61 蒼炎
「妙才! 動きを止めるな!」
夏侯淵の矢の影に隠れ化物の背後に一瞬にして回りこんでいた夏侯惇が叫びつつ、相手の背中へ向けて【蒼炎】を纏った長戟で斬りつける。矢の対処に方天戟を使っているならば、防御はできないと読んでの攻撃である。
グガ……ァァ ジュゥ!
「ち!」
しかし化物は方天戟を回していない左手を夏侯惇の鋭い一撃に無造作に伸ばし、見もしないまま正確に柄を掴む。
「だが!」
夏侯惇の攻撃は防がれてしまったが、【蒼炎】を纏った長戟は化物の手を焼く。このまま掴み続ければ左手を使えなくさせることも可能だったが、さすがに耐えかねた化物は矢を凌ぎきった方天戟をくるりと回して逆手に持つと、自らの脇の下から背後の夏侯惇を突く。
「む!」
ろくに相手も確認してないはずの突きは、それでも確実に夏侯惇の心臓へ恐ろしい速さで迫ってくる。夏侯惇は握られた長戟を手首の返しひとつで奪い返すと、すぐさま身をかわす。
本来であれば長戟を捨て、身をかわすのが正解だ。だが夏侯惇が長戟に固執した一瞬の隙を補うかのように【蒼炎】が夏侯惇の眼前へと移動し化物の方天戟を粘着するかのように受け止めて速度をやわらげる。その間に夏侯惇は跳び退り再び距離を取った。
そして距離を取ったと同時に【蒼炎】は再び夏侯惇の身体全体を淡く包んで燃える。
この汎用性の高さこそが【蒼炎】の真骨頂であり、夏侯惇に必殺技がひとつしか設定されていない理由だった。【蒼炎】は触れれば灼熱で相手を焼き、武器に纏えば武器が強化され、防御に使えば高密度の炎が相手の攻撃を受け止める。さらにその動きのすべては夏侯惇の無意識下で指示されている。
つまり、夏侯惇が武器を強化したいと思えば武器に集まり、夏侯惇が危険を察知すればそれだけで危機に対して防御行動を取る。実際に指示を出しているわけではないため、その動きは恐ろしく滑らかで自然だ。
勿論、無意識で思ったことに反応してしまうのはある意味欠点でもあるが、戦闘経験に長けた夏侯惇が使用する限りこれ以上ない利点となる。
ただ唯一、この技の欠点は【蒼炎】を出している間は常にライフが少しずつ削られていくことで長期戦には向いていないことだ。
夏侯惇はゆっくりと振り返った化物に向かって再び突っ込んでいく。そして、【蒼炎】を相手の眼前に展開して視界を遮りつつ炎で顔面を攻撃し、同時に長戟で足元をなぎ払うが 化物は炎を避けつつ長戟を避けるため後方へ跳ぶ。
しかし、それこそが夏侯惇の狙い。
(妙才! 今だ!)
心中で叫ぶ。
「っりゃああぁぁ! 『豪落爆砕』」
さがった化物の頭上から大きな光る槌を持った夏侯淵が落ちてくる。その常人ではありえないほどの跳躍力は夏侯淵のもうひとつの必殺技、その予備動作によってもたらされた跳躍である。
技自体は槌装備が必須で一度飛び上がれば、あとは落下速度と技の力で目一杯叩きつけるだけ(落下時に多少の空中移動はできる)の雑な技だが、それだけに威力は大きい。
加えて夏侯淵が持つ大金槌(棘付き)は武将を変化させて得たもの。この金槌は手の平くらいの大きさと、大人の上半身ほどもある極大の大きさのどちらにでも自由に大きさを変えられる。
極大の槌を用いて使われた必殺技は、地面を打てば着弾点から半径数メートルがクレーター化するほどの威力がある。
その一撃が夏候惇の攻撃に誘導され後方に跳んでしまったため、とっさの動きが取れない化物の頭上にぴったり一致する。夏侯惇と夏侯淵、ふたりの打ち合わせも必要ないほどに息のあった行動がなければここまでの状況は作れない。
「死ねやぁ!」
夏侯淵の叫びと共に振り下ろされる大金槌。夏侯惇は巻き添えを避けるために後方に跳躍しながらその光景を見る。
ドッゴォォォン!!
凄まじい振動と共に鳴り響く衝撃音。吹き荒れる風と土砂。
夏侯惇は【蒼炎】を身に纏い余波を完全に無効化しながら砂煙の中へと目を凝らす。夏侯淵の一撃が化物の頭上に落ちようとした瞬間に夏侯惇が僅かに見た化物の動きが信じられないのだ。
「馬鹿な……跳躍の最中に方天戟を地に突き刺して、そこを支点に加速と方向転換をするなどあり得ん」
現代の棒高跳びのようになにかを支えにして跳び上がることや、ほんの少しだけ跳ぶ距離を伸ばしたりすることはできなくはないだろう。
だが、勢いのついた体を方天戟で受け止め、尚且つ方向転換しながら加速するなど一体どれほどの膂力があればなし得るのか……しかもあれは軽業師のような体躯の者ではない。身の丈二メートルを上回る筋骨逞しい大男なのだ。
徐々に晴れていく視界の中、陥没した地面の中央に大金槌を地面にめり込ませた夏侯淵が見える。しかし、その周囲に化物の姿はない。
「どこだ? 妙才! 奴には命中していない! 気をつけるんだ!」
夏侯惇の焦りの滲んだ声が響く。
「くっ、あの状態で当たらねぇのかよ!」
悔しげに夏侯淵が叫ぶがその身体は硬直して動かない。大技を出したあとの技後硬直である。ゲームの設定として決められている硬直時間なために本人にはどうしようもない。
この技の硬直時間はおよそ二秒。
「くそ! 奴はどこだ」
唯一自由になる視線を限界まで動かして化物の姿を探す夏侯淵。その夏侯淵の視界が一瞬陰ったのと夏侯惇の叫びがほぼ同時であった。
「妙才! 上だ!」
「なんだとぉ!」
夏侯惇の声に驚愕した夏侯淵が上を見る。しかし、その視界には黒い大きなものがなんとなく視認できただけだ。近い。そして、上を向けたことで硬直が解けたことを悟った夏侯淵はすぐに体に力を込める。
「解けた! ぬぅおおおおお!」
夏侯淵が大金槌を掲げるように持ちながら、全力でその場から逃れるべく走る。
カッハァァァァ
同時に不気味な呼吸音を撒き散らしながら化物が舞い降り、今まで夏侯淵がいた場所へと方天戟が突き刺さる。さらに化物は力いっぱい突きたてたはずの方天戟をいともたやすく引き抜くと方天戟が霞むほどの突きを放つ。
夏侯淵はその気配を察知し、かろうじてその突きに持っていた大金槌を向けて盾にする。夏侯淵の迷いのないその行動でなんとか大金槌が間に合う。
「ぐおぉぉぉぉ!」
ゴワッキィィン!
「妙才!」




