
「と、惇兄……また俺が先に……ま、ねぇ」
かはっ
逆さまになった顔で申し訳なさそうに目を細めた夏侯淵が吐血し、宙に浮いた身体がびくりと痙攣する。
「妙才!」
「ま、また……な……とん、にぃ」
かくん、と夏侯淵の身体から力が抜ける。
大柄な夏侯淵の身体を突き刺したまま方天戟を真っ直ぐに立てているにもかかわらず、化物の動きに危なげなものはない。
やがて、夏侯淵の身体が白い粒子へと変わっていく……
カッハァァァァァ
化物の呼吸が荒くなる。
フォォォォォォ…
「ば、馬鹿な……喰ってやがる」
夏侯惇の声がわずかに震えている。化物は夏侯淵が白い粒子に変わっていくと同時にその粒子を嬉々として鼻と口から吸い込んでいるのだ。
「く、妙才……俺にはなにもしてやれん……許せ」
夏侯惇から悲痛な呟きが漏れる。
やがて、ゆっくりと味わうように白い粒子を吸い尽くした化物の身体がじわりと闇色を増し、一回り大きくなっていく。
「……なるほど、お前のその異常な能力は他の武将たちを喰い尽して得たものか。その異常な外見はその代償……というわけか」
ゆっくりと身体の変化を終えた化物は方天戟を構え直し、グギギと首を回して直立したままの夏侯惇を見る。
クパァァァ
そして、赤く染まった口内を見せびらかすように口を開け笑う。
「名乗れるなら名乗れ! 我が名は夏侯惇 元譲! 必ず貴様を再び冥土に送り届けてやる!」
夏侯惇の名乗りに化物がクカカと笑声を上げると同時に方天戟で直立した夏侯惇の胴体をなぎ払う。 しかし、夏侯惇は直立したままその攻撃を避けようとしなかった。
化物の神速のなぎ払いは狙い違わず夏侯惇の胴体へと吸い込まれ、その身体をふたつに断ち割る。
ボワッ
しかし、真っ二つに切り裂かれたはずの夏侯惇の身体は蒼い炎へと変わって、空気中へと消えていく。
夏侯淵の後ろでずっと成り行きを見守っていたのは夏侯惇の【蒼炎】が擬態していたものだったのである。夏侯惇の本体は夏侯淵の援護を受け、化物が光で視力を奪われている間にこの場を離脱していた。
夏候惇は蒼炎を通して情報を収集していたのである。
「グガガ……ワガ、ナ、ハ……ホウセン。呂布 奉先 ナリ!」
闇を纏いし三国志最強の武将
呂布 奉先
圧倒的な力を武を持ち……いま、出陣。




